別ベクトルの面倒事が来た
これで今年最後の投稿となります。
読んでくれている皆様、ありがとうございました。
来年もゆるく書いていくのでよろしくお願いします。
酒吞と一緒に酒の配達先はカーディナルフレイム周辺の中でも特に危険な場所、ダンジョン入口に近い町だ。
この辺りは当然だが冒険者が多く、活気があると同時に野蛮な連中も多い。
それでも安全に商売が出来るのはオーガたちの戦闘力、そしてブランドだ。
鬼気屋の銘酒。
この名前を知らない酒飲みや国の重鎮は存在しない。
それ程までに有名であり価値は高い。
仮にその名を知らずに鬼気屋に喧嘩を売れば二度と銘酒が手に入らなくなる。
たかが酒と言う人も多いだろうが、そのたかが酒に価値があると言っているのは世界中の王族貴族達。彼らが自国で手に入らなくなったとなればどのような行動に出るか分からない。
それにもっと分かりやすいのは酒吞様の戦闘能力。
酒吞はSSランクモンスターであり、戦闘能力に特化したタイプ。喧嘩を売るとしたら死を覚悟するレベルを軽く超えている。
この世界の人間はパーティーを組んでいても基本的にCランク止まり、英雄と言われるパーティーであったとしてもAランクモンスター辺りだ。
そこからさらに2ランクも上の存在に挑むとは思えない。
俺はバイトのようにおとなしく酒を持ってきたりしているが、やはりオーガではない俺を見て首を傾げる取引相手は多い。
「酒吞さん。その人は?」
「俺の知り合いだ。今回馬を貸してくれたからな、そのまま配達の手伝いもしてもらってんだよ」
俺の言葉は信じなくても酒吞の言葉は信用する。
いや~こういう光景を見ていると本当に酒吞が社会に居る事が改めて分かる。
趣味の延長線上の商売で遊び半分と思う人も居るかも知れないが、確かに酒吞が造った酒は世界で評価され、その価値を認められている事が嬉しい。
そんな感じで9軒の酒場に酒を卸すと酒吞が言う。
「さて、次はちょっと楽するか」
「楽って最後の配達先はどこなんだ?」
「カーディナルフレイムの城だ。ジジイの穴使った方が早い」
「なるほど。それじゃ人目の付かない所でアルカディア経由で行くか」
スレイプニルに荷馬車を引かせて一度アルカディアに帰り、アオイに協力してもらってカーディナルフレイムにやってきた。
「いや~地元でも買えない激レアのお酒をドラクゥルさんの子供が作ってたとはね~。ねぇねぇ、ちょっとだけ飲ませてもらっちゃダメかな?」
「ジュラさんに近況報告する時に持って行ってあるからもしかしたら残ってるかもよ」
「え!?それ初耳なんですけど!!」
「だって伝えとく理由もないし、と言うか義務だろ?」
大切な従業員であり、娘と言ってもいいほどの子達を預かっているのだからどのような仕事をしているのか、きちんと給料は支払っているのか、清潔な所に住んでいるのか、色々報告する必要がある。
だからその報告をする際に果物持ってご報告に上がった物だ。
「ちゃんとアオイたちはやってくれてるよって言わなきゃ安心出来ないだろ。流石に毎月って訳にはいかないから3ヶ月に1回くらいで報告しに行ってるけど、この世界じゃこれでも多い方らしいな」
「派遣業者じゃないからそんな事しなくてもいい気がするけど……日本人って本当にまめね」
「信用第一なだけだ。最初は毎月果物持って行こうと思ったら断られた。やっぱり毎月は迷惑だよな」
「多分そこじゃない。全くない訳じゃないだろうけどそこじゃない。持ってきてるお土産が豪華すぎて困ってるだけ」
「そうか?果物は定番だと思ってたんだけど」
やっぱり俺とこの世界の常識は違うと改めて感じる。
植物が育ち辛い環境と言うのもあるだろうが、まだまだ果物は高級品だと分かる。
「ジジイ……そんな事してたのか」
「そりゃしなきゃダメだろ。挨拶は重要だ」
「商人同士なら分かるがな、相手はここで働いている女って事はエロい事してるんだろ?そんな奴に果物を持って行くなんて普通しないぞ。やるとしたら求婚する時くらいだ」
「え、そんなレベルなの?マジで??」
「大マジだ。ジジイ結婚する気なのか?」
「結婚する気はねぇよ。それよりもスレイプニルが女性冒険者に反応しまくってる」
スレイプニルが長い顔の鼻の下をさらに伸ばしている。
こいつら本当にスケベだな……
女性冒険者達は動きやすさ重視のせいか露出度の高い服を着て行動している事が多い。このカーディナルフレイムの暑さもあるだろうが、それでも肌色が多い。
それを見て鼻の下を伸ばしているスレイプニルはある意味正直だ。
そう思いながらも酒吞と一緒に城に行き、酒を卸すだけだと思っていたのだが……
「ナナシ様。ルージュ様がお待ちです」
何故かルージュが待っていた。
「こういう事あるの?」
「ない」
ハッキリと否定された。
となるとルージュの独断か。
多分俺が居るから~みたいな理由なんだろうが、俺は酒吞の酒いつでも飲めるし、家でのんびり気兼ねなく飲みたいからあまり外で飲みたくないんだよね。
なんて思っていてもこの国ではルージュがトップ。断るわけにもいかない。
そう思いながら行くとルージュ以外の人がいた。
人と言っても豪華な服を着た青年だ。
貴族服、と言うのだろうか?刺繍とか色々凄いな~っと思える服であり、素人の目で見ても豪華な作りなのは分かる。
そして特に目を引くのは背負ったバカデカい大剣。黒くて分厚い岩をそのまま剣にしたかのように重厚に感じた。
その少年を見た酒吞が眉をひそめながらルージュに聞いた。
「おいルージュ。そいつこの国の王子だろ?酒飲めるのか?」
……またお偉いさんか…………
本当にうちの子達と付き合っているとお偉いさんとか、その子供によく出くわす。
もう少し普通の子供と触れ合いたい……今度グリーンシェルにでも行こうかな。
「彼にも父の紹介は必須ですのでこの場に呼びました」
「ロッゾ・カーディナルフレイムです。以後お見知りおきを」
丁寧に自己紹介する彼は多分中学生か高校生くらい。この国で暮らしているからか体格も立派で身長もある。
ダンジョンに囲まれた国だからか、王様の力も関係してくるのかな?
「初めまして、ドラクゥルです。ルージュの父ですがただの平民なのであまり畏まらないで下さい」
「そのような訳にはまいりません。ルージュ様はこの国の女神、その父上であるドラクゥル様に敬意を示すのは当然の事。今回はこのような場を設けていただきありがとうございます」
場を設けたのはルージュなんだけどな……
俺も知らなかったし。
「それで。急に王子様を俺の前に出したって事は何か俺に頼りたい事があるんだろ?」
「そうだ。父にこのロッゾに関する事で頼みがある」
「王子様に関する頼み?」
また王族関連か。
なんだかんだで偉い人達から頼られる事多いな……俺。
「簡単に言うとグリーンシェルとの関係で橋渡しをしてもらいたい。父からの紹介となれば向こうも考えなければならないだろう」
「橋渡し……あ、仲介して欲しいって事ね。王子様と誰の?」
「グリーンシェルの姫、レオファリアの仲介だ」
「ああ、レオの。俺てっきり王様か女王様の方かと思ってた」
仕事とか政治的な物かな~なんて思ってたけど、レオが絡むって事は研究系か?
この辺りの土地は植物が育ち辛い。だからこの土地でも育つ植物について知りたいとかそんな感じかも知れない。
でもこの辺りはちゃんと聞いておかないと後が面倒臭いと思うので確認する。
「それで目的は?」
「表向きはこの国でも育つ植物について。この国は熱く、水も少ないため植物は非常に少ない。それでも育つ植物、出来れば実を付ける植物がないかお聞きしたいのです。他国でも乾燥した土地、寒暖差の激しい国があると聞いております。なのでこの国にその植物の苗、もしくは種を輸入して育てたいと考えているのです」
「それが表向きね。それで裏の事情は?」
俺がそう聞くと王子様は困った表情を浮かべてからルージュの顔色をうかがう。
物凄く面倒な事に巻き込まれそうな雰囲気が出来てた気がする。流石に戦争うんぬんみたいな事にはならないはずだけど。
カーディナルフレイムとグリーンシェルは非常に遠い。単純な距離もそうだし間にいくつもの国が存在するので簡単に突撃する事は出来ない。
もっと言うとカーディナルフレイムは国土としては非常に狭い。大半がダンジョンで占められているし、ダンジョンの入り口であるところ辺りまでしか領土はないので広そうに見えて意外と小さい。
周りに同盟国があるので何も知らなければ狭く感じないが、カーディナルフレイムだけで見ると意外と小さいのだ。
それに比べてグリーンシェルは領土が広い。
ヴェルトの恩恵とも言えるが、ヴェルトの背に生える薬草が非常に貴重な品も混じっているのでそれを目当てに周辺国も同盟に参加しているらしい。薬草が安定して採取できるとなればポーションなどの薬品も安定供給できるのでそれが強みと言える。
そしてヴェルトの恩恵を手に入れようとやってくる魔物達を倒して魔物の素材も手に入る。
魔物の素材に関しては安定して供給できているとは言えないが、たまによそからやって来たレアな魔物が現れるそうで、ちょっとしたボーナスステージのような扱いを受ける。
どちらもダンジョンが切っ掛けで大国となった国だがやはり色々と違う点は多い。
もしかしてダンジョン大国同士仲良くしましょう的な感じだったら嬉しいな……
王子様はルージュの顔色をうかがった後に意を決したように言う。
「裏の事情は……求婚だ」
「………………球根?」
「違う。求婚、私はレオファリア・グリーンシェルに求婚する!!」
「え、マジ!?」
顔を真っ赤にして答えた王子様に俺は驚くしかなかった。




