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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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枝話「藤野颯と珍騒動」

 なぜか、佐島さんの父親が一朗と会うらしい。

 校門前で挨拶をするだけらしく、心細いから「隣にいて」と頼まれた。

 娘の佐島さんが、「お父さんは何を言うか分からない」と言っていた。今夜は何が起こるのだろうか。胸が妙にザワザワしている。


 部活が終わり、待ち合わせ場所の海鳴高校の校門前で待機。

 一朗はまだ、「なんで友達の父親と……」とブツブツ言っている。

 

「そういえばさ、颯はあの船高生の件で高松さんの親と会ってるんだよな?」


「うん、そうだけど」


「付き合うことになったから挨拶しようとか、挨拶しにきなさいってないのか?」


 俺はまだ高松と付き合っていないので、首を横に振ってその話をした。そういえば報告をしそびれていた。


「付き合ってない? なんで?」


「高松に『全国大会の日って約束だったね』って謝られたから、その日からにしようって言った。追い込みで忙しそうだし」


 集団だけど、登下校は一緒にしている。地元駅と家の往復時は二人きり。

 彼女の気持ちが自分にあると分かった今、不満や焦りはない。そんな話をしたら、一朗は腑に落ちないような顔をした。


「まぁ、全国大会まで一ヶ月もないからいいのか」


「うん。何も知らなくて悲しい気持ちにさせていたみたいだから、これからは色々、喜ばせたいと思う」


 父に聞いたら、発表会やコンサートは花が定番らしい。だからコンクールもきっとそうだと思って小さな花束を用意した。

 というわけで、この間は両親に差し入れの小さなブーケを預けた。

 お礼の電話が嬉しかったし、相澤さんと佐島さんが高松とブーケの写真を送ってくれて、彼女は満面の笑顔だったのでさらに。


「言えよ!」


「えっ? 今、話しただろう?」


「俺だってそのアイディアを知っていたら、当日渡せるものを用意したのに!」


 一朗は、「優勝祝いしか用意していない」と項垂れた。それがあれば充分だと思う。

 ここへ、佐島さんたちが到着した。大人は彼女の父親だけだと思っていたのに一人多い。


「こ、琴音さんのお父さん! こんばんは!」


 俺の隣で一朗が勢い良く頭を下げた。


「こんばんは、田中君。私の友人が部活終わりに会いたいなんて、すまないね」


 相澤さんの父親は、俺の父とは真逆で、厳格そうな雰囲気を纏っている。

 ほわんとした相澤さんとは全然、似ていない。彼女はきっと母親似なのだろう。


「いえ」


 一朗はまだ頭を下げ続けている。


「真一、彼が田中君だ。これで気が済んだだろう。帰るぞ」


「何を言っているんだ。まだ一言も喋っていない」


 佐島さんの父親——真一という人物は俺の父と雰囲気が近い。父は癖毛だけど、真一も似たようなパーマ髪で細身だからそう感じた。

 真一はかなり高いテンションで一朗の手を取って抱き寄せ、自己紹介をしながら背中を叩いた。

 指揮者という事前情報でイメージした人物像とかなり違う。


「剣道ボーイは疲れてお腹が減っているだろう。おすすめのハンバーグ店があるんだ。レッツゴー!」


 俺はこんなにテンションが高くて子供っぽい大人を、創作物以外で初めて見た。


「いえ、あの!」


 一朗が後ずさる間もなく、真一さんはその肩をがっしり掴んだ。


「遠慮するな」

 

「友人の相談を聞かないといけなくて……お付き合いできなくてすみません!」


 一朗は俺に『付き合って』と言ったけど、俺をダシにして逃げるつもりだったようだ。


「友人? そこの君も一緒にどうだい? 人生の悩みなんて食べた寝れば大抵、忘れられる」


「それは私が昔、君に言った台詞だ。真一、散々言ったけど、君と田中君は関係ないから帰るぞ」


「嫌だー! 僕は剣道ボーイに技の解説を頼むんだ!」


 衝撃的なことに真一は、子供のように一朗の腰に抱きついた。すかさず、相澤さんの父親が彼の腕を掴んで引っ張る。


「やめなさい。帰るぞ」


「嫌だって言っているだろう!」


「お父さん! 田中君と会ったら帰るって、真由香と約束したでしょう?」


 佐島さんが珍しく大きい声を出した。


「技の解説ってなんですか?」


 一朗は愛想よく笑おうとしているけど、ぎこちない。


「君は実にクレイジーボーイだった。敵が手も足も出ない。あれは何を考えてそうなっているのか僕は非常に気になっている」


「あの、俺の試合の動画を観たってことですか?」


「娘が見せてくれたんだ。ネットにあるって」


 相澤さんの父親が、真一に再び「帰るぞ」と促す。しかし真一は一朗と肩を組んで首を横に振った。


「琴音ちゃんの彼氏と挨拶はさっき終わった。僕はこれから、剣道ボーイと話すんだ」


「剣道話をしたいならいいですよ。俺、最近、聞かれてないから嬉しいです」


 一朗はここでようやく、いつもの笑顔を見せた。この照れ笑いを見たら、本心だとすぐに分かる。


「ひゃっはー! 最高じゃないか。僕おすすめのハンバーグでいいかい?」


「動画を観たり色々話すなら、ファミレスがいいと思います」


「気が利くね!」


 こうして、俺たちは全員でファミレスへ行くことになった。

 近くの駐車場に車は二台あり、真一と相澤さんの父親の車に分かれることに。

 真一の指示で俺たち学生は全員、彼の車に乗った。一朗は助手席に招かれて、運転手から質問の嵐だ。

 一朗はとても楽しそうに、返事をしている。俺の隣で佐島さんが相澤さんに「田中君はやっぱりいい人だね」と囁くのが聞こえた。

 俺は誰ともなしに、小さく頷いた。


 ★


 ファミレスに入ると、真一は一朗を隣に座らせた。それからずっと、一緒に動画を観ている。俺は一朗の隣にいるので、二人の会話がよく聞こえる。

 一朗の動画はネットにいくつもあるので、真一はそれらを観て「これは?」と質問し続けている。

 部活でそれぞれの動画分析やアドバイス時間はあるけど、一朗本人が自分の動きを詳細に説明するのは初めてだ。

 聞いているだけで勉強になるので、本人に説明してもらうという発想を持ちたかった。

 

「俺がクレイジーボーイなら、佐々木武蔵もクレイジーなんですよ」


 一朗は九州学館の佐々木武蔵の動画を真一に観せ始めた。少しして、「中学校の時に二年連続負けた、悔しい、今年倒します」と言い、負け試合の動画——全中の決勝戦を表示した。


「わーお、熱戦じゃないか!」


「本当に悔しくて、まだ夜中に飛び起きることがあります」


 たびたび耳にする、一朗の負けず嫌いさが分かる発言が飛び出す。

 佐々木武蔵の試合動画解説が始まり、彼は引き面が得意だから防いで胴で勝つと、一朗は真剣な眼差しで語った。

 目の前で相澤さんが見惚れてそうな顔をしているから、気づいてなさそうな一朗にあとで教えよう。


「その向上心は素晴らしいね。僕はまるで運動ができないから、スポーツマンに憧れているし尊敬もしている」


 真一さんが、パチンッと指を鳴らした。言動が派手なところが、不思議さを前面に出した時の佐島さんと被る。


「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです」


「偽物スポーツマンは嫌いだけど君はいい子だ。みんなで変質者からガードしてくれているそうだし、剣道部ごと応援するよ」


「頑張ります!」


 真一は登場時は変わった人だと思ったけど、その後はあまり奇抜な言動はなく、和やかな夕食後に俺たちを家まで送ってくれた。


 ★

 

 数日後、部活から帰ってきたら両親に朝の番組を見せられた。慌てて録画したらしい。

 その番組内で、番宣のために登場したのは人気アイドル二人と真一、ゲームのプロデューサーだった。

 

(えっ? 佐島さんがNever Fantasyの作曲家?)


 アイドルの隣に友人の父親、それも数日前に会った人物が出てきただけでも驚きなのに、超有名ゲームの作曲家だったとは。

 あまりの衝撃に、目が落ちそうになる。指揮者だと教わったけど、彼の仕事はそれだけではないようだ。

 父が俺に興奮気味で問いかける。


「指揮者の佐島真一さんって聞いたけど、あの作曲家のShinだったんだな」


「颯は凄い人と会ったのねぇ」


 父も母も俺の腕に軽く触れた。画面の端にLIVEと表示されているし、朝のニュース番組なので、録画された番組は生放送だ。

 真一の「明日は早起きで辛い」という言葉が蘇る。それがこれだとは、誰だって夢にも思わない。


「僕はつい最近、剣道にハマったんです。Me Tubeに動画をアップしたからよろしく! 僕はスポーツや音楽に携わる少年少女を応援しています!」


 今夜の番組の宣伝をする場なのに、佐島真一は関係ない話をした。親指を立て、満面の笑顔を浮かべている。

 女性アナウンサーが少し慌てた様子を見せた。


「作曲家のShinさんは昨年、世界陸上の音楽も担当しましたね」


「次は剣道です!」


 真一は俺の父親よりも年上に見える。そんな中年男性が、ウインクをしてピースをしたので吹き出しそうになった。


「僕も高校まで剣道部だったんですよ。仕事が急に忙しくなって続けられなくなりましたけど」


「宮君、小学生にボコボコにされて泣きそうになったって言っていたよね」


「そうそう。小学生に教えに行くって行事があって、全国三位って子がいて、逆に指導を受けた」


 アイドル二人が楽しそうに喋る。おそらく、話をぶっ込んだ佐島真一をカバーした。

 二人は「今夜の〜」と予定通りっぽい宣伝をした。 その後に、「剣道を取り上げることもあるかも」とゲストをさらに立てる台詞を告げる。彼らは俺と五つか六つしか離れてないのに凄いと感心した。

 ソファでゴロゴロしていた姉が「宮君、可愛い〜」と甘ったるい声を出した。

 

「颯〜。私のために、宮君のサインを頼んでくれたよね?」


「いや、こんな話は聞いてないから……。聞いていても、初対面の人に頼めるわけないだろう」


「いくじなし〜、ケチ〜。お風呂に入ろう」


「そんな図々しくなれねぇよ」


 姉に少し腹を立てながら部屋へ行った。姉が風呂から出るまで勉強してよう。

 勉強前に少しだけと確認したら、Me Tubeの佐島真一のチャンネルに投稿された新作動画は『Never Fantasy ーSAMURAI ver.ー 』だった。

 佐々木武蔵と一朗の熱戦の勝敗がつく前の映像、一朗と武蔵の最近の試合がやたら格好良い音楽つきで繋げられている。

 二人とも名前が分からないように加工されていて、俺みたいに元の試合動画を観たことがない人は誰だか分からないだろう。

 動画は、Never Fantasyの新作——和風の世界が舞台のゲームの宣伝画像になって終わった。


(こんなの、急に作れって配信できるものなのか?)


 コメント欄は『Never Fantasy』の新作に対する期待や動画を褒める言葉で溢れている。

 登録者数がクラシック指揮者という肩書きとは結びつかないくらい多く、五年ぶりの新作だからか、再生数がえげつない。

 コメント欄を辿っていたら、ゲームアニメオタクで有名なアイドルの宮君もコメントしていて、そこにファンのコメントが沢山ついていた。

 

 勉強と風呂の後に、せっかくだから観るかと家族と共に例の番組を観た。

 佐島真一——Shinは奇想天外な人物だけど、天才的な指揮者、作曲家だと分かった。彼のエピソードはことごとく変で面白い。

 

(テレビの向こうの人なのに、会って喋ったんだよな……)

 

 モニターを介しただけで、まるで別世界の人間みたいだ。

 番組を見ながら一朗にトークを送ったけど反応は無い。寝たのか、相澤さんと喋っているのか返信はなかった。


 翌日、朝はバタバタしているので、一朗もテレビ番組の話をする時間はなく、部活が始まった。

 部練習前のミーティングで顧問が「多額の寄付があった」と報告した。

 日本を代表する、有名な作曲家がなぜか海鳴にポンっと大金を出してくれたらしい。代わりに、今度見学に来るそうだ。


(有名な作曲家?)


 俺と一朗は顔を見合わせたけど、部活中なのでお互い、何も言わなかった。

 教室でヒソヒソ話して、二人で佐島さんにトークを送った。


 さとまゆ【知らなかた】


「寄付は佐島さんのお父さん?」と問いかけたのに、返事はこれだった。


 さとまゆ【びっくりぽん】


【お父さんってこと?】


 さとまゆ【違うの?】


 田中一朗【名前は聞いてない】


【お父さんに聞いとくね〜】

 

 昼休みに佐島さんから答えが送られてきた。寄付してくれたのはやはり真一だった。

 佐島さん曰く、『情けは人の為ならず』らしい。寄付は一朗が初対面の真一に親切だったお礼のようだ。

 俺も一朗も、『佐島真一』という指揮者・作曲家の影響力の大きさに、この時はまだ気がついていなかった。

 俺たちに少し現実離れした日々が訪れるなんて——


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