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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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田中一朗と彼女の本音

 俺は今日、早くスマホに触りたいのに、こういう時に限って部活後のミーティングが長い。

 琴音ちゃんのコンクール結果がどうだったか気になるのに。

 以前、俺が出演の打診を受けて断った番組から、再オファーが来たそうだ。

 前回のオファーは『佐々木武蔵のライバル』として少しだけの出演で、当て馬役だったから嫌だと拒否した。

 まだ琴音ちゃんと出会っていなかったので、そんな負け役で認知されたくなかった。


 その番組は、一ヶ月前の特別版の評判がかなり良かった。それで、レギュラー回の企画内容も似たような感じに変えるらしい。

 これまでは一人に焦点を当てていたけど、今後は団体に光を当てる。

 春の成績がイマイチで保留になっていた『佐々木武蔵特集』を、俺を中心に据えて九州学館と海鳴高校、それぞれの学校の特色ものにして再企画。主役は俺たち二年生。

 学校は無料で宣伝をできる。俺たち生徒のこともいい感じで撮ってくれる。

 無料で学校のことを宣伝できるから、生徒や保護者の猛反対がなければ撮影許可を出したい。

 こういうことが説明されて、部員は誰も反対せず。

 保護者には今夜メールで説明文を送り、保護者説明会の出欠を取ると言われた。

 格好良く撮られて、琴音ちゃんにますます惚れられないかな……と浮ついた気持ちが込み上げてくる。


 ミーティングが終わった瞬間、急いで部室へ行こうとしたのに、松谷先輩に「二年は残れ」と指示された。

 「このクソゴリラ」と心の中で悪態をつく。

 おそらく部活のことではなく、番組の主役が二年生であることへの文句だろう。

 二年生全員はピリッとなった。山本先輩が「勇吾(ゆうご)」と松谷先輩の肩に手を置く。

 山本先輩がいれば大丈夫——


「俺らは帰るわ。じゃあな」


 俺たち二年生は、爽やか笑顔の山本先輩に見捨てられた。山本先輩には、番組の主役になりたい願望はなさそうなのに!

 仕方なく、松谷先輩の前に二年全員で整列。松谷ゴリラは不機嫌そうな顔で腰に手を当て、仁王立ちしている。


「田中ぁ!」


「はい!」


 次の台詞は「調子に乗るな」だろう。


「彼女ができたならもっと早く言え! 部長会で少し喋れただけの真山さんたちと、もっと早くLetl.をできたじゃねえか!」


「……すみません」


 彼女がいるなんて生意気。そう、ドヤされると思ったけど違った。


「聖廉箏曲部がインハイ出場祝いの壮行会をしてくれることになった。向こうは本番の練習だそうだ」


 瞬間、パンッという弾ける音がした。

 何かと思ったら、出入り口に他の三年生がいて、クラッカーを持っている。床にクラッカーから飛び出た紙テープが舞い落ちた。


「いよっ! 田中! 俺らの福の神!」


「テレビで三年を持ち上げろよ!」


「モテ期到来だ! 海鳴は野球やサッカーじゃない。弱小バレー部やバスケ部でもない。剣道部だ!」


 今のは海鳴でモテる部活だ。短時間集中の鬼特訓、科学的アプローチなどが海鳴剣道部の売りだけど、この緩さも特色だと思う。

 昨日、三年生は仲良くクラッカーを買いに行ったわけだから。


「というわけで、二年から誰か一人、打ち合わせ係を出せ」


 松谷先輩の険しい顔は緊張だったのか、満面の笑顔を浮かべた。


「明日までに決めて山本に言いに来い。二年への連絡はこれで終わり。解散! 田中は残れ!」


 嫌な予感しかしないので逃げたい。


「抜け駆けやろう!」


「調子に乗るな!」


「俺らは帰るからやったれ勇吾!」


 三年生が大笑いしながら去っていく。俺以外の二年が「悪い」という顔をしながらミーティングルームから出て行った。

 みんながいなくなると、松谷先輩に羽交締めにされた。腹を拳でグリグリされる。


「田中。俺らは推薦組なんだから、卒業まで女子関係のトラブルを起こすなよ。他の部と違って、剣道部は一度もそれ系のトラブルは無いんだから」


 意外にまともな話だった。痛みや苦しみのない程度の力とはいえ、男の腕の中なんて最悪だ。


「分かっています」


 海鳴の推薦組は少なくて『見本生徒』になる契約だ。学校の評判を貶める行為をしたら推薦取り消しになる。

 退学は場合によるが、免除された学費の返納をしなければならない。


「ちゃんと、あのおっぱい彼女に抗えよ!」


「ちょっ! なんすかそのあだ名は! 撤回しろ!」


 腹が立ち過ぎて松谷先輩を突き飛ばした。上下関係は大切だけど、うちの部はこのくらいなら許される。


「最低野郎! 知り合いの女子たちにチクるぞ!」


 出入り口から声が飛んできた。三年生が戻ってきている。いや、最初から帰っていなかったのだろう。


「田中のおっぱいに謝れ!」


 栗山先輩のこの発言にもカチンときた。


「俺のじゃありません! 二度と見ないで下さい!」


 栗山先輩は山本先輩に「お前もゴリラ族かよ!」と背中を叩かれた。


「やーい、このモテないゴリラ! 栗やんもフラれたばっかりだからアホな性格を直せ」


「まだフラれてねぇ!」


「うるせぇ! 誰がゴリラだ!」


 松谷ゴリラはぷんぷん怒りながら、カバンを持って三年生たちのところへ移動した。栗山先輩と二人で、他の三年生に詰め寄っていく。

 松谷先輩は去り際「彼女に俺の褒め話をしろよ」と言い残した。

 疲れた……と二年の根城——部室へ向かう。部室に入ると同期に心配された。

 隠していたのになぜバレた。そういう話題になり、昨日、遭遇してしまったと教える。松谷先輩の無礼発言もチクる。


「松谷先輩って本当、残念イケメンだよな」


 和哉が苦笑いを浮かべる。


「早く連絡を取りたい日に限ってだったな。はい、一朗」


 颯が差し出してくれた、金庫から出された俺のスマホを受け取る。


「そうだ、琴音ちゃん! コンクール!」


 慌てて部室を出て、校舎の外へと一目散。トークで、コンクールは無事に終わり、彼女も高松さんもノーミス演奏だったと分かった。

 彼女は「世間に見つかる」と言っていたけど、結果は良くなかったようだ。

 直接話をしたくて電話をかけたら、「もしもし……」と疲れていそうな小さな声で応答された。


「ごめん、疲れてる?」


「何も悪くないよ。話したいから部活が終わるのを待ってた」

 

 彼女は基本的に素直なので、よく胸がギュッとして嬉しくなる。


「今日はミーティングで遅くなって」


「お疲れさま。他校との練習試合はやっぱり楽しかった?」


 今日の練習試合は楽しみだと、前に言ったことを覚えてくれている——そう、小さく感激した。


「うん。あのさ、その話よりコンクール。ノーミスってことは全力を出し切ったってことだから……」


 結果が伴わなかったのなら「おめでとう」は変だから続きを迷う。

 琴音ちゃんは「コンクールで優勝したい」と言ったことがない。

 昨夜も不安がっていた。まるでコンクールには出たくないというように。

 それなら、個人的に申し込むコンクールになぜ出たのだろうか。勉強会のときに、高松さんと一瞬、ピリついたことも気になっている。

 昨夜、俺はその点と点を繋げられなかった。

 言葉に迷っていたら、彼女の静かな呼吸音がして、胸をざわめかした。


「……特別優秀賞だった。小百ちゃんは入選外」


 それは、酷く憎々しげな言い方だった。『特別優秀賞』は凄そうな響きだけど不満なようだ。


「そうなんだ。特別優秀賞は『おめでとう』ではない?」


「ううん。分かりにくいけど一番ってことなの」


「それならおめでとう」


「うん。でもモヤモヤしてる」


 一番だから優勝のはず。それなのに、こんなに嬉しくなさそうなのはなぜなのか。


「何にモヤモヤしてるの? 思った演奏をできなかった?」


「……小百ちゃんみたいなの子があそこまで弾けるようになるには同程度の努力が必要だって分かるのに、なんでこんなに差をつけるのかな」


 小さくて、吐き捨てるような言い方に戸惑う。どうやら高松さんの結果が不満なようだ。


「でも、講評は的を射ていたから仕方ないね。コンクールは努力の過程は評価してくれないもん」


 琴音ちゃんは、そのまま続けた。高松さんは自分の中で入選以上だと笑い声を出す。


「運動部の試合も結果が全てだから、努力の過程は親や知り合いしか評価してくれない」


「うん、勝負事はなんでもそうだよね。小百ちゃんはね、きっと高校がピークだからこれまでの結果を披露したいって言ってたの」


 彼女の声が明るくなってきた。


「高松さんはそういう理由でコンクールに出たんだ」


「そうなの。まるで才能がないのに本選に残れて講評もなかなか良くて、小百ちゃんはやっぱり凄いなぁ」


 琴音ちゃんはさらに熱っぽく語った。苦手なことをこんなに頑張れる高松さんは、何をしても報われると。

 

「最初の予定と違うけど、これで聖廉に注目が集まるし、私中心じゃないのに凄い演奏だって思われるから、全国は確実に優勝だ」


 とても楽しそうな笑い声が耳をくすぐる。


「絶対に、小百ちゃんと真由ちゃんと伝説の二連覇をするの」


「それが目標なんだ。琴音ちゃんはそのためにコンクールに出たの?」


「うん。芸術って審査員の心理にも影響を受ける曖昧なところがある世界だから、優勝者がいるといい影響でしょう? テレビとかで世間を味方につけられるし」


 琴音ちゃんから、次々と意外な言葉が出てくる。


「昨日の夜、世間に見つかりたくないって感じだったけど、部活で全国優勝したいからコンクールに出たんだ」


「うん。真由ちゃんと計画して。お父さんたちもちょうど良く密着取材を受けてたから」


 バラバラだった点と点が繋がってきた。

 目立つということは、悪意に晒されることとイコールだと、彼女は俺と同じように自身の経験から学んでいる。

 昨日の夜は乗り気ではないどころか怯えて見えたのに、自ら進んでコンクールに出たのは部活——いや、高松さんのためだったのか。


「……琴音ちゃんは目立ちたくないってことを、高松さんは知ってるの?」


「知らないし、知る必要なんて無いよ。小百ちゃんは気遣い屋で優しいし繊細だから」


 それなら琴音ちゃんの気持ちのやり場は……と言う前に唇を結んだ。


(佐島さんと計画したって言ったから彼女がいる。それに俺にも気持ちを吐き出した……)


 しかし、これだと彼女たちは二人と一人だ。それで関係性にトラブルが生じることは無いのだろうか。

 そう心配になったけど、三人は小学校三年生の時からの仲だ。


「それにね、もういいの。私には真由ちゃんと一朗君っていう共感して助けてくれる人ができたから、自分を偽るのはやめるというかやめた」


「俺はいつでも話を聞くよ。役に立てるようだから」


「ありがとう。一朗君、その……好きだよ」


 この流れでその台詞は予想してなかったのでノックアウトされそうになった。


「まだ学校とか駅だよね? 疲れてるのにいろいろ話してごめんね」


「何も悪くない……。いや、疲れてるからもう一回言ってくれない?」


「えっ?」


「勉強しろって学校なのに、期末テストが終わったら部活メイン。楽しかったけど今日も疲れた」


「ふふっ。しょうがないなぁ。じゃあ……大好きだよ」


 こんなに可愛い彼女とは絶対に別れない。改めてそう決意する。


「……ん、俺も」


「気をつけて帰ってね。勉強して待ってるから、無事に帰れたか教えてね」


「勉強するんだ」


「昨日のことで寝不足で昼寝しちゃって。その……またしようね。じゃあ、また後で」


 たまに投下される琴音爆弾を落とされて、心停止で死亡するかと思った。

 帰りの電車でトークのやり取りを出来ないのは寂しいと感じたことが、今ので吹き飛ぶ。


 手の怪我が治った頃に気温が高くなったし、インハイ前だから『もっと運動したい』気持ちは諦めて電車通学に切り替えている。

 こういう日こそ、全力で自転車を漕ぎたい。

 熱い頬に心地の良い夜風を浴びながら、鼻歌混じりで駅まで向かった。

 電車に乗り、通知の嵐になっている剣箏部のグループトークを確認した。

 履歴を遡り、琴音ちゃんの発言を拾っていく。

 コンクールに出た理由は嘘だし、高松さんへの発言にはかなりの配慮を感じた。

 事実を知っているとわずかな違和感が見つかる。話題を何かと自分への褒めから逸らしている。


(しれっと嘘つきだな……)


 グループトークの流れを壊さない、琴音ちゃんがこの場で望んでそうな、当たり障りのない発言をしておいた。

 地元駅に着いて、父親の迎えの車に乗ったその時、佐島さんから個人トークが来た。


 さとまゆ【お父さんが琴ちゃんの彼氏は僕に挨拶しろって】


 さとまゆ【明日の夜少し時間よろ】


 は?

 なんで?


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