クレール、星空と海の共演
ブランとレオが遊び疲れて眠たそうになっている夜。クレールのステージと晩飯のために俺達は移動している。
移動と言っても同じ施設内にあるから大した距離ではない。元々そのステージは昼間ショーなどを行っていたし、夜もクレールのステージが無かったらショーを見ながら晩飯が食べられるという感じだったらしい。
それからこうして晩飯を食う時はホテルのコンセルジュに一言言っておけば晩飯もどこで食べようが問題ない。何もない時はホテルで食べるというのがルールっぽいが。
施設はドーム型であり、天井は好きに開閉できるようになっている様だ。今日は快晴なのでドームは開いている。星空の下で食べる飯はきっといい思い出になる事だろう。
あえて問題を言うとすれば……ブランとレオが遊び疲れて俺の背中の上で睡魔に負けそうになっている事だが。
「ハク。大丈夫か?」
「寝てないよ~」
クレールのステージを見たいっという思いがあるからかまだ目は半分開いてるが、いつ閉じてもおかしくない状況である事も変わらない。
ノワールに俺とブランの分のカードを提示してもらってドームに入る。
ちなみに格好は水着のまま。ここでは水着のまま食事をとってもいい様になっているので着替える必要はない。それでも夜になって少し肌寒くなったからパーカーやTシャツなどを着ている人が多い。
それでも店員さんはピシッとしたスーツっぽい服を着て丁寧に対応してくれる。
結構な人数で来てしまったが、店員さん達は困った顔など一切せずに席に案内する。
案内された席は……思っていた以上に広い。ソファーっぽい形だが濡れても大丈夫な素材の様で少しビニールっぽい。でも座り心地などは悪くなく、素直に良いソファーである事は分かった。
「レオ。起きているか?」
「ふぇ~?」
「食事が来るまではそっとしておきましょう」
「そうだな」
レオの事を背負っていた王様もレオをソファーに下ろしながら座る。
そんな光景を見てヴラドが何故かエリザベートを見ているが、どこか王様の事を羨ましそうに見ている。
何でだろうと思いつつも席まで案内してくれた店員さんが聞く。
「こちらでのお食事では肉か魚か、お選びいただけます」
「メニューそれだけ?」
俺はついそう聞いてしまうと店員さんは自信ありげに言う。
「はい。事前にお客様方の宗教的に食べられない物、アレルギーのある食べ物は出ない様調査しております。さらに以前お越しいただいたお客様から好物なども調べており、自信を持ってご提供させていただきます。何か細かいご要望がありましたらこの場でお願いします」
へ~。事前にアレルギーとかについて調べてたりするんだな。流石高級。
だから肉か魚か好きな方を選ぶだけでいいのね。
「では私は肉を」
「……魚」
「ブランもお魚!」
こんな感じで要望を出していく。
選んだ肉と魚の割合は半々で、店員さんはそれをメモする。
そして俺はとりあえず聞いて確かめてみる。
「それじゃ1つ要望良いかな?」
「何なりとお申し付けください」
「刺身って食べれる?」
「ございますよ。どのお肉もこの島で育てられた物であり、新鮮でおいしくいただく事が出来ます」
「いやそうじゃなくて、魚の刺身って食べれるか?」
そう聞くとライトさんと王様達は非常に驚いた表情をしていた。やはりこの世界では生魚は食べないらしい。
店員さんは驚きながらも確認する様に言う。
「確かにご用意出来ますが、本当に生魚でよろしいのですか?」
「お願いします」
「しょ、承知しました。それでは――」
「あ、あの!」
注文を取り終えたと思った店員さんが確認を取る前に若葉が手を上げた。
「わ、私の魚もお刺身にしてもらってもいいでしょうか」
「承知いたしました。それでは魚の内2つはお刺身で、ですね。ご用意して参ります」
「あ、ご飯あったら大盛りでお願いします」
俺の言葉を最後に聞いた後、店員さんが去り、俺と若葉は目を合わせてグッと手を握った。
やっぱ日本人は米と刺身、これだけは譲れない。
日本人イエーイ!
「本当にパパお刺身好きだね」
「当然だろ。海の魚は刺身に限る」
「あ。ワサビってありますかね?」
「なかったらアルカディアから持ってくる」
「ドラクゥルさん……徹底してますね!!」
「当然。ワサビなしなんて信じられん」
「ですよね!!」
なんか今までで1番若葉と話がうまくいっている気がする。
その事に気が付いて気恥ずかしくなったのか、若葉は赤くなっていたが俺は気にしない。
しかし王様は信じられないという感じで俺に言う。
「本気か?魚を生で食べれば腹を下すぞ」
「寄生虫とかの問題なら大丈夫だろ。こんだけ立派な所なら安全なの用意してるって」
「では他の所では食べないのだな?」
「いや、家で養殖してる魚は別。でも家で調理するとなると大抵焼くか煮るか、蒸したりして生で食べさせてくれないんだよね……寄生虫なんている訳ないのに」
アルカディアの魚は基本的に全て食べられる魚だ。
まぁ食べられると言っても例外的にクジラとかアザラシとか、そういうのも居るがおかしいというほどおかしくないと思ってる。
だってシャチとかシロクマとか食べるじゃん。うちの水属性のモンスター達も大好物だし。
俺は食文化で否定する事はまずない。アザラシ食うのがかわいそうだからと言ってやめろというつもりはないし、クジラだって食べるために捕獲したいのであれば食べる分だけ捕獲すればいい。
自分が食べない物を適当な偏見やら理由を付けて否定するのは気に入らない。
「ま、安全と分かれば基本的になんでも食うよ。虫だって食った事あるし」
「うえ~。ハクは虫苦手。足とか翅とか食べたくない」
「蜂の幼虫は……美味しい」
ブランの一言にレオが半分起きながら言った。
グリーンシェルには食虫文化がある。草木が多く、ヴェルトの周囲には魔物ばかりで動物の肉が取りにくい事から生まれたと王様と女王様が言っていた。
と言っても何でも食べる訳ではなく、主に果実や花の蜜を主食とする昆虫系だけと聞いている。
そりゃ最初から抵抗感がないかっと聞かれるとない訳じゃないが、否定するつもりもない。
そんな話をしている間に料理が並ぶ。
昨日のレストランの様にフルコースという訳ではなく、全ての料理を一気に持ってくる。テーブルの上には多くの料理が並ぶ中、俺と若葉の飯が少しだけ遅れている。
ブランとレオがまだ食べちゃダメかな?っという風に待ち遠しくしているので先に食べていいと言った。
そして2人が食べ始める寸前に料理がやってきた。
「お待たせしました。こちら船盛です」
…………デカ!?
やってきた船盛は大人2人が両手で持ってくるほどの量だった。
それが俺と若葉の分、合計2隻がテーブルの上に乗っている。船の上の刺身は花弁のようにきれいに並べられ、真ん中にちょこんと菊が置いてある。
その圧倒的な量に若葉は何度も目をこすっていた。
「こちらご飯と清酒となります。パンとご飯の方はお代わり自由ですのでお申し付けください」
そういって普通の茶碗にご飯がてんこ盛り乗っけられていた。それは俺だけだったのは良かったのか悪かったのか、若葉のは普通盛だ。
「それじゃ……食べよっか。いただきます」
こうして俺達は食事を始めた。
思っていた以上の量に驚いたが、醤油の他にワサビなどもあるし俺は普通に食える。若葉も驚きながらも食べ始める。
そして久しぶりの刺身の味は、素直に美味い。ワサビ醤油に刺身をちょっとつけて食べる。そしてご飯。合間につまやシソも食べる。
久しぶりに食べる刺身をガツガツ食っている姿を見て王様がじっと見る。
「本当に食べて大丈夫なのか?」
「大丈夫ですって。何なら一切れ食べてみます?」
「いや、遠慮させてもらう」
やっぱ生は食べないか。
少し残念に思いながら食べているとふと周囲が暗くなる。
そしてステージには司会者のような人が現れ、マイクを持って言った。
『お待たせいたしました。本日は歌姫、クレールのステージを見に来ていただき誠にありがとうございます。是非お食事を楽しみながらご清聴願います』
その言葉に俺は箸を置いて拍手した。
そこからクレールを歓迎する様に拍手の波が起こり、拍手を受けながらクレールは現れた。
初めて見るクレールの人間状態は、女性が憧れる女性像を体現したような姿だ。
すらりとした長い脚、胸や尻は大き過ぎず小さ過ぎない完璧なバランス、顔は美しく幼い部分は一切なく少し冷たい印象を受けるが引き締まってカッコいいと思う。髪は尻に届くまで真っ直ぐとストレートにおろしさらに大人っぽさが増している。
そして澄んだ青い海の色をそのままドレスにしたような美しい衣は星明かりのおかげでさらにキレイに輝く。スリットが入っているので綺麗な足がちらちらと歩くたびに見える。
クレールは視線だけで俺達の事を探し、俺と目が合うと微笑んだ。
俺も微笑み返すと、1度頷いてから周りの演奏者達にアイコンタクトを取った後に歌いだした。
歌いだしたこの曲は……確か『星空と海の共演』。
アルカディアで何故かクレールをSSSランクまで進化させたときに初めて聞ける曲だ。
クレールはこの曲が好きでよく俺が様子を見に行くとこの曲をかけて欲しいと頼んでいた。そしてアルカディアの浜辺で一緒に曲を聞きながらぼんやりと時間を過ごした。
でもこの曲は俺が聞いていた頃よりも格段に上の様な気がする。
クレールの曲を聞いている間に俺はなぜか涙が出た。別に悲しい事を思い出した訳ではない、むしろ逆だ。
何故か子供達が生まれた時の事を思い出す。ノワール達最初の頃に生まれた子供達の成長や戸惑い、試行錯誤した時や病気にかかって必死に治せた時の事を思い出す。
もちろん成長して進化した時の事もだ。初めて進化して急に食べる物が変化した時は大変だった。今までは何でも食べていたのに、急に食べれる物と食べれない物に分かれて数多くの食べ物を育てないといけなくなった時も大変だったが、それ以上に元気に食べて育ってくれた事に安心した事を思い出す。
そんな子供達の生まれ育った記憶を思い出しながら曲が終わると同時にその記憶も少しずつ引いていった。
俺は涙をぬぐう前に最初に拍手で感謝を伝える。
そして起こる拍手の津波。クレールは丁寧に頭を下げた後にステージを後にした。
さて、花束を持って楽屋に突入できるかな?




