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第二十一回:CB5、CC2、CC3

 初代インスパイア、最終型ビガーという、リアコンビランプとフロントフォグランプ周りのデザインの相違を除けば、システムも内外装も共通した兄弟車に同じく型番が割り振られていた車だった。


 ぶっちゃけた話、筆者的には、この代のインスパイアとビガーは日本人に於けるホンダ車のイメージをある種一変させた、と断言しても過言ではないと考えている。技術的な意味ではない。あくまでも商業的な見地からの意見である。

 無論、本田宗一郎氏の創業による、自転車搭載型A型エンジンの開発から始まる本田技研の目覚しい数々の技術革新と挑戦の歴史を、筆者は知っている。国内向けミニバンやクラブデッキ等、新たなるジャンルと需要の創出に企業を挙げて尽力してきた事も……。

 ただ、このインスパイアとビガーに関して云えば、ホンダ特有の驚異的な技術色は薄く、またアコードからの上級派生車種という特徴上大衆車としても高級車としても中途半端で、内外装が絶品という訳も勿論なく、しかもホンダ車なのに何故か馬鹿売れした、という意味でホンダの地位向上に貢献したという印象が強い。


 敢えてこの車にホンダらしい技術的な素質を求めるなら。2.5L直列5気筒という、訳の分からない中途半端なエンジンを縦置き(原動機のシリンダー機構の回転軸が、実際の駆動輪の軸とは地面に平行な平面で垂直になるようにする配置の仕方)にしている癖に、FF車で且つそれが動輪軸より後ろ側にあるという、ホンダ製高級車特有だったFFミッドシップ方式を、史上初めて導入した位だろう。

 ホンダの至高?ともとれる、後にKA7、KA8、KA9までのレジェンドにも採用されたこの機構を、ホンダはアコード・インスパイアとビガーに惜しげもなく投入したのである。


 どうしてレジェンドではなく、インスパイアでFFミッドシップが先行採用されたのか?

 勿論開発と販売の時期的に僅差でインスパイアの方が早く着手された、という事情も勿論あったと思う。しかしそれ以上に、レジェンドを本丸に据えていたという意味で、このホンダ渾身の新技術を下級グレードのインスパイアとビガーで実験してみたかったのではないか?と筆者は勘ぐっているのである。


 実際どの位実験的な試みだったのか?それを考察する為にも、まずFFミッドシップの利点と欠点を簡単に列記しておきたいと思う。


 従来のFF車において、縦置き式でも横置き式(エンジンのシリンダー機構の回転軸と駆動輪の軸が一次元的な意味で平行に配置されている方式)でも、重荷配分が前のめりになる点から発進制動等の挙動が不安定になるという問題点があった。

 これは、エンジンが前に、駆動輪へ動力を伝播させるギアボックスやトランスミッション等の重い物理システムも前輪の上に集約されているからである。


 4本足の動物を思い浮かべて貰えればいい。その動物には、四肢の筋肉の動作の仕方によって次の3種類に分けられる。

 まず重心が頭の方にあって後ろ足で蹴って進むタイプ。重心が前にあって且つ前足を使って地面を駆けるタイプ。4本で地面を走るタイプもこれに含まれる。そして重心を敢えて後ろに置き、しかも後ろ足で走るタイプ。

 これは丁度FR車、FF車かAWD車、MR車かRR車の関係に相当する。

 この中で一番走行性能に優れているのは、言うまでもなく重荷を前よりに置きつつ後ろのタイヤを動輪とするFR車である。姿勢を制御するだけでなく、舵輪が前に配置されている以上操作性が優れたエンジン前方配置に、しっかりと地面を踏ん張れる後輪駆動を行うという、極めてバランスの良い構造である。

 対して、AWDではないFF車は、四駆と同じ様に操舵輪が駆動輪も兼ねている事により、FRと違って細やかに操縦する事が可能である点と、テールスライドを起こし難いという点では後輪駆動車よりずっと優れている。しかしながら発進時の慣性運動により車の荷重が後部へ移動すると、途端に駆動輪の摩擦係数が下がって性能が十分に発揮出来ないというデメリットを持っている。

 逆に、重荷が前に移る制動時にはリアが浮いてしまう。これもFFの持つ欠点の1つである。


 これが先程上に挙げた、全ての駆動系のシステムが前輪へ集中されているという、FF車の持つ構造上の不利な点である。

 さて、このような問題点を少しでも改善してやるにはどうすれば良いのか?その答えの1つが、ホンダが導き出したFFミッドシップ構造なのである。


 ではそもそもミッドシップとは何なのだろう?

 簡単な話である。ホイールベース内、即ち実際に人が乗り込むスペースの付近にエンジンを据え付けたタイプの自動車の総称である。実際厳密にはミッドシップとは言い難くても、原動機と周囲の設備が駆動輪の地面と垂直な中心線より少しでも内側に詰めている構成をしているのなら、それは広義な意味でミッドシップ車である。

 つまりFFミッドシップとは、エンジンがキャビン側にめり込んだFF車の、ホンダ独自の呼称だったのである。


 別に本項で述べる必要も無いだろうが、一応FFミッドシップの利点として、まさにエンジンが通常のFF車よりも真ん中寄りにある点が指摘出来る。

 即ち前に重荷を物理的に掛け辛くする事で、極端な前重心が招いてきた諸々の問題を解決、まではいかなくても改善する事が出来たのである。これはまた、フロントのオーバーハングが以前よりも短くなるという嬉しい副産物も付随していた。


 だが、同時にFFミッドシップは思わぬ、否考えてみれば当然とも云える不幸な問題も招いた。

 日本語の故事成語に、無理を通せば道理が引っ込む、という言葉がある。エンジンを人が居住するキャビンの方へ無理矢理押し込めばどうなるか、当たり前だがその分キャビンの空間体積が制限されてしまう。

 ここで問題なのが、挙動制御やデザイン設計の都合上、エンジンを突っ込んでしまった分ホイールベースを伸ばしちゃいましょう、という話には単純にいけない事だ。直進安定性に特化したFR車を造るならいざ知らず、FF車を造る一番の理由は操舵性に優れた車を製造する事である。ホイールベースを下手に伸ばして操縦性が犠牲になってしまったら本末転倒も甚だしい。


 だからだろうか、KA9レジェンドやUA3インスパイア、セイバーを最後にFFミッドシップ構想その物がホンダから失われてしまったのは……。

 結局、技術屋本田技研と云えども、室内空間の犠牲か技術の放棄かを迫られ、キャビンスペースの確保を取ってしまったのだ。


 多少居住性を損なう事も厭わないスポーツカーに採用されていれば、また違った未来もあったろうに……、と残念に思う筆者なのである。

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