ようこそ我が家へ2
たまに我が家の猫、おもちを撫でたり、休憩時間に少し雑談する以外はずっと勉強を続けて、気がついたら11時になっていた。
和服を嫌がる律が、「一朗君がいるから」と言われて渋々着物姿になったので祖母と母はごきげん。
母以外は和装になり、タクシーに乗って目的地であるすき焼き屋さんへ。
話題が私の昔話になり、無口だった律まで喋るようになって、一朗君も楽しそうだけど私としては嬉しくない。
祖母や母目線で可愛かった話だとしても、幼い頃の変わったところや失敗談はやめて欲しい。
すき焼きを食べ始める頃には、私の「変な作曲」話になり、『別に変じゃないのに』と憤った。
しかも変な生物や爬虫類が好きだという嘘を言われた。
「私は生き物全般が好きなだけで、変わった生き物や爬虫類だけを好きだなんて言ったことはないよ」
「あはは。今日はずっとツンツンしてますね。逆の立場だったら自分もこうなると思います」
愉快だというように、一朗君がクスクス笑う。
彼の笑顔は好きだから笑ってほしいけど複雑な気分。
私の心以外は和やかな昼食が終わり、「1時間くらい散歩してきたら?」と母と祖母に言われようやく一朗君と2人きりになれた。
母たちがいなくなると、一朗君は背中を丸めて少し屈み、「うわぁ……」と呟いた。
「大丈夫? 着物で疲れた? 緊張するよね? お母さんたちがうるさくてごめんね」
「それは平気だけど、楽しかったけど、何あの高そうなお店……」
一朗君は体を起こして困り顔で私を見つめた。
「俺の支払いはどうしたらいいの⁈」
「手土産のお礼だから何も要らないって伝言を預かってるよ」
「いや、でもさ。なんか俺の肉、多くなかった?」
「男の子だからりっ君と同じ量にしたんだろうね。私たちはそんなに食べられないよ」
「親に……ちゃんと話して良かった……」
「手土産をもらった分だから、何も要らないからね。お母さんの言いつけを破ると怖いから、何も用意しちゃダメだよ」
母に強めにそう言われていると伝えて、門限が厳しくなったり、せっかく自由になったスマホ使用に制限がかかるだろうという予想も添えた。
予想というか、母が遠回しに匂わせたことだ。
「とりあえず、どうするものなのか親に連絡をいれておく」
一朗君はスマホを取り出して操作して、それが終わると「さて、どこへ行こうか」と微笑んだ。
「俺は二人で歩けてちょっと写真を撮れたらいいかな」
照れくさそうに首の後ろに手を当てた一朗君に「どう?」と問われた。
「私もそれがいい」
雷門を見学してお参りすることに決めて歩き出す。
さり気なく手を繋がれたので、嬉しいと伝われと手に力を入れた。
「……一朗君の手って大きいよね」
公園で手繋ぎの時は喋れなかったので、頑張って話しかけた。
「そう? 平均並みだと思うけど」
緊張しているのか一朗君の声はとても小さい。
「そっか」
ドキドキし過ぎて頭が回らないので会話を広げられず。
雷門に到着するまでは無言で歩き、一朗君が立ち止まったので「写真を撮る?」と聞いてみた。
「せっかく着物だからさ、撮ってあげるよ」
二人で撮るつもりだったけど、「ほら」と促されたので一人で雷門の近くへ。
交代方式だと思ったので、私の撮影をしてもらった後に「どうぞ」と言ったけど、彼はスマホの画面を眺めて返事をしなかった。
私が写った写真眺めてぼーっとしているのは、見惚れてくれているということだろうか。
「あの、ちゃんと写ってる?」
「……ん? あっ、うん。二人でも撮ろうか」
「その前に一朗君を撮ってあげるよ。交代」
「俺? 俺は別にいいよ」
私は一朗君単体の写真が欲しいと言う前に、「撮るよー」とインカメにしたスマホを向けられたので写真撮影。
近くて嬉しいと照れていたら、一朗君は家族連れに声をかけて彼らの写真を撮り、代わりに私たちの撮影を依頼。
結果、一朗君だけの写真を手に入れるタイミングを逃してしまった。
お店をいくつか覗いているうちにお互い慣れて話せるようになり、おもちに似た根付けをお揃いで購入。
参拝して、またぷらぷら歩いていたら時間はあっという間。
彼だけの写真を撮るチャンスをうかがっていたけど、母たちとの集合時間になってしまった。
待ち合わせ場所で母たちと合流して帰宅。
ここで勇気を出さないと着物姿の一朗君だけの写真を手に入れられないと意気込んだその時、律が彼に「頼みがあるんですけど」と話しかけた。
「頼み? なんですか?」
「着物を脱ぐ前に写真を撮らせて欲しいです。友人と絵を描くことがあって、参考資料が欲しくて」
「へぇ。絵も描くんですか。お姉さんに部活で音楽を作ってるって教わりました。芸術肌でいいですね」
一朗君は「役に立てるのは嬉しいです」と律に満面の笑みを向けた。
それに対して人見知りの律は、無表情で目線を落としたまま「ありがとうございます」と小さな声を出した。
「庭がいいんで、こっちへお願いします」
「分かりました」
律が一朗君を撮影する横にいたら、私も彼を撮り放題だと思ってしれっと二人についていこうとした。
「琴、俺の部屋から帽子を持ってきて。あと木刀と傘も」
廊下を歩いている時に律は私にそう命令した。
「……待って、一朗君にあれこれさせる気?」
「だって、いいって言ったから」
人見知りはするのに気後れしない律らしいといえば律らしい発言。
一朗君は嫌なら嫌だと言えそうな性格なので、律に頼まれたものを運んだ。
「琴音、片付けるから早く着替えてきなさい」
律が一朗君の撮影会をするのに、母に「早く」と急かされて渋々自室へ。
着替えをして、母が着物を片付けるのを手伝うと、一朗君ももう私服に戻っていた。
律にこっそり、「どんな写真を撮ったの?」と尋ねて「見たい」と頼んだけど、「拝見料は一枚一回千円」と言われた。
「ちょっと、なんでお金を取ろうとするの?」
「彼氏の写真が欲しいんだろう? ほら、払え」
「拝見料ってことは、データをちょうだいって言ったら送信料とか言って、さらに取る気でしょう」
「一枚送信するたびに千円。ちなみに十枚くらい撮った。新しい絵の具が欲しいからくれ」
「お父さんかお母さんに頼みなよ」
律は「ケチ女」という捨て台詞を残して去った。彼氏の写真が欲しければ2万を寄越せ、見せるのも有料だなんて、ケチなのは律だ。
少しばかりムカムカしながら居間へ行き、堀りごたつへ入って勉強道具を広げて、一朗君と再び勉強を開始。
朝から晩までのデートをしたかったけど、デートの時のくだけた感じだけではなく、母たちと接する時の礼儀正しさや、勉強する真剣な眼差し、凛と伸ばした座り姿も見られてお得。
彼が同じ空間にいるだけで頑張れるし、二人で成績をあげて、次のテスト期間中に1日デートをもぎとるという目標もあるからやる気が出る。
真面目に勉強していたら、母がひょっこりと顔を出して、「一朗君」と彼の名前を呼んだ。
「お夕飯はお寿司にしようかなって。どうかしら?」
「えっ? 夕食? まさか」
母は17時くらいに解散と言っていたし、私もそれが常識的だと思っていた。
「夕食も誘うことにしたんだ」と心の中で呟き、母のにこやかな笑顔を眺める。
「お寿司は食べられる? 好き?」
「あの、好きですけどおかまいなく」
「21時頃には家に着くように車で送るから安心して。ご両親によろしくお伝え下さい」
彼は驚きで固まっているのに、母は鼻歌混じりで去っていった。
昼はすき焼きで夜はお寿司だなんて、かなり珍しい豪華さだ。
「俺、夜までだったの?」
「ううん。17時くらいまでって話していたんだけど、お母さん、一朗君ともっと喋りたいみたい」
一朗君は「ありがたいけどまた緊張だ」と苦笑して髪をかいた。
「とりあえず親に連絡を入れよう」
昼食の時みたいに私の昔話をされたらたまったものではないと不安だったけど、夕食の時間の母と祖母は一朗君に彼自身のことを質問して、話題はそのことについて。
剣道を始めた理由は小さい頃に祖父のような警察官になりたいと言ったら、それなら剣道と柔道を習いなさいと言われたからだった。
剣道の筋は良く、柔道はあまりで剣道だけに。
「先輩の進路って、警察官なんですか?」
律のこの問いかけに、一朗君はゆっくりと頷いた。
「はい」
「なのに二組なんですね。高等部の二組って理系ですよね?」
そうなんだ。そうなると一朗君と同じクラスの一ノ瀬君と藤野君は理系ということになる。
「入学する時に幼馴染と同じクラスになれませんかって頼んだら、いいって言われました」
自分は高卒で警察官になることが目標だから、理系も文系も関係無い。
幼馴染が理系だったから、同じクラスになれないかと頼んだ結果、自分も理系クラスになった。
剣道の成績が良くて推薦を取れるなら大学進学も視野に入れている。
一朗君は少し目を伏せて、淡々とそう語り、チラッと母の顔を見た。今の視線はどういう意味だろう。
「相澤さん……皆さん、相澤さんでした。えっと、琴音さんはやっぱり大学進学をするんですか? 音大ですか?」
一朗君は、今度は私をチラッと見てまた視線を落とした。
「この子は国立狙いですよ。演奏者よりも経営やプロデュースをしたいって」
「あっ、うん。そうなの。まだそういう話はしてなかったね」
「……あんなに弾けるのに演奏者じゃないんですか?」
律が「いつ姉の演奏を聴いたんですか?」と聞くと、一朗君は「去年の文化祭で」と答えた。
「それってまゆ先輩とさゆ先輩と3人での演奏のことですか?」
「そうです」
「本当に音楽と無縁の人なんですね。あれはあんなにじゃないし、あれだとプロになれるレベルじゃないですよ」
律の一朗君に対する人見知りが減っていた気がしていたけど、この嫌味っぽい話や楽しそうな明るい笑顔で確定というか確信した。
撮影会のあとから、たまに居間にきて一朗君に絡んでいた時からそういう予感はあった。
「私はプロにならないからあれでいいの」
「じゃあ、なんでコンクールに出るんだ。さゆ先輩の邪魔になるって分かってるのに」
律は不機嫌そうに唇を尖らせた。
「さゆちゃんが一緒に出たいって言ったんだよ。1人じゃ勇気が出ない、私を目指したら頑張れるって」
「じゃあ、あんな連奏は失礼だろう。もっと弾けるのに手を抜いて」
「手抜きじゃないよ。3人のバランスを取るために必死に頑張ったのに何、その決めつけ。しかも今さら」
「思い出したらイライラしてきて。先輩は見る目、いや、耳がないですよ」
一朗君の前で姉弟喧嘩をしてしまっているとハッと気がついて律に言い返さなかったら、一朗君は困ったような顔で固まっていた。
「ご、ごめん。喧嘩なんてして」
「あっ、ううん。あの、律君。お姉さんはもっと弾けるってことですか?」
「まぁ、身内を褒めるもんじゃないけど、なかなかの天才っぷりですよ。それこそ下手な立ち回りをすると孤立するくらい」
「……そうなんですか」
律はなんでこんな話をするのだろう。「やめて」と言おうとした時に、彼はさらに続けた。
「先輩も掲示板でなんか色々言われてますね。有名人や天才は叩かれて大変、大変。馳走様でした」
律はちゃんと手を合わせたけど、お皿の片付けをしないで去ろうとしたから母に怒られた。
「あらあら、なんだかんだお姉ちゃんっ子よね。天才同士そうなので、お姉ちゃんをお願いしますって、可愛いところがあるじゃない」
母のこの発言に驚いていたら、祖母も大きく頷いたのでさらにビックリ。
今の会話の流れがそういう意味だと思わなかったけど、そうなのだろうか。
「あの、琴音さんもネットで何か言われることがあるんですか?」
「目立つ活動をしていないから娘だけはないけど、聖廉の箏曲部は全国常連なので、部としてはありますね」
「あんなの、見なければいいんだよ」
コンクール後のことは考えたくないのに憂鬱になってきた。
「あの、律君はつまり、お姉さんが凹んだら励ましてほしいってことみたいだから……そういう時は自分なりに励まします」
「ええ、娘をよろしくお願いします。ほらほら、遠慮しないで食べてちょうだい」
この後、母と祖母は話題を一朗君の部活や友人のことにした。
部活や部員たちについて熱心に語る一朗君は初めてで、とても新鮮で母と祖母に感謝。
母と共に彼を家に送った後、律に「心配してくれてありがとう」と言いにいったら、すねたような顔で部屋から追い出されたけど、その後に一朗君の写真を無料で送ってくれた。
☆ ★
高松と朝から晩まで2人で勉強は嬉しいけど緊張で疲れた。
風呂から出た後にスマホを確認したら、午後になってから全く連絡が来なくなった一朗からLetlがきていた。
一朗【琴音ちゃんと高松さんが橋本さんを誘ってた】
一朗【それで明日俺のやばい幼馴染もくる】
一朗【橋本さんの彼氏】
何が「やばい」のかと送ったら、「和哉が癒しと思うくらいウザい自由人」と返ってきた。
一朗【お前は色々がんばれ】
一朗【あと俺を助けろ】
一朗【よろしく】
よく分からないのでもう「少し具体的に」と送信したけどもう返事はこなかった。
こうして、明日行う、一朗の祖父宅での勉強会に橋本さんとその彼氏が増えた。




