近代科学都市、アビスブルー
ホーリーランドの国王と勇者に出会った事をノワール達に伝えると、ノワールの反応は意外と淡泊な物だった。
「そうか。旅行中に会うとは災難だ」
「そ、それだけか?」
「そうだ。意外か?」
「正直。だってノアールは俺と同じように家族の事が大好きだろ。だから多少の苛立ちぐらいはあると持ってたけど、そういうのも全然感じないから」
「全く何も思っていない訳ではない。だが……対処するとすれば今パープルスモックに残っている吸血鬼達だ。彼らの戦力が低下した今、どうするか相談しておく必要がある」
「ヴラドには俺の方から話しておく。流石に旅行中に行動を起こすとは思わないが、ホーリーランドの王様が敵視しているのは変わらない。余計なトラブルが起きないように釘を刺しておかないとな」
旅行が始まってすぐにこんな気分になってしまうのは少し残念だが、気持ちを切り替えて楽しむとしよう。
「ご来島ありがとうございます」
巨大な大陸と言ってもいい場所の港に到着すると、そこには様々な種族の人達が丁寧に頭を下げながら俺達の事を迎えてくれた。
主に人間とそう変わりない見た目の種族たちが対応している。コボルトに人魚、かなり体格のいい3メートル近くある女性など様々な種族がこの大陸にいるようだ。
超高級リゾートと言うだけあって隙がない様に見える。どの人も丁寧に客の対応をしている。
そう思っているとコボルト達が台車を押しながら俺達の前に現れた。
「お荷物お預かりします!」
「ありがとう」
そう言われたので俺達は大きめの旅行鞄を持って行ってもらえるよう頼んだ。
コボルト達はこういった細かい仕事をし、人魚たちは笑顔で対応、大きな人達は黙々とコボルト達が持ってきた荷物をまとめて運んでいく。
そして1人の人魚が俺達の前で頭を下げ、挨拶をする。
「初めまして。私は人魚のアリエスと申します。この度私がみな様の御案内をいたします」
「よろしくお願いします」
「ではこちらにどうぞ。初めての方には驚かれる乗り物をご用意しております」
驚く乗り物って何だろう?珍しい馬で移動する馬車とか?
そう思いながら案内されるままに歩くと、そこには意外過ぎる物が並んでいた。
「あの、これは?」
「これは“車”と言うアビスブルーでのみ使用されている乗り物です。最新の技術師たちの努力により実現した馬の要らない馬車とイメージしていただければ幸いです」
確かにこれには驚いた。異世界で車が既に流通されている?いや、今の説明だとアビスブルーでしか使用されていないらしい。
たとえ1つの国でしか流通していないとしてもこれは明らかに異常だ。誰かが俺達の世界の技術を持ってきた?それともこの国に俺のような生産職的なプレイヤーが混じっていた?
とにかく俺は他の人とは違う意味でとても驚いていた。
形も豪華で大きなリムジンだし、絶対俺達の世界が絡んでる。
そう思いつつも荷物はリムジンの荷台にコボルト達が詰め、運転席には既に座っていたドライバーが居る。
俺達はこのリムジンに乗ると、一緒に乗った人魚の人に俺は質問した。
「あの、この車は一体いつからあるんですか?」
「現在使用しているリムジン型は最新のものでございます。生産されてから1年も経っていない最新型です」
「最初からこの車を作っていたんですか?」
「車の歴史を語りますと、1番最初に造られた車はおよそ150年前の物となります。最初の車は見た目もあまりよくなく、スピードも出せず、ブレーキもかかりにくい物でした。そこから改良を進め、現在はこのような形になりました」
「それじゃ車は全部この形で?」
「この車はお客様を乗せるための物であり、この国で働いている者達は別の形の車を使用しています」
150年前……俺と若葉、そして勇者が居る事で恐らくプレイヤーは全員この時代に居ると予想するのが正しいだろう。
でもそれが合っていたとして、150年前に車を作った人物がいる?元々この世界の人間なのかどうか分からないが、これはあまりにもオーバーテクノロジー過ぎる。
若葉もそっと俺の服の袖を引っ張って、俺にそっと話す。
「もしかしてこの国にも私達みたいな人がいるんですかね?」
「150年前って話が本当なら違うと思う。でも全く関係ないとも言い切れない」
この国に来てから混乱してばっかりだ。一体誰がこんなオーバーテクノロジーを持ち込んだんだ?
そう思いながらリムジンは進む。
アリエスさんがバスガイドの様な感じで町の説明を聞きながら窓の外を見る。
途中街並みが見える場所などを通った時にはここって東京だったっけ?と聞きたくなるようなビジネス街の様な場所を通った時には頭が痛くなってきた。
確かに俺も自重の様な事はしていないが……これは明らかにやり過ぎだ。でも外に持ち出されていない所を考えると妙にも感じる。
これだけの力があれば、国外に流通をすれば相当名が上がる事だろう。でもそれをしていないのは何でだ?ただ単にこの国に居るのが都合がいいからという事なんだろうか?
そう思っているとホテルに到着した。
全員同じホテルに泊まるようで、先に到着した人達は既にこのバカデカいホテルに入って行く。
俺達もこのホテルで降り、丘の上から下の方を見下ろすと、港が見えたのでここが最初に見たでっかいビルであると分かった。
近くで見るとやはり近代的な商業ビルの様で、ガラス張りの様に見える。
だが内装はテレビでしか見た事のない豪華な内装だ。
広過ぎるエントランスに金の装飾がされた柱や壁、価値は分からないが絵が飾っていたりと色々豪華だ。
ソファーなども置いてあるが、そういった物も一流品である事は素人の俺から見ても分かる。とんでもないホテルに来てしまったものだ。
そしてそれらに一切動揺していないのが子供達。
ノワールは物の価値が分かっている様で、感心しているだけだし、ヴェルトは眠たそうな表情のまま、ブランはこんな感じか~っと言う感じで軽く受け流している。
うちの子達耐性強過ぎない?普通こんな所に来れば圧倒されるのが普通だと思うんだけど。
若葉なんて見てみろ。圧倒され過ぎて顔色悪いぞ。
ブラン、回復させてあげて。マジで顔色悪過ぎて今にも吐き出しそうだから。
そう思っているとまたお客の人達が騒めいた。
何だろうと思っていると、2階から1人の男性が降りてきた。
その男性はスーツを着こなし、ピシッとしていてかなり男らしい男性。特に目立つのは5メートル近い巨体か。
この世界の人間はこれほどまで大きくなる物なのだろうかと考えてみるが、流石に5メートルは異常だ。そう考えると彼は……何者なのだろうか。
彼の他に女性が1人彼の後ろをぴったりと歩く。
彼女も4メートル近くあり、かなり大きい。ついでにスタイルも身長に比例してかなりデカい。
そんな彼が何故か俺の前で立ち止まり、丁寧に頭を下げてから確認をする。
「失礼いたします。あなた様がドラクゥル様でよろしいでしょうか」
「は、はい」
「いきなりで申し訳ありません。わたくしはこのホテルの支配人である、タイタスと申します。彼女は秘書のエル・グランデ。ここからはわたくしたちがご案内いたします」
その言葉を聞いた周りの人達がさらに騒めく。
このホテルの支配人と言うだけあり、かなりの影響力を持っている様だが初見の俺にはよく分からない。
でもかなり特別扱いをされているという事だけは分かる。
だから俺はつい聞いてしまった。
「なぜ俺達にそんな特別扱いを?」
「教皇様の御友人であり、パープルスモックの大貴族の友人でもあるからです。どうぞこちらに。みな様お待ちです」
そう言うタイタンの掌の先にはライトさんとヴラド一家が待っていた。
周りからの突き刺すような視線から逃げるように俺と若葉は早歩きでライトさん達の所に向かう。ノワール達はいつもと変わらないが。
とりあえず一緒に乗った業務用でもここまで大きくないだろっと思うエレベーターに乗り、エレベーターは何の振動もなく上に上がっていく。
正直ライトさんとヴラドが一緒に居る事に少し不安を感じたが、今の2人からはそんな気配は一切ない。なんでだろうと思っているとタイタンさんから話しかけられた。
「表向きの理由は先程お話しした通りですが、実際はスポンサーからの御意向と言う物です。直接会うまでは分かりませんでしたが、直接会ってみてドラクゥル様はスポンサー様の言うように特別な方だと分かりました」
「スポンサー、ですか」
「はい。基本的には自由に商売をし、自らの利益で運営しておりますが、時に国のお力をお借りする事もあるのです。この国のトップ事業はみな神の支援を受けているのです」
「神……そして気になるのですが、そちらのエルさんは俺の事を知っていますか?」
エル・グランデ。その名前は俺の子供の名前の1人だ。
確かにその子も女の子ではあったが……ここまで小さくない。
そうなると血縁者なのかと予想する事も出来るが……彼女の口から聞きたかった。
俺がそう聞くと彼女は穏やかな声色で語る。
「初めまして、お爺様。ご想像の通りエル・グランデ・ドラクゥルの娘です。このホテルでタイタン社長の秘書をしております」
「そうか……エルは元気か?」
「はい。お母様も元気です。ですがやはり……お爺様が人間と言うのは不思議な物です」
「その辺りは仕方ない。俺は育ての親だからな」
そうあっさりと言うとエレベーターの扉が開いた。
その先は……庭園だった。だがブランが気に入っていた大聖堂の屋上とはかなり規模が違う。
おそらくタイタンさんのような人達が整備しているんだろう。小さな花ではなく立派な大木や巨大な花が咲き誇り、まるで自分自身が小人にでもなったような気分になる。
ヴェルトが心地よさそうに目を細めているのは居場所という意味だ。これほどの物なら当然だろう。
「みな様をお部屋まで案内いたします。どうぞこちらに」
そう誘導されるとそこは一家族が普通に住んでいてもおかしくないほどに広い。
部屋の数も非常に多く、これ全部部屋使うとしたら相当な数で来ないと無理じゃないか?
「こちらがスイートルームです。ご自由にお使いください。お食事は49階のレストランです。朝と夜の2回でお昼は各飲食店でお食事になります。今回は最もランクの高い物ですのでどちらで昼食を取られても料金は発生いたしません。こちらのカードを職員に見せれば食事は無料、レジャー施設も無料で使用できます。料金が発生するのは食事以外の店舗、宝石店や洋品店、この国で作られた電子機具やカジノとなります。お気を付けください」
そうタイタンさんが言いながら俺達にエル・グランデがカードを渡してくれる。
普通の人間サイズだからエル・グランデから見ればかなり小さいだろうに、器用な物だ。
「それからこちらはスポンサー様からのお手紙です」
そう言ってさらにエル・グランデが渡してくれたのは少し大きめのA4サイズの手紙だ。
受け取って早速見てみると、一方的に用件が書いてあるだけだった。
「これは誰からの手紙ですか」
「この国の神、クレール・ドラクゥル様からです」
やっぱり大国で神様やってたんだ……
そう思いながらもう1度手紙を見た。
『今夜24時、神殿で会いましょう』




