閑話 国と世界のため
「正義君。君に話しておかないといけない事がある」
正義がアビスブルーに戻った後、ホーリーランドの国王がそう切り出した。
国王の言葉に素直に従って部屋に戻ると、そこには大柄のアメリカ人がソファーに座っていた。
「彼はリアム・フォートレス、私達の新しい仲間だ。リアム殿、彼は私達の勇者、正義殿だ」
国王はそう正義の事を紹介すると、リアムはあからさまに不機嫌な表情をした。
「こんな小さな坊主が勇者だと?信用できないな」
「……」
「そう言うではない。彼は確かに少々幼いが実力は確かだ。しかも魔物を倒す度に強くなっている。我々とは何か違うようだ」
「ふん。信用できないがな」
そう言ってリアムはワインをボトルに直接口を付けてワインを飲む。
その様子に正義は色々不審に思いながらも黙ってリアムを観察する。ドラクゥルに言われてからどの大人が信用出来て、どの大人が信用できないのか自分で考えるようになった。
口に付けていたワインをテーブルにドンと置きながらリアムは確認する様に言う。
「ところで王様。俺がその国に行ったら本当に魔物どもを殺せるんだな?」
「当然である。そのために君を我が国に招くのだ、1体でも多くの魔物を殲滅するために。そしてホワイトフェザーの加護が消えた今、少しでも戦力を向上させる必要がある。そのためには君が必要なのだよ」
戦力の向上という言葉に正義は少し顔をゆがめたが、リアムはその言葉を聞いて笑った。
「はは、なるほど。戦力の向上か。それで俺の武器を手に入れたいってのも思惑にあるんだろ?」
「それは以前説明していたように無理なのだろ」
「ああ。以前に渡して使えるかどうか確かめてみたが、使えなかった。渡して分解とかはできるが、武器として使用する事は出来ない」
「それに関してはある程度予想していた。勇者殿の聖剣や他の剣に関しても兵士達には使えなかった。勇者殿が持てば鉄も切り裂くと言うのに我が兵士達が持つとただのなまくらになってしまうのだ」
「……強過ぎる能力だからこそのセーフティーなのかね。だがまぁ俺1人居れば何千何万だろうと殺せる。まぁこれは人間を想定した場合だけどな」
リアムは経験からそう自信を持って言った。
この世界には魔法という物が存在するがリアムの持つ武器はその影響を受けない。簡単に言えば銃弾の最大の弱点は風により軌道がそれてしまう事だが、魔法で起こした風では軌道がそれない。
その代わり自然現象による風は影響を受けてしまうがこれは元々ゲームの仕様だったので特に不便だと思った事はない。
さらに言えば風の影響を受けないミサイルなどの装備を使用すれば影響はないも等しい。
「それは心強い。しかし我々の敵は人間ではなく魔物達、特にパープルスモックに巣食っている吸血鬼達を滅ぼすために使っていただく」
「そんな事は分かってる。そしてその後は他の魔物共、だな。獣人達はどうする?」
「獣に関してはいずれで良い。今は確実に殺しても問題のない吸血鬼を根絶やしにします。その後は野生の魔物を駆逐しながらゴブリン帝国を滅ぼしに参る」
「ゴブリン帝国?ゴブリンってのはあの緑色で小さい連中だよな?」
「ゴブリンと聞いて油断してはいけない。あれはゴブリンだけの国ですがとにかく数と種類が多い。剣や槍を使うだけではなく魔法すら使うゴブリンが存在する。そして特に殺しておかないといけないのはゴブリンクイーンだ」
「クイーン?そんなに強いのか」
「強さはホブゴブリンとあまり変わらないが、その繁殖力が厄介なのだ。すぐに妊娠し、すぐに出産するという話で帝国のほとんどのゴブリン達はゴブリンクイーンから生まれたと言われている。言いたい事は分かるな」
「なるほど。まずはそのゴブリン製造機といえるゴブリンの雌をぶっ殺さないといつまで経ってもゴブリンは減らないって事か」
「そういう事だ。だがこちらは数も多いので後に回す。まずはパープルスモックをこの世界から消す」
「オーケイ。まずどのモンスターから消すのかは分かった。それで他の戦力は」
「パープルスモックを確実に消すために精鋭を集めている。我が国の最上位騎士団たちを派遣する。彼らは我が国の侵略担当だ。実力は勇者殿と変わらない」
「そんなに勇者がいっぱい居ていいのかよ」
「本来であれば数十年かけて手に入る力を、1年で手に入れた勇者殿がどれだけ凄まじいかを実感してもらえると思ったのだがな」
「なるほど、そういう意味か。それなら問題ない。俺が先にモンスター共を蜂の巣にしてやるよ」
「それではまた後で会おう」
そういった後ホーリーランドの国王と正義は部屋を出た。
正義は王に疑問をぶつける。
「王様。本当にあの人を仲間に入れるんですか」
「仕方がないのだよ。先程も言ったがホワイトフェザーの加護がなくなる以上戦力の増強は急務だ。我が国の魔法使いだけでは強固な結界を維持する事すら難しい。ならばそれを補う程の武力が必要だ」
「……僕はあの人が信用できません。あれはただ魔物を殺そうとしているだけにしか見えない。魔物を倒して世界を平和にするようには見えません」
「それは私も分かっている。だが今は力が必要なのだ、力がない者は守る事すら出来ない。私の不用意な発言が原因だ。バカな王だと嗤ってくれて構わない。だがそれでも私の国の民を守る義務がある。だからあの男を受け入れろとは言わないが、納得はして欲しい」
正義は難しい話だと思った。
確かに今回の事は国王の不用意な発言が原因である。だがその力を失ったとしても次の手を打たないといけない。ホワイトフェザーの結界が消えれば国を守る力を失うと同じ事と正義も一応理解していた。
それでも正義は国王に言う。
「王様。それならパープルスモックとの戦争はもう少し先延ばしに出来ないんですか?確かに僕も奴隷になっている人達を助けたい。でも今攻めたらホーリーランドを守る事が出来ない。それならもう少し先にしても――」
「あの男の要求が魔物を殺す口実が欲しいのだよ。正直に言えばあの男が私の提案を飲む事自体不思議だった。あの男はこの国に住んでいる。私のホーリーランドよりも文明が発達した国を出るとは思いもしなかった。そしてあの男は魔物を殺させろと要求してきた。あれはただの傭兵ではない。血に飢えた野犬と変わらない」
国王は正しく男の本質を見抜いていたがそれでも力が必要だと判断した。国を守るために獰猛な野犬であろうとも利用すると決めたのだ。
正義にはそれが理解できない。
どう見てもリスクの方が高いのに、そんな事を選んだのかが分からない。
「……そんなに僕の力だけじゃダメですか」
そう正義は王様に聞いた。
自分では国を守るという行為に不安を隠せないのかと聞いた。
それに対して国王は遠くを見ながら言う。
「たとえ強くとも正義君は1人だけだ。娘と妻にとっても大切な者であり、むろん私にとっても大切だ。私は君の事を本当の息子のように思っている。だからこそ1人で国を守らせる事は出来ない。将来の娘の婿として、次の国王として、そして1人だけで戦っていればいずれ潰されてしまう。国を背負う重圧に、自分しか戦う事が出来ないと思えば正義君は1人で戦おうとするだろう。その結果死んでしまったら……私達は私達を憎むだろう。だからこそあの男に前線を任せるのだ。そうすれば正義君の負担も減らせる」
そんな風に言われては正義は黙るしかなかった。
しかしどうしても確認しておきたい事がある。
「……獣人のみなさんも本当にその内殺すつもりですか」
「そこまでするつもりはない。獣人達は我々人間とあまり変わらない。知性も理性もある。だから殺す必要はない。だがパープルスモックとゴブリン帝国に関しては好機だと思っている。あの2つの国を倒せばあとは地道に獣同然の魔物達を倒していくだけだ。あの2つさえなくなれば大きな希望となる」
「これだけは誓って下さい。獣人さん達には決して武器を向けないと」
「誓おう。我々が倒すのは人類の敵だけであると」
不穏な空気は、少しずつ広がり始めていた。
今年最後の投稿です。良いお年を!!




