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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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枝話「橋本美由と彼氏」

 私は昔、知らない男の人に連れ去られそうになったことがある。

 まだ小学生になる前で、被害がゼロだったのでその時は別に怖くなかったけど、成長するにつれて「こういう意味だったのではないか」と理解してから男性がちょっと苦手。

 仲良しの琴ちゃんに彼氏ができて、羨ましいと言う麗華ちゃんが海鳴生とつるみだし、二人に「実はちょっと男の子が苦手」と言えないでいる。

 それでつい嘘をつくので、なんとなく孤独感や疎外感がある。


 今日も琴ちゃんは放課後デートだと去り、麗華ちゃんも勉強会だと西園さんたちと帰った。

 私は麗華ちゃんたちと海鳴生の勉強会に一度参加したあと、「一人の方が捗るって分かったから」と嘘をついたので今日も一人で帰る。

 麗華ちゃんに駅まで一緒にと誘われたけど、「先生に質問があるから」と嘘をついてしまった。

 剣道部員たちと話すようになって、思っていたよりも男子は平気と思っていたのに、最近は鉛を飲んだみたいな気分。

 この理由を私は察していて、自分の心に蓋をして目を逸らしている。


 日の高い時間にスクールバスは動いていないので、徒歩で駅まで向かっていたら、海鳴の校門前で「美由さん」と真由ちゃんに声をかけられた。

 

「やっぱり。あれっ、一人なの?」


「うん」


 色々複雑な気持ちを言えなくて短くそう答えた。

 琴ちゃんに彼氏が……、麗華ちゃんが……、男子が苦手みたいな言い訳を並べたけど、最近の憂鬱(ゆううつ)さの一番の原因、唯一の原因かもしれない人が私に向かって「こんにちは」と笑いかけた。

 春の終わりを告げるような陽射しの中、キラキラ光って見える優しげな笑みを浮かべているのは海鳴高校二年、剣道部の藤野颯君。

 小百ちゃんを颯爽と助けたヒーローみたいな男の子。

 背が高いし、顔も良いし、あの救助はとても格好良かったし、おまけに麗華ちゃんが「特進クラスじゃないし部活もしているのに学年20位だって」と言っていた、ご都合主義の少女漫画に出てきそうな完璧男子(パーフェクトボーイ)

 初めて会った時も爽やかで穏やかな様子になんだかドキドキしたけど、この間の事件でそれはより激しくなってしまった。

 

「こんにちは」


「小百合さんは見栄を張ったけど全然ダメだから藤野君に先生を頼んでたの」


「そうなんだ」


「あっ。ねぇ、小百合さん。今日はうちでお泊まり会に変えましょうよ。美由さんと三人」


 高松家に三人は厳しいけど我が家なら。

 この間、突発的に私を泊めたから物は揃っている。

 だから私の親が許すなら今夜は三人でお泊まり会をしよう。

 真由ちゃんはそんな風に私を誘った。


「今日、藤野君にみっちり鍛えてもらえばさ、あとは私と美由さんでもどうにかなるよ」


 気になる人と勉強はしたいけど、その気になる人が気にかけている小百ちゃんも同じ空間にいるわけで……。

 しかもなんとなくだけど、小百ちゃんの矢印も彼に向いていると感じているので、私はこの淡い気持ちを箱にしまっておきたい。


「ねっ、美由さん。きっと楽しいよ」


 わりと最近まで壁があった真由ちゃんが、私と親しくなれて嬉しいというように接してくれるので断りたくない。

 喜ばしい気持ちと重たい気持ちを天秤に乗せてゆらゆら揺らして、「そうしたいです」と言った。

 さっそく親に連絡を入れようとしたら、真由ちゃんが「また私の親から頼みますよ」と言ってくれた。

 あの事件の時は私が動揺していたから真由ちゃんが誘ってくれたのに、「娘がどうしてもってすみません」と彼女の親が言ってくれた。

 だから今度は「私が頼んだって自分で言いたいです」と伝えた。

 私は大切にしたい人におんぶに抱っこみたいなのは好きではない。


 こうして、私は突然勉強会に参加することとなり、さらにお泊まり会も決まった。

 初めて小百ちゃんの家にお邪魔して、こういう家に住んでいるんだなという感想の前に、藤野君がずっとソワソワして見えることが気になる。

 友達の好きな人を好きになった場合は……なんて問題は、私の好きな漫画の世界でよくある事件として出てくるけど、それは漫画あるあるではなく現実でもあるからなんだな、なんて。


 勉強に集中して気を紛らわして、田中君が増えたので藤野君との会話が減って安堵。

 藤野君と小百ちゃんがギクシャクして見えることに対して、「隙あり」とか「やった」よりも「上手くいって欲しい」という気持ちが湧いている自分にもホッとする。

 でも、息抜きお喋りタイムの時に、2人が小学校の時の誕生日会でジェンガをして盛り上がったと笑い合ったら、胸がチクチク痛んでしまった。


「私……どうしても食べたいものがあって、それがないと頑張れないからちょっと買い物へ行ってきます」


 逃亡して気持ちを落ち着けようと考えてこう言ったら、藤野君が「それなら俺が買ってくるよ」と優しく微笑んだ。


「いえ、悪いので……」


「みんなは何かいる?」


「琴音ちゃんが橋本さんは気遣い屋って言ってたから、自分で行く方が気楽だと思う」


 田中君のこの台詞で藤野君は目を丸くして、私は「そんなことはないけど自分のことは自分でしたいです」と言えた。

 琴ちゃんが私のことを彼氏にそんな風に言っていて、その彼がこんな感じで私の手助けをしてくれるとは。


「女子一人は心配だし座りっぱなしで辛いから俺も行こう。琴音ちゃんのことも聞きたいし」


 田中君に行こうと誘われて二人で家を出た。

 二人で並んでエレベーターを待ちながら、変な態度だったかな、気遣われたかもと気持ちが落ち着かない。


「俺、無言ってあんまり得意じゃないから喋るんだけど平気?」


「えっ? あっ、すみません。黙り込んでしまって」


「勉強ばっかりで頭が痛くなってくるよね」


 ニコッと笑いかけられて、それが「謝らないで」という意味だと感じた。


「はい。だから食べたいというより、外に出たかったんです」


「だと思った。アイスが好きなんだよね? 俺は肉まんを食べたいからコンビニに行こう」


 エレベーターがきたので二人で乗り、アイスが好きというのは琴ちゃんに聞いたのかと質問。

 そうしたら、彼女はいつも友達の話をすると教えてくれた。

 私がアイス好きという話は、私はアイスが好きだから新作チェックをしているという話題だったそうだ。


「今日も麗華ちゃんがこれは美味しいって言ってたとか、こっちは美由ちゃんおすすめって。だから俺、橋本さんともう友達気分」


「自分の知らないところでそんなに話題が出ているとは思いもよらずです」


「琴音ちゃんは俺のことも何か言ってる? 聞きたいことはそれ。褒め話があったら密告してくれないかなぁって」


 アイスを奢るからと言われたけど、琴ちゃんは照れて彼氏話をほとんどしないので何も。

 そう言ったら田中君はガッカリしてしまうので、土曜を楽しみにしていると教えた。

 掃除をして、着る服も決めたらしいと。

 しかし、田中君は落ち込んだ顔になってしまった。


「テスト勉強期間に娘を遊びに誘った悪いやつって思われているから気が重いんだよね。大丈夫かな。挨拶の練習はしてるけど……」


「田中君は礼儀正しいから、きっと大丈夫です」


「頑張るしかないよなぁ。励ましてくれてありがとう」


 また優しく笑いかけられたのに、いい人だなとか「琴ちゃん、良かったね」という感想以外はなにも。

 ますます自分は1人だけにドキドキするんだと気持ちが沈む。

 コンビニに着いた時に田中君に電話がきて、お店の前で私に「ちょっとごめん」と言って応答したから待機。

 夕暮れ時の空を見上げながら、友達の彼氏と二人で歩いているのはあまり良くない気がして、琴ちゃんに報告しておくべきなのか悩んだ。


「学校の友達と勉強してるから無理、肋骨が折れたなら大人しく部屋でじっとしてろ」


 田中君は私たち女子に対する話し方とは違う、海鳴の友人たちと喋るような口調だから電話の相手は男子に違いない。

 肋骨が折れたとは可哀想。なんで折れてしまったのだろう。

 

「ちょうどいいや。赤の他人に話せることってあるだろうからお前が聞いてくれ」


 田中君にいきなり「はい」とスマホを差し出されたので戸惑う。


「なんか悩んでそうだから。底抜けバカと話してみたらいいかなって。友達と何かあったって顔だし、琴音ちゃんも最近橋本さんは元気がないって気にしていたから」


 電話代がかかるから早くと急かされたのでついスマホを受け取って、Letl(レテル)だから通話料金はかからないと気がつく。

 しれっと嘘をついた田中君は私を置いてコンビニの中へ入っていった。

「琴ちゃんが気にしていた」と発言したので、田中君は私の様子を探るために一緒にきたに違いない。

 女子一人は心配という発言も、琴ちゃんのことを聞きたいと言ったのも、嘘だったということになる。


「もしもーし! もしもし? 誰か知らないけどお悩み相談室でーす! 能天気な俺と話すと元気になるからどうぞー」


 顔を知らない男子と話すのかと緊張しながら、「もしもし」と口を開いた。


「あれっ、女子なんだ。誰ちゃん? あっ。琴音ちゃんの友達? じゃないと一朗と一緒にいないよな」


「琴音さんをご存知なのですね。彼女の友人の橋本美由と申します」


「同い年だよね? 堅苦しくない? 待った。琴音ちゃんの学校の友達ならお嬢様だ。わーお。すごい」


 田中君が言った「底抜けバカ」は底抜けに明るいという意味だろう。

 明るい声で楽しそうに喋る男子のようなのでその通りだ。


「お嬢様ではないので、なにもすごくないで……」


 たまたま視界に入ったのだけど、角のところで人がうずくまった。

 おまけに道に倒れてしまった。


「すみません! 人が倒れたのでまた」


「倒れた? えっ? それならむしろ電話はこのままで!」


 状況を説明してと言われたので伝えたら、まずコンビニに入って人を集めて、その人の安全確保と言われた。


「救急車を呼んでもらって! コンビニならAEDがあるかも!」


 頭が真っ白になって、しどろもどろ行動して、田中君が私からAEDを奪って使用して、コンビニ店員は救急車を呼んでいた。

 AEDが電気ショックは必要ないと告げたので混乱していたら、倒れた若い男性はふっと目を覚ました。


「大丈夫ですか?」


 全員で話しかけたけど反応は乏しい。

 意識が戻ったなら心臓マッサージは要らないそうなのでそのまま救急車を待ち、その間、何もできないのでみんなと一緒に「大丈夫ですよ」と彼に声をかけた。

 やがて救急車がきて、彼を乗せて去った。救急隊員は去り際、私たちを褒めてくれた。

 ずっと握りしめていたスマホが田中君のものだったので返そうとして、表示されている通話時間で「まだ15分くらいしか経っていなかったんだ」と驚く。


「あっ、ご友人にお礼を言えていません。一人だったら最初にどうしたらいいか分からず、怖くて動けなかったです」


「お礼はきっと喜ぶからよろしく」


 お礼を言ったら、「今、向かっているから」と言われた。


「向かって? ここへですか?」


「一朗と駅まで来て!」


「あの……」


 田中君の友達はなぜかここへ向かっていると彼に教える。


「なんで?」


「分からないです」


 聞いてみてというようにスマホを差し出したら田中君は受け取って、友達になぜなのかと質問。

 

「いいからって何がいいからなんだ。もう船川駅? 分かった、分かったからそれはやめろ。駅に行くから」


 よく分からないけど、「無視するとうるさいから」と言われて田中君と駅へ向かった。

 改札前に到着すると、田中君が「もういるって」と私に言い、それとほぼ同時に「一朗!」という大きな声が響いた。

 駆け寄ってきた男子は色白で綺麗な顔をしていて、一ノ瀬君や藤野君よりも背が高かった。

 モデルみたいな人だなと思いつつ、肋骨が折れているらしいので心配になり、大丈夫なのか問いかけた。


「痛いけど平気。うわぁ、こんな感じなんだ」


 彼は私をジロジロ眺めて何かに驚いたというように目を見開いた。

 それからなぜかしゃがんで私を下から見上げた。


「君が橋本美由ちゃん。そっかぁ」


 ニコニコ笑っているけど肋骨が痛いのだろう。それなのになぜ田中君に会いに来たのだろうか。


「俺、一人だけ特別が分かった。美由ちゃん。俺、君に初恋だ。付き合ってくれない?」


「……」


 これはなんだと田中君を見たら、彼は目が落ちるのではないかというくらい驚いていた。


「美由ちゃん、返事は?」


「……えっ? あの。いきなり冗談はやめてください」


「本気だけど」と言いながら、彼は両手を合わせて「お願い」と告げた。


「今さっき会ったばかりで本気だなんて……「本気だからお願い! 好きな人がいるの?」


「……あの、いえ」


「いまの()はいるんだ! 付き合ってるの?」


「いませんし、お付き合いしている方もいません」


「嘘だ。好きな人はいて付き合ってはいないと。そいつは脈あり?」


「ですから、好きな人はいません」


「その顔は脈なしだ。よしっ、じゃあ俺で良くない? 君の魅力に気がつかないバカよりも俺。俺、すっごい大事にする自信がある! こんなこと初めてだから!!」


 立ち上がった彼が近寄ってきたので思わず後退る。


「わた、私は男子が苦手なので無理です」


「なんで? いじめられたことがあるとか?」


「いえ、その。被害はなかったけど、親がすぐ助けてくれて何もなかったけど、小さい頃に誘拐されかけて……」


 親友たちにも話したことがない話なのに、なぜか口から飛び出した。


「うわっ、変態の最低野郎め。分かった。俺に慣れるまで近寄らない。もちろん触らない。お喋りだけ! お願い!」


「おい、イオ。やめろ」


 田中君に肩を掴まれた彼は、「だから骨が折れて痛いんだって」と眉尻を下げた。

 

「あっ、悪い」


「なにがやめろだ。好きな女子と付き合えって言ったのはお前だろう。好きが分かったのに邪魔するな」


「あー、本気?」


「本気。多分。視界がなんかすごい綺麗。美由ちゃんは魔女っ子だね。俺に魔法をかけた。この世界を君に見せてあげたいよ」


 彼はニコニコ笑いながら腕を広げてくるっと周り、私に「ありがとう」と満面の笑みを浮かべた。

 最近、あの男子の視線はもしかして? みたいな自惚れはあったけど、告白されたのは生まれて初めてだ。

 私の淡い初恋は叶わないし、叶える気もない。失恋は今のようにジクジク胸が痛むこと……。


「……あの、友達からなら」


「友達にはなれないからやだ。友達みたいな付き合いから初めるでOK? デートもしたいけど、男子が苦手ならまずお喋りだけ」


「分かりました」


 自分でもこんなのはヤケだと思うし、田中君が何か言いたげだけど、OKしてしまったから突き進んでしまえ。

 彼と連絡先を交換して、「日野原威生」というアカウントが私のLetl(レテル)に増えた。


「お名前はなんて読むんですか?」


「威勢良く生きろで威生(いお)君。名前で呼んで。もうみんな可愛いじゃないから、女子の連絡先は全部消そう。一朗、どうやって消すの?」


 どういうこと? と首を傾げたら、日野原君は「ブロックか」と言ってスマホを操作した。

 

「おまっ、本気か? どうした? なんで急に! そりゃあ橋本さんは可愛いお嬢様だけど!」


 私は箏曲部2年の中で一番地味で目立たないと思うけど、田中君からすると「可愛いお嬢様」なんだ。


「結果的に可愛かったけど、あの優しげな大丈夫ですか? とかがグサグサ刺さった」


 このままここにいると歓喜で私に触りそうだからと言って、日野原君は去っていった。


「橋本さん大丈夫⁈ 誰かに失恋してヤケクソ⁈ あいつはやめて……いや、あいつが自分から言ったのか……」


「失恋していないし、ヤケでもありません。琴ちゃんを見ていたら彼氏や彼女って楽しそうだなと。生まれて初めて告白されてつい」


 こうして、私に人生初の彼氏ができた。それも、名前の通り、勢いのある嵐のような。

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