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晩酌を楽しむ

 その後ウリエル達を連れてダンジョンに戻ってきた俺達は、さっきまでの苦労は何だったんだろうと思えるほど順調に進んでいる。

 俺達と魔物が遭遇する前にウリエル率いる天使達が魔物を倒してくれているからだ。

 だがトラップなどは自分達で避ける必要があるため、ピクニック気分と言う訳には行かないが。


「レオ姫様、ドラクゥルさん。そこにトラップがあります、踏まないようにしてください」


 そして若葉の指示に従ってトラップを避けながら進み、夕方になった。

 それなりに歩いたと思うが、やはりこの森はとても広い。午前中はともかくとして、午後はずっとトラップを避けながらと言っても順調に歩いていたのだからそれなりに進んだと思う。それなのにこの森の中央に位置する世界樹に近付いた気がしない。

 ただ単にそれだけ大きいと言うだけならいいが、これがずっと続くと思うと気が滅入るな。


「今日はここまでにしましょう。夜行性の動物達が現れる前に、ドラクゥルさんの所で休憩する方が安全です」

「分かった。それじゃウリエル達に連絡しないとな」


 メニュー画面を出して俺はウリエルに電話する感覚で使う。

 この機能実は便利そうに見えるが所々条件がある。使えるのは名前を付けたモンスターで、アルカディアに帰ってきてくれたモンスターにしか繋がらない。なので他のまだ帰ってきていない子供達に繋げる事は出来ないのだ。

 これが使えれば子供達を探すのにそう時間はかからないだろうに……世の中都合よくいかない。


 それでもすでに帰ってきてくれた子達には連絡が付くので便利ではあるけど。

 帰って来たウリエル達は俺に報告する。


「親父。俺達が軽くこの森の魔物達を荒らしてきたが、ハイエルフ達が居たぞ」

「本当か。それって子供達だったか?」

「流石にそれは違った。それにこちらの行動を監視していただけの様だし、直接接触した訳じゃねぇ。俺達が気が付いている事に向こうも気が付いていたが、何もしてこなかった」

「そうか。それでこの森にはどれぐらいの魔物が居たんだ」

「ギルドやそこの嬢ちゃんが言っていた以上の魔物が多くいた。種類はゴブリンにウルフ、牙ウサギとかの弱い連中ばかりだが、随分繁殖してる。単に出産ラッシュだっただけか、それともあの木が不調だからなのかまでは分からねぇけどな」

「十分だ。ありがとなウリエル、みんなもゆっくり休んでくれ」


 穴を空けて先にウリエル達を帰らせた後、俺達もアルカディアに帰る。

 そして当然だがレオと若葉は俺の家の客室に止まってもらう。流石にお城の客室には劣るがそれでも十分広いはずだ。ベッドの質だって悪くない。満足してもらえるはずだ。


「パパ、今日はレオと一緒に寝てもいい?」


 帰っている途中にブランがそんな事を言いだした。

 俺は珍しいなと思いながら聞いてみる。


「もちろん構わない。でもお前達ってそんなに仲よかったっけ?」


 右手にブラン、左手にレオと言う感じで手を繋いで帰っていたのでブランだけではなくレオの事も見ながら言う。


「うん!今日は2人でパジャマパーティーしてみるの!」


 あ~何か聞いた事あるな。夜の女子会だっけ?マンガとかで見た事あるな。

 確認を取るようにレオに視線を送るとレオは少し恥ずかしそうにしながらも頷いた。

 それなら俺が出る幕はないし、喧嘩するような事がないのなら構わないだろう。


「そうか。それじゃ喧嘩せずに仲良くするんだぞ」

「はーい!」

「それからいくら盛り上がってもちゃんと寝る事。明日もまた森の中歩くんだから」

「……は~い」


 後半のは~いは不満そうだな。これは念のためにガブリエルにもそのパーティーに参加してもらった方がいいか?

 なんて考えていると後ろから若葉が俺の背中を突っついた。


「一応私も一緒に居てもいいかしら?いつまでも寝なさそうだし」

「よろしく頼む。ちょっと不安だったから」


 小声でそう頼むと若葉は頷いて俺の前に出てブランとレオに聞く。


「お姉ちゃんもパジャマパーティーに混ぜてもらっても良いかな?」

「いいよ!一緒におしゃべりしよ!!」


 これにはレオの方が喜んで承諾し、ブランも素直に頷いて笑みを浮かべる。

 そうなると俺はノワールと一緒に寝るのが良いのだろうか?そう思ってノワールとアイコンタクトで話すと、そんな子供でない。と返された。

 となると、久しぶりに俺1人で寝る事になるのか。最近はずっとブランと一緒に寝ていたから1人で寝るのは久しぶりだな。客室ではベッドは違うけど三人で寝てた訳だし。

 これは久々の晩酌と行きますか!


 ――


 と言う事でブランはレオと若葉の所でパジャマパーティー、ノワールは普通に棲み処の洞窟に帰ったし、1人で美味しいお酒でも飲みますか!!

 特に秘蔵と言う訳でもないが、俺の子供が作った日本酒を今夜は味わおうじゃないの。


 実はアルカディアには最初から酒と言う物は存在しない。果物げんりょうがあるのだからそこから自分で作れと言う感じ。最初こそゲームで俺自身が飲んでも仕方がないから、と言う理由であまり積極的に作ってはいなかったが、1人が酒造りに興味を示し、そのままその子とその仲間に任せていた。

 現在はその子も行方不明になっているのでどうしても酒を造る事は後回しになっている。アルコールそのものはラファエルやドクターが殺菌用として作ったりしているが……飲んで楽しむと言う意味で酒を作っている訳ではないから普通に飲めない。

 天使達の中には一応酒を作れる子が居ない事もないが、ワイン限定だったりする。作られたワインは主に吸血鬼達が飲んでいるが、やはりあの子が作る酒の方が上と言う判断がされてるらしい。


 なのであの子が作った酒は現在とても希少なのである。

 俺は周りから普通に飲んでいいと言われてはいるが、俺だけあの子が作った酒を飲むと言うのは気が引けていたし、昼間は畑や施設の管理などで普通に時間が潰れるし、夜はブラン達と一緒にボードゲームなので遊んですごす事が多い。

 ぶっちゃけ酒を楽しむ時間がない。宴会みたいにどんちゃん騒ぎも嫌いではないが、1人で静かに飲む酒も捨てがたい。


 だから今日はもう遅いし、多分ブランもレオも寝てるだろうから1人で楽しんじゃお~っと。


 そう思っている時にふと扉がノックされた。

 正直晩酌を邪魔されて不機嫌ではあるが、俺の部屋に入る時にノックをしてそのまま待つ人なんていない。子供達全員ノックをした後に入ってくるのでノックした後に待つとすれば……

 ある程度予想はしつつも扉を開けるとそこには若葉が居た。


「その、夜遅くにすみません。どうしても聞きたい事がありまして……」

「そうか。それじゃおいで」

「失礼します」


 若葉を部屋に招き入れ、テーブルの上の酒とつまみを見て若葉は意外そうな顔をする。

 俺は部屋にある食器棚からコップやカップなどを選びながら聞く。


「一緒に飲むか?」

「いえ、お酒はまだ早いので」

「それじゃ適当にジュースとかお茶とかの方がいいか。一通りあるけど何がいい?」

「それじゃ……紅茶でお願いします」

「あいよ~」


 俺が淹れる紅茶は流石にガブリエルほどうまくはないが、冷たい物より温かい物の方がいいだろう。

 紅茶を用意して若葉の前にそっとカップを置く。


「ありがとうございます」

「いえいえ。それで、何が聞きたいんだ」


 おちょこに日本酒を注ぎながら若葉に聞く。対面するように座ってはいるが、俺は直接若葉と顔を合わせないように少し意識して視線を逸らす。

 何だかとても言い難そうな雰囲気があるからだ。だから俺は言いだしたくなるまで酒を飲みながら待つつもりだし、思いとどまるのであればそれも仕方ない。

 出来るだけ話しかけやすい雰囲気を作るように心掛けながら晩酌を楽しむ。

 若葉は紅茶を一口飲んだ後に意を決したように聞く。


「もしかしてドラクゥルさんは、地球の方ですか!!」

「うん。そうだよ」


 酒とつまみを楽しみながらあっさりと答えると若葉はぽかんとした表情を作る。

 口に入れたばかりのするめを咥えながら逆に俺が聞く。


「ん?どうかしたか?」

「あ、いえ、その。あっさりと認めるとは思ってなかったので、ちょっと驚いたと言いますか……」

「だってこんな力持ってるのは多分この世界じゃ俺だけだと思うぞ。俺はこのゲームの力で世界を救えと言われたが……正直どうやったら救った事になるのか分からないから好きにやらせてもらってる。ベタに分かりやすく魔王を倒せとかならよかったんだが、そんな存在がいるようにも思えないしな……」


 するめを咥えながら天井を見上げると若葉がとてもよく分かると言う表情で頷いた。


「分かります。私がもらったゲームの力もそう言った戦闘系ではないのでよく分かります。流石にドラクゥルさんの力程便利な力ではないですけど」

「無理にとは言わないが……そっちはどんなゲームが元になったんだ?ちなみにこっちはシュミレーションの箱庭ゲー」


 答えてくれるかどうか分からないが、一応こっちのゲームについて教えれば答えやすいかと思って聞く。

 するとあっさりと答えてくれた。


「私はアドベンチャーの謎解き冒険系ゲームです。一応戦えるように武器ぐらいはありますが……ほとんどゲームでは使いません」

「謎を解いたりギミックを攻略して進んでいくタイプの方が強いって事か……まぁ俺みたいに全く攻撃手段がないよりは良さそうな気がするけどな」

「え、ドラクゥルさんの方が羨ましいですよ。こうしていい家に住んで、戦いを避けようと思えばこの空間に引きこもっていればいい。私としてはこの方が羨ましいですけど」

「まぁそう言う見方をすればな。その代わり攻撃手段となると俺が育てたモンスター達に力を借りないといけないからちょっと複雑なんだけどね。ポ〇モンとか、デ〇モンじゃないから元々戦わせるのが目的じゃないし」

「あれ?もしかしてブランちゃんとかノワールさんとかもモンスターだったんですか?てっきり人型だと思ってました」

「人型に関しては最近知った。と言うかこの世界に来てから人型になれるようになったらしい。それまでは普通のモンスターだったよ」


 雰囲気が柔らかいせいか意外と話が進む。

 このままただゲームの力を持っている者同士として話が終わればいいなと思っていたが、途中から若葉の雰囲気が真剣なものになる。

 どんな内容か、少し緊張しながら答えを待つと若葉が言った。


「その、ここってアルバイトとか雇ってません……か?」

「………………バイト?」

「はい!実は、その、私あまり戦うとかそう言うの得意じゃないんですよね。だからこの世界にきて仕方なく冒険者になりましたけど、今でも直接戦うのは怖くて、それで冒険者になっても最初とかそう言うのばっかりやってたんです。でもそれだと生活するのは厳しくて、探索の仕事もしているんですけど、その時他の冒険者さんの死体を見る事もよくあって……だ、だからもし余裕があればここで働かせてもらえないでしょうか!!お願いします!!」


 そのまま俺は若葉に頭を下げられた。

 俺個人としては若葉がアルカディアに住む事は別に構わない。同郷のよしみと言う事もあるし個人的にまだ中学生ぐらいの女の子があんな生きるか死ぬかのような場所で働いているのは正直どうかと思う。

 でも正直このアルカディアに来たからと言って大した仕事はない。あと単に給料はいくら払えばいいのかもよく分かっていない。この辺りはクウォンさんにでも聞けば解決するかもしれないが、あまり雇う理由がない。

 とりあえずこう言った人を雇うなんてした事がないから中途半端な事は言えない。だから正直に言う。


「若葉。正直に言うけどここにきても大した仕事はないぞ。主にここで育てている野菜の育成とかそう言うのしかないし、充実感の様な物が味わえるとも思えない。これは俺が持つゲームの力で何でも解決できるからだ。メニュー画面からちょっと操作すればそれで済む。だから仕事と言っても雑用ばっかりになる。それでもいいのか?」

「構いません。ただ私は人の死を直接見るような仕事を辞めたくて、でも他に仕事になるような経験も何もなくて、何が出来るか分からないですけどここに居させてはもらえませんか!!お願いします!!」

「ここに居るのは別に構わないんだけどさ、良いの?俺なんか信じちゃって」

「え。居ていいんですか?」


 居る事は構わないっと言う部分を確認したいのか聞き返す若葉。

 俺はそれに頷いて肯定する。


「いいよ。だって多分だけど若葉って高校1年生ぐらいか?」

「いえ、まだ中学2年生です」

「あ、中2か。それじゃバイトとかした事なくて当然でしょ。それに個人的には君みたいに若過ぎる子が冒険者しているのも正直不安ばっかりだったし、ぶっちゃけバイトとか関係なくここに住んでもいいよ」

「そ、それは流石に申し訳ないと言うか……こちらから頼んでいるのに何もしないと言う訳には……」

「良いの良いの、どうせうちにはまだまだ食糧有り余ってるし、消費してくれる子は1人でも多い方がいいからね。それからこの事ってグリーンシェルの冒険者ギルドに話しておかないとダメなのかな?」

「そう言うのは大丈夫です。冒険者なので活動拠点を変えたいって言えば大抵は許してくれますから」

「そうか?その時は一応雇い主って事にしておいて同行しておくよ」

「そこは普通に雇い主であって欲しいんですけど……それじゃ本当に?」

「俺は構わないよ。子供はまだ守られる時期だろ」


 中学生となるともうすぐ大人扱いされる年齢の一歩手前みたいな感じがするが、構わないだろう。

 若葉はとても嬉しそうに、とても感謝している表情でソファーから立ち上がって思いっ切り頭を下げた。


「ありがとうございます!!」

「別にいいよ。どんな仕事させるかもまだ決まってないし」


 それ以前に仕事があるかどうか分からないし。


「でも、やっと、人の死と関係のない仕事が出来ると思うと、うれしくて……」

「それでいい。とりあえず落ち着ける所を作る事からだもんな。無理してたんなら今日はゆっくり休む方がいい」

「はい……ありがとうございます。おやすみなさい」

「うん。お休み」


 そう言って若葉は部屋を出た。

 部屋を出る前の若葉の目には涙が浮かんでいた。この世界にきて生きるためとはいえ、何度も人の死を見てきたと言うのであれば……この世界はやはりとても残酷だし、中学生をそんな世界に送り込んだあの神が気に入らない。

 そう考えると晩酌を楽しむ気もなくなってしまったので、俺は寝る事にした。

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