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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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ザワザワする気持ち

 最近、良いことばかりだと思っていたけれど、そうでもないようだ。

 距離が縮まりつつある西園さんたちから、同じクラスの吹奏楽部の子たちに「高松さんのことを悪く言われて不快だ」と相談された。

 昼休みに険しい顔で部室まで呼び出されたときは緊張したが、私たち箏曲(そうきょく)部のことではなかったので、少しほっとした。


 西園さんたちは、天宮さんたちと今年同じクラスになったばかりで、挨拶くらいしかしたことがない。

 それなのに最近、雑談を振られることが増え、妙だなと思っていたけれど、場の流れに身を任せていた。 すると今日、「吹奏楽部は大所帯だからちょこちょこ揉めるけれど、箏曲部は大丈夫ですか?」という質問から、小百合の悪口が始まったそうだ。


 前に同じクラスだったから知っているけれど、あの子は性格がきついから心配。

 先生のお気に入りだからクラス委員長をしていたけど、みんな嫌がっていたという話だった。


 「みんな」と言っても、どうせ全員ではなく、天宮さんたちくらいのことだろうし、自分たちが立候補したり反対したわけでもないのに、今さら『あの子がクラス委員長だったのは嫌だった』と蒸し返すのは卑怯だ。

 西園さんはそう言いながら、眉間にしわを寄せた。 香川さんと細谷さんは困ったような笑みを浮かべ、細谷さんが「人数の多い吹奏楽部と揉めるのはあまり」と告げた。


「高松さんが嫌いで仲間割れさせようとしているみたいだけど、まるで中学生みたいだね」


 西園さんは吐き捨てるように言った。


「梓さんが喧嘩しそうだと思ってヒヤヒヤしました」


 香川さんが「まあまあ」と西園さんの腕をなだめるように撫でた。


「いくら気が強くても、場の空気は読みますよ」


 西園さんは鼻を鳴らして「子供っぽくてムカつく」と唇を歪めた。


「私たち、天宮さんたちに便乗して高松さんの悪口なんて言っていません。面倒だから聞き流しましたけど」


「勝手にあることないこと言われたらたまったものじゃないから、先に言いに来ました」


「せっかく仲良くなってきているのに、誤解されたら嫌なので」


 自分の悪口なんて聞きたくないだろうから、小百合ではなく二年副部長の私に話したのだそうだ。


「それに、相澤さんは他の部活の学年部長や副部長ともよくやり取りをしていますし」


「まだ我慢できるけど、目に余ったら言います。そのときは吹奏楽部の二年役員にやめてほしいと伝えてください」


「えっと……なんでこんなことになっているのか調べますね」


 昨年、小百合が後輩の一部に文句を言われているという話を耳にしたことがある。

 何かと思って確認すると、後輩が元クラスメートの天宮さん——痴漢被害者の陰口や悪口を言ったため、小百合が叱り、それで反発されたという経緯だった。

 一学年下の赤津さんとその取り巻き二人は、中学校時代から少し問題児で、先輩たちや私たちは他の後輩たちと工夫を凝らしているが、なかなか難しい。

 小百合はそんな風に天宮さんに良いことをしたことがあるのになぜこじれている。


「調べました。去年、同じクラスだった吹奏楽部の子に聞きました」


 西園さんが探ったところ、どうやら天宮さんの好きな人を小百合が奪ったという噂があった。

 彼氏を奪ったなら陰口を言われるのも仕方ないが、小百合が奪ったのは天宮さんの片想いの相手で、彼氏ではなかった。


「小学生や中学生じゃあるまいし」と西園さんは大きなため息をついた。


「私は天宮派じゃなくて箏曲部なので、何かあって高松さんが誤解しそうなら、違うと言ってください」


「梓さん、天宮派って、それこそ中学生みたいですね」


「そんなにイライラしないで〜」


「ごめん」


「相澤さんもごめんなさい。でも、ようやく学校生活や部活にも慣れてきて良い雰囲気になってきたのに、これだから頼りたくて」と西園さんが困り笑いを浮かべた。


「何も悪くないし、教えてくれて助かります。ありがとうございます」


 合同遠足前のHRで担任が告げた、「女の敵は女で、女の味方も女です」という言葉が蘇る。

 気になったので三人に共学の中学校でこういうことがあるのか尋ねてみた。

 西園さんたちはそれぞれ違う中学校出身だが、全員が共学で、「あったあった」と大いに盛り上がった。「面白いし勉強になる」と言ったら、香川さんに「やっぱり変わっていますね」と笑われた。


「いい意味ですよ」


「うんうん、いい意味です」


「天然的な」


 たまに言われる、自分としては腑に落ちない評価がまたしても。

 四人で教室のある棟まで戻りながら、とりあえず四人で様子を見守ろうと決めた。

 三人と別れて教室に戻ると、小百合と真由香がシラセさんを連れて遊びに来ていた。

 心配そうな麗香に「何かありました?」と聞かれ、私は嘘が苦手だから、自然と眉を寄せてしまった。


「ちょっとした悪口を聞いて、心配してくれたみたい」


「ふーん、それなら小百合さんの悪口じゃないですか? 琴音さんよりも小百合さんですよ」


 真由香が気だるそうに言い、「犯人は赤津さんでしょう」と続けた。

 濡れ衣だと焦ったが、赤津さんだとあるあるで大きな問題に発展しないと考えて否定しないでおくことにした私は卑怯者だ。


「後輩に文句を言われるのが学年部長の仕事です」と小百合が無表情で淡々と語った。


「西園さんたちが私たちじゃなくて、後輩の目を気にしていたとは思いもしなかったですよね」と麗香が小さく息を吐いた。


「うんうん、後輩同士のことばかり気にかけて、先輩の外部生のことまで何か言っているなんて、気が回らなかったです」


 話題は一年生の問題児話に逸れ、西園さんたちが頼ってくれることが嬉しいという内容に変化していく。

 シラセさんが「どこの部活にも苦労がありますね」と私たちを労ってくれた。


「そうそう、琴音さん。シラセさんがね、琴音さんと連絡先を交換したいそうです」


「私と?」


 理由は、一朗君が連絡不精でミヤノ君が困っているから。

 一朗君は忘れっぽくて返信がないことが多いので、シラセさんを加えた三人のグループトークを作ったけど、ほとんど変わらなかった。

 それでシラセさんはミヤノ君に、「相澤さんにお願いして」と頼まれたそうだ。


 私も了承すると、シラセさんがさっそく私をグループに招待してくれた。

 とりあえず挨拶のスタンプを送信。

 シラセさんの名前は白瀬、ミヤノ君は宮野という予想通りの漢字だったと、二人のアカウント名を眺める。

 「頼まれたので」と言いながら、白瀬さんはグループ名を「バレー部の相談」から「相澤さん+バレー部の相談」に変更した。

 なぜ? と首を傾げた瞬間、一朗君が反応した。


 一年田中さん【ん?】


 一年田中さん【なんで相澤さん?】


 宮野【お前が連絡をサボらないようにした】


 宮野【俺たちを二日も放置してたくせに相澤さんにはすぐ反応しやがって】


 白瀬【アドバイスされて相澤さんにお願いしました】


 【グループにいてほしいと頼まれました】


 一年田中さん【あっ!】


 一年田中さん【相澤さんに聞いてから返事をしようと思って】


 一年田中さん【相澤さんは5月12日は忙しいですか?】


【12日もですが、日曜と祝日はしばらく部活です】


 一年田中さん【宮野】


 一年田中さん【じゃあ12日で】


 一朗君から個別にトークがきた。

 12日は大会翌日で部活が休みとのこと。

 その日にバレー部の練習に参加して、日曜の習い事も休む。

 「だから部活後に会えたら嬉しい」というお誘いに「それはぜひお願いします」と返信した。


 四人のグループトークで、12日の予定がどんどん決まっていく。

 その日は夏の大会前の最後の合同練習日だそうで、白瀬さんが、「あとは宮野君と田中君でよろしく」というトークを送った。

 彼女はさらに私に直接「ありがとうございます」と微笑みかけた。


「いえ、私は何もしていません」


「三年部長と海鳴剣道部の監督や先輩たちに挨拶に行くまでは順調でしたが、その後が決まらなくて」


 彼女は口にしなかったが、続きの言葉は「困っていました」だろう。


「では、また」


 白瀬さんは私にもう一度お礼を言ってから、小百合と真由香にも「仲介してくれてありがとう」と言って教室を出て行った。


「ねぇ、琴音さん」と真由香が私の顔を覗き込んだ。


「私と小百合さんは、白瀬さんに伝言を頼まれました」


「何ですか?」


「海鳴バレー部って、ベスト8くらいまではよく進むけど、全国大会にはもう10年以上行っていないそうです」


「そうなんですね」


 家族がテレビで観るのと、一朗君が教えてくれたから世界戦のバレーのことなら少し知っているけれど、海鳴バレー部のことは初めて知った。


「でもほら、隣の学校で海鳴高校だから大人気。合同練習の時は、聖廉生せいれんせいの見学者が結構いるんですって」


 ああ、そういえば海鳴高校の先輩の練習見学に行くという話を耳にしたことがある。

 中学生が見学に行くなら高校生も行くだろう。

 勉強が最優先という帰宅部がそこそこいるし、週に2、3回の同好会所属者もいる。

 海鳴のサッカー部と野球部の見学話はよく耳にするし、女子マネがいるのはその二つの部活だけどバレー部も人気なのか。


「田中君もちょっと人気者らしいですよ」


「えっ?」


「いないけど、怪我をしたんですか? って2人くらいに聞かれたって」


「……」


「あと同じ部の子が、ちょっと気にしてそうって」


「……。まぁ、私もこそこそ盗み見したり盗み聞きしていましたから……」


 合同遠足の日に告白されたから少しは安心できるけれど、不安は残る。

 初デートの日の夢のようなことは起きないかもしれないけど……他にもっと好きな人ができて、私のことがもう好きではないと言われることはあるかもしれない。


「ここはひとつ、みんなの前で差し入れでもして牽制しましょう」


「……そんなことはしません」


「もう、真由香さん。琴音さんを不安にさせないでください」と麗香が軽く叱ってくれた。


「琴音、不安なの」と真由香が胸の前で祈るように手を組んだ。


「だから一朗君、今日も一緒に帰りたいですぅ」


「あはは、賛成〜。頑張れ、琴音さん。牽制もした方がいいかもしれません」


 真由香を叱った麗香が手のひらを返して、一緒に私の真似をし始めた。


「もう、からかいはやめてください」


「さっきの真由香さんの『もう』と、今の『もう』がそっくり」と美由が笑い、小百合も体を少し丸めて震わせた。

「戦え、琴音さん」と発破をかけられて、心の中で「頑張る」と意気込んだけど、一朗君は告白されたことがある人だと思い出して落ち込んだ。

 二人は幸せに暮らしました、というおとぎ話とは異なり、両思いはゴールではなくスタート地点いうことだ。


 でも、何をどう頑張ればいいのだろう。


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