拗ねた娘を迎えに行く
目を覚ますと俺は自分のベッドの上に居た。
少し記憶がおぼろげで、寝る直前まで何をしていたのか思い出す。
確か試合でルージュの攻撃を受け止めて、その後は……どうなったんだっけ?
なんて思いだしながら起き上がろうとすると少し胸に痛みを感じた。
なんだろうと思って触ってみるがそこに傷はない。見た目も何ともないし、何故痛みを感じたのかすら分からない。
首をひねっていると誰かが入ってきた。
そこにはタオルとお湯を張った桶を持っているガブリエルの姿だった。
「あ、おはようガブ」
「お父様!?お目覚めになったんですか!!」
よく分からないがガブリエルの反応は随分と大袈裟だ。それでも取り乱したりせずお湯をぶちまけないのは流石という所か。
ガブリエルは俺の身体をペタペタ触ると、俺が自分で触って確かめたところに触れて表情をゆがませると、すぐにガブリエルはそこが痛いと察して一歩下がって言う。
「すぐにブラン様をお連れします。少々お待ちください」
そう言ってガブリエルは行ってしまった。
それにしてもブランを呼んでくると言う事は俺が思っているよりも俺は重傷なのか?
基本的に俺は誰かの治療をする時に誰が来るのかでそのケガや傷の度合いを計っている。ブランが来るのは本当に重傷者、手が付けられないほど状態が危険な事が多い。重傷だけどある程度治療する時間がある時はドクターかラファエルが来ると言う感じだ。
大人しく待っているとブランだけではなくノワールにヴェルト、クレール、ミカエル達にヴラド達まで来たのだから何事かと思う。
「え。お前ら全員来てどうした?」
俺がそう聞くとブランは泣きそうな表情をしながら俺に抱き付いてきた。
「ブラン?どうしたブラン?」
つい心配してそう声をかけるがずっと小さく震えながら動かない。そして冷たい物を感じたから多分泣いているんだろう。
一体どうしてブランが泣いているのか分からず、他のみんなを見るとノワールが聞く。
「父さん。あの試合の事を覚えてないのか?」
「試合の事は覚えてる。ルージュと戦った事までは覚えてるんだが……試合が終わった後辺りから記憶があやふやなんだ。何かあったのか?」
俺がそう聞くとみんな呆れた様にため息を吐く。
何か変な事を言っただろうかと思っていると、ラファエルが資料の様な物を持ってその内容を読み上げる。
「ルージュ様の攻撃を受け続けて父君が負った傷は主に火傷による皮膚のただれ、胸と腹を中心にほぼ全体が溶けて筋肉が露出している状態。さらに最初の攻撃で顎と後頭部にひび、更にルージュ様の熱の影響で喉と肺が焼けた状態になっておりました。それから内臓の一部が焼けたり破裂していたりと普通なら死んでいます。肋骨もほぼ全部折れた状態であり熱の影響で骨も焼けていました。ブラン様がいなければ助からなかったでしょう」
…………………………え、俺そんなにヤバい状態だったの?
「つまり……マジでブランがいなかったらあのまま死んでたと」
「はい。新しい人工皮膚を張り付ける時間もありませんでしたし、特に内臓が生きていながら焼かれていながらなぜ生きていたのかすら奇跡です。父君にとってはただの根性だとか、意地だと言うと思われますが」
「いや~……でもそれ以外生き残った方法を考えると最後の方ルージュが攻撃らしい攻撃をしてなかったおかげじゃ……」
「あんなの関係ありません。その前の段階でいつ死んでもおかしくない状態でした」
あ、はい。そうですか。
ブランは泣きながら俺の身体をまた癒してくれる。それほどまでに危険な状態だとは知らなかった。
確かに最後の方は痛覚がどっか行ったような気がしてはいたが、本当に危険だったんだな……
そう聞かせれると同時にふと思い出した。
3分間耐え抜いたらルージュは帰ってきてくれるという約束だったはずだ。
でも今この場にルージュはいない。身体ごと動かしてルージュがいないか確認するがルージュの姿はない。
「ルージュは?帰ってきてないのか?」
俺がそう聞くとさっきまで泣いていたブランが答える。
「ルージュお姉ちゃんなら逃げちゃったよ」
「逃げた!?どこに?」
「多分カーディナルフレイムの火山のマグマの中。この国の人もずっとルージュお姉ちゃんの事見てないって」
「そっか。場所は分かってるなら迎えに行くか」
ブランの治療のおかげで痛みはもうない。
起き上がって早速その火山に向かおうと起きるとノワール達、SSSランクの子供達がこれだけは譲れないと強い視線で俺の事を見る。
「私達も付いて行きます。兄として今回ばかりはルージュを叱らないといけない」
「どれぐらいマグマに近付くのか分からないですから、私も同行して気温を調整します」
「……ついてく」
「ブランは結界張るから。もうパパは無茶しちゃダメだよ」
俺の護衛と言うよりは、俺がまた無茶な事をしないように監視をすると言う感じだ。
さっき無茶したばっかりだから仕方ないかと諦め、そして俺がまたルージュの元に向かう事に反対しない事に少し意外だと感じながら俺はルージュの元に向かう事にした。
――
「それではご案内いたします」
ルージュいるかな~と軽い感じで城の方に行くとルージュの巫女をしているという人が案内してくれる事になった。
ルージュがいる場所、この国では神殿と呼ばれているそうだがそこにルージュは居るらしい。
神殿と言っても豪華な装飾などをされている訳ではなく、ただ単に大昔に自然とできたマグマが通った後を少し歩きやすい様に整備した程度の物だ。
その先にはマグマだまりがあるらしく、そこにルージュは引きこもってしまったそうだ。
他の巫女さんやお国のお偉いさん達が呼んでもうんともすんとも言わず、ただただ沈黙し続けているらしい。
こりゃ完全に1人で泣いてるな。あいつはいっつも後悔する時は1人でずっとめそめそしてる。
だから俺が1人で会って慰めないと決して外に出て来ない。
俺達は巫女さんの案内でルージュが居る所の直前まで来たが、この先は俺1人で行くと言った。
当然反対する子供達だが、ルージュは絶対俺1人じゃないと出て来ない。その事を強く言うと、その代わり何時でも俺の元に来れるように準備はしておくと言われた。
それを約束した後俺はルージュの前に出る。
ルージュが引きこもっている場所は火山の中のマグマだまりであり、今俺の目の前にはボコボコと音を立てるマグマが湖のように広がっている。
とりあえずそのマグマに向かって俺は言う。
「おいルージュ。約束破る気か。帰るぞ」
そう言ったが反応はなし。
「おい。俺はお前のことを約束を破るような子に育てた覚えはないぞ。出て来い」
……反応なし。
とりあえず暇なので近くにある小石をマグマの中に放り込んでみる。
……反応なし。
こりゃいつも以上に引きこもってるな。長期戦になる可能性が非常に高いのでとりあえずマグマでも水切りが出来るのか遊ぶ。
あと暇なのでマグマの余熱だけで肉が焼けるのか、色々思い付いた事やってみるか。
『…………お父ちゃん。怒ってないの……?』
俺が適当に思い付きで遊んでいると本来の姿のルージュが顔を半分だけ出して現れた。
「やっと出て来たか。帰るぞ」
『帰るぞって、私、お父ちゃんの事凄く酷い事したんだよ。他のみんなも絶対許さないと思う』
「悪い事をしたと思うならちゃんとごめんなさいをしろと言ってるだろ。お前って本当にビビりだよな」
『だって……今回は特に、ね』
そう言いながらルージュは顔だけは全部出した。
ルージュは人型になりながらマグマの上で俺の事をじっと見る。
「どうかしたか?」
「やっぱりブランちゃんは凄いな。お父ちゃんの傷を治した」
「そう言うのが得意な子だからな」
「私は……これから先もきっと傷付ける事しか出来ないよ。なのに何でそんなに一緒に居たいってお父ちゃんは言うの?」
これは……重傷だな。
口調が淡々としてるし、自虐しかないし、完全に心折れてる。
とりあえず俺はマグマの中から出てきてくれたルージュの事を抱きしめると、ルージュはまたポロポロと泣き始めた。
「……なんで?何で抱き締められるの?お父ちゃんの子と本気で殺そうとしてたんだよ……?私の感情がお父ちゃんの事殺そうとしてたんだよ?それなのに何で?何で抱き締められるの?」
「…………お前が弱音言うから俺も弱音言わせてもらうぞ。正直お前が殴ってきてくれた時、嬉しかったんだ」
そう言うとルージュは泣きながら不思議そうな表情をする。
俺は……苦笑いをしながら俺の腹の中に溜まっていた物を吐き出す。
「俺はずっとこれでいいのかと考えてたんだよ。そりゃ最初の頃はとにかく家族がまた元に戻ると良いなと思って情報を集めてた。でもノワールと会った後辺りから同時に不安も込み上げてきてたんだよ。この子達は良い子だ、だから本当は俺に怒りをぶつけたいのに優しいからしないだけなんじゃないかってな」
「そ……それは…………」
「それが俺がずっと抱えてた不安だよ。だって2000年だぞ。死んで当然と言えるぐらい長い時間俺はお前達の事を放ったらかしにし続けた。だから不満をぶつけて欲しかった、迎えに来るのが遅すぎるって殴られるぐらいがちょうどいいと思ってた。でもみんなまた会えたからそれでいい、迎えに来てくれたからそれでいいって言うもんだから、余計に怒りを溜め込んでるんじゃないかと思ってた」
「…………」
「そしてついさっき、ルージュが俺に向かって思いっ切り不満をぶつけてきてくれて実はホッとしてるんだよ。ルージュは俺の事を傷付けたって言うけどな、俺は嬉しかった。素直に不満をぶつけてきて、素直に今更って言ってくれて、最低でも俺の心は少し軽くなった。まぁその代わりルージュに思い悩ませる事をしたのは親として減点だろうけどな」
俺がずっと感じていた不安をルージュに話す。
話を聞いている間にルージュは落ち着いたのか、涙は止まっていた。
そっと優しく頭を撫でながら、強めにルージュの事を抱きしめる。
「それから俺は1つだけこれだけは守ろうと思っている事がある」
「守ろうと思ってる事?」
「ああ。それは『子供達にとって逃げられる場所になる事』だ」
「逃げられる場所?」
「ああ。あくまでも俺にとってだけどさ、親って言うのは子供にとって最後の逃げ場所なんだと思う。何か大きな失敗をした時、どうしようもなくなった時、そう言う時ってやっぱりなんだかんだで1番頼りになるのって親だと思うんだよ。そりゃ自業自得な時とか、悪い事をした時はちゃんと叱る。でもそうじゃない時はやっぱり親が最後の砦なんだと思う。だから俺は何があってもお前達の事を守る。守らせて欲しい。そんな我儘なんだよ」
俺がそう言うとルージュは何かに堪えるように震えている。
なんでだろうと思っているとルージュは吹き出した。
「な、なにそれ……普通悪い事したらも知らないって言う方が自然なのに、私みたいな悪い子を守るって……変なの」
「変じゃないだろ!?え、俺そんなに変な考えだったか??」
正直他の人の考えなんて分からないからこれが正しいのか正しくないのか分からないけど、それでも間違っていないと俺は思っている。
でも娘に変と言われると間違っていないと言い切る自信がなくなってしまう。
あたふたしているとルージュは俺に身を任せて言う。
「でも……お父ちゃんの考えは分かった。今はそれだけでいい」
「そ、そうか。それじゃ帰るぞ」
「うん。分かった」
よくやく拗ねていた娘が顔を上げてくれたので、俺はしっかりと娘の手を掴みながらみんなの元に戻るのだった。




