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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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37/93

田中家はにぎやか


 これは田中家でのこと。


 ☆★


 夕食後にリビングから出ようとしたら妹の(らん)に捕まった。

 聖廉(せいれん)バレー部と市船バレー部の練習試合が決まったそうだ。

 「ありがとう!」と笑う妹の姿は嬉しいけど、学校の課題をしたいからさっさと風呂に入りたいのに、話を聞いてというようにまとわりついてくる。

 部屋までついてきそうな勢いなので、仕方なくリビングのダイニングチェアに座った。

 話を右から左に聞き流して、逃げるタイミングを見計らっているけど蘭のお喋りが止まらない。

 俺の彼女——琴音ちゃんは喋るには喋るけど、ゆったりした可憐な話し方だから妹とは大違いだ。

 蘭は椅子に片足だけを乗せて、まだ春なのに暑いと言って短パン姿。

 琴音ちゃんは今頃、上品なパジャマか可愛い部屋着姿で、凛と背を伸ばして机に向かって勉強をしているに違いない。

 テスト期間中に鎌倉デートという案は彼女の母親に反対されて、代わりに相澤家で勉強会となり、今週の土曜に挨拶をするから今から緊張している。

 あの雰囲気だと彼女の部屋はどんなだろう……。


「ちょっと、一朗、聞いてるの?」


 蘭に咎められたけど、全く聞いてなかった。それを言うと喧嘩に発展するので無視する。


「おいこら一朗」


「聞いています。でも、もういいですよね。俺は勉強で忙しいんです」


「なんなの、その口調は」


「お嬢様たちと一緒の授業があるから、うるせぇなんて口癖が出たら困るので練習です」


 友人に対する言動で、既に口が悪いところを見せてしまっているから気をつけないと。

 「風呂に入って勉強をする」と告げてリビングから去ろうとしたら、キッチンで何かしていた(りん)が、こんな驚くべき質問をしてきた。

 

「ねぇ! お兄ちゃんの彼女ってどんな人⁈ 写真はないの!」


 突然、倫にそんなことを言われたので、俺の思考も体の動きも停止。

 倫は俺の前にきて、すこぶる楽しそうな表情でつま先立ちを繰り返している。


「一朗、彼女ができたの⁈ 倫、どこ情報⁈ 威生(いお)君⁈」


 来るなと思ったけど蘭も近寄ってきて、リビングから玄関へ続く扉が封鎖された。


「一ノ瀬先輩が今、教えてくれた!」


 倫は蘭に自分のスマホを見せた。

 情報源は涼か! あの野郎!

 口止めしていなくても黙ってろ!

 そう憤ったけど、涼だからわざとバラしたな……とため息を吐く。

 あいつはクールなようで、かなり親しい友人をからかって面白がるやつだ。


「聞いてない! 一朗! スマホを出せ!」


「お兄ちゃんの彼女を見たい!」


 口癖を直す余裕はなく、「うるせぇ!」と叫んで、妹二人を腕でどかしてリビングから脱出しようとした。


「触るな変態! セクハラ!」と蘭が両腕で自分の体を庇うようなポーズを取った。


「どこにも触ってねぇよ!」


「セクハラ!」


「セクハラー!」


 声の大きさは違うし、動きも『うるさい』と『物静か』で異なるけど、蘭と倫は阿吽の呼吸というように、ドアの前で両手を広げて、「阿修羅の呼吸」と言いながら両腕をウネウネさせ始めた。

 こいつらは、いつもいつも面倒くさい。


「親父、俺、学校の課題があるんだけど。こいつらに邪魔するなって言ってくれ」


 ソファに寝そべって野球中継を観て楽しんでいた父に助けを求めたら、「俺も彼女を見たい」と満面の笑顔を向けてきた。


「だからさっさと見せろ。お前が見せればすぐに解散だ。課題ができるぞ」


「お父さん最高!」


「お父さん万歳!」


「うるせぇ! オヤジは一生野球を観てろ!」


 声をかけたせいで父親が立ち上がって蘭と倫に合流して、二人の背後で「ふんふんディフェンス!」と言いながら、古い漫画に出てくる動きを再現。

 竹刀で高速面を繰り出して寸止めしてビビらせたいほど面倒だ。


「海鳴生のくせに言葉遣い。さっき自分で気をつけるって宣言したくせに。逆らうとスマホを解約するぞ。彼女の写真を見せろ」


「そうだそうだ、解約するぞ」


「お父さんは偉いんだから逆らうなー。解約するぞ」


 父と蘭と倫が、「早く」と言いながら上半身を左右に揺らし始めた。

 この家に俺の味方はいない……と遠い目をしたら、風呂から出た母親と妹二人がリビングに登場。

 蘭が即座に「一朗に彼女ができたんだって!」とバラしたので俺、ジ・エンド。


「そんなこともあるでしょう。あなたたち、冷やかしはやめなさい」


 予想外のことに母は味方してくれた。

 それも束の間、母はスマホを取り出して電話をかけて、俺の幼馴染である威生(いお)の名前を口にして、「一朗に彼女ができたって知ってた?」と質問。


「知らない? そうらしいから聞いておいて。直接聞いてもどうせ喋らないから。よろしく」


 このクソババアは全然味方じゃなかったと睨んだら、「クソババアって目で睨むな」と睨み返された。


「ムカつくから質問責めしていいわよ」


 母のこの号令で俺は妹たちに取り囲まれて、「彼女の名前」「彼女の写真」と迫られ、いつの間にか俺のスマホは倫の手の中。

 蘭が俺の腕を掴み、「暗証番号!」と言いながら俺の腕を揺らす。

 

「全員うるせぇ! 課題があるって言ってるだろう!」


 その時だった。

 玄関の呼び鈴の音がしたので、これは絶対に威生(いお)だと思ったら、やはり彼だった。

 父に迎え入れられた威生が、愉快そうな表情を浮かべて俺に近寄ってくる。

 

「一朗くぅん! 俺に黙ってなにしてるの? 吐けやごらぁ! どこの女だ!」


 避けようとしたけど、腕で首を抑えられたのでげんなり。

 こいつやうるさい妹たちと育ったから、涼や和哉の軽口くらいが丁度良い。爽やか癒し系の颯と政に至ってはオアシスだ。


「誰が言うか!」


「倫ちゃんそれ、一朗のスマホ?」


「うん。ロックがかかってるの。なんで顔認証にしないかなぁ」


 顔で認証できるようにしていたら、ロックを勝手に開けられるからだとは言えず。なにせ、威生の腕の中で苦しい。


「暗証番号は041203。この間、こいつが操作しているのを見て覚えた」


 こいつはなんで勝手に見ているんだ!


「041203……あっ、いっ君、正解」


 倫は何も言わず、何も操作しないで、じっとスマホの画面を見ている。待ち受けを水族館で撮った彼女とのツーショットにしているから終わった……。

 倫は何も言わないでスマホの画面を眺めているが、画面を覗き込んでいる蘭が「待ち受けがツーショだ」とニヤニヤしながら呟く。


「蘭、倫、自分がされて嫌なことをするのはやめなさい」


 母は倫からスマホを取り上げてくれたけど、この場にいる全員に俺の待ち受けを見せた。

 ただ、それで終わりで写真フォルダを漁られる前にスマホは俺の部屋着のポケットに突っ込まれた。

 よく見えなかった、水槽があったと騒ぎだした小学生の妹たちが、母に「そろそろ寝なさい」と言われて連れて行かれる。

 父がテレビを見て、「うわっ! 満塁のチャンスだ!」と叫んで遠ざかっていった。

 威生の技かけが終わり、スマホも自分の元へ戻ってきたけど、問題児三人はまだ目の前にいてニヤニヤしているのでげんなり。


「蘭警部、これより容疑者一朗の尋問を行う」と威生が俺の後ろに回って腕を拘束した。


「一朗! 逮捕だー!」と、蘭が有名警部キャラの声真似をして腕を振り上げる。


「倫警部補、カツ丼をすぐに作れるか?」


「探偵いっ君、バイト先で作ったクッキーならあります」と倫が敬礼をした。

 なんで警察の取り調べに探偵が出てくるんだ……。

 凉のせいで俺の平穏な日々が終わってしまった。

 三人に部屋へ連行され、威生にベッドに座れと命令された。もう逃げられなそうなので大人しく座る。

 蘭と倫、それに威生が楽しそうにテーブルやお菓子の準備をしていく。

 クッキーの乗った皿にわざわざ「カツ丼」と書いた紙が貼られた。

 倫が布テープに「探てい」「けい部」「探てい助手」「犯人」とマジックペンで書いてそれぞれの服に貼っていく。探偵や警部くらい漢字で書け。


「探偵いっ君。取り調べの準備ができました」


「ご苦労、警部補……じゃなくて助手か。探偵助手の倫ちゃん」


 俺は諦めて質問に答えることに決めた。そうしないと解放されないだろうし、沈黙で時間を稼いでも別日にまた同じ会が開かれるだけだ。


「おい、容疑者一朗。よく見えなかったからもう一回写真を見せろ。素直に見せれば一枚で済ませてやる」


 威生は「カツ丼」という紙が貼られた皿を俺の前で揺らしながらガンをつけてきた。

 逆らうと写真フォルダを漁られると分かっているので、仕方なくスマホの写真フォルダの中にある、彼女の写真を一枚選んでみんなに見せた。

 見せたというか、画面に表示させてテーブルに置いて無言で放置。


「こういう感じが好みだったのか。これまでいなかったかも。一朗、何ちゃん?」と蘭が最初に問いかけてきた。


「相澤さん」


 嘘をついてもバレないので嘘をついた。


「さん付けで呼んでるの?」


「ん。まだ付き合って一ヶ月経ってないから」


「へぇ。ほやほやなんだ。変なところが無いから気がつかなかった。ねぇ、倫、いっ君」


「俺たちは騙されていたぁ」


「騙されていたぁ」


 威生と倫が何の真似か分からない動きと喋り方をして丸くなってケラケラ笑い始めたけど、とりあえず突っ込まないでおく。


「どこで知り合ったの? 何才? どこ高?」と蘭がさらに質問を続けた。


「隣の高校で同い年」


 どこで知り合ったという問いかけにはひとまず答えないでおく。


「隣? 聖廉(せいれん)のお嬢様⁈ うわぁ。この世の終わりだ。一朗なんかにお嬢様だなんて」と威生が愉快そうに肩を揺らした。


「釣り合わなくて地球滅亡なら、一ヶ月前に滅んでる」


「うわっ、何その自信。告られたんだ! お嬢様に告白されて鼻高々だってことだ!」


 蘭が顔を覗き込んできたので顔を背ける。


「別に自信は無いし、告ったのは俺だから」


 思ったよりも小さな声が出た。

 倫が「告白の台詞は?」とマジックペンをマイクに見立てて問いかけてきた。


「言うか。なんで言わなきゃなんねぇんだ」


 頬を膨らませるという、ぶすくれ顔をされても別に。でも倫に無言でジッと見据えられると、少しは教えてあげようかなという気持ちが湧いてくる。


「さっきスルーしたけど許さないから。どこで知り合ったの?」と蘭が倫からマジックペンを受け取ってマイクのように差し出してきた。

 倫とは違い、威生のように面倒なこいつにはなるべく何も言いたくない。


「……通学路」


「通学路? 通学路でどうやって出会うの?」


「まぁ、見かける」


「見かけるって話しかけないと喋れないでしょう? 話しかけたの?」


「まぁ」


「つまり一目惚れってこと?」


「……ちょこちょこ見かけるし他人に親切で」


「いっ君。これ、本気のやつだ。告白クラッシャーが彼女とか告ったって時点でそうだけど」


「クラッシャーって数人振っただけだろう」


「告られる前にも潰しにかかってそれじゃん。ねぇ、倫」


「私は学年が一つ下だから知らない」


「倫の学年にもいたでしょう。一朗せんぱ〜いって」


「いたけど、あれはいっ君目当てだよね? お兄ちゃんを好きとか告白したなんて聞いたことがない」


「まぁ、一朗はいっ君のおまけというか、それで目立っていただけだからね」


「解散、解散! あとは男同士の話だ。一朗が初カノにフラれないように恋愛の大先輩がレクチャーしてやる」


「いっ君、今日またフラれたじゃん。これで何人目?」と蘭が突っ込んだ。


 威生のやつはまた短期間で彼女と別れたのかと呆れる。


「蘭ちゃん。今日のことなのに、なんで知ってるの?」


「元カノがめっちゃ泣いているのを見たから。試したらやっぱり引き留めてくれなかったって。バレー部に手を出したら怒るからね!」


「振っておいて泣かれても困るんだけどなぁ。試し行為も好きじゃないし。俺は自分から手を出していないから手を出すなと言われても」


「お前は好きな女子と付き合え。誰とでも付き合うな」


 俺がこの台詞を言うのはもう両手の指の数を超えたと思う。


「そうだそうだ、女の敵!」


「うるせぇ。女子のほとんどは可愛いんだよ! 余程の化物じゃない限り。ほら、出てった、出てった」


 威生が蘭と倫を追い出したので二人きりになった。 どういう会話になるか想像がつくので「お前も出ていけ。そして帰れ」と言ったけど効果はない。


「ほんとーにお前から告ったのか?」


「ああ」


「見た目がドストライクだから? 奈菜子先生に似てるよな」


 奈菜子先生は幼稚園の時にお世話になった先生の一人だ。当たり前だけと、卒園してから会ったことはない。


「そうか? 似ているところは色白ってことくらいだろう」


「いや。タレ目やたらこっぽい唇もそうだ。胸も同じくらいありそう」


「お前、そんなところを見るな。ぶっとばすぞ」


「ぶっ殺す」と言いかけて、彼女に相応しい彼氏になるべく言葉遣いを直しているので、ぶっとばすにした。


「うるせぇ。黙れ。お前のおっぱいだとしても服の上から見る権利は誰にでもあるんだ。巨乳そうな彼女を作りやがって死ね」


 肩をグーで殴られたのでやり返した。


「俺のじゃねぇ。彼女のものだ。ふざけんな!」


「って言いながら顔が赤いぞ。で、どこまでやった。最後まですると兄貴みたいに修羅場デキ婚だからやめろよ」


「一ヶ月で何かするわけないだろう!」


「何も?」


「何もしてない」


「写真的にデートはしたんだよな?」


「……それはした」


「触った?」


「だから一ヶ月だぞ。触るか」


「触りたい?」


 その問いに「いいえ」と答える彼女持ちの男がいるわけがないのになぜ聞くとため息を吐く。


「うるさい。邪魔だから帰れ」


「そりゃあ触りたいか。今から帰るのは怠いから泊まろう〜。なんか貸せ」


 そう言うと思ったし、良いと言っていないのにもうクローゼットを漁っている。

 斜め向かいの徒歩一分もかからない家に帰るのはだるいとは怠惰にもほどがある。

 

「相澤何ちゃん?」


「馴れ馴れしく呼ぶやつに言うか」


「……あーっ! この似合わない、趣味でもない『うさ』も彼女関係だろう! 妹たちの誰かからだと思ってスルーしてた!」


 警戒していたのにスマホを奪われたので諦めた。

 今夜はもう、何をされるか分かったものではないけど、どうせいつかはこういう日がくる。


「……それは初デート記念」


「写真を待ち受けにしていることにも驚いたけどデート記念? お前ってそういうやつだったのか」


「まぁ」


「相澤ちゃんに電話していい?」


「ダメに決まってるだろう! 夜遅くに迷惑だからやめろ」


「じゃあ、いつ俺と会わせてくれるんだ?」


 返答次第で電話をかけるぞというように、威生は指でつまんでいる俺のスマホをゆらゆらと揺らした。


「……文化祭。その頃が付き合って半年くらいだし」


「今月以内じゃなかったから罰ゲーム!」


 寝技をかけられて、徹底的に抵抗したら逃げられそうだけど、何かの拍子で手の怪我が悪化したら怖いのでやめた。

 そうするだろうと思った通り、威生は琴音ちゃんに電話をかけた。

 奇跡のように交際できたのに、「バカな友人がいる人とは付き合えない」と振られたら恨むぞ涼……。

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