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酒呑童子

 昼食後、改めて俺と若葉は酒吞が居るであろう鬼の口をした扉の前に立っている。

 だが護衛はさっきと違い、ブランとノワール、ヴェルトにクレールの4人だ。酔っぱらった酒呑童子を止めるために用意した人員である。

 酒呑はSSランクの鬼神と言う種族で単純なパワー限定で言うとぶっちゃけブランよりも力が強い。

 なので力で無理矢理抑えるとしてもそれなりの力自慢たちを用意しないといけないのだ。

 あとはヴェルトだとまたあの怒鳴り声で耳を痛くする可能性が高いので置いてきたという事情もある。

 本当は若葉も置いて行った方がいいと思ったのだが、若葉自身が最後まで付いて行くと言ったので同行を許した。


「それじゃ……開けるぞ」


 みんなに確認を取ってから俺は扉に手をかけた。

 全員頷いて返事をした後、俺は中の様子をうかがいながらそっと扉を開けた。

 …………開けても怒声は響いて来ない。ホッとしながら扉を開けて入ると広がっているのは日本の田舎の様な場所だった。

 あちこちにあるのは田んぼ、のどかで先程の怒声が嘘のように静かだが虫の声や風で稲が揺れる音がする。家はかやぶき屋根だしこれ完全に日本の風景だろこれ。


「パパ。ものすごく平和な所だけど、本当にそんなに危ない事があったの?」

「あったあった。あったはずなんだが……今は平和だな」


 ブランと手を繋いで歩いているとふと視線を感じた。

 家の窓からこっちをそっと覗く小鬼の姿が見えた。小鬼、と言っても本当に小さな角が2本生えているだけでぱっと見は人間と変わらない。すぐに小鬼の親と思われる鬼が子供を窓から離したが、こちらも人間とあまり見た目は変わらない。

 ちらっと見た服装は完全に和服で、江戸時代にでもタイムスリップしたのかな?と思ってしまう。


 それにしても……堂々と歩いてるのに手を出して来る事はないんだな。

 一応鬼という種族は好戦的なモンスターとして説明されている。武器はお約束の金棒である事が多い。

 あと一応言っておくが吸血鬼と違い食人種と言う訳ではない。人間も食べれない訳ではないが、あくまでも食料の1つ程度の認識だったりする。だから他に食べるものがあるのであれば滅多に食べる事はない。


「何だか逆に静かすぎる印象ですわね。酒吞の血族であればもっと騒がしい所だとばかり思っておりました」

「確かに。その印象の方が強いな」

「……落ち着く」

「だね~。もうここでゴロゴロしてたいぐらいだよね~」


 クレールの言葉にノワール、ヴェルト、ブランが同意する。

 上の川から水を引いているのか、水は豊富のようだし、穏やかな小川もある。住み心地は悪くないだろう。

 そんな俺達の話を聞きながら若葉は聞く。


「ところで酒呑童子さんってどんな方なんですか?」


 そう聞かれたので素直に答える。


「一言でいうなら礼儀の良い不良かな?」

「口は悪いが無駄に喧嘩を売る訳でもなかったからな」

「社交性もありますからね。それでも1度怒ると手が付けられなくなりますが」

「あとひたすらお酒ばっかり作ってたよね。自分で作って自分で飲む、そればっかり」

「まぁ何だ。マンガとかで見る気のいい番長とか、そんな感じかな。言葉使いは荒いし、気に入らない事があれば怒鳴ったりするが理不尽な事を言ってはいなかった。仲間思いだし」

「……ドラクゥルさんの子供達ってみんな家族の事を大切にしてますからね。羨ましいな」


 最後だけぼそりと若葉は言った。

 もしかしてまだ距離があっただろうか?個人的にはかなり距離は縮まったと思うんだが、まだだったのかも知れない。


 そう思っているとノワールが手を広げて俺達に止まるように指示した。立ち止まるとブランが結界を張り、警戒する。

 何だろうと思っていると、道の先から武装した集団がこちらに向かって歩いて来ていた。

 それは日本の鎧を着た鬼の集団。兜は被っておらず、腰に刀もないが代わりに鬼の象徴とも呼べる立派な角と、担いだ巨大な金棒が目立つ。

 統一された動きでこちらに向かっているからおそらくこの里の自衛団という所だろう。そしてハッキリと姿を捕らえる事が出来たので彼らが何の鬼なのか分かった。


「あいつら全員鬼人だ。強い方だぞ」


 鬼人。Cランクのモンスター。

 オーガから知能系と魔法系が強い個体から進化する限りなく人間に近い見た目の鬼だ。彼らは鬼の剛力の他に高い知性によって魔法も使いこなせるので非常に強い。

 ただのオーガは知性が低いので小手先の技さえあれば勝てるかもしれないが、彼らにそれは通じない。しかも人間とそう変わらない体格差なのでオーガの時よりも当たる面積も低くなる。

 あえていうなら鬼の剛力を人間サイズまで圧縮した鬼というのが相応しいかも知れない。


 俺らから少し離れた所に彼らは止まると、奥から日本人顔の鬼が現れた。

 かなりのイケメンだが額から生える2本の角が鬼である立派な証拠。彼は俺達に向かって金棒を向け、声を張って言う。


「お前達は何者だ!!この地に何のようだ!!」


 中々の大声だ。ブランが結界を張ってくれているおかげであまり耳は痛くならなかったが、それでも空気が震える。

 その質問に対して俺は言う。


「俺はドラクゥル!酒呑童子に会いに来た!!」

「酒吞童子様は今お休み中だ!!それからなぜ酒吞童子様の名を知っている!!」

「だって俺親だもん!!」

「親な訳があるか!!誇り高き酒吞童子様の親が人間な訳ないだろう!!」


 大声に大声で返していると突然爆音が響いた。


「酒!!」


 俺達はブランの結界のおかげで何の被害もなかったが、結界の外にいる鬼の自衛団はそうはいかない。金棒を落として耳を抑えるので忙しい。

 それに酒呑が単語だけで叫ぶとなるとかなりキレている証拠でもある。


「若葉。まだ一緒に来れるか?」

「は、はい。ちょっと怖いですけど」

「それならまだいい方だ。行くぞ」

「ま、待て!ここから先は――」


 俺達は自衛団が開けている真ん中の道を堂々と歩いて進む。

 鬼達で止めようとして来たのは唯一大声を出す鬼の青年だけで、他の者達は自然と通してくれた。

 結界がビリビリと震えるほどの酒呑童子の怒鳴り声。ブランの結界ならこれぐらいで壊れる事はないが、並の結界だったらこの怒鳴り声だけで結界が割れていてもおかしくない。

 結界が震えながらも酒呑童子の怒鳴り声を目印に進む先に見えたのはかなり巨大な神社風の建築物だ。鬼が神社に住んでるのは何とも違和感がぬぐい切れない。


「若葉。何度も聞くけど本当に大丈夫なんだよな?」

「い、今の所は。確かに怖いですけどドラクゥルさんが何度も心配するほどではないと思うんですが……」

「実は酒呑童子、正確には鬼神の声には相手を畏怖させる効果があるんだよ。ただビビッて小さくなってるだけならまだいいんだが、怖がって発狂したり、ショック死するほど強いって図鑑に書いてるんだよ。だから大丈夫なのかな~っと」

「さ、流石にそこまで怖がってませんよ。鬼に会うと聞いて少し怖いですけど」

「ブランの結界のおかげかも知れないから絶対にこの結界の外に出るなよ。本当に死んじゃったら嫌だぞ」


 そう言いながら神社に着くとかなり高ランクの鬼達がせわしなく動いていた。主に巨大な酒樽を持って本殿と思われる場所に運んでいる。

 俺達を見て表情を変えてはいるが、それよりも酒呑の機嫌を取る方が大切だと思ったのか無視して酒を運ぶ。

 俺達は固まりながらそんな鬼達の後ろを追って本殿の中に靴脱いで入った。


「お邪魔~って酒臭!」


 ふすまを思いっ切り開けて堂々と入ると、本殿の中は空になった酒樽とひょうたん、巨大な熱燗があちこちに転がっている。酒をこぼしたのか、ずっと今まで飲んでいたのか部屋中酒臭い。

 それらを必死に掃除しながら回収している鬼達が可哀そうだ。

 そんな中の1人、綺麗な着物を着た赤い髪の美人鬼がこちらを振り向いて驚いている。


「あなたは……」


 彼女との再会はとりあえず今は置いておく。よく見ると他の鬼達もアルカディアで育った鬼達がちらほらと見える。

 そんな彼らに視線だけ送った後、酒呑童子がこちらを向いた。


「誰だテメェ~?不味い酒ばっかりで気分が悪いって時によぉ」


 酔っぱらってフラフラと立ち上がった酒呑は非常に大きい。

 3メートル近い身長に、発達した筋肉の塊なのだから余計にデカく見える。少し動いただけで着ている着物が悲鳴を上げている様な音が聞こえる。それともただ筋肉が動くだけでこんな音が鳴っているんだろうか。

 特に目立つのは額の角だろう。真っ黒な2本の角は闘牛の角よりも太く、長い。日の光を吸収してしまう程黒いので反射する事すらない。

 そんな文字通りの鬼がこちらに向かって睨みを利かせる。

 普通の人間だったらこれだけで動けなくなるのが普通だ。でも俺は彼の親である事からこいつの扱いをよく知っている。

 だから俺はその場であぐらをかき、ドンと秘密兵器を取り出して言う。


「美味い酒を持ってきた。これ飲んで寝て落ち着け」


 その一言に酒呑はピタリと止まった。

 俺の顔と瓶を見て少し考えた後、大きな音を立てながらあぐらをかく。


「不味かったら金棒こいつで潰す」

「別にいいぞ」


 そう話している間に赤い髪の鬼が俺と酒呑用に杯を持ってきてくれる。

 酒吞の杯はテレビで見た力士が優勝した時のような巨大な杯、俺は普通の杯に鬼が栓を開けて注いでくれる。中身は俺に少し注いだ後に全て酒呑の杯に注がれた。

 中身は前にも言ったようにただの水。美味い酒などではないし、それ以前に酒ですらない。

 それで本当に大丈夫なのかと若葉が不安そうな表情をするが、これで問題ない。


 俺達はほぼ同時に杯を口に付けた。

 俺はすぐになくなったが、酒吞の方は当然俺よりも時間がかかる。少しだけ水が口の端からこぼれているが気にする事なく飲み続ける。

 水を一気飲みした後に杯を静かに置いた。


「うめぇ……うめぇ酒だな……こりゃ」


 そういいながら酒呑はあぐらをかいたまま舟をこぎ始める。

 酒吞はいつもこれだ。酒を飲み終わった後にこの水を飲んで眠りにつく。

 その時の表情だけは穏やかでただのデカい好青年に見えるのだから不思議でならない。


「久しぶりだな……こんな美味い酒は…………故郷の味は…………」


 そう言いながら酒呑童子は静かに眠りについたのだった。

 種族  鬼神

 名前  酒呑童子・ドラクゥル

 ランク SS


 オーガ系の最終進化モンスター。手にした金棒は全てを砕き、決して欠ける事も曲がる事もない。

 八大地獄の炎を口から出し、決して消す事の出来ない炎で気に入らない者を焼き尽くす。さらに山を動かすほどの怪力を持っている。何事も真正面から挑み、不意打ちや曲がった事を嫌う。

 しかしきちんと礼儀を尽くせば暴れる事もない事から地方によっては土地神として信仰される事もあったとか。

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