帰宅後の日常
カーディナルフレイムから帰る途中は意外な程に何もなかった。
マグマスラッグを間引きした事でダンジョンが落ち着いたと言っていいのかも知れない。獲物が少なく、冒険者達はしばらく苦労するだろうがそのうち落ち着くだろう、というのがルージュの見解である。
順調にダンジョンを攻略して外に出た後はスレイプニル達に頼んで一気にカイネまで帰ってきた。
ポラリスのみなさんはこれで冒険者として箔が付くと喜んでいた。
その後に関してはジュラから預かった女の子達を連れてカイネを散歩しながら社会科見学、そしてホワイトフェザーに行って白夜教の大聖堂に行ったり、グリーンシェルに行って色々な物を見せた。
どの光景もカーディナルフレイムでは見た事がないそうで、大聖堂もグリーンシェルの広大な自然も楽しそうに見学している。
「しかしだ。そんな社会科見学の様に我が城に軽く入られると少々困る」
「事前に仕事のついでに連れて行くと言ったじゃないですか」
「確かに聞いている。だが周囲の目と言う物もあるのだ」
グリーンシェルの王にそう言われながら果樹園の様子を俺は調べていた。
俺がいなくなった後も元気に育ってはいるが、細かい病気や寄生虫、何らかの対策が必要かどうかなどを確認して欲しいとヨハネから手紙を渡された。
なのでその仕事のついでにグリーンシェルのダンジョンを経験させるべく、若葉を中心にヨハネとヴァルゴ達、地元住民にダンジョン体験をさせている。
城に入ったと言っても本当に軽く、ちょっと玄関で挨拶をした程度だ。
「それにそちらから手紙をもらってきたんですから良いじゃないですか。子供達全員を城に入れた訳じゃないですし」
「そうなのだがな……そしてどうだ。木々の状態は」
「状態は普通だけど病気とかそう言うのにかってない。アーミービーの方はどうですか?」
「喜んでいいのか分からないが、巣が大きくなっている。ドラクゥルから見てどう思う」
「それじゃ次はそっちを確認しますね。あ、サイレントオウルの方はどうなってます?」
「いつの間にか1羽増えていた。あと目立った変化はないが、そのフクロウのためにまた巣箱を作ってほしい」
「分かりました。さて、女王蜂ちゃんは居るかな~」
安全を確保するために5メートルほど離れた位置から双眼鏡を使って確認する。
一応ミツバチが飛び交ってはいるが……女王蜂らしき影はなし。3つ調べてそちらは問題なかったが、最後の巣箱から女王蜂と思われる個体が巣を出たり入ったりしているのを確認出来た。
「いた。女王蜂だ」
「では引っ越しか?」
「そうだと思いますけど……想像以上に早いな。この速度だとちょっとヤバいかも」
「ヤバいとは一体どのような形でヤバいのだ!」
王様が焦ったように言う。
今すぐに危険が伴う、という訳ではないが色々面倒なのだ。
双眼鏡を下しながら俺は王様に説明する。
「女王蜂が飛び立つ理由は2つあります。1つは以前お伝えしたように単純に巣がこれ以上大きくする事が出来なくなった場合です。もう1つは新しい女王蜂を産むためです」
「新しい女王蜂だと?」
「はい。新しい女王蜂が生まれる条件はその新しい女王蜂、姫様蜂とでも言いましょうか。その姫様蜂を育てるための環境と部屋を作るためでもあるんです。そのために巣をさらに大きく出来る場所を探し、そこに群全体で引っ越しをして姫様蜂のための巣を作る。1度使った部屋は解体されて普通の巣になるらしいですが……姫様蜂を産むためにはまた群れで引っ越すのでどんどん木箱が必要になるんですよね」
管理できなくなった時が危険なんだよな。
その時はアーミービーを捕食するモンスターを育成するか、意図的に遠い所で巣作りするように誘導するかのどっちかを選ばないといけない。
多分王様が選択するのは後者だと思うので、その内ヨハネ達の村で養蜂する事になるかも知れない。あいつらなら実力的にも問題ない。
「ふむ……では新しい巣箱はどれぐらいの物が良いのだ」
「だいたい縦2メートルぐらいの長方形がいいですね。最初にかなり大きい木箱にしておけばしばらくは大丈夫です。姫様蜂の部屋を作れるようにしておけばいいだけですから」
「2メートルか。かなり大きいがただの箱ではダメなのだろ」
「そりゃあ……女王蜂が巣作りに良いと思える様な物でないとダメですね」
「なら新しい木箱をそちらに依頼する」
「分かりました。それじゃ今度作って持ってきますね」
そう約束してからまた果樹園の方に戻り、ある人物に会いに行く。
その人物と言うのがレオ。
現在お姫様とは思えない農作業向けの服を着て何かを集めていた。
「ようレオ。元気か?」
「あ、お兄さん!久しぶり!!」
レオはもっていた農業フォークをその小さな山に突き刺してから駆け寄ってきた。
駆け寄ってきたので受け止めると、何か臭う。
「レオ、もしかしてこの臭い。堆肥か?」
「うん!果樹園の木に良いかもってレオなりに色々頑張ってるの!」
「そりゃ偉いな。ちなみに何使ってるんだ?」
「えっとね、今日は牛さんのうんち!」
「あ~。定番だな」
俺も最初は色々試してみたもんだ。
最初は購入した肥料を畑にまいて、その後何故か糞尿を溜めておく施設があったので何となく立ててみたが、肥料を作るための施設だとは知らなくてしばらく放置していた記憶がある。
今はもちろん最高レベルにしてあるから肥料の質もよくなり、畑から最高品質の食べ物が食べられるようになったんだけどね。
「嫌がらないのだな。レオは今汚れているのに」
「まぁこのぐらいなら何とも。元々俺は農家ですよ、堆肥を作るために汚れるのは仕方ないって奴ですよ。所で色々試してるって言ってたけど、どんな風に試してたんだ?」
「色々だよ。落ち葉とかだけを集めて作った肥料に、豚さんのうんちに、私達のうんちも使ってみた!!」
「ほ~。そりゃ凄い。色々確かめながら頑張ってるのは偉いぞ」
「えへへ~、お兄さんに褒められた」
「私も妻も汚れるからやめろと言っているのだが、なかなかやめてくれなくてな。仕方ないのでレオ用に畑を用意し、そこでうまく植物を育ててみろと言ってみたのだ。そうしたら思っていた以上にのめり込んでしまい、自ら泥まみれになる姫になってしまった」
「俺としては良い事だと思うんですけどね。自分で知りたい、やってみたいと思った事は止めずに好きなだけやらせてあげる方が成長すると思いますから」
今回の肥料作りという目線で見ると、意外と数学とか科学とか必要な知識が増えてくるので自然と勉強になる。
例えば肥料で必須となる要素、窒素、リン酸、カリウムをどのように配合するのがいいのか、分量はどうすればいいのか、そう言った事を考えている間に自然と小難しい実験に近い考えが出来るようになってくる。
先人たちの知恵を借りて効率的に行うのもいいが、最初は自分が興味を持った物を好きなようにやらせる。それがいい切っ掛けだろう。
その内実験施設やどこそこの素材なんて言い出すかどうかは分からないけど。
「しかし好きな事だけさせるというのもな。最近では姫としての勉強をおろそかにしがちだ」
「あ~。その辺は親子で話し合ってください。家庭の事情には深く関わりたくないので」
「レオにそのきっかけを与えた者が何を言っている。最後まで付き合ってもらう」
「……うっす」
そんな風に言われたら関係ありませんとは言えない。
よし。いざとなったらレオを農家に引き込んでやろう。強い味方は必須だ。




