合同遠足1
演奏会組の今年初の舞台は無事に終わり、壁があると感じている同期三人も含めた二年生全員で、軽い打ち上げランチができたので嬉しかった。
翌日は、聖廉と海鳴の両校の生徒たちがそわそわしてしまう、初めての合同行事。
両校の二年生が参加する集会の後は、いわゆる「突撃タイム」になるという噂があり、私も元々はこの時間に、一朗君に話しかける予定だった。
体育館で行われた集会が終わり、一朗君と待ち合わせ場所で合流して、二人でランチに行こうとしていたその時だった。
彼の友人らしき男子たちが近づいてきて、突然「彼女さんと話させてくれ」と声をかけてきた。
「聖廉について、聞きたいことがあってさ。少し一緒に行動しようぜ」
一朗君が少し眉をひそめながら、「お前らの班の女子はどうしたんだ」と問い返す。
「さっきバレー部に聞いたんだけど、班申請なんてあったんだな。知らなかった。一朗の彼女さんに探すのを手伝ってもらいたい」
「女子たちに話しかけて班員を探せって鬼畜だよな?」
「一朗の彼女さん、頼みます! お願いします!」
困っている人を放っておけないし、大変そうなので協力すると言ったら「神様」と崇められた。
三人はバスケ部で、同じクラスだから同じ班。
一朗君と同じ二組なので、聖廉のB組の誰かと同じ班だ。
班員の名前を聞いてもピンッとこなかったので、とりあえずB組の知り合いを探すことにした。
海鳴二組の隣の列だった聖廉B組の女子たちに話しかけず、遠くに移動した一朗君を探したことは、ちょっと要領が悪いと思う。
しかし、知らない異性を探すなんて緊張するに決まっている。
みんなそんな感じだから、今、体育館の中は騒然としているのだろう。
騒がしいのは、既に合流して、自己紹介をしている班がちらほらいるのもある。
「みんな先輩たちに教わってそうで、そうでもないんだな。なんかカオス。舞台に上がって、名前とクラスを言って、同じ班の方〜って言えば良くね?」
一朗君は友人たちに向かって、気怠げにそんな台詞を告げた。
「そんなことできるか。それならお前がしろ」
「探す方が面倒だから自分のためならするけど、お前らのためにはするか」
一朗君は、友人たちに『鋼メンタル』と突っ込まれた。
剣道部の友だちとの会話の感じと変わらないから、私や私の友人たちには気を遣って話してくれていると伝わってくる。
B組の列があった方へ向かって歩いていたら、元クラスメートに話しかけられた。
「小学校から男子と喋っていないのに、いきなり探せなんて難しいです、相澤さんは大丈夫ですか?」
困り笑いを浮かべているD組の上林さんに、「私はなんとか」と伝えて、一朗君たちに、海鳴の四組に知り合いはいるかを質問した。
「四組なら同じ部のやつがいます」
「相澤さんはもう同じ班の人と合流していたんですね」と上林さんが告げたその時、
「あー! 相澤さん! いいところにいました。海鳴に彼氏がいるんですよね? 助けて下さい〜」
同じクラスの石塚さんに、「そそくさと居なくなったから話しかけられなかったです」と、話しかけられた。
「えっ。相澤さん、彼氏さんができたんですか?」
上林さんが『この中の誰?』というように、一朗君と彼のクラスメート三人を眺める。
「……あの、俺です。一応」
「一応?」と、私以外のみんなが一朗君に注目した。
「一朗、一応ってなんだ」
「話したいって言ってくれたから、それなら付き合うことで話したりしてくれませんかって頼んだ。だから、まずは友達から的なやつ……」
一朗君は友人にそう返答して、首の後ろに手を当てて困り笑いでうつむいた。
一昨日の、『お試し』という発言といい、彼の中で私たちは『まずは友達から』のお付き合いってこと。
「へぇ、そうなのか。なら頑張れ」
「えーっと、あれだ。彼女さん。こいつのいいところは気さくなところと……人見知りしないところ? なぁ、田島、それって女子的にどうなんだ?」
「さぁ。こいつの長所って、あとはなんだ?」
男子たちが一朗君を私におすすめする会みたいになり、私の友人たちは、私の彼氏がどんな人か気になるのか、彼をじろじろ眺めている。
「俺のことはいいから。自分たちの班員を探せ」
「あっ、上林さん、石塚さん、B組に知り合いはいますか? みなさん困っているそうで。それに、みんなの助けになってくれると思います」
私と一朗君が、『話してみたら』というように手を動かして促したけど、全員口ごもって全然話さない。
そうしたら、他のクラスメートに話しかけられて、「最近、海鳴生と一緒にいると聞きました。助けて下さい』と頼られた。
すると一朗君が女子たちを並べて、それぞれの班員の名前を聞いて、スマホでメモを取り、自分の友人たちに「探しに行くぞ」と一言。
「ついでにお前らの班員も探すぞ。お前らと同じく、彼女たちも内部進学組ってことみたいだな。緊張や照れる女子は可愛いけど、お前らはうぜぇ。あはは」
ほらほら行くぞと、一朗君が友人たちと遠ざかっていく。
そっか。一朗君は中学校三年間、女子と同じ教室で過ごしていたから慣れているんだ。
私の友人——というか知人以上友人未満の女子たちのうち、最初からいた子が「相澤さんの彼氏ですって」と後から来た子に言い、「頼りになりますね」と盛り上がっている。
盛り上がるのも褒めるのも良いけど、惚れないで下さいと心の中で祈る。
一朗君たちが離れたからか、みんなが私に馴れ初めなどの質問を開始した。
恥ずかしくて言えないと断っていたら、大きめの「あの!」という男子の声がした。
声をかけてきた男子は私を見つめていている。
「琴、琴の部活ですよね? あの、文化祭で三人で演奏していた……水色の着物の……話があるんですけど……彼女はどこにいますか?」
「文化祭で」とは、「去年の文化祭で」という意味だろう。
私は去年の文化祭で、同じ大会組の小百合と真由香と三人で連奏をした。
その時に水色の着物を身につけていたのは真由香だ。
これが噂の突撃タイムの突撃!
「えっと、佐島真由香さんのことですか?」
「佐島さんって言うんですね!」
名前を知れた嬉しさによる満面の笑顔を向けられて、ふと自分のときのことを思い出して照れてしまった。
私も、一朗君の名前が分かったときはとても嬉しかった。
もっとも、私の場合は盗み聞きだったけど。
「えっと……あの、ちょっと聞いてみます」
「ありがとうございます!」
真由香が恋愛に興味があるの不明だけど彼氏はいないし、好きな人も多分いない。
彼女は「勉強を教えてもらえて助かる〜」と言っていたから、新しい海鳴生と知り合いたいかもしれない。
彼に名前とクラスを聞いたら、和太鼓部であることも教えてくれた。
真由香に電話をして、小声で事情を伝えたら、「嫌です」とキッパリ断られた。
「私、そういうのよく分かんないし、見ただけなら、気になったのは私の見た目でしょう? うちの部は可愛い子だらけだから、他の子にしてって言って下さい」
「そんなこと言えません」
「和太鼓と合奏してみたいし、海鳴生は格好良いって部員は沢山いるから、上手く言って下さい」
「動物園に行きたいから早く美術館に行かないと、忙しいから、あとはよろしく副部長」と一方的に通話を終了された。
「……えっと、真由香さんは人見知りで男子も得意ではないので……部活交流でなら話せるけど、そうじゃないのはちょっと……と」
「いきなりなんで、そうですよね! わざわざありがとうございます。大人しそうに見えるから、直接本人は良くないかもしれないと思って……」
期待の笑顔から一転、落胆の表情になっているので『話したかった』という気持ちがダダ漏れになっている。
真由香の「よろしく副部長」を無視したら、ぶーぶー文句を言われるのは明白だ。
「和太鼓と合奏は楽しそうなので、役員同士で話し合いをして欲しいと頼まれました。彼女は本当に人見知りなんです。部活で会って、挨拶くらいなら出来そうだと」
近くに他の和太鼓部員の男子がいて、その中に部長もいたので彼と少し話した。
吹奏楽部とは合奏があるけど、箏曲部とは無く、舞台が増えると嬉しいということで、まずは各々の部内で話し合うことにした。
部長と連絡先を交換して、舞踊部も参加して欲しいから、ちょうど近くにいる石塚さんも巻き込んだ。
和太鼓部を見送ると、「俺にも連絡先を教えて下さい!」と、知らない男子に話しかけられた。
「去年の文化祭で見てからずっと気になっていて! 自分はA組のハマオカって言います。名前を、まず名前を教えて欲しいです」
また真由香に突撃だと驚きつつ、彼女は美人で目立つため納得だという冷静な気持ちも湧いてくる。
「彼女は佐島真由香さんです。小声で話していたので聞こえなかったようですが、彼女は人見知りなので誰とも連絡先を交換したくないそうです」
「……えっと、そうじゃなくて」
かなり小さい声で「君の」と言われて驚いた。
「私……ですか。すみません。……る人がいますので」
お慕いしているという声が掠れて上手く出てこなかったけど、多分聞こえただろう。
「人がいないところならいいんですか? いよしっ! そうですよね。こんなに人がいたら恥ずかしいですよね」
聞こえていなかったようで、誤解をさせてしまった!
慌てて「付き合っている人がいまして」と、頑張ってさっきよりも大きめの声を出した。
瞬間、目の前の男子の顔色が悪くなり、彼は乾いた笑い声を出しながら後退りして、「すみません!」と謝って走り去った。
告白めいた台詞——連絡先を教えて下さいは私も言ったから気持ちは良く分かるし、あの時一朗君に断られたら辛くて泣いただろうから胸が痛い。
気持ちが沈んでいたら、また入れ替わりで男子に話しかけられた。
今度は、「自分は君ではなくて。その、一緒に登校している子のことなんですが……二つ結びの……」という台詞を告げられた。
小百合のことだと口にしようとしたら、後ろから「俺たち、ちょっと急いでいるんで」という一朗君の声がした。
いつの間にか戻ってきていたみたい。
「琴音ちゃん、行こう」
さっきまで『相澤さん』だったのに、名前呼びされた!
「はぐれると合流が大変だから、ちょっとリュックのここら辺を持っていて下さい」
機嫌が悪そうな表情で、リュックの肩紐を手で示された。
何かあったようだと考えながら、おずおずと肩紐に手を伸ばしてそっと掴むと、また「行こう」と言われた。
歩き出した一朗君についていきながら、友人たちの様子を確認したら、彼女たちはこちらに注目しないで海鳴生と話していたので、彼に無事に助けてもらったと伝わってくる。
一朗君にお礼を言ったけど反応が悪い。
もしかして……やきもち?
「あの、小百合さんと話したいと言われていました」
急に足を止めた一朗君とぶつかりそうになり、ひゃぁ、近い、照れるとリュックから手を離して後退りした。
「あっ、すみません。急に止まって」
「いえ。へぇ、そうなんですね。そっか高松さんか。あの人に悪いことをしました」
機嫌が良くなったような笑顔を向けられて、さっきまでの不機嫌そうな表情はやきもちだと確信。
体育館内は人が多いので、今度は私が一朗君を手招きして早歩きした。
これを言ったらきっと良いことがあると思えるので、ありったけの勇気を出して自分の気持ちを伝えたい。
話したいと頼んだのは私なのに、一朗君はなぜか私の気持ちを分かっていない。
なぜでもないか。「付き合って下さい」と言ったのは彼だ。
私は話したいとしか言っていない。
体育館を出て、出入り口から離れた木の近くへ移動して、一朗君の前に立って深呼吸を繰り返す。
よし、言うぞ。
「あの……「すみません」
声が被ったので目が合い、謝られたのもあって、言おうとした言葉が行方不明になった。
「何に対する謝罪ですか?」
「いやだって、友だちのことを邪魔したし、そうじゃなくて相澤さんのことだとしても邪魔は良くないです。彼も海鳴だからゴミくらい拾うかと」
あれ、また『相澤さん』に戻った。
一朗君は、私がゴミを拾う海鳴生なら誰でも良いと思っているようだ。
私が、彼は自分の見た目をとりあえず気に入ってくれた、他の女子でも良いのだろうと考えたように。
私が何か言う前に一朗君はさらに続けた。
「あの校章は特進だから、話してみたかったかもしれないのに、あんな風に邪魔してすみません。実際は高松さんのことだったみたいだけど……それもそれで、すみません」
「気持ちが小さくなければ、そのうち小百合さんに直接話しかけると思いますので、気にしないで下さい」
「……あとで本人にも謝ります」
「あの、嬉しいので私にも謝らなくていいです」
言うぞと意気込んだけど、「好きです」は口から出てこないし、恥ずかしくて顔も上げられない。
「だからその……。私は最初からそのつもりでしたが、一朗君はそうではなかったようなので、これからはお試しではなくて、普通に付き合って下さい」
「……普通に?」
一朗君は私のことを好きそうなので、「嬉しい」とか「ありがとう」と言われると思ったのに違う反応だ。
どんな表情をしているのだろうと顔を上げたら、彼は渋い顔でそっぽを向いていた。
全部、私の自惚れだったようだ。
あれこれ前向きに捉えて、勘違いしてしまった。
「あ……「すみません! 試されているのは、友達からなのは私でしたね。逆みたいに感じて勘違いしました。調子に乗りました。すみません」
なんか一朗君が言いかけたけど、悪い返事な気がするし、穴があったら入りたいくらい恥ずかしいので思わず逃亡。
ちょうど良いところに真由香が通りかかったので、思わず彼女の腕にしがみついてしまった。
真由香がまだいて、しかもこのタイミングで会えるなんて助かる。
「琴音さん? 突然どうした……田中君と喧嘩したんですか?」
真由香は私から私の背後に視線を移動させた。
「真由ちゃぁん! 私、自惚れ屋だからつい、つい友達からの付き合いじゃなくて、普通に彼女になりたいって言っちゃって、どうしよう!」
制服だから敬語はどこへやら。
真由香一人じゃないから我慢と思ったけど、涙が出てきて、美由もいたから気が緩んでさらに。
今日は学校行事にかこつけて一朗君とデートだと浮かれていたのに、こんなことになるとは。




