症状と原因究明
現状ヴェルトに関する異常は劇物栄養剤をがぶ飲みしていると言う内容だけだが、言い方を変えると体力を非常に消費している、もしくは体力を回復させるためにエネルギーを異常に欲している状態と言える。
それならエネルギーを他から注入すればいいだけなのだが、その方法は出来るだけ安全でないといけない。
1番簡単に、安全に栄養を補給できるのはやはり食べる事。だが現在のヴェルトは土の中に居るのでそれは出来ない。
2番目に安全と言えるのが背中の木を通して栄養を補給する事。現在ブランのおかげで冬場でも十分な日光を得る事が出来ているのでここまでは大丈夫だ。
最後に栄養を補給できるのが栄養剤。植物用の物であり、これも木を通してエネルギーを得る方法ではあるが、種類によっては危険性が高くなるのでちゃんと注入する量を調節しないと殺してしまう可能性がある。
なので現在は劇物栄養剤から安全な代わりにあまり強過ぎない栄養剤を多めに使用している。
飲み物で例えるのであればスポーツドリンクとかそんな感じ。劇物はエナジードリンクと言う所か。多少の摂取であれば当然問題ないけれど、短時間に大量に摂取すると身体に異常が起きてしまう。
なので現在はスポーツドリンクを多く飲ませている感じ。木を囲むように等間隔で地面に刺していく。今回は多めの200mlで24時間は効果が続くはず。ヴェルトががぶ飲みしなければ。
そんな感じでそれぞれヴェルトを守るために行動した夜。会議室で俺達はそれぞれ現状報告をする。
「パパ、結界の展開は終わったよ。今の規模なら1週間ごとに張り替える必要があるけど、中に居る魔物に関してはヨハネお兄ちゃんが倒しているからもうすぐヴェルトお姉ちゃんに近づく悪い子達はいなくなりそうだよ。でもそのせいで外に魔物があふれちゃってる。これどうしようか?」
「こちらからも報告する。昼間はブランの天使達に手伝ってもらったが夜はヴラド率いる吸血鬼部隊が引き続き異常な部分がないか調べてもらっている。今のところ表面部分に異常は見当たらないので明日は地下に行き腹部に異常はないか調べる」
「親父に言う事は特別ねぇな。ブランの言うように冒険者達が入って来られない場所の魔物達はほぼ殲滅完了だ。明日には完全に殲滅できるから明後日からオヤジでも安全に探索できる。それから結界の外に居る連中は俺達で駆除しておくわ」
「お父さんの指示通り木に異常がないか調べているけど、今のところキノコとか見つかるけど原因ではないと思う。昔からある種類だし、木に異常をきたすほどの数も生えてなかった。続けて寄生植物に関しても調べてるわ。今のところ発見には至ってないけど」
「分かった。ブランはそのまま疑似日光を張り続けていてくれ、それからグリーンシェルや冒険者達には悪いがしばらくダンジョンは閉鎖だ。それよりもヴェルトの異常の原因究明と安全を優先する。
レオは明日今回の事を報告するために一時城に帰るらしいからヨハネかヴァルゴが事情説明に行って欲しい。今回は上の者が報告する必要がありそうだ。
それからノワールはヴラド達と共に探索の続行を頼む。吸血鬼組はみんな帰ってきた訳だし、家に居て暇そうにしてる連中が多いからローテーション組んで効率よく休みながら進めて欲しい。決して無理はするなよ、上級の吸血鬼と言ってもブランの結界内じゃ弱体化するだろうからな。
ヨハネはヴェルトを狙う不届き者共を殲滅したら外で狙ってくる連中の排除を頼む。本当なら冒険者に任せる方がいいのかも知れないが、冒険者の手に負えないような大物だけを出来るだけ狙ってくれ。雑魚どもは冒険者達に残しておいてやれ、こちらの事情で仕事を失くさせる訳にはいかないからな。
ヴァルゴの方は一応木に棲んでいる獣や虫たちの健康診断を行ってくれ。症状が出ていないだけで彼らが感染している影響が木にも影響している可能性は捨てきれない。木、その物に直接感染していないとなるとその辺りだろう。診察は俺じゃなくて彼らに慣れている子達に任せよう。俺が行っても信用してくれないだろうからな」
それぞれの報告を聞きながら俺は次の指示を出す。
ここまでくるとグリーンシェルに対する影響も大変だ。ダンジョンの封鎖に魔物が森に入れない事により外で被害が出るかもしれない。そうなると人命救助に魔物による被害、その他もろもろを考えておかないといけないだろう。
ここまで国に関係する仕事と言うのは当然初めてだ。ノワールの時の引っ越しはヴラド達が自分達で対応していたから俺はこうして動く必要はなかったし、こうして慌てて動く必要もなかった。
こうしてみると王様とか社長とか大変なんだな。俺こんな人を使うって意味でこんなに疲れるのは初めてだよ。
「………………ドラクゥルさんすご。あれってレオ姫様から見てどうなの?」
「お父様はあそこまで働いてるところ見た事ないけど、かなり凄いと思うよ。世界樹様の事とグリーンシェルの事を同時に進めてるし、どの仕事にどの人を使うのか選ぶのが凄く上手。ヨハネ様とヴァルゴ様にも指示出してるのが1番凄いよ」
「レオ!若葉!明日帰る時にヨハネとヴァルゴの子供2人が付いて行くって!!その子でも大丈夫か!?」
何やら話しているレオと若葉に対して俺は聞くと「は、はい!大丈夫!」っと返事を返してくれた。
こんな時に言うのも何だがヨハネとヴァルゴは夫婦になっていた。性格合うのに仲の悪い、同族嫌悪的な物があるんだとばかり思っていたのだが、そんな事なくおしどり夫婦として一緒に居たと言う。
ちなみにそんな俺の孫はアルカディアでは存在しない種族として生を受けていた。
孫達は男と女の双子で、金髪の女の子でライオンの耳を持っているのがゴールド。銀髪の男の子でライオンの耳をしているのがシルバー。どちらも顔や体型は人型で、ケモミミの美少女様とイケメン様だ。
さて、俺なりに全力を尽くしているがやっぱり手探りだと時間がかかる。本人からどこが悪いのか、異常を感じるのか教えてもらう方がものすごく楽だ。
でも今はその本人が出て来れない状態だからな……そう言えばどれぐらい回復したら本人が出て来れるんだろうな。
「……やっぱり本人から直接声を聞きたいな……どうにか連絡する方法とかないのかね?」
「今は難しいかも。最近だと夏場でも1週間ぐらいしか出て来なかった事も多くなったし、今はブランちゃんの結界のおかげで光合成で来てるから大丈夫かも知れないけど、すぐには出てこれないんじゃない」
俺のつぶやきを聞いていたのはヴァルゴだ。どうやらそう簡単に会えるような状況ではないらしい。
それでも1番楽に事態を良い方向に変える事が出来るのは本人に直接話を聞くのが手っ取り早い。と言っても本人も異常を感じていない様な物なら意味がないのかも知れないが……
「……お腹。変な感じ」
ふと俺の後ろで聞き覚えのない声が聞こえた。
振り返ってみると、女性の中ではかなり背の高い、眠たそうな表情をした女性が俺の後ろでしゃがんでいた。髪と瞳は新緑色で髪は非常に長い、しゃがんでいるとは言え腰辺りまで伸ばしている。そしてのんびりとした雰囲気ととてもスッキリとした森の良い匂い。突然腹がどうこうと言う彼女に反応したのはヨハネだった。
「ヴェルト!?起きれたのか!!」
「え、この子がヴェルト?」
「……おひさ~」
そう言ってゆっくりとした口調でヴェルトらしい女性はヨハネに返事をした。
いや~この世界に来てからSSSランクモンスターである子達はみんな人の形になれる様になっちゃったんだな。周りの反応を見る限り、彼女がヴェルトである事は間違いないらしい。
レオは何か知らないけど拝みだすし、若葉はこの状況について来れていない。
でも俺は都合がいいと思ってヴェルトに聞く。
「ヴェルト。挨拶もしないのは悪いが、今お前の身体はどうなってる。痛かったり苦しくないか」
「……ん。お腹、減ってるだけ。あと、お腹ずっと減る」
「ずっと腹が減ってるのか?いつからだ」
「…………ん~。100年前?」
のんびりしてるとは言え100年前からずっと空腹って本当に大丈夫なのか。普通の生物だったらとっくに死んでるぞ。
「何か違和感は」
「……お腹、変」
「もうちょっと詳しく。下痢とか起こしてないか」
「……お腹、ずっと熱い。でもお尻の方じゃない。変」
腹痛とかではないけど腹が変?どういうこっちゃ??
「ノワール。ヴラド達に連絡、ヴェルトの腹から尻に向かって重点的に調べてくれ」
「分かった」
「……ちょっと、恥ずかしい」
「医療行為だ。諦めろ」
あまり表情は変わらないが頬を少しだけ赤くするヴェルトに言う。
さて、こうして話してみると思っていたよりも重傷な感じではなさそうだ。その事に安心感を覚えつつもやはり原因が分からない。
腹が熱くてずっと空腹感に襲われている。本人が言うには症状はそんなところ。外傷や病気などが原因ではなさそうと言う事は喜んでいいのか悪いのか。ぶっちゃけ外傷とか病気の方が発見しやすいから楽。
でもま、ヴェルトがこれだけ何ともなさそうにしていると本当に病気関連ではなさそうだ。そこだけは安心してもいいだろう。
「他に違和感とかはないのか?腹が減る、腹に違和感がある以外に」
「………………ない」
「ないのか~」
ほんの少し余裕が出来たかと思うとヴェルトの姿が一瞬消えて、また現れた。
「ヴェルト!?」
「……時間切れ。ちょっと寝る」
そう言ってヴェルトは完全に消えた。
俺は説明を求めてヨハネとヴァルゴに顔を向ける。
「あ~。あれはヴェルトの意思だけを投影した様な物だからな、ヴェルトの調子が悪いと急に消えるんだ」
「お父さん安心して、ヴェルトのみに何かあった訳じゃないから」
「そうか。それならいいか」
でもなヴェルト、お休みなさいぐらいは言うもんだろ。寝るの一言で寝るんじゃねぇよ。
ともあれこれである程度どうするべきなのか分かってきた。
ヴェルトが異常を感じているのは腹部であり、異常に腹が減っている事。外傷や病気が原因ではない事。それらが分かっただけでもかなり前に進める。
既にノワールに腹部から尻にかけての調査を頼んだし、あとはこちらで色々と調べるだけだ。
でも病気じゃないとなるとただの体調不良でいいんだろうか?こんな症状アルカディアじゃなかったよな。




