ヴェルトの異常
そんな感じでヨハネ達を無事にアルカディアに再登録した後、ヴェルトの本格検査が始まった。
まずはアルカディアで作った俺お手製、使い方を間違えると栄養が多過ぎて劇物扱いの植物用栄養剤を木の根に近い部分に等間隔で地面に刺していく。
他の植物に使う際には水で10倍に薄めて使うのだが、ヴェルトほどの巨大な大木になっていると原液をぶち込まないと効果が薄い。それに劇物過ぎて等間隔にと言っても栄養剤は100mlの物を4本しか使わない。体力が落ちている状態だと上手く吸収しきれずに余計に気だるさのような物を感じたら意味ないし。
「それじゃノワール、手伝いよろしく」
『分かった』
まずは地上から根っこに向かってノワールの力を使って調べていく。
ノワールの目は魂のない物、つまり石や土と言った無機物を透過して見る事が出来る。それを利用して甲羅や体の表面に傷などがないか確認してもらう。
ヴェルトの身体は大きいので見終わるまで少し待つと、ノワールは言った。
『小さな傷などはあるが大怪我や感染症を起こすほどの物ではない。流石に体内に関しては見通せないが』
「十分だよノワール。今アルカディアにある機材でも土の厚さだけでちゃんと調べられるか分からないし、助かるよ」
ヴェルトの身体は俺の居ない2000年間の間にかなり大きく成長した。しかもヨハネ達の話を聞く限り、この地に来てからヴェルトはずっとここで地中に埋まっているみたいだし、その分多くの土を被っている。一応機材の説明ではヴェルトのような超巨大モンスターであっても調べられると、書いてあるが……ゲームの想定以上に育ったヴェルトに通じるのかさっぱり分からない。
なのでこうしてノワールに頼んだ。
次に俺はヨハネとヴァルゴを連れて木の上の方へ。
普通ならはしごを使う所だが、面倒なのでブランにドラゴンの姿になってもらい、背に乗せてもらう。流石にこれから調べるって言うのにはしごを使って疲れたくない。
そんな軽い気持ちで木の上の方に行くと、何かデッカイ幼虫が居た。
「え、何こいつら。こいつ等は殺さなくて大丈夫なのか?」
俺はそう聞くとヨハネが言う。
「問題ねぇよ親父。こいつ等はドリームシルクって言う蚕だ。親父も知ってるだろ?」
「ドリームシルクってまさかDランクモンスターのあの蚕か!?」
確かにこいつ等は何か知らないけどヴェルトの木の葉が好物で、気が付いたら全員でヴェルトの木に引っ越していたほどの美食家だ。
でも俺が知っているドリームシルクは5センチ程度の蚕で、こんな1メートル以上の蚕じゃない。しかもさらにその先にあるのは10メートル程の大きさの繭があり、元の世界だったら絶対モ〇ラと勘違いされるほどの大きさの繭が木に引っ付いている。
そして今現在、俺とブランに気が付いた親と思われる10メートルちょっとの美しい蛾が2匹、俺達の様子をうかがうように飛んで待機している。
俺はドリームシルクの生態を思い出しながらヨハネに確認をする。
「え~っと。確かドリームシルクは木々の無駄な葉っぱを食べてくれる益虫だったよな。木の剪定が不要になる別名森の庭師」
「それであってる。そしてこいつ等が残してくれる繭は俺達の服に加工できる。成虫になる時に糸は少し切れるが、あの大きさだから十分服を作るのに糸が足りなくなる事はない」
「うん。これだけデカければ糸が足りないって事はないだろ。というかあれ絶対Dランク止まりじゃないよね、最低でもBランクぐらいはいってるよね」
俺とブランの周りを飛んでいた親は俺達に敵対心がない事を分かったからかどこかに去っていった。
そして少しだけ着いた彼らの鱗粉。これ後で調べてみよう。何かいい成分含まれてるかもしれないし。
そんな予想外の出会いもあった訳だが、害虫や害獣になるような生物は存在せず、ドリームシルクの様に益獣として魔物を食べるサイレントオウルと言うフクロウの家族がいたぐらいだ。
彼らは肉食で木の実や葉っぱ、木の皮を食べる事はない。むしろこの木に侵入してこようとする魔物を食べてくれるので助かるとの事。
そんな益獣と益虫に守られているとなると、小さな虫や寄生植物の可能性もあるが……ヴァルゴたちも調べているが見つからないと言う。
それじゃ他の原因は何だろうと考えながら地上に戻ってきた。
「どうだった」
「とりあえず害獣や害虫の類はいなさそうだ。寄生植物や菌類の可能性も含めてこれから調べてみるしかない。こっから先は地味に原因を調べていくしかないかな」
地上に残っていたノワールの前に降りるとブランはどドラゴンの姿から子供の姿に戻った。
他に見落としがないかどうか考えていると、若葉とレオがやってきた。
「お疲れ様です。レモンのはちみつ漬けです」
「世界樹について何か分かった?」
若葉は何だかスポーツマンガで見るマネージャーみたいな事をしているし、レオはいつもと変わらず普通にしている。ついでにレオは既にレモン食べてた。
「ありがと若葉。それから世界樹の異変は外的な要因じゃないかも知れないな……」
「外的?」
「傷や他の魔物によって原因が起こっている訳ではなさそうって事。そうなると世界樹自身がストレスか何かで異常を起こしてる可能性も考えないといけないかもな……そうなると薬による治療は無理だろうな」
若葉からレモンをもらって先にブランに食べさせる。直接手で摘まんで取ったレモンをブランは直ぐに口に入れた。
俺もレモンを一切れ食べてからヴェルトの事を考える。
仮にストレスが原因だとしてそのストレスは一体何が原因なのか、精神的な物が原因なのか、それとも快適な要因があるのかどうかも分からない。でもヴェルトの性格的にストレスと言うのは考えにくい。
ヴェルトの性格はとてものんびりしていて、よく言えば常にマイペース、悪く言うとメチャクチャ図太い。間延びした口調で争いごとを嫌い、よく1人で日向ぼっこをしてずっと寝ていた事もある。
そんなヴェルトがストレス?そんなの抱え込むような性格には見えないのだがな……
「ストレスですか。精神安定剤みたいな物って効くんですかね?」
「多分効かないんじゃないかな?というかこのデカさに効くだけの薬を生産する方が時間掛かる。それにストレスだったらグリーンシェルも無事じゃすまないだろうしな」
「それこそ神の怒りって感じですかね?」
「グリーンシェルの人はそう感じるだろうな。ん?」
あっちこっち見ながら原因は何か考えていると、ふと足元の異変に気が付いた。
いや、異変と言うと大げさなのだが、俺がほんの2時間前に地面に刺した栄養剤が既に空になっていたのだ。栄養剤はアンプル型の容器に入れられ、とがっている先の方を折って地面に刺すだけになっている。
でも種類が栄養過多の劇薬栄養剤なので少しずつ、だいたい10時間ぐらいで空になるはずなのにもう既に空になっていた。
俺は空になった容器を引き抜き、ヨハネとヴァルゴに言う。
「ヨハネ、ヴァルゴ。他の子達に同じ栄養剤の状態を確認し来てくれていいか。これは異常だ」
「分かった」
「承知しました」
2人の部下が栄養剤の確認に行っている間に俺は地面を睨む様に見ながら思う。
ヴェルト、お前は本当に大丈夫なのか。劇物栄養剤をがぶ飲みして、体調に何らかの異常が起こってもおかしくない。それとも栄養剤をがぶ飲みしないといけないぐらいお前は危機的な状況なのか。
不安だからせめてあの子亀の姿で出てきて欲しい。そして何が起こっているのか教えて欲しい。直接話が聞ければ解決に向かう事が出来るんだから。
そして2人の部下が戻ってくるとヨハネが栄養剤を見せた。
「他の3つも全部空だった。確かにこれは異常だぞ、親父」
周りの何も知らない子達に聞こえないように俺の耳元でささやくヨハネ。
この以上に俺だけではなく他のみんなも俺達が分からない所で何かとんでもない異常が起きているのではないかと察した。
下手をすればヴェルトが死んでしまうかも知れない程の異常。この劇物栄養剤をがぶ飲みすると言う事はとりあえずエネルギー、食事が足りていないと言う事だ。
俺は素早くノワールとブラン、ヨハネとヴァルゴに指示を出す。
「ブラン、お前の力で木に光を当てろ。少しでも多くの光合成が出来るように手伝ってやれ。それから冒険者には悪いが強力な結界を張ってヴェルトが結界を張らなくてもいいようにしてくれ。ノワールはさっきよりも正確に、どこか異常に熱やエネルギーが集中している部分がないか探してくれ。家から調査用器具も持ってきて天使達と合同で調べさせる。ヨハネはダンジョン関連から異常がないか精密に調査しろ。ヴァルゴは寄生植物と菌類を中心に木をより詳細に調べてくれ。行動開始!!」
「「「「はい!!」」」」
最後に手を打つと同時にヴェルトを助けるためにそれぞれ子供達が力を使い始めるのだった。
種族 ドリームシルク
ランク D(成虫はCランク)
様々な木に棲み付き木を自然と剪定してくれる。別名森の庭師。
様々な木に棲み付くのはドリームシルクその物がとてもグルメであり、自分好みの葉を求めて移動するからだ。
名前の由来は夢心地になるような糸を吐き出す事からその名前を付けられた。
ちなみに成虫となったドリームシルクの翅は美しく、観賞用として価値が高い。




