(43)女神
カロン村には春のお祭りなる行事があったが、たいしたものではなかった。
高台の食料庫に収穫物を納める秋のお祭りとは違って、無事に冬を乗り越えられたことに感謝し、今年の豊作を願う、ただの飲み会だ。
開催場所は寄り合い所、メンバーは”村会議“と同じで、各家の代表者がひとり。
新参者の儀一は”村会議“などの話し合いに呼ばれないことも多いのだが、今回は村長から直々にお誘いがあり、参加することになった。ねねは宴の準備の手伝いである。
まずは、村長のヌジィが挨拶をした。
無事にみなの顔を見られたことを嬉しく思う。これからは食べられる野草や山菜なども採れるようになる。荒野鼠も顔を出すだろう。みんなで協力し合って苦難を乗り越えていこう。
餓死者が出なかったのは、儀一が提供したおにぎりや魚のおかげなのだが、その事実に触れることはなかった。
続いてヌジィは報告した。
「ひとつ、残念な話がある」
カロン村のはるか西にある砦の修復作業が遅れており、出稼ぎに出ていた男たちが、春先に帰ることができなくなったのだという。
「残った者たちで、畑を耕すしかない」
残された老人や女たちは言葉を失った。
労働力が足りないことは明らかだったからだ。
「誰の畑だとかは関係ない。動ける者たちで、頑張るしかなかろう」
ヌジィの狙いは、儀一を働かせることにあった。
成人した男性は貴重な戦力である。自分の畑がないからといって、遊ばせるわけにはいかない。村の総意として、労働を押しつけようとしたのだ。
もちろん、木こりの仕事も休むわけにはいかない。
ポルカの町での商売を始めようとしていた儀一としては、少し困ったことになった。
「さくら君、グーにお願いできるかな?」
土の精霊、グーが移動した後には、モグラが土の中を掘り進めたような二本の線が残る。この性質を使えば、少しは地面を耕されるのではないかと儀一は考えたのだ。
「のーむ!」
この方法はうまくいった。
グーが最大速である時速約二十キロで畑を往復すると、かなり土が柔らかくなったのだ。
「う〜ん、これならいけるかな?」
「あのね、ぎーちおじちゃん。ムンクちゃんもお手伝いしてくれるって」
水の精霊ムンクが二本の触手を鉤爪のような形に変化させ、くるくると回転させた。
これは”四角岩”の仕掛けにあった粘土の壁を掘り進めた時の方法だった。グーが通った後を、ムンクの鉤爪触手が掘り進め、畑はちょうどよい状態になった。
あとは草を取り除くだけ。
ほとんど耕運機並みの効率で、儀一たちはカロン村中の畑を耕しまくり、例年と同じ時期にガラ麦の種まきを行うことができた。
「ムンクとグーにお礼をしたいんだけど、何がいいかなぁ」
ただ働きの精霊たちに申し訳ない。
すると、ムンクが二本の触手を儀一の頭に伸ばしてきた。
触手が触れると、直接頭にイメージが浮かんだ。
それは、さくらが満面の笑顔を浮かべている映像だった。
「分かったよ。できるかぎり頑張るから」
感謝とともに、儀一は自分の決意を伝えた。
さくらを笑顔でいっぱいにする。それは単純なようで、とても難しい行為なのかもしれない。
だが、ねねやみんながいてくれたなら、実現可能だと思えた。
畑仕事を終えると、懐かしい来客が現れた。
儀一たちがカロン村にたどり着いた頃に出会った行商人、マギーである。
どこから聞きつけてきたのか、おにぎり屋を開いている石材置き場まで馬車で乗りつけてきた。
「お久しぶりです。ギーチさん、ネネさん」
さすがに商売人である。半年ほど前に数回会っただけなのに、名前を忘れたりはしない。
「その節は、ありがとうございました」
儀一とねねは礼を言った。
スーツやワンピースをマギーに買い取ってもらったおかげで、この世界の服と食料を手に入れることができたのだ。
「いえ、こちらこそ。よい商いができました」
ついでにおにぎりを食べにきたようである。
「村長さんから聞いたのですが、この村で伝説の勇者の剣が発見されたというのは、本当ですか?」
「ええ、本当です」
”オークの石像“の中に隠されていた刀――オークスレイヤーは、儀一の手元にはない。
刀の鍔である“勇者のメダル“は村長の家に伝わるもの。いずれ返却を迫られるだろうと考え、儀一はこの刀のことを村長に報告したのである。
儀一の話を聞いたヌジィは、さすがに驚いた。刀が見つかった場所にも足を運び、また、ドワーフのランボにも確認したようだ。
最終的には、この件はしばらく預からせて欲しいと申し出てきた。ひょっとすると村の一大事となる。慎重に取り扱わなくてはならないということらしい。
儀一としても異論はなかった。
「実は村長さんより、勇者の遺物に詳しい鑑定人を紹介して欲しいと頼まれまして」
マギーもまた、勇者の剣を手に入れた経緯を聞きにきたようだ。鑑定人を紹介するにしても、事実を確認してからということだろう。
村の宝として隠されていた剣の謎を、部外者に漏らすわけにはいかない。儀一はマギーがヌジィから聞き取った内容を確認しながら、慎重に答えた。
「剣があった場所を教えてもらってもよろしいでしょうか」
「かまいませんよ」
儀一はマギーを”シェモンの森“に案内した。
「これが、“オークの石像”ですか。特に、割れた形跡は見当たりませんが」
まっぷたつに割れてしまった”オークの石像“は、適当につなぎ合わせると、きれいに元に戻った。メダルを使えば、いつでもふたつに分かれて刀を収納することができるようだ。
「勇者にまつわる遺物は各地に残っていますが、武器や防具となると、数点のみしか確認されていません。あの剣が本物ならば、国宝級の価値がありますよ」
マギーは興奮を抑えられないようだ。
一方の儀一は、やや冷めた見方をしていた。
個人で取り引きできる代物ではないだろうし、その行為自体が罪に問われるかもしれない。また、所有しているだけでも騒ぎに巻き込まれる可能性がある。
剣術は素人。中学生の時に体育の授業で剣道を習ったくらい。実用性はほぼ皆無といえるだろう。
儀一としては、手元に置いておく価値を見出せないでいた。
ドワーフのランボは何かを知っているようだが、勇者の剣に関しては静観する様子。
「ふん、ヌジィのやつがどうするか、見ものだな」
それっきり、ランボは何も話そうとはしなかった。
あの日以来、カミ子が挙動不審になった。
ずっと家に引きこもっていたはずなのに、朝市やおにぎり屋に顔を出して、店を手伝ったり子供たちと遊んだりする。
そのおかげか、短期間で体重の方も元に戻ったようだ。
「ちょっと二宮さん、いいかな?」
カミ子は暗記の特殊技能を持つねねに、ミルナーゼに関する様々なことを伝えた。
歴史、地理、文化、風習、魔法や魔物たちのこと。
辺境の村では貴重な知識である。
不思議そうな顔で礼を述べたねねに、
「まあ、いずれ役に立つこともあるからさ」
そう言って、カミ子は微笑んだ。
「カミ子ちゃん、へん!」
子供たちのバシュヌーン語の先生役までかってでたカミ子に、さくらが不審そうな顔をした。
蓮、蒼空、結愛も同意する。
「カミ子が、役に立つとかさぁ」
「何かたくらんでるのかもしれませんね」
「みんな、油断しちゃだめよ」
「……君たち、ボクのことを何だと思っているんだい?」
カミ子はカミ子だろうと蓮に言われて、カミ子は苦笑した。
儀一としても、手放しで喜ぶことはできなかった。
勇者の剣を手に入れたことと関係があるようだが、カミ子は何も話さない。よほどの事情があるのだろう。
「神様、心配事でもあるんですか?」
「いやぁ、まあ、ね」
事情は、ほどなく判明した。
儀一がムンクを連れて“アズール川”へ魚捕りに出かけた時である。
気分転換にとカミ子もついてきたのだが、
「山田さん。何やかんやで、いろいろと世話になったね」
「神様?」
突然カミ子が、別れの言葉のようなものを口にした。
「出てきなよ。ここにいる山田さんは、よく分かっている人だから」
カチャリと、河原の小石が鳴った。
儀一が振り向くと、そこには子供がいた。
年齢は五、六歳くらいだろうか。驚くほど顔立ちの整った少女である。特に目を引くのは、銀色の髪と琥珀色の瞳。民族衣装のようなゆったりとした服を身に着けており、イヤリングやネックレス、ブレスレットなどの装飾品が、きらきらと輝いていた。
「せめて、誰もいないところで葬ろうと思ったのだがな」
予想に反して、少女の声は低く、しわがれたものだった。
「鈴木カミ子」
「なんだい、シンディアラ」
儀一は驚いた。
シンディアラとは、勇者の剣を鑑定した時に表示された女神の名前である。
それに、鈴木カミ子というのは、偽名ではなかったのか。
「わざわざ人間に転生してまで、わらわの世界に潜り込んで来るとはの。おぬし、阿呆じゃのう」
「いやあ、それほどでも」
「謙遜するな。馬鹿にしておるんじゃ」
ゆったりとした足取りで近づいてくる。
「はじめまして」
銀髪の少女に向かって、儀一はお辞儀した。
「この世界でお世話になっている、山田儀一といいます」
少女は一瞬、虚を突かれたようだ。
「異世界より転生した人間よ。おぬしも大変じゃったな。こんな阿呆に引っ掻き回されて」
「いえ、一度死んだ身ですので。生き返っただけでも幸運だと思っています」
本来であれば、爆破テロに巻き込まれて終わりだったはず。
「今のおぬしは、わらわの世界の住人。危害を加えるようなことはせん。自由に生きるがよいぞ」
「ありがとうございます」
「あのさ、シンディ」
「なんじゃ」
カミ子は引きつった笑みを浮かべていた。
「悪いんだけど、痛みとかに慣れてなくてね。ヤルなら痛くない方法で頼むよ」
「ふん」
少女は鼻を鳴らすと、片手を上げた。
「あのう、ヤルというのは、殺すという意味でしょうか」
儀一は確認した。
「そうじゃ。世界に神はただひとつ。こやつがここにいるのは、協定違反じゃからの」
「もう、どうしようもないことなのでしょうか」
カミ子は肩をすくめた。
「見つかっちゃったらね。あの刀はシンディが作ったものだから、さすがに監視してるよ」
「そうですか」
儀一とカミ子の会話を聞いて、少女は訝しげな顔になった。
「おぬし、あっさりしておるの。もう少し、わらわの存在とか、言動とかに、驚いてもよいのではないか?」
「あ~、こういう人だからね」
ふっきれたように、カミ子はぎゃははと笑った。
「あ、そうだ、山田さん。二宮さんに伝えてくれるかな。美味しい料理をありがとうって。それと子供たちには――そうだなぁ。もう少しボクを敬えってね」
「分かりました」
二人の会話が終わるのを見届けてから、銀髪の少女が手を振り下ろした。
ふわりと、風が吹き抜けた。
次の瞬間、カミ子の身体が崩れ落ち、慌てたように儀一が支えた。
「神様!」
そのまま抱きかかえるようにして、膝をつく。
カミ子にはまだ意識があった。
「山田、さん。死ぬという体験も、なかなか、貴重……かもね」
「神様……」
「そんなに、心配そうな顔をしないで。だいじょうぶ。ここで死んでも、ボクの魂は戻るだけさ」
儀一はカミ子の頬に手を当てると、じっと見つめた。
「最後にひとつ、お願いがあります」
その行為だけで、カミ子は察することができた。
仕方がないな、山田さん。
朴念仁を装っておいて、実はボクの魅力にめろめろだったか。
これぞまさに、恋愛映画のラストシーン。
文句のつけようのない最後だ。
「いいよ」
カミ子はそっと目を閉じた。
「山田さんの頼みだったら、何だって……」
どきどきと胸を高鳴らせながら、唇を突き出す。
そして、
「超強奪――」
期待した感触はおとずれなかった。




