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とりあえず土下座で

 酒吞があぐらをかいたまま静かに寝た後、周りにいた鬼達が汚れ切った本殿を片付ける。

 こいつ1人のん気に寝てるな~と思っていると赤い髪の鬼が俺の前で頭を下げた。


「ありがとうございます父上。父上のおかげで夫が落ち着きました」

「やっぱりお前茨木か。また背が伸びたな」


 この鬼の名前は茨木童子、酒呑童子の妻だ。美人と言ってもやっぱり鬼なので2メートル程の身長を持つ。

 アルカディアの頃から2人は夫婦で居たのでやっぱりこっちに来ても夫婦である事は変わらないか。

 俺目線での話ではあるが、最も庶民的な夫婦と言う感じだ。酒吞がこんな調子で酔っぱらうとこうなるのでそのたびに怒ったり怒られたり、喧嘩するほど仲が良いという見本だ。

 おしどり夫婦と言うのはこういう喧嘩しても離れない夫婦の事を言うのかも知れない。

 ただ気になるのは茨木の体質の事なんだが……


「茨木。お前何で男になんねぇんだ?何時も酒呑を怒る時は男の姿だったろ」

「それがその、進化して天邪鬼あまのじゃくから鬼子母神になったので女性の姿で固定されてしまったんです」


 あ、進化の影響か。それじゃ仕方ない。

 そう思っていると若葉が俺に聞く。


「天邪鬼って嘘吐きの事ですよね?」

「それはそれで間違ってないが、今回は妖怪の方の天邪鬼だからな。ちょっと違う」

「違う?」

「手っ取り早く言うと天邪鬼は自分の意思で男性と女性どっちにでもなれる鬼だったんだよ。あくまでもこれはアルカディアでの話だけど」


 天邪鬼あまのじゃく。若葉が言った様に嘘吐き、というよりは正反対の言葉を言ったりする人の事を言う。広い意味では若葉の言い方も間違ってはいないだろうがちょっと違う気がする。

 元々はまねの上手い悪い鬼程度らしいがぶっちゃけよく知らん。だってアルカディアの天邪鬼と大分違うし。

 そんな噓や正反対という性質を強く引き継いだのが天邪鬼で茨木童子。何故この名前にしたかというと、茨木童子の伝承って男だったり女だったりごっちゃだから丁度良くね?と思ったからである。

 そう思っている間にいつの間にか夫婦になり、LGBTよりも厄介な体質の鬼が生まれたのだ。


「それじゃ茨木さんは男性でもある?」

「ふふ、今は身も心も女ですよ。昔は男でもありましたが」


 若葉は首を何度も傾げるがそれで正しい。正直深く考えても答えなんて絶対出ない。

 とりあえず今は酒吞の後始末を手伝う。特にクレールの水の魔法によって掃除が楽だったのが助かった。

 酒吞は結局2時間ぐらいあぐらをかいたまま寝ており、目を覚ますと俺の事を見て驚く。


「…………ジジイ?何でジジイがここに居る」


 俺はあまりにも間抜けな言葉にため息をついた後、1度ブランに視線を送る。

 ブランはため息をついた後に頷いて結界を張ってから俺は酒吞を怒鳴りつけた。


「酒で酔って暴れてんじゃねぇよ!!」


 俺の大声は流石に酒吞程ではないが迷惑かけた息子を怒鳴る事ぐらいはする。流石に部屋の中で俺の大声は響くからか、酒吞は驚きながら耳を塞ぐ。

 それでも俺はやめずに言う。


「酔っぱらって茨木だけじゃなくて他の連中にもあたってたじゃねぇか!!その質の悪い酒癖やめろって言ったよな!?やめられねぇなら酒飲むの止めろって言ったよな!!ああん!!」

「ま、待てジジイ!悪かった!悪かったからその辺で――」

「謝るんなら俺だけじゃなくて他の連中全員に土下座して謝り倒してこい!!この神社みたいな所の外に普通に住んでる鬼達ですらビビってたぞ!!そいつら全員に今すぐ謝って来い!!」

「う、うっす!!」


 俺に怒鳴られて慌てて外に飛び出して行った酒呑を見送った後、茨木が俺に頭を下げてから言う。


「私が監視をしてきます」

「土下座してなかったら踏んづけて来い」

「は~い」


 そういった後、茨木は酒吞を追って外に走って行った。走ると言っても女の子走りで全然速度ないけど。

 そんな光景を見届けてから暇なので本殿の掃除を手伝う。酒吞と茨木の他にもアルカディアに居た鬼達は居たので再会に喜びながら声をかけると、あの自衛団の鬼が俺の前で膝をついて頭を下げた。


「先程は無礼な物言い、大変申し訳ありませんでした」

「ん?俺は気にしてないから別に良いよ」

「そう簡単に受け取る訳にはいけません。お爺様」


 …………またか。いつの間にか孫もどんどん増えていくな……


「我が父は酒呑童子、我が母は茨木童子。その長男、雷光らいこうと申します」


 そう自己紹介した後にいつの間にか同じように膝を付けた子鬼達が増えた。

 小鬼と言っても1人の女の子は180センチぐらいで、もう1人の男の子はまだまだ幼い小学生ぐらいだ。


「同じく、長女の伊吹いぶきと申します。ほら、あなたも」

「……次男の村雨むらさめです」


 どうやら3兄弟らしい。あの2人仲がいいとは思っていたが、3人も授かってたか。

 ……この調子で孫もどんどん増えていくとどれぐらいの数になるんだろう。エリザベートから始まってそれなりに孫も増えてきたな……

 養えるようにちゃんと畑作らないと。


「自己紹介ありがとうな。改めまして、俺の名前はドラクゥル。お前達の祖父にあたる。と言ってもまぁ見た目通りただの人間だから力はないけどな」

「いえ、先程父を怒鳴った際の声、ただ者ではないと理解できました。先程は止めてしまい申し訳ありませんでした」

「いや、おそらく君は、雷光は自衛団のような組織の1人なんだろ?ならしっかりと仕事をしていただけだ。謝る事はない」

「それは……はい。副業で」

「副業?」

「はい。本職は父の酒蔵で仕事をしています。主に酒の発酵具合を確かめたりしています」

「なるほど、酒吞の子らしい道だな。ちなみに3人は今いくつだ?」


 何となく気になったので聞いてみる。


「俺は今180歳、伊吹は150歳、村雨は100歳です」

「うん。予想はしてたけどやっぱり人間の感覚とは違うな」


 人間だったらとっくに寿命迎えてるな。


「とりあえず、俺達は家族だ。突然現れて家族と言われても納得できないかも知れないが、俺はお前達の事をそう見てる。あまり堅苦しくない方がいい」

「そう……ですか?それじゃこれからは普段通りに話させてもらいます」

「それでよろしく。雷光、伊吹、村雨」


 俺がそういうと3人共頷いた。村雨だけはまだ怯えた様子と不審者を見るような視線を送っていたが、突然現れたのだからこの方が自然だろう。

 そんな感じで掃除を再開して終わって一服していると、酒吞達が帰ってきた。


「よう。ちゃんと謝ってきたか」

「謝ってきたぞジジイ」

「ちゃんと土に頭を付けさせました」

「ならよし。お前らも茶飲め、実家産の最高品質だぞ」

「飲む」

「いただきます」


 こうしてみんなで茶をすすりながら俺は酒呑達に聞く。


「それにしても立派な里だな。お前がトップに居る割には穏やかな里じゃねぇか」

「ふん。落ち着いて酒を造る場所が欲しかっただけだ。そうなると水が要る、米も要る、蔵も要ると色々増やしている間に里になってただけだ。ほとんどの連中は元々この世界の鬼共の子孫だ、殴って落ち着かせたらいつの間にか俺がトップになってた」

「元々は普通の鬼ばかりでしたが、私達といる間に自然と鬼人になりましたので不思議な事もある物です」

「ほ~」

「それに夫はなんだかんだで仲間思いですから、力だけでは里を作れません」

「蔵だの家だの作っている間に勝手についてきただけだ。そんな事自分から狙ってやってた訳じゃねぇ」


 そっぽを向きながら茶をすする酒呑は恥ずかしがっている感じがする。

 なんだかんだでいい子に育った様で何より。

 そう思っているとふと酒呑が聞く。


「ところでジジイ。俺の蔵はどうなった?酒はどうなった?」

「一応俺が保存してはいるが、酒に関してはよく分かんねぇな。飲んでないし、お前が保管している方法を維持してただけだから正直お前が満足する形になっているかどうか分からん」

「なら今度確かめに行かせてくれ。俺の酒がダメになってないか確かめたい。それから向こうの米をこっちで育てる事は出来るか?」

「稲ならある。あとで渡しとく」

「そうか」


 相変わらず酒造りが生きがいの様で。

 でもこの調子だと酒呑もアルカディアに帰ってくる事はないだろう。

 2000年という途方もない年数は、そう簡単に埋められない。


「いつだって帰ってきていいんだぞ。行き来できるようにはしておくから」

「うちのガキ共が独り立ちできるようなってから介護しに戻ってやるよ」

「お前ら長命種の感覚と一緒にするな。俺は人間様だぞ、100年生きれば十分自慢できる」

「違いねぇ」


 そういいながら穏やかに吹く風を感じながら、茶をすするのだった。

 種族  鬼子母神

 名前  茨木童子・ドラクゥル

 ランク S


 オーガの雌のみ進化できるモンスター。見た目はほぼ人間と変わらず、角と背が高い事以外は怪力なだけの鬼である。

 戦いは得意ではあるが自分から攻撃を仕掛ける事はまずなく、自身の子が狙われた時、もしくは子を大切にしない母親の前に現れて叱る。特にひどい母親から子を奪い、自身の事して育てる事もある。


 種族  天邪鬼

 ランク A


 天邪鬼は異なる性質を持つ鬼として存在している。男と女、天と地獄、正と負。両方所持していながらどちらかに切り替える事が出来る。

 自らの意思で天女のような美人になったり、地獄の鬼のような益荒男になる。

 だがどちらも天邪鬼にとっては同じ自分であり、どちらか一方が本当の姿という訳ではない。

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