枝話「藤野颯と不穏な知らせ」
保護者説明会と承認が終わり、剣道部がテレビ出演することが決まった。
ネットでのプチバズりの件で、俺と涼はスクールカウンセラーと生活指導の先生による講習を受ける。
後日、剣道部全員とも受講するけど、俺と涼は一部分だけ先取りする。
俺と涼、それから互いの両親は性格診断を受けて、その後に心理学やネットリテラシーの講義を受けた。
日常でよくあることを提示されて、それぞれの性格パターンだとこんな風に回答しがちだという話が、「こんなに色々な価値観があるのか」と、特に面白かった。
講義の後に、俺と涼は生活指導の先生と話し、親たちはスクールカウンセラーと話すことに。
生活指導の先生に、俺たちはネットの件をどう感じたのかと問われた。
「まずは一ノ瀬。何が嬉しくて、何が嫌だった」
「とりたてて嬉しくないし、そんなに嫌でもないです。みんな暇だなって思いました」
それは、俺にはあまりにも意外な感想だった。
「大勢の人間に褒められたわけだが、嬉しくないのか?」
「知らない人に褒められてもそんなにです。身近な人に褒められた時の方がずっと嬉しかったです」
俺と違って冷静そうに見える涼は、やはり落ち着いた気持ちでいるようだ。
「そんなに嫌でもないだから、少しは嫌だったか? 何が嫌だった」
「野次馬みたいな、普段、連絡を取らない人たちからの通知がウザかったです。その連絡祭りもすぐに終わりました」
涼はいつもこのように凛としていて格好いい。
あの痴漢逮捕事件の時も理路整然としていて、犯人と言い合う一朗をサポートしていた。
「今、困っていることや心配なことはあるか?」
「田中が『俺のせいだ』って、見当違いの責任を感じているので心配です」
一朗は俺にはそんな事は言わず、ただただ「大丈夫か?」と心配してくれるけど、彼も傷ついていたのか。
「田中のことは前から親御さんと連携してサポートしているから心配するな」
「そうらしいですね。だから俺は特にすることがないなって。いつも通り過ごしていたら、田中も藤野もいつも通りになると思っています」
涼は続けて、学校も大人も迅速に動いて、全校生徒にネットリテラシーの話もされたから、問題無いと思っていると話した。
「うん。親御さんの言う通り、大丈夫そうだな。一ノ瀬は部活に行っていいぞ」
「藤野はダメってことですか? 俺らに『平気』って言って笑ってるけど、違うんですか?」
涼は退室せず、俺のことを先生に問いかけた。
さらに俺の顔を見て「大丈夫か?」と心配してくれた。
「いや、俺も似たようなことを思っているから平気」
「藤野には別件があるんだ。最近、特定の聖廉生と親しいようだから別の生活指導がある」
先生に高松のことを知られている。その事実は俺の背筋をさらに伸ばして、胸を跳ねさせた。
友達ではなくて先生相手だから、照れだけではなくモヤついた嫌な気持ちも湧いてきて喉が渇いていく。
涼は少しニヤッとして、俺の肩を叩いた。その後に耳元に顔を寄せた。
「噂の、青春指導ってやつだろう」
コソッと囁くと、涼は礼儀正しい動きで部屋から出て行った。涼の発言が聞こえたのか、先生は愉快そうに笑っている。
「藤野、話はそのことだ。彼女がいるんだってな」
「いえ、まだいません……」
先生に彼女持ちだとバレると一回は呼び出されるという噂は普通に事実だ。
クラスメートも、一朗も、一回は呼び出されて「節度のある交際をしなさい」と指導されたと言っていた。
ただ、生活指導の先生は人生の先輩だから親や友人よりも頼りになることもあるらしい。
一朗は呼び出し指導後に、自発的に軽い質問をしに行っていた。
「それじゃあ、噂の彼女はもうすぐ彼女って感じか?」
「その噂ってどこで聞いたんですか?」
「さぁ。先生たちは色々な情報網を持っている」
楽しげに笑う先生に、ますます照れが増す。居心地の悪さも強くなった。
「そうですか……」
気恥ずかしくて、つい視線が彷徨う。
「もうすぐ彼女なら、少し出掛けたり、一緒に帰ったりか?」
「家が近いから勉強したり、登下校をまぁ」
クールな涼を目指そうとしたが、声が上ずった。
「勉強場所は受験室か?」
友達相手ならスラスラ話せることも、先生相手だとあまり言いたくない。
「いや。ほとんど席を取れなくて彼女の家です」
言葉が喉に絡まったように声が出にくい。
「向こうの親が、店だと他の客の邪魔になるし、お金もかかるからって」
先生はほんの少し目を細めた。相変わらず笑っているけど、目の色が変わった気がする。
彼女の家というワードで、邪推されたのだろう。
何も無いと説明しないと、誤解されたままになってしまう。しかし、それにしては先生の目に棘はない。
「最初は二人じゃなくてもう少し多くて、俺ら、友達に気遣われて……」
弁明したい気持ちを表すように、心臓が速くなっていく。
「それに親同士が知り合いだし、向こうの親から『勉強に付き合ってくれてありがとう』みたいに言われて……」
声がどんどん小さくなっていった。「信用を感じるから、何もできないし、したくないです」となんとか続ける。
「付き合ってないし、その時は向こうの好意も知らなかったから、変なことをしたら嫌われます」
「そうらしいな。例の他校生が聖廉に来た件でも、ご両親や彼女の親は藤野をとても信用している」
先生の今の発言は、親から既に聴取していると感じさせるものだ。
「そんな風に一生懸命弁明しなくても疑ってない。そもそも好きな子と何かしたいと考えることは悪いことではなくて自然なことだ」
悲観的だった、自意識過剰だったと気づいて顔が熱くなっていく。それと同時に、悪く思われてなさそうでホッとした。
高松の親は俺をとても信用していると、先生に指摘されたので胸も温まっていく。
しかし、この空気は『応援される恋とそれに対する指導』ではないという違和感があって、嫌な予感が心の中をザラザラと擦る。
「うちの学校は、真剣交際の先に何かあっても、それを不純異性交友とは呼ばない」
先生は笑顔を消して、真剣な眼差しになった。一朗から聞いた青春指導とは様子が違ってきた。
それとも、一朗はこの重たい空気の中で『彼女を大切にする方法』という指導を受けたのだろうか。
「海鳴は、悪意をもって相手を傷つける行為や、他人に迷惑をかけるような軽いノリの遊び、あるいは犯罪まがいなどのことを不純異性交友と呼ぶ」
なぜ交際の指導で「悪意」の話になったのか。俺は誰かに悪いことをしていない。交際の話なら高松とのことで、彼女に何かしたなんて誤解だ。
先生は自分を悪く思っていないと感じたというのに、嫌な予感がする。
「俺は高松に……好きな子に悪いことなんてしていません」
「藤野、それは分かっている。真剣交際は何も悪くない。学校にこういう匿名メールが続いている。先生もご両親も濡れ衣だと思っていて助けたいと考えているから、話をしよう」
渡された印刷物を見たら、一瞬、息が止まって辛い吐き気に襲われた。
——貴校の高等部二年二組の藤野颯は不純異性交友をしています。インターハイを控えている剣道部の部員としていかがなものか。調査されたし。
それは、あまりにも予想外で現実味のない文だった。




