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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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88/93

呼び出し


 前話より、話は数時間ばかり遡る。


 ☆★


 月末に全国大会を控えていても、夏休み前の土曜の部活はいつも通り午後からだ。

 午前中の勉強時間は、久しぶりに受験室の席が取れたので、剣道部と合同の勉強会を行う。

 そのはずが、麗華が激戦のペア席——窓際で衝立のある二人席を取ってくれた。気遣いのおかげで、一朗君と二人きり。

 受験室には監視カメラがあり死角はほぼない。

 けれども、ペア席は衝立でわずかに隠れているから『隠れ家』っぽい。

 ペア席には、男女で勉強すると告白が上手くいくなんて噂もある。

 多分、告白が上手くいったカップルが、後から『あの席のおかげ』と噂しているだけだと思う。

 席に着くと、一朗君は背中を丸めて私の顔を覗き込み、囁いた。


「ここ、サボり席だって知ってる?」


「サボり席? そんな話は聞いたことがないです」


「ヒソヒソ喋ってもあんまり周りに聞こえないから、他の席よりもサボりがちって」


 突然、「じゃんけん」と言われたので慌ててグーを出した。後出しのパーで拳を包まれる。

 朝から触れられて嬉しいけど、人が沢山いる場所なので恥ずかしい。

 こんな風にコソッといちゃつける席だから、ペア席は特別な席だと言われているのだろう。

 

「あはは。俺の勝ち。買ってくるけど、何を飲みたい?」


「一緒に行きたいです」


 二度目のキスから、私はますます一朗君が好き。

 寝る前に、部屋の扉が繋がっていて、すぐにハグやキスをできたらいいのにと願うくらいだ。


「しょうがないなぁ」


 ぽんぽんと頭を撫でられて、頬が少し熱を帯びる。

 ここが学校の敷地内でなかったら手を繋げるのに。

 二人で自販機へ行き、前みたいに「せーの」でボタンを押した。


「琴音ちゃんはお茶だ。セーフ!」


「一朗選手の運はいかに。いざ、勝負です!」


 二人でボタンを押したその時、背後から男子の「仲がいいな」という声がした。

 いきなり、からかい口調で話しかけられたので、驚きと羞恥で体がびくりと動く。

 振り返ったら、バレー部の宮野君がいて、にこやかに笑っていた。


「一朗、俺にも奢って」


「なんの奢りだよ。むしろ、練習に付き合った代を払え」


「確かに。インハイ祝いもしてないし。なにがいい?」


「インハイが終わったらまた一緒にバレーをしてくれ。春高に向けて少しは役に立つと思うし」


「よし、一朗。二学期からバレー部に入部しよう!」

 

 宮野君は冗談めいた声を出して、一朗君の肩を叩いた。


「お前こそ剣道部に入れ」


 一朗君も宮野君の肩に手を乗せる。一朗君はさらに、宮野君のお腹に拳を当ててグリグリした。

 微笑ましい光景を眺めていたら、ふいに背筋がひやりとした。誰かの視線のようなものを感じたが、振り返っても誰もいない。


「この夏に地獄の特訓をしろ。予選三位は悔しすぎるだろう。さすが久々の期待世代だな」


「うっせ。思い出させるな。絶対に春高に出てやる」


 一朗君が「頑張れよ。じゃあ」と歩き出したので、二人分の飲み物を持ってついていく。

 なんとなく気になってもう一度確認したけど、やはり誰も見当たらない。


「どうしたの?」


「ううん、なんでもない」


 席に戻るまでの間に、球技大会はバレーに出る、優勝すると力説された。

 バレー部員はクラスメートではなく、各チームにバラけるから宮野君を獲得するつもりだと。


「琴音ちゃんは何に出たいの?」


 海鳴二年の球技大会は、男女の体力や筋力の差を学ぶという名目で、聖廉二年の球技大会と合同開催される。

 私は運動が苦手なので応援グループに入りたい。


「衣装が可愛いから取り合いなんですよね。バレーにしたら、一朗君と同じグループになれるチャンスがあるから迷います」


「応援かぁ。あの可愛いチア服を着るんだよね。俺はすごく見たいけど……見られたくないからバレーにしなよ」


 一朗君は照れくさそうに言いながら、プリントとノートをカバンから出した。私と話したいから、課題はほぼ終わらせてきたそうだ。


「私も終わらせてきました。一朗君もあのチアの衣装、好きなんですね」


 休憩時間を増やして受験室の建物近くでお喋りしたいと思っていたけど、ペア席のおかげで願いが叶っている。

 打ち合わせはしなかったけど、二人とも課題を終わらせてきたなんて以心伝心。


「うん。俺、女子っぽい服が好き。でも好きな子の服はなんでも好きかな」


 耳打ちされて、机の下で手も取られた。自制心が頭をもたげたけど、手を離したくないし、離さなかった。


「でも中年おやじスタイルはダメかも」


 愉快そうに笑う一朗君の手を握り返す。


「えー。そんな格好はしませんよ。新しいパジャマを見たでしょう?」


 夏休みが始まるとすぐ合宿なので、親にコンクールの優勝祝いとして、パジャマを買ってもらった。

 お菓子柄で肌触りが良くて、シルエットも可愛い三点セット。買った日からもうお気に入り。

 

「あれ、すごくいいよね」


 テレビ電話で見せた時も「いい」を連発していた。


「たくさん褒めてくれたもんね」


 つい、敬語を忘れてしまった。一朗君が「琴音副部長、敬語」とツッコミを入れる。


「ここ。秘密基地みたいでつい」


「なっ。ずっと喋りそう。あのさ、今日はこの時間に保護者会があるって話したじゃん」


「うん。また一朗君のお父様に会えるから楽しみ」


 今日、海鳴剣道部の保護者は集会後に部活見学をして、また保護者会をするらしい。

 一朗君のお父さんは、帰宅時間が被る私を食事に誘ってくれた。


「実はさ、俺ら剣道部にテレビ取材が入るんだ」


 一朗君が続ける。今日の保護者説明会で十中八九、許可が出る。出演するのは日曜の昼前に放送している『Next‼︎』という番組。


「おばあちゃんが好きな番組です」


「俺らの放送回は個人じゃなくて学校PRって感じだから、放送前のチェックで変じゃなかったら観てって言うね」


「録画します。あっ、秘密を教えてくれたし、テレビに出るなら口を固くしないといけないって言われただろうから信用して内緒話ね」


 箏曲部を題材にした漫画がアニメ化される予定で、私は演奏役を引き受ける予定だと教えた。


「その漫画、倫が知らない間に集めてて、最近読み始めた。アニメ化するんだ」


「お父さんが契約前だから話してもいいけど、アニメ化はまだ公式発表前だから言いふらすなって。だから一朗君も内緒にしてね」


「うん。絶対、誰にも言わない」


 真一さんが出演するドキュメンタリー番組に父と共に少し出ることも教える。真由香は娘だから当然、出演する。


「今のは別に秘密ではないですけど、自慢屋になるのは嫌だから友達にもまだ話してないです。直前にサラッと言おうかなって」


「お互い、テレビに出る気持ちが分かるっていいね。俺らの相性はさらに良し」


「そうみたいで嬉しいです」


 あまりにも勉強していないと、監視カメラでチェックしている警備員が先生に密告し、ペナルティを課される——そんな噂がある。

 だから私たちも、そろそろ真面目に取りかかることにした。

 一朗君が「分からなくて残してた」と言っていた課題を一緒に解いていく。

 海鳴は授業の進みが早いから、私にはまだ習っていない問題も多くて、二人で調べながら答えを出した。

 でも、そのおかげで私にとってはいい予習になった。

 十分に勉強したので、そろそろ息抜きをしてもいいだろう。

 八月の部活休みが重なる日は何をするか。そんな楽しい話をしようとしたその時、すぐ近くで誰かの足音が止まった。


「あの……少しいいですか?」


 背後を人が通る気配は何度もあったけど、まさか話しかけられるとは思っていなかった。

 その声が落ちてきた瞬間、胸の奥がぎゅっと縮む。

 私はこの声を知っている。それは、ずっと『苦手な人』としてこびりついている存在だから。

 誰なのか、振り向く前から分かってしまった。

 呼吸が浅くなり、胸の内側にじわりと嫌な気配が広がっていく。

 恐る恐る、ゆっくりと振り返る。

 衝立の向こうに立っていたのは、声で予想した通りの人物——天宮さんだった。

 その目は、かつて私を潰そうとした人たちと似た色を帯びている。


『速い曲を弾ければ上手いって勘違いしてそう』


『あんな小さい子をあそこまで弾けるようにするなんて、普通の親じゃできないわよね』


 天宮さんは私の心の傷に全く関係ないというのに、嫌な記憶が湧水のように溢れてくる。

 そのくらい、天宮さんの瞳は私には邪悪に見えた。


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