閑話 ピュア・ホーリーランド
「なぜだ!なぜ教皇様は私の意見を聞いてくださらないのだ!!」
ホーリーランドの国王は荒れていた。
魔物のいない世界とはつまり人間の時代が始まるという事だ。
魔物がいなければ人類はさらに発展することが出来るとピュア・ホーリーランドは確信している。街道に迷い込んでくる魔物がいなければより安全に物流が流れ、ホーリーランドだけではなく他国も潤う。
魔物がいなければ国の端にある村が魔物に襲われて命を落とすことは無くなる。
魔物がいなければ神が我々のために結界を張る必要もなくなる。
ピュア・ホーリーランドは白夜教徒の敬虔な信者である。
そのため神は神と言う分類であり、魔物として見ることは不敬であると感じていた。
確かに聖典にはドラゴンの魔物と書かれているが、ピュアから見ればあれほどまでに神々しいブランを他の有象無象である魔物と同じ括りに入れることは認められない。
だからこそ会議で神は魔物ではない。もっと神聖なものであると伝えたが聞き届けられることは無かった。
もちろん全世界がホーリーランドの事を認めているわけではない。
宗教上の理由だけではなくもっと現実的な、魔物で国を支えている国に対する説得力を与えるためにアビスブルーとともに進めてきた鉱山の発見や新たなる物流の開発など様々なことを調べ、人類全体が得をするような計画を練ってきた。
もちろんこの計画のおかげでいくつかの国がより詳しい話を聞きたいと言ってきた国もある。
つまりピュアの考えは間違いではなく、確かに他国から認められる行為だという証明でもある。
それなのに。
それなのに認めてくれない。
なぜ教皇様はあそこまで魔物にこだわるのだろうかと疑問に思ってしまう。
そんなことを考えている間にノックする音が聞こえた。
ピュアは「入れ」と威厳のある言葉を短く言った。その声にさっきまでの苛立ちなど一切感じさせない声である。
「失礼します」
そう言ってから入室してきたのは正義だ。
ピュアは彼を見て少しほっとしてから語り掛ける。
「正義か。どうかしたか?」
「今日の会議はどうでした?ちょっとだけ気になってしまって……」
ピュアは正義のこういった子供らしい姿を見ると癒される。
やはり王として生活していると周りも王として対応するため気楽に話をすることなどできない。王妃も姫も王として接する場面の方が多いので正義のような存在は希少なのだ。
そんな正義に対してピュアは少しだけ疲れた表情を見せる。
「多くの国を納得させるのは少し疲れる。それに大勢から注目を集めるからな」
「ほとんど王様に対しての質問ばっかりなんですよね?本当に大丈夫ですか?無理してません??」
「正義の言葉は嬉しいが、今は少し無理をしてでも私の言葉を他国の王たちに伝える必要があるのだ。そして6大大国である国にも私の真意を正しく伝える必要がある。だからもう少しだけ頑張らなければならない」
「……大変なんですね。僕に何かお手伝いできることがあったら言ってくださいね」
「ありがとう。だが十分だ」
そうピュアと正義が話していると突然リアム・フォートレスが入ってきた。
「おい。いつになったらゴブリンどもをハチの巣にできるんだ」
さっきまで疲れが出ても頑張ろうと思っていた時に自分勝手な発言をするリアムに対してピュアは大きなため息をついた。
正義も空気を読まずに勝手に入ってきたリアムに対して声を出す。
「フォートレスさん。しばらくは魔物と戦えないと最初に説明されていたはずだけど」
「それでも1か月は長すぎる。それに俺の力を疑っているならいっそのことゴブリンどもを俺が全員ハチの巣にしてさらに実績を見せつければいいだろ」
「それはこの会議が終わった後だと何度言えば分かる!いいか!ゴブリン帝国は創立された時から何度も人間の国が攻めてきたが、1度も負けたことのない軍事国家でもあるのだ!!ある国はゴブリン帝国の土地を狙い、またある国はゴブリンたちの持つ知識を求めて戦っていたが、最後はみな負けた。たった1度の敗戦もない国に対して戦争を起こすのは早すぎる!!」
「それならなんで吸血鬼達はよかったんだよ」
「あれは食人種だ。危険度が違う。他の大国では国として認めることで人間を襲わないように制御してきたつもりかもしれないが、実際にはあの地で家畜のようにされていた人達がその答えだ。どれだけ人類と同じ扱いをしていても、その本質は獣なのだ。人類を好んで食べる絶滅させるべき種族だったのだ。だがゴブリンたちに関してはそこまでの脅威はないし、人間を襲って食らう事もない。決定的な攻める理由が足りないのだ。ただかの地を奪いたいと戦争を起こすのではなく、人類のためにあの国を亡ぼす必要があると他国に示さなければ他国から我が国は矛盾していると指を差されてしまうのだ」
この前提がなければホーリーランドはただ魔物がいる土地を略奪するだけの国になってしまう。
あくまでもピュアの目的はこの世界から魔物を排除し、より安全で住みやすい世界にするための努力なのだ。
もしここで何の理想もないただの破壊を行ってしまえば、他国から非難されることは間違いない。
下手をすればホワイトフェザーから要らぬ疑いをかけられる可能性だって小さくない。
そのためゴブリン帝国を倒すには他国から認められる必要がある。そして認められた後に行動しなければただの暴君となってしまうのだ。
「リアムよ。貴様も元の国では軍人だったのだろう。ならば国として守らなければならない物もある。特にこういった他国の王たちを交えた場の重要性は分かっているだろ」
「一応な。だが性に合わないし、理解できない。ゴブリンってのは人間じゃなく獣、動物扱いなんだろ?なら無理に国のルールを守る必要なんてないだろ」
「どういうことだ」
「俺達が行おうとしているのは害獣駆除だ。相手が他の国ならともかく、相手はその森に勝手に住み着いた獣と同じ扱いなはずだ。それなら勝手に動いて駆除すればいいだろ」
リアムが言っていることはあながち間違いでもない。
ゴブリンを魔物として見ているので今現在ゴブリン帝国がある森は誰かの土地と言う訳ではないし、過去あの森がどこかの国の物だったという事実もない。
ゴブリンが住んでいると発覚したのは広大な森を手に入れようとした周辺国であり、その時初めてゴブリンの国を確認できたのだ。
なので過去に誰かの土地であったこともないので勝手にゴブリンを倒しに行っても文句をいう者はいない。
しかしその後が大変なことになる。
「しかし貴様はそのあとの事を考えているのか。仮にゴブリンたちを倒したとして、その後あの広大な土地は誰が管理する。あの森を手に入れるために周辺の国々が戦争を起こしては意味がない。かといってあの森はホーリーランドから遠すぎる。よってわが国の領地にする事も出来ない。ならばその前に森をどの程度周辺国に渡すのかどうか相談しなくてはならない。そう言った話し合いも含まれているのだからもうしばらく待て」
「ちっ。仕方ねぇ~な。ならせめて俺がぶっ殺していい魔物を用意しろ。何なら冒険者ギルドって所に行くが」
リアムは仕方がないと悪態をつきながらピュアに言う。
「それなら防衛大臣の元に行け。秘密裏にだが他国からすでにわれわれの実績から特定の強い魔物を倒してほしいという依頼が来ている。だがそれ以外の魔物はまだ倒すな」
「それなら早く言え。腕が鈍らないように訓練するのも重要なんだよ」
ピュアはそんな言葉が出てくることを予想していたのかあっさりとリアムに向かって言った。
その後リアムが出て行ったあと、ピュアは大きなため息をつきながらイスに深く座りなおした。
その後正義はピュアに問う。
「でも王様。いいの?他の国の魔物を倒しに行かせて?」
「構わん。向こうから依頼してきたのだからきちんと話は通ってある」
「そうじゃなくて、この間の戦争で分かったけどこういうのってすごくお金がかかるんですよね?あんなあっさり行ける物なんですか?」
「そのあたりは少しだけ調整している。ギルドで討伐依頼の適正価格よりほんの少し安い値段で受け、その代わり6大大国に入れるよう応援してほしいと言っているだけだ」
「それって悪い事じゃないんですか?」
「悪い事ではない。それにもともと冒険者達だけでは倒せない魔物の討伐に参加していたのでその延長線上の事でしかない。それにこの活動は私の父、先代の国王の頃から続いている。よって他の国もいつもの事だと納得してくれる」
悪い事ではないのならいいかと正義は思った。
だが同時に少しだけ大丈夫なのかと正義は不安に思った。




