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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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枝話「一ノ瀬涼と親友の彼女」

 海鳴剣道部と聖廉箏曲部が一緒に帰るようになってしばらく経ち、メンバーの動向が変化してきた。

 女子は以前、相澤さんと東さん、橋本さんの三人でいて、高松さんは佐島さんと一緒、それから西園さんたちの三人だった。

 ここのところ、相澤さんは佐島さんと並んで歩き、時にすぐに帰らないで駅前にある、交番近くのベンチで話し続けることがある。

 高松さんに避けられているようだった颯は、基本的に、彼女と並んで歩いている。そのほとんどは一朗と三人、横並びだ。この三人はいつも、相澤さんと佐島さんの後ろを陣取る。


 残りのメンバーは毎日、日替わりだ。歩き出したタイミングで横に並ぶ相手が変わる。

 ただ、政は良く橋本さんの横にいて、日野原君の話題が出た時は不機嫌そうに見える。余計なことには首を突っ込まない方がいいのだろうか。しかし、政は一人で抱え込んでいるのかもしれない。なら、声をかけるべきだ。

 そんなことを考えながら、今日も皆で箏曲部を迎えに行ったら、相澤さんに「相談があります」と話しかけられた。


「なので……一番後ろを二人で歩きませんか?」


「俺ですか? 別にいいけど……」


 あとで一朗に八つ当たりされるのは嫌だが、きっと彼氏のことを相談されるから、それは彼のためになること。

 予想だと、相談内容は昨日の関東大会で一朗が優勝した件だ。他に思い当たることがない。

 皆が歩き出して、一朗は政と橋本さんと横並びになって進み、少しして振り返った。

 相澤さんがニコニコ笑いながら一朗に手を振る。彼の表情は夜に紛れてよく見えないけど、手を振り返したのは分かる。相澤さんは、皆が十数歩進むとようやく歩き出した。


「昨日の関東大会の優勝をお祝いしようと思ったんですけど、週末、もうインハイ予選なんですよね?」

 

 俺の予想は当たりのようだ。


「そうです。インハイ予選も優勝するはずなんで、お祝いはその後がいいと思います」


「二つ分のお祝いは何がいいのかなって悩んでいるんです。貰うばっかりになるから、前回のタオルだけでいいって言われたんですけど」


 不機嫌そうになった表情もそうだし、声もそれは不服だという響きだ。


「貰うばっかり……自慢されました? 俺は強いから色々な大会で勝つって」


「そうは言われてないです。でも、そうみたいですね。私、部員なら全員個人戦に出られると思っていたんです」


 高松さんに颯の応援はどうするのかと尋ねたら、彼女に「個人戦は同じ高校から四人までで、他は三年生」と教わったらしい。


「三年生に混じって出場するって、凄いことですよね? どう決まったんですか?」


「三年の主力メンバーは今回、団体戦出場を優先されました。で、団体戦メンバーになれなかった先輩二人が個人戦に記念出場します」


 正確には団体戦補欠の二人と、あぶれた二人の合計四人で個人戦の出場枠二つを争った。

 団体戦補欠かつ個人戦に出場ということもあり得たけど、団体戦に出られない二人が勝ち抜いた。それは、引退年の最後の大会に絶対出るという執念だ。


「そうなんですか」


「団体戦大将の松谷先輩と一朗が、今回、海鳴の本気枠です」


 もちろん、個人戦に出る他の先輩二人も彼らに負けるつもりで出場するわけではない。

 顧問と部長が決めて、今回の海鳴本気枠は個人戦の二枠になった。

 団体戦に出場する三年生も含めて、先に決まった三年記念出場枠を除いた二枠の取り合った。部活内で試合を何度か繰り返して、出場者が決まった。

 

「一朗以外の二年生は三年生にボコボコにされて。悔しいです」


 記念出場といっても二年より弱いなら検討し直す。そう言われた先輩にも、俺たちは負けた。

 『二年は田中だけのチームだな』と松谷先輩に煽られて、心底腹が立っている。

 団体戦は三年生だけで出る。個人戦二枠は三年のもの。それは思い出どうこうと言いながら、ほぼ実力で決まったことだ。

 三年生と顧問が一朗を入れるか入れないか話し合い、個人戦に田中が出られないなら検討すると決まった。部員全員の予想通り、一朗は個人戦の出場権利をもぎ取った。

 二年生二人が個人戦に出られるという道もあったけど、俺たち二年は負けた。


「部活だから学年っていう贔屓(ひいき)もあるけど、基本的には争いってことですね」


「ええ。海鳴剣道部は昔からそこそこの強豪校ですから」


「教わって分かったけど、一朗君は全国優勝したいから、先輩のことも負かそうとしているんですね。今回の関東大会でもそうでした?」


「松谷部長を準決勝で倒して、手加減しろって怒られてました。もちろん、ふざけで。手加減したら殺されます」


 部長の松谷先輩は鬼のように強い。その鬼みたいに強い松谷先輩の天敵が同じ都内にいて、去年、彼は都予選の決勝で負けて、準優勝でインハイへ進んだ。

 去年、一朗は足の指を骨折して、春の大会は軒並み出場できなかった。自然と、夏に行われる本選にも出られず。

 松谷部長は、今年は一朗と公式戦で戦える、たまに部内で勝てるから負けないと、予選優勝でインハイ出場を目標に掲げて張り切っている。


「わぁ……そうなんですね。暑苦しくてうるさい、面倒な部長さんって聞いていたけど、学年を超えたいいライバルなんですね」


「あいつ、松谷先輩のことをそんな風に言っているんだ」


「あっ。気をつけないと。誰かに聞かれたら一朗君が困りそうです」


「そうそう。あのゴ……。松谷先輩には気をつけて下さい」


 危うくゴリ先輩と言いそうになった。松谷部長は顔が濃くて圧が強いから、ゴリ、ゴリラと呼ばれている。

 ゴリラでもイケメンゴリラで見た目はわりといいのに、性格のクセが強いから、今年だけでも二人にフラれている。

 一朗に彼女ができたってバレたら殺されそう。しかも相澤さんは普通に可愛いし、成績優秀で、性格良しだから、絶対に強く妬まれる。だから俺たち二年生は、一朗を守っている。

 この辺りのことは、松谷部長の名誉のために黙っておこう。


「話が逸れましたね。相談は祝いのことなのに」


「知らない情報が楽しくてつい。私が相談しておいて違うことを喋り出したのに、思い出させてくれてありがとうございます」


 穏やかで柔らかな微笑みに胸がじんとなる。一朗は彼女のことを、登下校中に『可愛いだけではなく親切』だと見つけたようだけど、その見る目は確かだと思う。

 彼女はニコニコと笑ってよく誰かを褒めるし、今のように相手を立てたり、「ありがとう」と沢山、口にする。

 快活でバカっぽい一朗と、おっとり癒し系の相澤さんだから二人の雰囲気はかなり違うけど、根っこは似ている。


「こちらこそ、友達を祝ってくれるなんてありがとう」


「貰うばっかりになるって言われたけど、それじゃあダメなんですかね。ちょっとした物でも嫌なのかな。私は何か貰ったら頑張れますけど」


 お祝い自体されたくないのかも、予選なのに大袈裟だってことかな……と相澤さんは悲しそうに俯いた。

 一朗はそんなに口にしないけど、相澤さんのことで浮かれまくっている。しかし、そんな彼の想いは伝わっていないようだ。


「相澤さんに、あげてばかりって不満に思われるのが嫌なだけだと思いますよ」


「そんなこと思わないのに、そう誤解しているんですか?」


「俺らみたいにかなり親しいと図々しい奴ですけど、相澤さんには気を遣っているんだと思います」


 暗い夜道の中でも分かるくらい、相澤さんの表情が明らかに曇っていった。俺は何を間違えたのか、理解できない。テストの答えはすぐ分かるのに、人間関係だと難しい。


「そっか。私はまだあまり、親しくないんですね。まぁ、まだ二ヶ月ですし……」


 うつむいた彼女の唇が少し尖る。自分の過ちが何か分かったけど、彼女がそう考えるなんてあまりにも予想外だ。


「いや、そうじゃなくて、嫌われないって分かっている俺らと、彼女は違うじゃないですか」


「私だって嫌わないですよ……。私、また何かしちゃったのかな。不安にさせるようなこと……」


 泣き出しそうな少し震えた声に、ますます慌てた。気をつけているのに、また間違えた!


「いや、あの。聞いてないんで。そんなことは聞いてない。またって、何かあったんですか? 何も聞いてないけど」


 助けて颯!

 政や和哉でもいい。俺一人だと、変なことを言うかもしれない。


「……一朗君は友達に悩みを言わない人なんですね。私、悪いことをしてしまったのに。私のことを庇ってくれているのかな……」


 悲しげな顔で見上げられて、「私はたまにダメな彼女で」と苦笑されたので、背中に冷たい汗が流れていく。

 助けて颯! 政でも和哉でもいい! 


「きっと、そんなことはないです。悩みを言う時は言いますよ? 初デートの時だって、偉そうに『考えろ』って命令してきて」


「そうなんですか?」


「そう。『お前らに彼女ができたときに役立つから、真剣に調べろ』ってうるさくて」


「ふふっ。そうだったんだ」


 無事、軌道修正できたようだ。誰か俺を褒めてくれ。


「だからえっと、優勝祝いはいらないは遠慮だから、優勝祝いを贈ると絶対に喜びます。ちょっとしたもの……あっ、二人で肉まんとか、あいつ、よく食べるから」


「……そっか。そういう、ちょっとした食べものがいいんですね。肉まんかぁ。その発想はなかったです」


「あいつ、相澤さん激推しだから、肉まんをむしって"あーん"ってしたら完璧です」


 俺は必死に頭を動かして、喉をカラカラにしながら、和哉の発想や口調を憑依させた。


「もうっ、からかわないで下さい。そっかぁ。その手がありましたね。コンビニに入って、何が欲しいですか? うん。良さそう」


 手を繋いで「おめでとう」と笑うのが一番良いだろうけど、俺はそこまでは言えない。二人きりにならないで、和哉を巻き込んでおけば良かった。

 

「うん。いいと思います」


「そうだ。食べ放題に行った旭さんって、一ノ瀬君とも仲良しなんですか? 三人で行くくらいだから、そうですよね?」


「しゃぶしゃぶに行ったって聞いたんですね。でも、五人ですよ」


「五人はなんの友達なんですか?」


「道場仲間です。小学校の時に通ってた道場の同期で、家がそんなに遠くないし、気も合って」


「へぇ。一ノ瀬君って、一朗君と同じ小学校で、道場でも一緒だったんですね」


「いや、小学校は別で道場だけです」


「そうなんですか。高校受験の時に手伝ってもらった、小学校からの友達って言っていたから、勘違いしてました」


「そう言われたら、同じ小学校って思うのは当たり前です」


「皆さん、違う小学校だったんですか?」


「そうです」


「まだ交流があるって、仲良しですね」


「確かにそうかも。でも、久しぶりに集まりましたよ。旭が退院したお祝いで」


 俺たちの部活の休みはあまりない。一朗は部活の休みや時間の多い放課後は彼女優先と宣言して、自分たちの部活後に集合と、わりと無茶振りをした。

 一朗にはそういう、ちょっと俺様人間なところがある。憎めないキャラだから、それが許されている。

 相澤さんの前では猫を被っていて、そういう一面を見せていないだろう。そのうちバレるのに、猫被りし続けて、大丈夫なのだろうか。


「虫垂炎でしたっけ。元気になって良かったですね」


「元気過ぎですよ。バイト代で奢ってやるって、しゃぶしゃぶの食べ放題後にラーメンなんて。一朗と旭だけ、胃袋がおかしくて」


「一朗君は旭さんと二人で、ラーメンを食べに行ったんですか?」


「俺らは無理って帰りました。迷惑なのに軽く歌い出したり、昔から、馬が合うんですよあの二人」


 相澤さんはなぜか黙り込んだ。何か言いたげに唇を動かして、何も喋らないで唇を結ぶ。


「あの、どうしました?」


「……ラーメン」


「えっ?」


「ラーメンを食べませんか? 私、ラーメンって全然食べたことがなくて、だからラーメンを教えて下さい」


「えっ?」


「ラーメンの食べ方と、魅力を教えて下さい」


「一朗にご馳走する予習ってことですね。もちろん、手伝いますよ」


「誘ったから今夜はご馳走しますね」


「いや、自分の分は自分で出すんで。肉まんもいいけど、ラーメンも喜びますよ」


「ラーメンについて学んで覚えます」


 聖廉はわりとお嬢様高校だというけど、まさかラーメンも「覚える」というほど、馴染みがないものとは驚きだ。

 剣道部——というか海鳴生いきつけのお店へ行き、注文の仕組みを教える。雑談をしながら二人でラーメンを食べて、駅へ行き、解散となった。

 俺はできるだけ、一朗がいい奴だと伝わるようなエピソードを会話に織り交ぜた。だから、相澤さんはさらに(ゆうじん)を好きになってくれるだろう。


 ★


 一ノ瀬涼は、親友・一朗とその彼女の喧嘩のきっかけを作ってしまった。

 彼が語った「一朗はいい奴エピソード」のいくつか——田中一朗が旭林源太郎を助けた出来事を、彼女は「一朗君は大好きな朝日ちゃんを何度も助けていた」と誤解してしまったのだ。

 涼の目に映る相澤琴音は、いつも友人に囲まれて慕われおり、成績も良いから、自尊心がきちんと育まれているように見える女の子だ。

 けれど彼女の心には、どこか空虚な部分がある。しかも彼女は、それを親にさえ悟らせず隠し通す器用さを持っている。

 そんな彼女が涼には素直に弱音をもらした。それは、かつて佐島真由香や高松小百合にふと本音をこぼした時と同じで、限界が近いことの証だった。

 だが、彼女を深く知らなくて誤解している一ノ瀬涼では、溺れる寸前の彼女の心を掬い上げることはできなかった。


 彼は何も悪くない。ただ、親友とその素敵な彼女の幸せを願い、必死に考え、一生懸命行動しただけなのだから。





 相澤琴音は、旭林——男子を"朝日ちゃん"だと誤解している。だから朝日ちゃんを知る、一ノ瀬涼に相談を持ちかけた。

 そうでなければ、親友のために、藤野颯に相談を持ちかけ、その場に小百合を呼んでいた。

 一朗君は朝日ちゃんと再会し、親密になっている。その誤解は、一ノ瀬涼との会話では解けなかった。



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