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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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18/93

初デート3

 友人たちや祖母と訪れた時は、「可愛い〜」と軽く流し見していた水槽も、一朗君と一緒だと違う。

 一朗君とあれこれ感想を言い合いながら、時折ふざけた仕草を見せる彼に笑ってしまう。

 彼がサメの時のようにふざけるから、自然と一つ一つの水槽の前にいる時間が長くなり、広くない水族館なのに、いつの間にかお昼近い時間になっていた。

 お昼ご飯を遅くすると決めて、午後のニシキアナゴの餌やりタイムを楽しみ、水族館はこれで終わり。

 「満喫しましたね」と笑い合いながら出口へ向かい、お土産コーナーへ足を運ぶ。

 店内を回りながら、「あれもある、これもある」と賑やかに話していると、ふと目に飛び込んできたのは、ちびーぬと水族館のコラボグッズだった。

 

「田中君、ちびーぬがいますよ」


「わっ、こいつはどこにでもいますね」


 一朗君から送られてくるスタンプは、全部ちびーぬだ。

 この感じだと、ちびーぬを特別に好きだから使っているわけではなさそう。

 流行りのキャラクターで、無料配信されていたから使っているだけなのだろう。


「この中なら、どのキャラが好きですか?」


「うさですね。ハイテンションバカで面白いし、たまに竹刀を持っているんで。相澤さんは?」


「私は(うち)の猫に似ているのもあり、みみくろです」


「へぇ、猫を飼っているんですね」


「昔、弟が拾ってきました」


「じゃあ、俺はこのサメに食われても楽しそうなうさで、このペンギン着ぐるみのみみくろは相澤さん。来た記念に」


 わりと何気なく言ったけど、一朗君は少し照れくさそうに、左手で首の後ろを軽く押さえている。それで、右手にはうさとみみくろのステッカーを持っていた。


「ちょっと買ってきます」


「あの、もしよかったら半分出したいです。自分で買ったものを贈りたいので」


「……じゃあ、そうしましょう」


 こうして、私はうさ、一朗君はみみくろのステッカーをそれぞれ購入し、交換というか、互いに贈り合った。

 お昼は、事前に調べていたフードコートへ行くことに。

 席に空きがありそうだからパスタのお店はどうかと聞かれたけど、私の口は昨日からずっとうどんモード。

 少し暑いので、冷たいものが食べたい気分でもあり。

 「パスタがいいなら、美味しいパスタを想像してパスタの口に変身します」と言ったらなぜか笑われた。

 一朗君もうどんを食べたいそうなので、予定通りフードコートへ。

 広々としていて席は確保できそうだ。

 持ち物を置いて席を取って、二人で一緒に注文へ向かう。


 弟も最近よく食べるけど、一朗君も負けずにたくさん食べるみたいで、うどんの大盛りに野菜かき揚げととり天をトッピングしていた。

 男子はやっぱりたくさん食べるんだと少し驚きつつ、その食べる速さにもびっくりした。

 よく噛んでいるように見えるけど、一口が大きいのか、どんどん減っていく。

 結局、私の方が量が少ないのに、食べ終わるタイミングはほぼ一緒だった。


「妹に奪われないうちに使おう」


 一朗君はそう言いながら、スマホケースを取り出した。

 透明で縁が黒く、スマホ本体も黒い。

 それに、サメの着ぐるみを着た——いや、一朗君的には『サメに食べられている』うさのステッカーをスマホケースの中にスッと差し込んだ。

 私も真似して、みみくろのステッカーをスマホケースに入れることにした。

 もともと入れていた音符のステッカーを少しずらして、可愛く配置してみる。 

 これって、よく考えたらある意味お揃いだ!


 お昼の後は、二人でスカイタワーの中を歩き回り、商品を見ながら他愛ない会話を楽しんだ。

 解散まで残り約一時間というところで、デッキに移動して、休憩とおやつタイム。

 遅めのお昼でお腹はまだ満たされていたので、特に何も買わず、持ってきた飲み物とお菓子を楽しむことにした。

 私は家にあった、個包装のクッキー数枚とスッキリする飴を用意してきた。

 自分用と一朗君用に分けて小さな袋に入れてきたものを渡したら、『丁寧、女子』みたいに、笑いながら褒めてくれた。

 

 一朗君は、「俺はそのままで悪いんですけど、これは祖父が作っているどら焼きです。美味しいから祖父自慢」と笑い、包装されているどら焼きを二つ手渡してくれた。

 一つは、「今日は迎えに来てくれるおばあちゃんの分も」と言いながら。


「おじい様は和菓子職人さんなんですね」


 その瞬間、一朗君の目が大きく開かれた。


「……えっ、はい」


「あの、何に驚きました?」


「いや、なんか、おじいちゃんじゃなくて、おじい様って言われて、お嬢様感が増したんで……。この前もそんな感じの言い方をしてましたね」


「ああ、周りがそう言うので、つられちゃうんです。制服を着ている時は友人相手にも丁寧に話しなさいって、かなり厳しいんですよ。お嬢様ではないです」


「今は制服じゃないから、くだけても問題無いってことですよね。ちょっと俺に、友人ノリで話しかけてください」


「えっ?」


「試しに俺も。相澤さんは高いところは平気? あの上、そのうち行く?」


 一朗君はスカイタワーの上を指差した。


「足元が見えない高いところは平気……です」


 つい、「です」をつけてしまった。


「足元が見えないと怖い?」


「うん、怖い……です」


 やっぱり緊張してしまい、「です」が取れない。

 すると一朗君は、「透明な床があるらしいから、行く時はそこを避けよう」と言いながら、面白がっているような笑みを浮かべた。


「ううん、一朗君がいたら心強くて挑戦出来そう。私、なんでもやりたがりで……」


 嬉しいけれど、なんだか恥ずかしくなって、顔を手で半分隠してしまった。


「……自分で言っておいて、俺もしばらく無理そうです」


「私も慣れるまで今の話し方でいきます」


 一朗君は少し照れたように笑い、「あの……そういえば、誕生日っていつですか?」と話題を変えた。


「12月です。一朗君はいつですか?」


 私が聞きそびれてしまったことを、彼が不意に問いかけてくれた。

 その自然さに、こんな風にすれば良かったんだと内心感心した。


「今月のあたまです。12月の何日ですか?」


「3日です」


「俺も3日。3日同士ですね」


 お揃いなのも、笑いかけられたのも嬉しいけど、一朗君の大切な誕生日が終わっている!!!


「お誕生日おめでとうございました! 何か、何か買いに行きましょう!」


「えっ? いや、もう終わっているんで、何も要りませんよ」


「うわぁ、勇気を出せなかった間に、大切な誕生日が過ぎていました……」


 私のバカ、いくじなしと凹んで悔やんでいたら、リリリリリと一朗君のスマホが鳴った。


「あっ、そろそろ時間です。稽古は楽しいけど、今日はなんかゆううつです。朝から天国だったのに、これから鬼稽古かぁ」


「……天国でした?」


「えっ? あっ、余計なことを。うん……俺はずっと楽しかったです。ありがとうございます」


「私も、ずっと楽しかったです。また一緒にお願いします」


 そう言うと、一朗君は少し照れたように笑い、「じゃあ行きましょうか」と立ち上がった。


「あの、友人が来ているらしくて、少しお喋りして帰ります。待ち合わせは駅なので、駅まで送ります」


「そうなんですか。楽しんで下さい」


 「じゃあ行きましょうか」と促されたので二人で並んで歩いて駅へ向かう。

 朝は少し後ろを歩いていたけど、今は自然と真横を歩いている自分に気がついた。

 改札前でお別れではなくて、私が友人と合流したのを見届けてから帰ると言ってくれたので、朝、集合したところで、麗華と美由を待つ。


「やっぱり、誕生日プレゼントをもらおうかなぁと思います。欲しいものがでてきたので」


 不意に、彼はそんなことを口にした。


「何が欲しいですか?」


 一朗君が、私から何かを貰いたいとは、とても嬉しくてならない。


「なんか友人が、三ヶ月は鬼門って言うから、誕生日プレゼントはその三ヶ月後、七月頃にください」


 テスト期間で部活がないこの時に、ちょっと息抜きにまた二人で水族館に行きたい、座れるところで軽く勉強しながら楽しみたい、という提案をされた。


「それが誕生日プレゼントですか?」


「そう。テスト期間に遊ぶこと。物は物で欲しいから、あのお土産コーナーで、千円前後のものをねだります」


「テスト前もテスト期間中も、私の勉強時間は特に変わらないので全然大丈夫です」


「毎日コツコツ積み重ねているようだから、そうかなと思っていました。つまり、誕生日プレゼントには、俺が勉強をサボらないための手助けも入っています」


 一朗君は、「いつものように、テスト前に慌てて勉強だとこのプレゼントはもらえないので」と続けた。


「成績が伸びるし、遊べるって最高です。ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとうございます」


 今日一日で、一朗君が私のことを少しは気にかけてくれたかもしれない。

 なにせ、またデートしたいだから。

 喜びが心に満タンなので、演奏で発散したくなってきた。


 その時、麗華と美由が現れた。

 一朗君は「相澤さん、ありがとうございました。失礼します」と丁寧に挨拶し、美しいお辞儀をして帰っていった。


「小百ちゃんと真由ちゃんに聞いた通り、真面目君だぁ」


 麗華が小百ちゃんや真由ちゃんと呼ぶのは珍しいことだ。

 そう思っていたら、実は二人と一緒だったから、誘ってもいいかと美由に尋ねられた。

 五人で仲良くできるのは嬉しいから、「もちろん」と答えた。


「琴ちゃんの顔に楽しかったってかいてあるから色々教えて」


「何がどう楽しかったの? 知りたいなぁ」


 一朗君は私を幸せにしてくれただけではなく、仲が微妙だった四人が親しくなるきっかけをくれた。

 良いことばかりだから、彼とこれからどんどん親しくなれますように。


「実はね、剣道部さんたちもいるの」


「……えっ? そうなの? なんで?」


「小百ちゃんと、田中君の友達が同じ小学校で、元クラスメートだったんだ」


 小百合の元クラスメートは藤野(はやて)君。

 もうすぐ合同遠足があるから、海鳴剣道部の人たちは女子にダサいと思われない服を知りたくて、今日、皆でここに遊びに来ることになったそうだ。


「……まさか、私たちの観察をしていないよね?」


「実はー、わざわざ探してはいなかったんだけど、デッキのところでたまたま見つけちゃって、てへっ」


「こっそり、みんなで見てた」


「えー! それは盗撮みたいなものだから犯罪!」


「盗撮もしちゃってたり」


 美由と麗華が「ねー」と肩を揺らして笑い合う。


 「行こう、行こう」と誘われて、みんながいるというデッキへ向かう。

 そこで、真由香の服装がこれまで見たことのない私服であることに驚いた。

 黒いキャップに、カラフルな絵のダボダボパーカー、膝上のショートパンツ、虹色の短い靴下、それから厚底のスニーカーというスタイルだ。

 その服装について話題にする前に、海鳴剣道部の二年生たちとの挨拶が始まった。

 メガネ男子の一ノ瀬君が、私にこれが一朗の感想だと、彼らのグループトークを見せてくれた。


 【応援してやったんだから返事くらいしろ】


 このようなこのメッセージが送られたのはお昼前。それなのに、返信時間はついさっき。


 田中一朗【死ぬ】


 死ぬってなんだろう。

 私がそのメッセージを見ている前で、一ノ瀬君は【楽しかったなら良かったな】と送信して、すまし顔で「どうせもう返事は来ません」と告げた。


「というわけで、合同遠足の話です」


 一ノ瀬君が続けた。

 委員長会の前に担任に軽く確認をしたら、海鳴と聖廉(せいれん)のいくつかの部活は、中学校や高校一年のうちから交流があり、毎年、班分けの申請があるという。

 本来は先生たちがクラスを元に班を決めるけれど、申請があって問題がなければ、その班にしてくれるそうだ。

 申請のない生徒は、普通に班編成されていく。


「ちょうど五人ずつだから、剣道部と箏曲部で班を二つ作って良いそうです」


「二年部長の私と、クラス委員長の一ノ瀬君がそれぞれの担任に申請書を渡すってことになった」


 小百合が、困りつつも仕方ないという表情で淡々と話す。


「良かった。これで見知らぬ男子と行動しなくて済む。琴ちゃんのおかげだよ。ありがとう」


 微笑んだ小百合が私の手を取った。


「小百ちゃんって、男子が苦手だったの?」と、思わず問いかけていた。


「小学校の時にからかわれたりしていたから、あんまり」


「私も久しぶりの男子だから、知っている人の方が気楽。ありがとう、琴ちゃん」


 美由が軽く私の腕を触りながら笑う。

 すでに八人で話し合い、四人ずつの班になったそうだ。

 合同遠足は上ノ原にある博物館、美術館のどちらかなので、行きたいところを選んでいたら、ちょうど四人ずつに分かれたとのこと。


「一朗と相澤さんは二人で決めて、どっちかの班に入って下さい」


「分かりました」


「一朗に伝えておいてください」


 一ノ瀬君が私に頭を下げると、「その方があいつは真面目になるので」と早坂君がにこやかに笑った。


「田中君は真面目ではないんですか? そうは見えませんが」


「面倒くさがりで、すぐお前ら決めろって言うやつなんですよ。相澤さんには言わないに五百円!」


 早坂君はピンっと手を挙げて、一ノ瀬君ににこやかに笑いかけた。


「相澤さんはどちらが好きですか? に五百円」


「そっちが正解な気がする。変えよう」


「賭けにならないからダメ」


「それなら颯。俺は和哉が負けるに五百円」と佐藤君が藤野君の肩を軽く叩いた。


「えっ? それってさ、俺もそっちに賭けて勝ったら誰が払うんだ?」


「和哉だろう」


「それなら私も早坂君の負けに五百円〜」と真由香が愉快そうに笑いながら手を空に向かって伸ばした。


「高松も賭けろ。儲かるぞ」


 小百合は元クラスメートの藤野君に微笑みかけられて、吹き出すように笑い、「それなら私も」と小さく手を挙げて、彼女はさらに「琴ちゃんも麗華ちゃんも美由ちゃんも、乗ると良いよ」と誘った。


「うん、参加する〜」


「私も参加します」


「それなら私も参加します」


「やめろ、破産する! 賭けは法律違反だからやめだやめ」


 海鳴生さんたちも一朗君と同様に、外から見た姿よりもかなりくだけた一面があるようだ。

 この後、合同遠足では英語の課題を出されるから協力しようということで、グループトークを作ることに。

 今日は小百合と藤野君が連絡を取り合って、八人で集まったそうだ。

 グループトークができると、私の友人たちが一朗君に挨拶をし、男子たちが「こっちには返事をするんだな」とツッコミを入れた。

 一朗君はその全てのツッコミを無視して、「みなさん、よろしくお願いします」と挨拶を続けている。


「あっ、ようやくこっちにトークしてきた」


 早坂君は私たちに剣道部のグループトークを見せてくれた。


 田中一朗【相澤さんの大事な友人たちに手を出すなよ】


 田中一朗【揉め事で俺たちの邪魔をするな】


 田中一朗【板挟みなんてごめんだ】


 田中一朗【そのうち誰か紹介してもらえ】


 スマホを見せてくれたのはここまで。


「そういうわけで、ケンソウ部はなるべく部内恋愛禁止です。一朗と相澤さんは、喧嘩をしないで仲良くするように。俺らが迷惑するんで」


 一ノ瀬君がそう宣言したけど、『ケンソウ部』とはなんだろうか。

 問いかける前に、真由香が剣道部と箏曲(そうきょく)部だから『剣箏』で、喧騒にかけている、楽しく賑やかに騒ぐ部活だと教えてくれた。

 次の部活動は、聖廉(せいれん)の自習室を使って勉強会を行うことになっており、両校共に土曜の午前中は部活前に勉強だから、それを合同で行うという。


「一ノ瀬君が教え上手なんだって」


「人に教えると成績が伸びるんで助かります」


 男子たちが「涼先生〜」と彼に向かって手を合わせた。ここに一朗君がいたら、たぶん、同じことをするだろう。

 そう予想できるくらいには、今日一日で一朗君との距離を縮められたと思う。


 ☆★

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