パープルスモックの貴族
警戒しながらもその貴族が居るギルマスの部屋に入ると、そこには3人の人がいた。
2人は分かりやすくメイドと執事と言う風貌で、若いメイドさんと渋い初老の男性だ。
そして肝心の貴族は恐らくお茶を飲んでいる若い娘だろう。メイドさんに淹れてもらったのか優雅にしており全く緊張している様子はない。まるで自分家のような気軽さだ。
そして俺が入ると若い娘は俺に気付いて言う。
「あら、ようやく来ましたの。さっさとそこに座って」
…………何とも態度のデカい娘さんだ。ここはお前の部屋じゃないんだが。
ついクウォンさんに視線を向けてしまうが、クウォンさんは実を縮こませるだけだ。
俺は礼儀のなっていない娘さんに礼儀を立てる必要もなさそうなのでどさりとソファーに座ってから聞く。
「で、あんた誰?」
「あら、私の美貌を見ても知らないと?」
「知る訳ねぇだろうが小娘。お前の方から来たんだからお前の方から名乗れや」
俺がそう強気に返すと小娘はピクリと茶を飲む手を止めた。クウォンさんに関しては俺の態度に慌てており、俺にこれ以上刺激するなとジェスチャーを送る。
だが俺は態度を変えるつもりはなく、足を組んで答えるのを待っていると苛立っているくせに顔色だけは変えずに小娘は言う。
「無知な方にわたくしの名を教えるのも義務かしら。わたくしの名はエリザベート・ドラクゥル。ドラクゥル家の娘よ」
ドラクゥル。本当にその家名を名乗っているとはな。
俺は正直こんな小娘がドラクゥル、家族との絆である大事な名を言われるのは甚だ遺憾なのだが、話が進まないので今は追及しなくていいだろう。
「奇遇だな。俺の名はドラクゥルだ」
「そうらしいですわね。ですがその名前変えていただけます、ドラクゥルを名乗っていいのは我々だけですので」
「クソガキが。その口を閉じやがれ」
この言葉にクソガキは口を閉ざした。と言うよりは何か言いたげだが口をパクパクと動かすだけで声にはならない。
俺がふんと鼻を鳴らすと俺の前にそっとお茶を淹れてくれるメイドさんが申し訳なさそうにお茶を淹れてくれる。そしてクソガキの後ろに居た執事が綺麗な姿勢で腰を90度に折り、再びを顔を上げてから謝罪の言葉を出す。
「申し訳ございません、ドラクゥル様。まだまだ教育が行き届いておりませんでした」
「は。こいつの親は誰だ、ジェン。まさか本当に俺の孫じゃないだろうな」
俺がお茶を飲みながら確認を取るとジェンは言い難そうに言う。
「エリザベート様はヴラド様とカーミラ様のご息女でございます」
「は?あの2人の子供??子供できたの?吸血鬼でも」
「こちらの世界に来てから何故かできたのです。これには他の吸血鬼たちも大変驚きまして、ノワール様も大変興味深いと仰られておられました」
「爺!何故このような人間の男にその様な言葉遣いをするの!!これはただの人間――」
「黙るのはお嬢様の方です。この方こそ我々の父君、ドラクゥル様の御前ですよ」
静かに、しかし怒りを感じさせるジェンの言葉遣いとその内容になのか、クソガキは驚きながら俺とジェンの顔を見比べる。
「う、嘘でしょ?この男が??この男が神やお父様達の父君。お爺様な訳――」
「エリザベート。あなたはドラクゥル様の御尊顔を拝見した事はないでしょう。わたくし共はあります。もちろんレディーも」
「お父様。この度はお嬢様の御無礼をお許しください」
メイドさん。レディーがそう俺に謝罪した。
俺はその言葉を素直に受け止め、それよりも気になる事を聞く。
「にしてもこんなのがヴラドとカーミラの娘って本当か?適当に気に入った人間を吸血鬼にしたとかじゃなくて?もしくは半吸血鬼とかじゃなくて?」
一応吸血鬼に子供を残す方法がない訳ではない。
それこそがダンピールと言う人型種と吸血鬼のハーフだ。一応性行為によって出来るという設定なので出来なくはないが純血の吸血鬼は決して生まれないので、吸血鬼になった人間が子供を欲して作ったという設定になっている。
つまり吸血鬼になったにしても人間だった頃の感覚が消えなかった連中が残したと言う事になっている。
でもあの2人の子供にしては教養がなっていないと言うか、どうしてこんな風に育ったのか分からないと言うか、何でこんなんになったんだが……
俺が呆れたようにクソガキに視線を向けているとクソガキは怒った様に言う。
「私はお父様とお母様の子供よ!!それ以外の相手の子供の訳がないじゃない!!」
「でも俺が知っている限りは吸血鬼同士で子供は残せないと思ってたからな……ま、ジェンとレディーがそう言うのであれば信じよう」
そう言うとまだ不満げな様子ではあるが、クソガキは丁寧に頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。偉大なるお爺様とは知らずご無礼をいたしました。どうかわたくしの首でお許しください」
「要らん。ちゃんと謝れるのであればそれでいい。それで俺に商談とは一体どうした」
レディーのお茶を飲みながら聞くとクソガキ改め、エリザベートが代表して言う。
「我々が欲しているのはただの野菜ではありません。伝説に聞くブラッディ・ピーチを頂きたいのです」
それを聞いて俺は首を傾げる。
「確かにそれも当然実っているが……2000年間生きてきたのであれば人間が居るんじゃないのか?でなきゃお前ら全員グール堕ちだろ」
グール堕ちとは吸血鬼が限界を超えて血を摂取しなかった場合にグールになってしまうバッドステータスだ。これを起こすとただのグールになるが、強さと言うか特性と言うか、吸血鬼の格の様な物が反映されるので上位個体であればあるほど凶暴性と戦闘能力が上がる。
それを避けるにはさっき言われたブラッディ・ピーチと言う桃の形をした吸血鬼専用の木の実を与える必要がある。これを食べ続けていれば問題はない。
もしくは設定通りに人間の生き血を飲み続けるかのどちらかだ。流石にファームでピーチを十分に育てていたので人型種の血を飲むと言う事はなかったが……
「確かに今までは人間牧場で生き血を摂取し続けてきました。しかし最近は勇者を自称する少年とその仲間である騎士団が人間牧場を襲っているのです」
「人間牧場なんて作ってたのか。まぁ仕方ないけど」
「その影響で供給できる血液量が減って来ているのです。今は国民全体に行き渡る十分な量を確保していますが、このままではいずれグール堕ちしてしまう民たちが出てしまうでしょう。それを避けるべくお爺様の噂を聞き付け、参った次第です」
「それかなり重要な事だよね?何であんな態度とれたの?」
ここにジェンとレディーがいなかったらどうなっていた事か。交渉決裂して危うくノワールの国に大打撃を与える事になってたぞ。
そう言うとエリザベートは視線を泳がせた。
こいつ、完全に俺の見た目だけで判断してただろ。
「まぁいい。それで吸血鬼たちの人口はどれぐらいなんだ。俺が居た時は……1000人ぐらいだったと思うが」
「吸血鬼だけで言えば5000人ほどに増えています。ドラクゥル様の畑でも大丈夫でしょうか」
「5000……一応大丈夫ではあるが毎日供給し続けるとなるとそのうち生産が追い付かなくなるな。ところで吸血鬼って全員普通の吸血鬼?」
「全員ではありません。ほとんどがこの世界で作ったダンピールや眷属です。純血と言う意味では増えたと言っても数十人と言ったところでしょうか」
「それじゃ今すぐって訳じゃないんだな。それなら今度そっちに行くから人を集めておいてくれ。まとめてアルカディアに行けるようにしておきたいから」
「帰れるのですか!?愛しきあの世界に!!」
普段から冷静なジェンがそんな風に反応するだなんて珍しいな。レディーはある意味いつも通りの反応、目を大きく開けただけで声を荒げたりはしない。
アルカディア出身ではないエリザベートだけはピンと来ないようだが、アルカディアに行けるようにするのはも少し後でいいだろう。とりあえず現在の家に呼んでそこからアルカディアに行けるようにすればいいよな。
「明日今の俺の家に来てくれ、まずはお前達をアルカディアに行けるようにするから。そこからブラッディ・ピーチを持ってけ」
「ありがとうございます」
「それじゃ商談成立と言う事で」
「はい。よろしくお願いします」
俺とジェンがそう言うとエリザベートはソファーから立ち上がった。
「それではまた後日」
そう言って3人は去っていった。
それを見届けた後、クウォンさんは辺りを見渡しながら慌てて俺に聞く。
「ド、ドラクゥルさん!よくあの方々相手に野菜を売る交渉が出来ましたね!!私はもうどうなるか心配で久々に緊張しましたよ……」
ちなみにあの会話中レディーがクウォンさんに催眠術をかけていたのであの会話の内容を覚えていない、と言うよりは別な内容だったことにしていたようだ。
今の言葉から察するに普通に野菜を売ると言う内容で話していたようだ。細かい話をするとつじつまが合わなくて疑問を持たれてしまうので詳しい話はしない。そして俺と3人の会話中口をはさんでこなかったのも催眠術のおかげだ。
普通にこんな会話聞かれてたら俺の立場がどうなるかわかったもんじゃない。
「まぁ野菜を売ってくれと言う内容なので俺が主導権を握る事は出来ていましたから。あとは強気に言っただけですよ」
「その胆力、御見それしました。私も見習いたいと思います。しかし残念です。直接販売と言うのは」
「それに関してはすまん。でもこうして顔見せは出来たからそれで勘弁してくれ」
頼むように言うと仕方ないと言う感じでクウォンさんは笑って返した。
さて、とりあえずブラッディ・ピーチの在庫確認しておかないとな。
真祖
名前 ジェントル・ドラクゥル(ジェン) レディー・ドラクゥル
SSランク
始まりの吸血鬼と言われる吸血鬼の祖。
真祖は他の吸血鬼と違い弱点がほぼない。十字架や聖水、日光ぐらいでは消滅する事はない。通常の吸血鬼との差は特性面ではほぼないが、本来であれば弱点となる物がとても少ない事が象徴的である。
弱点は聖属性の攻撃で心臓を貫く事だけであり、通常の吸血鬼と勘違いして戦いを挑むと殺されてしまう。
補足
ジェンとレディーはアルカディアに住んでいた時は通常の吸血鬼だったかが、2000年間生きている間に真祖へと至った。
ジェンは2体目の男性型吸血鬼として生まれたためその地位は非常に高い。ヴラド・ドラクゥルの執事としても活躍する事が多く、冷静であまり感情が表情に現れない。
レディーは2体目の女性型吸血鬼であり、カーミラ・ドラクゥルのメイドとして働く。こちらも普段は表情を動かす事なく仕事をそつなくこなすが、親しい間柄には表情をあらわにする事が多い。
2人が真祖に至ったのは必然であるとただのドラクゥルは考えている。




