合同遠足2
真由香と美由、それに一緒にいた剣道部員に「誤解がありそうだから、二人で話した方がいい」と促され、一朗君にも「話をしたいです」と言われた。
結果、二人で公園に行くことになった。
助けを求めた時は、自分のことでいっぱいいっぱいだったけれど、他の部の人もいたのに、行事なのに、迷惑をかけてしまったと落ち込む。
二人で歩き始めて、もう一度謝ろうとしたその時、一朗君が小さな声を出した。
「あの、自惚れとか調子に乗りましたって……。俺の『付き合ってください』とか、『前から見てました』ってどこに消えたんですか?」
眉根を寄せ、うつむいている一朗君の声は小さくて低い。
「どこに消えたって、どういうことですか? 覚えています」
忘れられたと思われたようだけど、なぜなのか分からなくて困惑する。
「じゃあ、なんで『自惚れ』とか『調子に乗りました』って言葉が出てきたんですか?」
「付き合って下さい」という台詞や、前からあの子も可愛い聖廉生だと見ていたという話を覚えていたら、私は「自惚れた」とか、「調子に乗った」と発言しないと思っているらしい。
自分の中でうまく話が繋がらないけど、自惚れても調子に乗っても良さそうな気配がする。
しかし、「普通に付き合うのはちょっと嫌だ」と言われたばかりなので、ますます話が繋がらなくて訳が分からなくなった。
「それに、『試されてるのは自分』って……。俺、試したいとか、とりあえず友達からとか、そんなこと一回も言ってないです」
「一昨日、『お試しの仲』って言いましたし、今日も友達にそんな風に言っていましたよ。一応で、まずは友達から的なって」
一朗君は驚いたように勢い良くこちらを見て、目を大きく見開いた。
「それは俺のことですよね? 俺は自分はそういう立場だと思っているって話で、相澤さんを試しているなんて言ってないです」
「そう思ったので、普通に付き合っていると思っていたと伝えたら……さっき、『普通に付き合うのはちょっと嫌だ』って言ったじゃないですか」
口にしてから、「ちょっと嫌だ」とは言われていないと気がつく。
「普通に?」と問いかけられただけだ。でも、あの言い方や表情はどう見ても拒否だった。
「嫌だなんて、言ってないです!」
かなり大きな声で言われたので、驚いて足が止まってしまった。
「あっ、大きい声を出してすみません」
「いえ、大きな声を出させてすみません。あの、嫌だと言われたのは私の妄想というか、そう見えただけです。そう見えたので、つい、悲しくなって」
今も油断したら涙が出てきそうなので、体のあちこちに力を入れる。
「そう見えたんですか。そっか。自分のことは見えないし、他人の目にどう映っているかも分からないから……すみません」
「こちらこそ、勝手に決めつけてすみません」
お互いに謝った後、しばらく会話は途切れた。
彼が何を考えているのか分からないけど、私は「どうして一朗君が、自分は試されていると思っているのか」を考え続けている。
私が話したいとお願いした立場なのに、彼の中で、なぜそんなことになったのだろうか。
お互い黙ったまま公園に着いた。公園の入り口近くで、どちらともなく立ち止まる。
「あの。なぜ一朗君は私に試されているというか、お試しの仲とか、友達からなんて思ったんですか? 私はそんなこと、一言も言っていません」
分からないことは聞くしかない。一朗君はそうしてくれたら、今度は私の番だ。
「えっ? だって、付き合って下さいって言ったら、いいって言ってくれたんで」
「そこに『まずは友達から』なんて言葉はつけていません」
「……そうでしたっけ? でもほら、話したいって。話したいって言ってくれて、俺が間を飛ばしたいって頼んで……」
「頼んで? 見たことのある沢山の聖廉生の中で、私は好みの女子だったから、彼女にしてもいいかなと思って、そう言ったんですよね?」
なんだか違う雰囲気というか、私たちは誤解し合っている気がする。
なにせ、一朗君の目がますます見開かれていき、どう見ても驚愕したという様子だ。
「そんな風に思っていたんですか⁈」
ということは、違うということになる。
でも、そうなると一体どういうことなのか、疑問しか浮かばない。
「待って。水族館で俺、前からって言ったけど、言ったのに、えっ?」
「それも忘れていませんよ。嬉しかったです。可愛いと見ていたあの子たちの中に、私も含まれていたんだなって」
「俺が見ていたのは相澤さんだけです! 俺、あの子たちなんて言いました? 言ってないです」
私だけなんて嬉しいことを言われたことはあっただろうかと記憶をたどってみたけど、そんな思い出は無い。
本人がそう主張しているなら、言っていないということになる。しかし、私としては腑に落ちない。
「可愛い聖廉生たちだーって見ることがあるって言っていましたけど……」
彼は険しい顔でうつむいて、自分の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「それは友人たちとか、海鳴生がって意味で……でもその話はしましたね。でも俺、相澤さんと、君だけとずっと話したかったって言いましたよね?」
顔を上げた一朗君は、まだ険しい表情を浮かべている。
「私だけ……そんなに嬉しいことを言われたら覚えていますけど、記憶にないから言われていないと思います。ずっと話したかったは言ってくれました。嬉しかったです」
「……」
彼はまたうつむいて髪をかいて、今度はしゃがみこんでしまった。
私もしゃがんで、自分が緊張で聞いていなかったのかもしれないと謝罪。
一朗君はうつむいたまま大きく首を横に振った。
「……言ってないかも。君だけとは言っていない気がします。普通に付き合っていると思ってくれているのに、自信が無くて、自分はまだ一応彼氏とか、お試しの仲とか言ったから誤解させて……すみません」
「……間違っていたらがっかりして落ち込むから確認なんですが、その、一朗君は私だけが好みでした? あの子たちではなくて、私だけだったようなので」
「うん」と、小さな声を出すと一朗君は控えめに頷いた。
「……私、自分の顔はイマイチだと思っていたけど今は好きです。この見た目で得をしましたから」
お礼を告げたら、一朗君はゆっくりと顔を上げた。 しかめっ面なのは照れなのか、それとも別の理由があるのか、どちらだろう。
何か言ってくれたら分かるのに、彼は再びうつむいてしまった。
「普通に付き合って欲しいのは俺の方で、相澤さんは最初からそのつもりだったようなので……引き続きお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「立ちましょうか」と促されて立ち上がった瞬間、何を話したらいいのか迷っていたら、一朗君が「少し下を向いてて欲しいです」と頼んできた。
なぜなのか考えながら、ひとまず下を向く。
「あの、俺としては伝わっていると思っていたけど、違ったようなので……」
「すみませんでした。一朗君の目から見たら、私がそんなに可愛く見えていたなんて思わず。私だけだなんて考えなくて」
彼の中では、他の女子は気にならないくらい可愛いとは、とても嬉しい評価だ。
「見た目はいいけど、中身は合わないと思ったら、いきなりフラないで欲しいです。直せるところは直すので教えてください」
顔を見て言いたいけど、見るなと言われているので、とりあえずうつむいたまま喋った。
自分が欠点を指摘される覚悟を持っていることを伝えたら、一朗君は大きな声を出した。
「ちょっと待った。待って下さい。俺、相澤さんの容姿だけを見て付き合って下さいって言ったと思われているんですか⁈」
「違うんですか?」
驚き声だったので、思わず顔を上げてしまった。
「なんでそう思ったんですか⁈」
「なんでって、一朗君は私の見た目しか知りませんよね? 付き合ってからは違うと思いますけど」
「これも俺が悪いというか……そっか。相澤さんからしたら、そうなりますよね」
一朗君は今度は私に下を向いてと言わずに、両手で自分の目元を覆って天を仰いだ。
「悪い? 私は得をしたので、何も悪くないです」
「……これは言ってないです。前から見てたって伝えられたから、言った気になっていました」
「これってなんですか?」
「何度も相澤さんが誰かに親切にするところを見ています。見た目もあるけど、だからずっと話したくて。雰囲気とか仕草もあるけど、一番はそれで……」
彼は、「ジロジロ見られていたなんて気持ち悪いと思われたくなくて、ここまで言う勇気が無くて、中途半端に言って、全部言った気になっていました」と続けた。
「私、一朗君に見られた時に何かしていたんですね」
「うん」
ようやく話が見えてきたというか、色々繋がってきた。
一朗君は私と同じように私を見つけてくれて、話したいと考えてくれていた。
そこに私とあんな風に出会ったから、これはチャンスだと思ったから「付き合って下さい」と言った。
そうか、私たちは最初から両想いだったのか。そんな奇跡のようなことがあるなんて、まるで考えなかった。
一朗君もそうで、私も「好きです」みたいに言っていないから、自信がなくて、他の海鳴生もゴミを拾うとか、一応彼氏みたいに口にした。
「私、あの人に似合うのは優しい女子だと思って、周りを良く見るようにしていました。今も続けるようにしています」
「そのあの人は俺で合っていますか?」
「はい」
「それって文化祭の前ですか? 後ですか?」
「えっ? あの、文化祭の後です」
「それなら相澤さんは、俺とは関係無く優しい人です。あの、とりあえずまた下を向いてもらえませんか?」
褒められたのは嬉しいけど、「下を向いて欲しい」とはなんなのだろう。
「考えたけど、なんで下を向かないといけないのか分からないので教えて下さい」
会話の流れで、どう考えても一朗君は私のこと好きだから、なんで顔を見たくないのか理解できない。
「緊張で言いたいことが言えないからです。お願いします」
「えっ? 鈍くてすみません」
「いえ、ちゃんとそう言わなくてすみません」
分からないと思った時に、すぐに聞けばこのように解決するのに、私は「なんでだろう?」と自問自答して、問いかけなかった。
一朗君はわりとすぐに、私に問いかけてくれるから見習っていこう。
「んんっ。あの、やり直します」
「やり直し? 何をですか? ああ、いいですよ。わざわざ、もう一回、理由付きで下を向いて下さいと言い直したりなくて」
返事がないので盗み見したら、一朗君は目を閉じながら深呼吸をして、改めて言葉を切り出した。
「前から一方的に見ていて、見た目も中身も気になりまくりなので、俺と付き合って下さい。まずは友達からでも、Letlだけでもいいのでお願いします」
私に見られていたら緊張で言えないことってこれのこと。
これは確かにやり直しだ!
「好きです。だから話してみたたくて、こちらこそお願いします」という返事をしたけど、声が掠れて、かなり小さな声になった。
反応がなかったので、そっと顔を上げると、一朗君は顔を両手で隠して上を向いていた。
「あの、一朗君。聞こえました?」
私が下を向かなくても、これなら彼が私に見られていることは分からないし、彼も私を見られない。
でも、もし逆の立場なら私も同じことをしそうだから、特に突っ込まないでおく。
「俺も好きです。今はもっと」
一朗君としては、「付き合って下さい」が告白だったようだけど、私としては今、これが生まれて初めての告白だ。
胸がいっぱいで口から心臓が飛び出しそうだし、手が少し震えている。
ぼんやりしていたら、手を下ろした一朗君と視線が交錯した。
「なっ! なんでこっちを見てるんですか! 無理、無理無理無理!」
彼は体をひねり、片手で口元を隠しながら私に向かって手を振った。
私も無理そうなので、ちょっと体の向きを変えて、嬉しさとソワソワ感を抑えようと、スニーカーで地面を少しばかりなぞった。
こうなると「相澤さん」と呼ばれ続ける理由は、きっと緊張や照れだから、しばらくは待ってみよう。
一回は「琴音ちゃん」と呼ばれたし、私を好きだと言ってくれたから、もう「どうして?」という不安はない。
「……あの、胸がいっぱいで何も食べられなそうです。コンビニかスーパーで何か買ってきて、ここで食べませんか? 私は何か飲みます」
「そうしましょうか」
あそこのお店にしようと決めた後は、二人ともほとんど喋れなかったけど、お店についた頃には話せるようになり、商品について喋って、自然と笑い合えた。
☆★
穏やか、かつ楽しい雰囲気で上ノ原の博物館へ向かっている。
その途中で、心配してくれたみんなにLetlをして、お互いちょっとした誤解があっただけだったと謝った。
「話せる二人だから大丈夫だと思った」と言ってもらえて、「仲良く」という単語に胸が温まる。
博物館へ行く途中の広場にある噴水のところで、楽しげに笑い合う小百合と藤野君を目撃して、どちらともなく足を止めた。
「一朗君、あそこに……」
二人がいると教えようとしたら、彼は違う方向を見つめて渋い顔になった。
視線の先には、私たちくらいの年齢に見える男女グループが歩いていて、一人が小百合たちを睨みつけている。
彼女は確か、吹奏楽部の天宮さん。
私は同じクラスになったことがないけど、中学校の時に別のクラスの小百合に会いに行った時に、少し音楽話をしたことがある。
今年、彼女は痴漢をされてしまい、海鳴生に助けられたのでちょっと有名。
あれっ、痴漢をされてしまい、海鳴生に助けられた?
もしかして……。
「相澤さん、あの女子とは友達ですか? 水玉ワンピースの子」
「知人くらいです。彼女に何かありますか?」
天宮さんは歩きながら、まだ小百合たちを険しい顔で見つめている。
「颯ってモテるんですよ。ほら、爽やか癒し系のイケメンだから。高松さん、大丈夫かな。まぁ、万が一嫌がらせをされても相澤さんたちがいるから平気か」
「天宮さんは小百ちゃんの元クラスメートで、親そうにしているところを見たことがあるから、嫌がらせなんてしないと思います」
「それなら安心ですね」
多分、天宮さんは一朗君が痴漢から助けた女子だと教えたら、「へぇ」と興味の無さそうな返事をされた。
「だから颯狙いか。その時、錦町駅のホームで涼と颯が手助けしてくれたんですよ」
天宮さんの話題はこれで終わり。
一朗君としては、小百合と藤野君の良さげな雰囲気にも興味が無いようで、空を見上げて、「わたあめみたい」と言い出した。
「もうお腹が減りました?」
「いえ。その、夏祭りは部活の休みが合わなそうだから、夏に浴衣でどこか行きたいというか、見たいです」
突然のわたあめ発言はそういうこと!
「それは行きたいですが、浴衣なら中間試験の答案返却期間に、合同の茶道授業がありますよ?」
「……えっ? 茶道授業? そんなのありましたっけ? 次って英会話じゃなかったでしたっけ?」
「それも同じ時期にあります」
「浴衣ならって、その授業って浴衣なんですか? 全員?」
「女子は浴衣です。茶道やお花、体育で舞踊の時など、浴衣の授業は何回かあるんです」
「……それ、制服じゃダメな授業ってことですよね?」
浴衣姿の相澤さんと合同授業は嬉しい、という様子はなくて、一朗君はなぜかしかめっ面になった。
「ええ」
「俺、三組じゃないから見られないです」
「あっ、そうですね。みんなとの写真を送りますか? 昼休みに着付けるのでスマホを使えます」
「えー。俺は見られないのに見られるとかウザい授業……あっ、今のは聞かなかったことで。つい」
照れ笑いを浮かべると、一朗君はそっぽを向いた。
「私も……。一朗君が浴衣だー、あの子もその子も可愛い〜ってなったら嫌なので、モヤモヤする授業になりそうです」
「……俺は他の女子はまるで興味ないです」
両想いだと会話の内容が違う、となんだか感激してしまった。
「相澤さん、合同の茶道の前に浴衣でどこか行きませんか? 浴衣でいいところ……浅草とか? 遠いけど鎌倉? 俺も着ようかな」
「茶道授業はテスト返却日の初日なので……。早くから沢山勉強して余裕を作って、テスト期間中に行きますか? 勉強の進み具合で場所を決めましょう」
「鎌倉がいいから、死ぬほど勉強します」
新しい約束をしていたら博物館に到着。
博物館はさっさと回って、他の面白そうなところへ行こうと話していたけど、盛り上がったので、他のところに移動することはなかった。
今日の門限を聞かれて教えたら、「少しでも長く一緒にいたいから両橋駅まで送ります」と言ってくれた。
単に「送ります」だけだったら、「心配してくれてありがとう、大丈夫です」と断ったけど、前置きがあったから喜んで了承。
お互い、前よりも質問や確認が増えたし、言葉足らずも減った気がするので、親密度が増した気がする。
もちろん、両想いだと理解し合ったのもあるけど。
羽が生えたように軽やかな気持ちだ。




