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親子喧嘩 後編

 ルージュに殴られている間、俺はまたをポケットに突っ込んでただひたすらに殴られただけ吹き飛ばない様にするだけで精一杯だった。

 少しでもルージュの不満が解消できるように、今までの怒りを全てぶつけられる様に、耐えて耐えて耐えて耐えて耐え続ける。

 俺はただ歯を食いしばって意識を保ち、足に力を入れて吹き飛ばないよう踏ん張り、身体が吹き飛ばない様に全身に力を入れ続ける。


 ルージュの拳は今までの不満をぶつけているからか、少しずつ力を増しながら熱が上がっていく。

 ルージュの属性は火であり、主に物理攻撃を得意としている。そのためか攻撃の際に身体を発熱させる事で相手により効率的にダメージを与えていく。

 熱された拳は触れただけで皮膚はただれ、骨にまでその熱は伝わる。このまま熱が上がり続ければ一撃食らうたびに炭化していくだろう。だがルージュにとってはそれが戦闘で当然の事をしているだけなので、それの攻撃について反動の様な物は一切ない。


 全く……自分でこうするのが最善だと思いつつも、本当にバカな事をしている。

 既にルージュの熱で周囲の気温は異常に高くなっており、呼吸をするたびに喉と肺が悲鳴を上げる。熱くなった気温に適応するために汗をかいても全て一瞬で乾いてしまう。

 既にルージュの攻撃を受けた部分は青い痣ではなく、焼けただれた拳の跡がしっかりと付いており、焼けて溶けた皮膚と言う物を初めて見た。


 俺自身死にかけていると言った方が正しいだろうに、他人事のように感じているのはルージュの表情のせいだろう。

 拳に乗せている勢いは増し、加速しているのに、ルージュの表情は涼しい顔をしている俺と対照的に、非常に悲しい顔をしていた。


 その顔は正直見慣れている。ルージュがいつも何か失敗をした時に、俺に怒られるんじゃないかとびくびくしている時の表情だ。

 何か間違って物を壊してしまったときなんかによくする表情。

 こういう時ルージュはいつもこの表情をしながら、どう謝ればいいのか分からず口をパクパクさせてから小さく「ごめんなさい」と言っていたものだ。


 全く……殴られている側よりも殴っている側の方が辛い表情してたら、更にこっちは辛いって表情を表に出せねぇじゃねぇか。

 元々父親として娘に殴られている事で表情をゆがめたりしたくないって意地はあるけどさ。

 だから俺はルージュよりも涼しい顔をして意地を張る。

 娘に殴られたぐらいじゃ俺は倒れない。娘の怒りぐらい受け止める事は出来ると証明したくて、ただひたすらにルージュの拳を受け入れる。


 どれぐらい耐えただろう。

 もう全身の感覚が皮膚が焼けた影響か感じにくくなってきた時にルージュの熱が急に下がっていく。拳の勢いも弱弱しくなり、ついには俺の焼けただれた胸に顔をうずめて、そのまま俺の胸を叩く。

 それでもまだポカポカと叩いているが、どう見ても戦意はもうない。


 そしていつも通り、ルージュの顔を隠すように抱きしめる。抱き締めた時にまだルージュの身体に残っている熱が俺の皮膚と肉を焼くが、気にしない。

 皮膚から感じる物はほとんど失っているが、何か冷たい物を感じた気がする。

 そしてルージュの手が力なく垂れると進行役の人の声が聞こえた。


『さ、3分経過しました……ドラクゥル選手の勝ちです……』


 俺はその声を聞いてほっとした。

 父親としての意地と、娘の不満を少しは受け止める事が出来たかと思うと、急に疲れが溢れてきた。

 気が緩んだせいか膝から崩れ落ちそうになった時、支えてくれたのはルージュだ。


「お父ちゃん!!」


 あ~。久しぶりに聞いたな、父ちゃんって。

 俺が俺の父親に父ちゃんって呼んでるって教えた時からルージュはマネしてそう呼ぶようになったんだよな。

 でも何でだ?ルージュは俺の身体にしか攻撃してなかったはずなのに声が出ない。

 確かに疲れてはいるけど顔は殴られていないからダメージはないはずだ。

 なのに何でだ?


 あ、ブランが何か叫んでるみたいだけど何言ってるのか聞こえない。

 表情から何か焦っているのは分かるけど……具体的に何に焦っているのか分からない。

 そう思っている間にノワールとクレールもやって来て俺の事を抱えてアルカディアに向かう。

 急いで帰ったかと思うと俺はベッドの上に寝かされ、ブランの魔法が俺に向かって発動される。

 心地いい日向ぼっこをしている様な気分になると、俺は自然と眠っていた。


 ――


 私は私の事が嫌いだ。

 今目の前にいる人をまた素直になれなかった事で傷付けようとしている。

 私だけじゃなく、私達兄弟全員が大好きなお父ちゃん。私だって大好きだ。


 私は昔から他の兄弟達よりも体温が高くて少し近寄っただけで火傷を負わせてしまうから、子供の頃は周りにものすごく気を使いながら生きていたし、近付いただけで周りの物を溶かしてしまうから私の棲み処である火山のマグマの中に引きこもっていた。

 でもお父ちゃんは違った。

 私に近付いただけで痛い目に遭うのに、溶けてしまうのに気にせず触ってくれた。


 お父ちゃん曰く私は優しくて強い子らしい。

 そんな自覚はないけど、お父ちゃんの言う事なら信じる事が出来た。私自身が考えてそう思う事よりもお父ちゃんの言う事の方がすんなりと信じる事が出来た。

 だから私は他の兄弟に比べてお父ちゃんにべったりだ。でも流石に他の兄弟の前でお父ちゃんに甘えるのは恥ずかしいのでこっそり甘える。

 よくお父ちゃんは私の顔が隠れる様に、他の兄弟と違った顔を隠すように抱きしめてくれる。

 私も自分自身の体温を調整できるようになってからは、お父ちゃんの事を火傷させないぐらいの体温にして、ちょっとの時間を思いっ切り甘えた。


 でもある日私達兄弟はバラバラになった。

 何が起こったのかはさっぱり分からない。すぐに分かったのはここはアルカディアではない事。そしてここにはお父ちゃんがいない事。

 私は近くにお父ちゃんがいないか調べてみたけど、どこにもいなかった。意外と近くに居た兄弟に運良く出会って聞いてみたけど、他の兄弟達も知らなかった。


 そしてこのよく噴火しそうになるこの火山を噴火させないように私が調整している間に、よく知らない人間達が私の事をいつの間にか神様として、女王様として崇める様になっていた。

 その内で来たのがこのカーディナルフレイム。私がいる火山の近くに人が集まり、都市が出来ていた。

 私は神として、女王として祀られていたし、何よりこの火山が今噴火したらこの辺りに住んでいる動植物は確実に絶滅する。それを避けるために他の兄弟達にお父ちゃんの事を探してもらっている。


 そんなある日、お父ちゃんがひょっこりこの国に現れた。

 最初は嬉しかった。いつものポーカーフェイスが崩れてだらしない笑みを浮かべる所だった。


 でも本当に私は素直じゃない。

 私の事を祀っている人間達の前だったとはいえ、お父ちゃんの前で厳しい事ばかり言ってしまった。

 大好きでようやく会えたのに、何故か喜びよりも大きく膨らんだのは怒りだった。

 自分でもどうしてここまで怒りが膨らんだのか分からない。嬉しいのも本当なのに何であんなにキツく言ってしまったのかも分からない。


 理性よりも感情の方が勝っていた。


 きっとそういう事なんだろう。

 だから私はマグマの中で後悔した。ベッド代わりに使っているこの国の火山のマグマの中でどうしてこんな事を言ってしまったのか、後悔してもしきれない。

 ノワール兄ちゃんと酒呑ちゃんが来た時も何故戦って勝って見せろと言ったのか分からない。

 素直になれないのに怒りのほうばかり口に出てしまって自分でも混乱している。


 そして今日。私は大好きなお父ちゃんと戦う事になった。

 1週間なんて時間を設けたのは私自身が落ち着くための時間が欲しかっただけだ。

 多分私は足が遅いから逃げ回ってくれるのが1番いい。そうすればお父ちゃんを傷付けずに済む。


 そう思っていたのに、避けやすいだろう顔を狙ったらあっさりと当たって壁に激突した。

 全く避ける素振りがなかった。それ以上に私がお父ちゃんの事をまた傷付けてしまったと思うと手が震える。私にとっては軽くでもお父ちゃんにとってはかなり痛い一撃である事は明らかだ。

 それなのに、何事もなかったかのようにポケットに手を突っ込んでお父ちゃんは言った。


「好きなだけ殴って来い。全部受け止めてやるよ」


 その言葉に私は震えた。


 1つはお父ちゃんを傷付ける事に対して。

 もう1つは合法的にお父ちゃんに思いっきり殴れると思って喜ぶ私自身に対して。


 何で?

 何でいつも私はこんなにも矛盾した気持ちを持っているの?

 何で大好きな人を傷付けることを喜んでいるの?

 何で私だけこんなにも歪んでるの?


 結局私は矛盾した気持ちのままお父ちゃんを思いっきり殴り続けた。

 1回殴るごとに清々しい気分になっているのも気持ち悪い。

 大好きなお父ちゃんはひたすらに私の熱くて苦しい攻撃に耐えていると言うのに、私には何もできない。傷付ける事しか出来ない。

 ようやく会う事が出来て嬉しいはずなのに、傷付ける事しか出来ない私なんて……嫌いだ。


 殴っている間にスッキリして、怒りが静まればまた私は面倒臭くなる。

 自分でお父ちゃんを傷付けて、すっきりした自分自身に吐き気がする。

 最後は力なく叩いて、情けなさ過ぎて涙が出る。

 いっその事この場で泣いて、神様とか女王様に相応しくないと人間の人達に思われるのもいいかもしれない。


 そう思っていたのに、お父ちゃんは私が泣く前に私の顔を隠した。

 久しぶりに感じるお父ちゃんの心臓の音と、優しい雰囲気。

 なんで私はこんな事をしたんだろう。

 なんで私はこんなにも面倒臭い性格をしているのだろう。

 何でいつも傷付けた後に後悔するんだろう。

 そして司会が試合終了の声を出すと、お父ちゃんは崩れ落ちた。


「お父ちゃん!!」


 顔は最初の一発しか殴っていなかったけど、殴り続けた胴体は既に私の熱のせいでほとんどが溶けている。

 私の手の形がそのままくっきりと残っている。焼けただれた皮膚と目に見える筋肉がどれだけ悲惨な事をしたのか、その現実を突きつけられる。

 私の視界はグラグラして、頭の中が真っ白になって、どうすればいいのか何も分からない。


「ルージュお姉ちゃんどいて!!」


 お父ちゃんを私から奪い取ったのはブランだった。

 ブランは小さな体でお父ちゃんを寝かした後、直ぐに治療を始める。


「……今は大雑把に治してあとでちゃんと治さないと。ルージュお姉ちゃん手伝って!!」

「え……あ……」

「ち。ノワールお兄ちゃん!クレールお姉ちゃん手伝って!!」


 動揺して頭が働かないのに、周りが何をしているのかだけははっきりと分かる。

 ブランはお父ちゃんを助けるために頑張ってる。

 ノワール兄ちゃんもクレールちゃんもお父ちゃんを助けるために頑張っている。


 私は……何もできない。

 私が出来るのは傷付ける事だけ。

 私は何も出来ない自分自身が嫌で、その場から逃げ出した。

 種族  スターアポロ・コア

 名前  ルージュ・ドラクゥル

 ランク SSS


 超巨大な恐竜の姿をした世界に6体しかいないSSSランクモンスターの1体。

 司る属性は火でこの星の中心のマグマを管理している。

 星の熱を管理しており、星に熱を送り、活力を与える。


 補足

 二足歩行型の尻尾を引きずって歩く直立型の恐竜のような姿をしているが、下半身はしっかりと大きくなんているため、腕も大きく、歩き方は霊長類に近い。

 ルージュは昔から自身が周囲に無意識に影響を与えていると感じていたせいか内気な性格である。

 常に強い熱を発していた事から他の子供達からも避けられていた事も理由であり、俺以外には弱い部分を全く見せないようになってしまった。

 自分では知性的なつもりでいるがぶっちゃけ超感情的。ただその感情を抑えてきたせいか、ストレスを発散させたりするのが滅茶苦茶下手。

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