枝話「運命の恋2」
天宮香織は、初恋をますます拗らせている。
☆☆
吹奏楽部の同期パートのグループトークに、動画のリンクが送られてきた。
動画のタイトルは『Never FantasyのSumuraiが悪党成敗』だった。
友人たち曰く、春に私を助けてくれた海鳴生たちの動画。私も映っているから親と学校に相談した方がいいという。
読まない方がいいから消しなとか、親に見せるのに必要だとか、トークが飛び交う。
あの日の恐怖が蘇って指が震えたけど、それ以上に、もう一度あの時の颯君に会えると高揚した。
リンクにそっと指で触れ、Whishamに飛び、再生された動画を眺める。
動画は、斜め後ろから私たちを撮影しているものだった。
颯君が私に話しかけている。
『怖かったですよね』
あの優しい声が耳の奥で反響する。
『撮影なんてやめて下さい』
颯君はそう言って、私の制服を隠すために自分のブレザーを私の肩にかけてくれた。
犯人が警察に連れていかれて、動画はそこで止まった。
私はこの後のことをよく覚えている。
あの時、私は顔を上げて、優しい人が誰なのか確認をした。
背の高い海鳴生で、美しい横顔をしていた。春風に髪がサラサラとなびいて、胸がトクンと跳ねた。
だから——痴漢事件のトラウマは皆無に近い。
捲り上げられたスカートの中に手が入ってきた時は戦慄したけど、即座に逮捕してもらえたことも理由だろう。
「颯君……」
画面に表示されている動画の中の彼を見つめる。
スマホの向こう側にいる彼から返事はない。
動画は印刷できないので、ため息を吐いてミニアルバムを取り出した。
お気に入りの颯君の写真を眺める。
一緒に写ってしまった高松小百合の切り取り損ね部分が憎らしくてならない。机にあったボールペンを手にして、そこに突き刺した。
「私だって……」
高松小百合は私の応援をすると言って颯君に近づいた性格の悪い女子だ。
キツいから元クラスメートにも、箏曲部の部員にも嫌われている。
みんなの怯えや嫌悪に気づかない鈍い女子だから、クラス委員長や学年部長になって偉ぶっている。
あんなふしだらな女がクラス委員長や学年部長だなんて、学校もどうかしてる。
彼女は聖廉生の内部組なのに倫理観や貞操感は育たなかったようで、私の颯君を体で堕とした。
同じクラスだった時に、人当たりが悪いと違和感を感じたことはあるけど、ここまで酷い性格だなんて気づかなかった。
テスト期間に毎日、毎日、颯君を家に連れ込むなんて。年頃の男子には体——そんな、とても穢らわしい女子だなんて夢にも思わなかった。
「待っててね、颯君」
私がきっと彼を救ってみせる。
ノートパソコンを開いて、海鳴高校のホームページを表示する。
まだ改善されないようなので、電子質問箱へ前回と似た投書を行った。
二年二組、剣道部の藤野颯は不純異性交遊をしている。
学校と親が「どういうことだ」と調べれば、高松小百合の悪行はすぐに明るみに出る。
そうしたら彼は学校と親に救ってもらえる。
悪い女子に騙されてしまった愚かな自分のことも悔いるだろう。
投書を終えたので、淹れてある紅茶を飲んで一息ついた。
颯君、大丈夫だよ。私がきっと救ってあげるからね。




