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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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枝話「藤野颯と転落2」

 学校という限られた場所、しかも一部の人間しか見られないメールとはいえ事実無根の誹謗中傷。それから俺と高松に付きまとうような行為。

 それだけでも許したくないのに、相澤さんを階段から突き落とそうとしたなんて。今にも怒りが噴火しそうだ。


「落ち着け田中。目に悪意のフィルターをかけるな」


「俺はこれまで先生たちが見抜けなかったバカたちを何人も先に見つけています」


 一朗が唸るような声を出す。


「卑怯な生徒のことは、俺ら生徒にしか見つけられないんですよ!」


 一朗は「先生たちは知らないでしょう!」と叫んだ。

 ついさっき、自分たちが天宮と小笠原に喧嘩を売られたことを。

 天宮香織は五月頃から箏曲部——特に高松小百合の悪口を言いふらしている。理由は恋のライバルだから。

 天宮香織に仲介役にされた男子がいて、藤野颯は板挟みにされた彼を気の毒に思った。

 その藤野颯を慮って、相澤琴音はプレゼントの返却係を引き受けた。その件で、相澤琴音は天宮香織に罵倒や非難をされたことがある。

 それらを全部、学校は把握していないだろうと、一朗は息を荒げながら喋り切った。

 一朗や相澤さんが俺を気遣って隠していたのか、俺さえ知らない話がある。


「学校の人間関係の範囲内だから。証拠がないから。そんな風に誰も守ってもらえないことは分かっています」


「田中、話を聞くから落ち着きなさい。きちんと話してくれれば聖廉さんと連携を取って頼むから」


「今すぐ対処できますか? 今、俺の目の前で聖廉に連絡をして下さい。相澤さんは今まさに、危険人物と一緒の学校にいるんですから」


 何か言いかけた木村先生に、一朗は「どうせ無理って言うんでしょう?」と嫌味を投げつけた。


「正しい手順を踏もうとして間に合わなかったら、被害を受けるのは弱いやつです」


「田中の言い分は聞くから、話をしよう」


「この前だってそうです。学校や親が後手後手だったから、藤野の彼女は他校の変なやつに襲われかけたし、俺は打撲したんですよ!」


 味方につけるべき学校——顧問や木村先生を非難したっていいことはない。けれども、一朗の叫びは俺の心の叫びと同じだ。

 俺は先生や親に任せると決めたけど、一朗の言うとおりだと目が冴えていく。


「田中の気持ちは分かったから、落ち着きなさい。それに今、なんて言った。俺は打撲したってなんの話だ」


 一朗は「しまった」というように、木村先生から目を逸らした。

 彼が望んだから田中家と我が家だけの秘密にした打撲の話をしたのは、口滑りのようだ。


「俺は頼みましたからね。どうせすぐに対処してくれないだろうから、自分でなんとかします」


「この件は学校がきちんと預かるからやめなさい。大人を信頼して任せるように」


「俺が早く動きます。学校さえ文句を言えない正論なら、誰にも咎めることはできません」


 一朗は「失礼します」と不躾に言い、勢い良く部屋から出て行った。


「連れ戻します。親が来てる日なんで、田中の父親とも話しましょう」


 顧問が一朗を追いかけていく。木村先生が小さなため息を吐いた。


「藤野、メールの件は田中にも言うな。火に油を注ぐ。よく相談に来て頼るのに、あんなに大人への不信が強いとは知らなかった」


 木村先生は一朗の父親を呼んでくると言い残した退室した。

 俺は少し考えて、一朗の主張——後手に回ると被害者が出るという意見に賛同して、この隙にそっと部屋を出た。


『発表会があるのに……痛いよ……発表会に出られない……』


 何年もかかって高松に謝れたけど、あの日の高松の泣き声を忘れることはない。何かあってから対処するのでは遅いことを、俺は良く知っている。

 相澤さんは、あやうく全国大会に出られなくなるところだった。

 天宮さんが高松を狙わなかった理由は、相澤さんなら俺とは無関係だと判断されると考えての行動だろうか。そうだとしたら——計算高くて卑劣な女子だ。


 居ても立っても居られなくて、相澤さんに電話をかけた。

 昼休みだからか、わりとすぐに出てくれた。

 怪我をしたと聞いたけど大丈夫なのか。その質問に、彼女は「全然平気です。ドジだから階段で滑ってしまって」と笑い声を返した。


「全国大会に出られないとかない? 大丈夫?」


「大丈夫です。心配してくれて、ありがとうございます」


 軽やかな声に、相澤さんのふわっとした、穏やかで優しい笑みが浮かぶ。

 一朗から彼女の話を聞いてなかったら騙されていた。一朗は大事なインハイを控えている。テレビ番組の取材の中心も彼だ。今、彼の敵を作るわけにはいかない。

 ——今すぐ、俺ができることで、高松も相澤さんも一朗も守らないと。


 廊下を歩きながら脳みそをフル回転させる。

 中学受験のために真面目に勉強をしてみたら意外に良かったこの頭脳で、なにか解決策を捻り出せ。


『"胸なら揉みたいけど、手なんて繋いで何が楽しいの?"って、あれに怒らない彼女はいない』


 前にファミレスで一朗から聞いた日野原話が蘇る。

 

『付き合うって言っておいて雑に扱って、不安にさせても無視して……』


 一朗はそんな話もしていた。日野原は何十人もいる歴代彼女に恨まれたり、粘着されたことはないのだろうか。

 校舎の外に出て、思い切って日野原に電話をかけた。連絡先を交換しようと言われた時に断ってなくて良かった。

 橋本さんから、彼は部活に参加できるようになったと聞いているので、この時間は出ないかもしれない。

 

「もしもーし! 颯、どうしたん? 俺は今、部活の休憩中。リハビリ通いは終わったけど、個別メニューで辛たん」


 相変わらず、あの橋本さんの彼氏とは思えない軽快さだ。


「いやあの、親しくないのに悪いんだけど、相談がありまして」


「なんで敬語? 俺らは親しくないけど、颯は一朗の親友だから何も悪くないぜ」


「ありがとう」


「こちらこそ、いつもうちの一朗をありがとう。お悩み相談室を開催しまーす! あはは、俺も敬語が出た」


 彼の女子関係は気になるけど、前も感じたように人柄に嫌悪感はない。

 彼は高松にもすぐ謝ってくれたし、誤解した橋下さんにもとても優しかった。


「日野原って昔は彼女が入れ替わり立ち替わりって聞いたんだけど、フッた子から嫌がらせをされたことはある? 俺、少し困ってて」


「ほうほう。好きな人がいるからごめんなさいって言ったら……私のことを知らないのにとか、話してもいないのにって粘着された?」


「なんで説明してないのに分かるんだ?」


 問いかけたものの、日野原が自身の体験から推測したことは明らかだ。


「なんでって、颯ってそんな感じじゃん。好きな子しか見えない一朗タイプ」


「日野原の経験じゃなくて、一朗なのか」


「俺は話すし知ろうとするから。一朗はすぐシャッターを下ろす。それで濡れ衣を着せられて、ちょっと大変なこともあったんだ」


「そうなのか。その時、一朗はどうしたんだ?」


「俺を好きになったら一朗離れするかなって思って、その子にまとわりついたんだ。で、告られたから付き合ったんだけど、なんか向こうが怒って俺をフッた」


 日野原の声は自慢げではなく、淡々としている。

 

「それ、一朗なら『自分のためにそんなことはするな』って怒ったよな?」


「なんか怒ってたけど、一朗のためじゃなくて俺のためだって言い返した。友達が助かって、可愛い彼女もできたら最高じゃん?」


 日野原の理論は、俺の目から鱗を落とした。


「そう言ったら、一朗は黙ったのか?」


「なんかギャーギャー言ってたけど、あんまり覚えてない」


「一朗のためにその子と付き合って、わざとフッたのか? さっきフラれたって言っていたけど、そう仕向けたのか?」


 もしそうなら、日野原には何十人も元カノがいるという話の印象が様変わりする。


「まさか。普通に可愛いし、話したら面白かったから普通に付き合った。なんか毎日怒られるようになって、無理だって言い続けたら、俺なんか嫌いってフラれた」


「なんか怒られるようになって? なぜか分からないのか?」


「向こうが俺を好きなんだから、向こうが俺に譲歩するべきなのに、『私のためにこうして』って押し付けられて」


「押し付けられて、拒否したってことか?」


「誰だって嫌なことは嫌って言うだろう? 好きな子ができた今こそ、彼女たちの言い分は分からん」


 例えば、どんな訴えだったのかと問いかけてみた。

 嫌な記憶で思い出したくなければ言わなくていいと添えて。

 なんて言われて、どう返していたのか——そんな具体例を聞いているうちに、この考え方は使えると思うようになった。

 日野原の価値観は俺には全くなかったものだ。

 彼は歴代彼女たちの一部に、かなりしつこくされている。

 それをきちんと自分で引き受けて、彼女たちと表向きは向き合っている。

 それでいて、断固として自分の主義主張や立場、心を守り抜いていたようだ。

 天宮さんを拒否して、察してくれと逃げた自分とは正反対だ。

 

「俺ばっかり話しているし、俺に解決できることかも分からない。愚痴を言いたいだけなら今の俺の対応は不正解だけど大丈夫か?」


 彼の昔話から推測するに、日野原は正論で相手を殴るタイプだ。屁理屈で論破するともいう。

 しかし、今のように気が利いて相手を思いやる気持ちもある。

 日野原が彼女と揉めた時、彼の味方になったのは一朗だけではなかったはずだ。これもヒントな気がする。


「いや、日野原のおかげで解決できる気がしてきた。ありがとう」


「威生君のお悩み相談室または愚痴教室は、親しい人限定でいつでも開かれてるからよろ〜。美由ちゃんに俺に手助けされたって言うように」


「橋下さんに、俺が思った日野原のいいところを伝えておく。それがお礼でいいか? 何か欲しいものとかある?」


「いつものように、一朗と仲良くして困っていたら助けてあげて。特に琴音ちゃんのこと。俺、からかい屋だから恋愛絡みだとほぼ締め出されてて」


「それは頼まれなくてもすることだ。からかうのをやめたらいいんじゃないか?」


「だって一朗って反応が面白いから。そろそろ昼が終わりだからまた。役に立ってない気がするけど、役に立つならまたどうぞ〜」


「とても役に立った。親切にありがとう」


 通話が終わると、手に入れたものを使ってパズルのように組み立てた。

 攻撃は最大の防御である。顧問の言葉は剣道以外にも使えそうだ。


 ★


 壮行会の打ち合わせの件で——その言葉は聖廉の先生の防御壁をあっさり突破した。

 海鳴生が積み上げた信頼の厚さと、その危うさをヒシヒシと感じる。

 天宮さんを呼び出すために、何も知らない聖廉の先生と共に吹奏楽部を目指す。

 

 聖廉の先生と吹奏楽部に顔を出して、剣道部の壮行会係として質問に来たので、係の人と話したいと口にした。

 決意して来たけど、心臓は耳を破壊しそうなほどうるさいし、手も強く握らないと震えが止まらない。

 緊張や動揺を悟られないように、背中に手を回して姿勢良く見せてつつ、きつく握りしめる。


「あっ、あの子。話したことがあるから、あの子だと助かります。確か……天宮さん」


 俺は楽器準備をしている生徒たちだらけの音楽ホールを見渡して、天宮さんを指名した。わざとらしくなかっただろうか。

 俺の声が聞こえた様子の天宮さんは、目を見開いた後に嬉しそうに笑った。

 彼女がとととっと駆け寄ってくる。もう、清田並みに嫌いだと思っているので、胃のあたりが蠢いて吐き気がした。


「あ、あの。藤野君、こんにちは。壮行会係なんですか? 剣道部からの話ってなんですか?」


「本当は別件なんです。君が俺をかなり好きなのは分かった。俺は誰とも付き合ってないから、君と付き合って好きになれるか試してみたいです」


 俺の隣で聖廉の先生が息を飲む。目の前で天宮さんも、目と口を大きく開いた。


「俺は君のことを全く知らないから仮交際です。彼氏彼女としての連絡は取るし、話もするけど、触るとかはお互い絶対になし。三ヶ月くらい試そうと思います」


「……あの、なんで」


 戸惑いながらも天宮さんは嬉しそうだ。少し涙ぐんでいる。


「俺、決断が遅くて。真剣な気持ちを無視して拒絶するのは酷いって反省しました」


「私のことを……考えてくれていたんですか?」


「いくら好きではなくても、何も知らないから、話くらいしてみるべきだって思いました」


 お前が欲しい餌はこれだろうと、釣り針を垂らす。 これで証人はこの場の全員だ。

 俺は天宮香織を好きではない。この交際は正式なものではなく仮である。そして、俺が彼女に与えたチャンスだということが、みんなの共通認識になる。


「今日から一緒に帰りませんか? 部活終わりに校門前に迎えに行くから、帰らないで待ってて下さい」


「あのっ! は、はい! 待ってます!」


 逃げるようにホールから遠ざかる。背中に黄色い声がぶつかった。「おめでとう」という台詞も聞こえてくる。

 人生初の彼女は高松のはずだったので心底嫌だ。

 けれども、それよりも大切なものは高松と、彼女を取り巻く優しい世界だ。

 海鳴の校門前まで来たところで、高松にLetl.をした。


 前に高松が言っていたことが引っかかっていた。

 高松が言うように、交流もせずにフられるのは可哀想ではないかと、俺はずっと悩んでいた。

 だから——天宮さんと仮交際してみる。そんな風に送った。


 自分に優しくした天宮さんをわざと傷つける俺を、高松は嫌いになるかもしれない。

 待っててとか、嫌いにならないで欲しいという言葉は飲み込む。


「あのバカ女……俺を好きになったことを後悔させてやる」


 女子のことを『バカ』と表現するのは生まれて初めてだ。

 胸がズキズキ痛んで苦しい。けれども、高松や彼女を取り巻く世界が安全と引き換えならお釣りがくる。

 一朗よりも早く。野球部にも乗り込んで、小笠原に喧嘩を売った。

 これで剣道部問題児は俺で、一朗は証人の一人のまま。

 学校は「加害者に近づくな」と怒って、俺をより監視したり指導するに違いない。

 そして、被害者に変わりそうなら天宮さんの安全も確保しようとするはず。

 まもなく夏休み。両者とも自宅謹慎と通告されたら、高松や彼女の友達に危害が及ぶことはない。


「畜生……」


 その言葉も、生まれて初めて口から出た。

 いや、小学生の時に高松のために戦おうとして、清田に殴られた時も言ったな。

 俺の憧れはヒーローなのに、そうであろうとするのに、なんでいつも悪役(ヴィラン)になってしまうんだ。

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