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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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83/93

記念日


 ずっとキラキラと星が降っている。


 ☆


 今日は三ヶ月記念日。時間が取れる終業式の日に、お祝いでご飯を食べに行くので、今日は少し話をして帰ることになっている。

 部活終わりにいつも通り、聖廉の校門まで迎えに来てもらって、二人で帰りたいからみんなを見送って出発。

 歩き出してすぐ、どちらともなく手を繋いだ。

 初めての時はお互い喋れなくなったけど、すっかり慣れた。ドキドキしなくなったことに、わずかな寂しさと大きな喜びが入り混じる。

 少ししたら、一朗君に「言いそびれてたんだけど」と話しかけられた。


「うん、何ですか?」


「終業式の日にさ、約束通り水族館に行くわけだけど」


「他のところが良くなりました?」


 思い出の場所で、前回との違いを感じたいけど、新しい場所を開拓するのも歓迎だ。


「場所が反対方向なんだけど、旭のバイト先に行かない? 美味しいんだって。旭に紹介したいし」


 一朗君は空いている手で首の後ろに当てた。この照れくさそうな仕草も見慣れてきた。

 前はこれを見てドキドキしたけど、最近は胸がじんわり温かくなる。手を繋ぐことに慣れたこともそうだけど、二人の恋の根っこが伸びたと感じる。


「嬉しい。イタリアンでしたっけ」


 一緒に旭林君のバイト先へ行って、私——彼女を紹介したい。だから彼とちょこちょこ連絡を取っていたことは、誤解を解く過程で聞いた。いつ誘われるかなと待っていた。


「そう。石窯でピザを焼くお店なんだって」


「それは絶対に美味しいですね」

 

 また友達に紹介してもらえると、ニヤけてしまう。


「じゃあ、ピザを食べに行ってから水族館で決まり。あっ、カラオケはどうしよう。さすがに詰め込み過ぎだよね」


「私も一朗君と行きたいって話、覚えててくれたんですね」


「もちろん。これから行く? 三十分ならお互い大丈夫そうだけど」


「行きたいです」


 外でお喋りはやめてカラオケへ行くことにした。

 一朗君は「前に行ったことがある」と知っているカラオケ店に案内してくれた。平日の夜だから混んでなくて、すんなり部屋に入れた。

 彼がドアを開けてくれたので先に入室して、奥に詰めたら間にカバンを置かれた。

 離れていたいんだと悲しくなって、過去の失敗から、こういう時に質問をすることが大切だと意気込む。


「必死に歌いに来たわけじゃないから、ドリンクが来るまでのんびりしてようか」


 彼に話しかける前に、デンモクとマイクを配られた。笑いかけられて、「嫌われてないからいいか」と思ったら、質問の台詞は引っ込んだ。

 こういうところが良くないかもしれないと首を横に振る。彼のカバンを持って「奥に置いておくね」と告げる。

 

「ありがとう。誰もいないとすーぐ部則違反をするよね。副部長なのに」


「この間は一朗君が先に、誰もいないから『敬語はやめて』って言ったのに」


 楽しく笑い合ったので隣に座るだろう。その予想は見事に外れた。

 カバンはなくなって座る場所はできたのに、彼は私と同じ長椅子ではなく、一人がけの丸い椅子に腰掛けた。

 机に肘をついて、愉快そうな笑顔を向けられて、またしても言葉が口の中で止まる。


「聞いたことが無かったけど、琴音ちゃんはいつもなにを歌うの?」


「何回かしか来たことなくて、推しの歌手もいないから、前はランキングから選んだよ。一朗君は?」


「俺も似た感じ。年末年始に家族とか、たまに威生(いお)たちに誘われて行くくらいだからその場のノリ」


 店員が来て、一朗君がドリンクを受け取る。彼はドリンクを机に置きながら私の隣に座った。しかも、かなり至近距離で腕がくっつくくらいの場所に。


「あの。ドリンクが来たら、私の隣に座ろうと思っていたの?」


「ん? うん。そりゃあ人が来るって分かってるのに距離が近いのは恥ずかしいし」


 それなら、質問したら答えてくれただろう。


「聞くって難しいね。隣は嫌なのかなって思った」


「『なんでカバンをロッカーにしまうの?』それは聞いたのに、今のを聞けなかったのは……不安? なんの?」


「そうなのかな。嫌われてないって分かっているのに、なんかつい」


「俺もちょこちょこそうだからお揃いだ。お互い実感が足りないようだから……」


 あっと思ったらハグされた。ドキドキしながら、そっと胸元の服を軽く掴む。

 

「す……「あはは。確信犯」


 記念日は一緒にご飯を食べないかと聞いたら、「それは終業式の日にするから喋ろう」って言ったのに、カラオケ計画を立てていたとは。

 手繋ぎの時と同じく、計画的だと考えたら面白くて、つい笑ってしまった。


「なんで笑うんだよ」


 彼の腕に力が入った。

 少し背が高いだけなのに、横幅はそんなに変わらないと思っていたのに、こうしてみると私よりもずっと大きい。


「ふふっ、つい」


「あはは、小さい」


 ぽんぽんと頭を撫でられた。


「小さくないよ」


「俺からしたら小さい。か……「一朗君は男の子だもんね。背、いくつあるの?」


「……180ないくらい。琴音ちゃんは160くらいだよね? 蘭と同じくらいだから」


「うん、そのくらい」


 顔が熱くてならないし、動悸もすごいけど、これまでの積み重ねなのか喋る余裕はある。

 不意に体が離れて、悲しそうな顔の彼と目が合った。どうしたのだろう。

 傷つけてはいないはずだけど——そう考えた時に顔をそっと掴まれて、ほっぺたをムニムニされた。


「勇気を振り絞った俺の『好き』と『可愛い』を邪魔する口め」


「……へ?」


 ひどく間抜けな声が出た。そういえば、さっき何か言いかけていたような。

 コンクール前夜と似た瞳で見つめられて、同じ問いかけをされたので、小さく頷いて目を閉じる。

 カラオケに来たのに全然歌ってないや——。


 ☆★


 一曲ずつ歌って、二人で歌って、お店を出て駅に向かったけどまだ帰りたくない。

 同じ気持ちなのか、初めて「ホームまで送る」と言われた。申し訳ない気持ちもあるけど、嬉しさが勝ったのでお願いした。

 

「水族館の時と迷ったんだけど」


「なにを?」


 繋いでいた手が離されたので、寂しさを代弁するように風が手を撫でる。

 深刻そうな顔が意味するところはなんだろう。

 きっと、私に何か話——それも緊張してしまう内容のもの。今夜、過ごした時間的にきっと私にいいことが起こる。

 予想通り、カバンから可愛い包みが出てきた。


「遊ぶときだと荷物になるから。その、これからもよろしく的なやつ」


 こちらを見ない彼から、両手でどうぞとプレゼントを差し出された。きっと記念日の贈り物だ。


「うわぁ。ありがとう。私はね、水族館の時に渡すね」


「やっぱりなにかあるんだ。期待してたから嬉しい。あっ、電車」


「気をつけて帰って」と気遣われて、背中を軽く押されたので、名残惜しいけど電車に乗る。

 恥ずかしそうに手を振られたので、私も手を振り返した。

 電車の速度が上がるように、心拍数が上がっていく。

 一朗君は前から親に「自転車は危ない」と言われていたけど、動きたいから真夏以外は自転車通学だった。

 今年は手の怪我をきっかけに電車通学になり、夏になったからか、怪我が治ってもそのまま継続している。

 夏になったからではなく、帰りの電車で私とLetl.したいからだったりして。

 プレゼントをカバンにしまって、スマホを取り出し、彼からの通知を見て微笑む。

 

【一朗君も気をつけて】


【プレゼント嬉しい】


【中身が気になる】


 一朗君【帰ったら見るの?】


 【ゆっくり見たいから】


 一朗君【帰ったらすぐ使えるよ】


【使えるものなんだ】


 雑談していたら、時間はあっという間。

 電車から降りて、「着いたからまたあとでね」と送る。

 私は、私たちは三ヶ月前とは全く違う世界を生きている。

 今夜は珍しく父が駅まで迎えに来てくれた。

 この間、一朗君を真一さんから守ろうと来てくれて、庇ってもくれたから優しくしているつもり。

 お母さんと話したかったのにお父さんは嫌。そんな態度を出さないようにした。

 家に帰って、母を探したら書斎にいた。


「お帰りなさい。早く着替えなさい」


「うん、あのね。じゃじゃーん!」


 カバンからプレゼントを取り出して、三ヶ月記念だと自慢した。嬉しすぎてつい。


「あら、良かったわね。何をくれたの?」


「まだ見てないから分からない」


「それなら一緒に見てもいい?」


 変なものは入っていないだろう。メッセージカードがあったら最高だけど、読まれたら恥ずかしい。

 しかし、入っていないかもしれないし、メッセージカードがあっても見せなければいい。


「いいよ」


 母のデスクワークに包みを置いて、ワクワクしながらリボンを解いた。

 まず最初に目に入ったのは小さい箱だった。持ち上げたら、小さな子がお風呂で遊ぶ用のサメのおもちゃだった。ネジを巻くと泳ぐサメ。

 三ヶ月記念のプレゼントがこれとは、あまりにも予想外だ。ときめきが一気に冷めていく。


「あらっ、なんでまた」


「……」


 箱に、以前一朗君が私のノートに落書きしたサメの絵そっくりなメモもついている。それで、ほとんど同じ台詞が書いてあった。

 猫の形のメモに、『Cat gets eaten by shark』と書いてあるけど、絵だと『サメが猫に食べられちゃう』だ。


「サメ映画ではしゃいだからかな」


 乙女心は冷えてしまったけど、面白くて仕方がない。思い出が蘇って、おかしくて吹き出す。母も愉快そうに笑っている。

 別のプレゼントは、コンクールの日に倫が作ってくれた『おもちの足型のお菓子』だった。

 学校では使えないような、大きめの白くてふわふわした冬物のシュシュも入っている。

 蒸発するように変えたときめきが戻ってきた。


「色々くれたのね」


「そうみたい」


 メッセージカードを発見したので、部屋へ行って内容を確認した。

 三ヶ月は当たり前の通過点だから、これからもよろしくと書いてある。

 シュシュが冬物なのは願掛け。冬も一緒なのは当たり前のことだけど、きちんと願いを込める。

 人生で初めてお菓子を作った——


(料理が嫌いじゃなくなりそう……ふふっ)


「ありがとう」って、私こそありがとうだ。

 彼は照れ屋で、妹に彼女話をしない。日野原君や倫ちゃんからそう聞いていたのに、「倫に頼んで指示を出してもらった」なんて。

 嬉しくて少し泣いて、シュシュに『予約』とメモを貼ってよく目にする場所に飾った。

 サメは……このおもちゃはお風呂で遊ぶものだから今夜は遊ぼう。


 ★


 田中一朗は夕食と風呂を済ませると、部屋に置いてあるスマホを真っ先に確認した。

 彼女が出来たならと、夜、親にスマホを預けなくなって久しい。成績が落ちたら使用制限が掛かるが、むしろ成績は上がっている。

 彼は琴音から「またサメ!」みたいな返事が来る、面白そうだと期待していた。

 しかし、三ヶ月記念のプレゼントに対する反応は、予想外のものだった。

 

 琴音ちゃん【The shark is you!】


 続けて、湯船にサメのおもちゃが浮かんでいる写真が送られてきた。

 

 琴音ちゃん【またキスしようね】


 机の前に立ってスマホを見た一朗は、ベッドに近寄って背中からダイブした。

 最後に見た文字が恋人の声で再生され、言葉が頭の中で何度も反響する。彼は「また眠れなそうだ」と一人ごちた。


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