秘密兵器を用意する
思っていた以上に長い階段を上り切ると、そこには木製の巨大な扉があった。
扉のふちは巨大な鬼の口のようになっており、威圧感を与えてくる。
「これはまた、随分立派な扉だな」
「私、恐いです」
「ですがこのデザインは確実に……」
「酒呑好みの扉ね」
ただ感想を言う俺、怖がる若葉、変わらないな~と言う感じのミカエル、ミカエルに同意するヴァルゴ。
とりあえず確実に酒呑童子はここに居るよな、という所だけは完全に一致している。
あいつこういう鬼のデザイン大好きだからな……何かとこんな感じで人を驚かせるようなデザインばっかりだ。
扉を軽く押すと、鍵は開いている。普段から開いているのか、それとも俺達が来た事に気が付いてわざと開けたのか分からない。
まぁその辺はこの扉の奥に行けば分かるだろ。
「私が開けます。父は後ろに」
俺が扉を開けようとすると、ミカエルが警戒する様に自分が扉を開けると言った。
いきなり攻めて来るって事はないと思いたいが、そうでないとも言い切れないのでミカエルに任せる。
ミカエルが扉を押して開けると――
「酒持って来ーい!!」
いきなりの怒声に俺達は耳を塞いだ。その怒声はとてつもない威力で、せっかくミカエルが開けた扉を声だけで閉じさせてしまった。
とりあえず扉が閉まって怒声も聞こえなくなったので急遽集まって相談する。
「え、何今の?え?」
「耳痛った」
「なんですかあの声!というかあれ本当に声なんですか?ただの爆発音が声に聞こえただけじゃありませんか??」
「あれは確実に酒呑童子の声ですよ。ただ酔って暴れている時の声ですが」
俺達全員耳を抑えているが特にひどいのはヴァルゴだ。
元々エルフは長い耳のおかげで音に敏感だ。見た目は人間だけど獣人に負けないぐらいの聴覚を持っている。だがそんな優れた耳で、今の爆音のような声を聞けば俺達以上に耳が痛くなるのは当然だ。
俺の耳だっていまだにキーンとなっているし、ヴァルゴの耳はそれ以上のダメージを負っている事だろう。
「そ、それでどうします?あんなお酒で酔ってるからと言って、あんな怒声を浴び続けたら体が吹き飛んじゃいそうですよ」
若葉の懸念はもっともだ。普通の人間があの砲弾のような威力の怒声の中動けるとは思えない。いや、普通の砲弾の方がマシかもしれない。だって声だと見えないし、音速だし、いつ来るか分からないし。
というか酔ってるって事は相当面倒な状態になってるって事だよな。
あいつ滅多に酔わないけど1度酔うと面倒なんだよな……こうなると秘密兵器を持ってきて出直した方がいいんじゃ……
なんて思っているとほんの少し扉が開いているのに気が付いた。
隙間から怒声は聞こえず、何だろうと思って隙間の視線を下げると、そこにはそっとこちらを伺う小鬼の顔があった。
目が合うと小鬼は即座に逃げて、扉はまた閉まる。
「……第一村人に発見されたな」
「あ、その表現懐かしいです。もうずっと見てないな~」
「それよりもどうしますか。見つかってしまいましたよ」
「多分こっちに鬼がいっぱい来るでしょうね。どうする?」
「……とりあえず今捕まるのは面倒だな。秘密兵器を持ってきてから戻ってこよう」
こうして俺達は1度アルカディアに戻る事にした。
秘密兵器を手に入れるには少し面倒な所にあるので普段からアイテムとして保存している訳ではないので取りに行く必要がある。
「あの、秘密兵器って何ですか?」
「酒呑童子の酔いを一発で覚まさせる秘密兵器だよ。あの様子だとかなり面倒な状態になってそうだからな、ちょっと取って来る」
「あ、私も一緒に行きます」
「分かった。ミカエルとヴァルゴは休んでてくれ」
「承知しました」
「分かったわ」
こうして若葉だけを連れて例の場所を目指す。
まぁ例の場所と言っても行くのはかなり面倒なんだけどね。ぶっちゃけ疲れる所なんだよな……
そう思いながら我が家に入る。そこから隠し階段を開いて階段を下りていく。
「ここって一体どこに繋がっているんですか?」
「この先はクレールを育てるための洞窟だよ。SSSランクを育てるためだけの特別な場所があるっていうのは前に教えただろ?」
「はい。ブランさんは山の上の神殿、ノワールさんはクリスタルの洞窟、ヴェルトさんは巨大な森って所までは聞きました。クレールさんを育てた所はどんな場所なんですか?」
「かなり綺麗な所なんだが……出入口が2つしかないのが問題だな。もう片方の出入り口はかなり入り辛いし」
若葉はよく分からなそうにしているが、まぁ行けば分かる。
長い階段と言うか鉄製のはしごを下りると人の手によって掘られてはいるが、きちんと整備されている訳でもない様に感じる。あえて言うなら無骨な炭鉱などで掘った後の穴とでもいうべきか。
人間2人ぐらいしか並べなさそうな狭さ、俺の身長ギリギリの低い天井。若葉は周りの様子をうかがいながら歩くので俺はちょっとだけ笑ってから言う。
「そんな警戒しなくても崩れたりはしないよ。この場所その物が1つの巨大施設だから罠の類もないから」
「それでもその、ちょっと怖くって」
「まぁそれは仕方ないかな。それじゃ下りながら無駄話でもしようか」
なんて言いだしてからしょうもない会話をしながらとにかく坂を下る。
そんなときに目的地が近い証拠が現れ始めた。
「なんですかこれ?蛍?」
「もうすぐゴールだよ。この蛍たちが目的地に近い証拠だ」
「蛍って川にしかいないんじゃないんですか?クレールさんの棲み処って事は海ですよね?」
「この蛍たちは海水に適応できている種類だけど、ちゃんとモンスターとして登録されてる訳じゃない。この洞窟の付属物とでもいう感じかな。だからここに住んでる訳じゃない。ほら、もう到着するよ」
俺が指を差した所から人工の光とは違う優しい光が見えていた。
その先にあるのはきめ細かい砂浜。周囲には小さな蛍がこの砂浜を照らしてくれている。
波は穏やかで静かに波が揺れる。海水の透明度も非常に高く、水中でもよく見える。
「凄い……凄く綺麗な所です……」
「だろ。ここがクレールが育った場所、『星砂の洞窟』って場所だ。いつ来ても綺麗な所だ」
「ところで酔いを醒ますための秘密兵器を持ってくるって話でしたけど、まさかここの海水ですか?」
「違うよ。こっちの小さな洞窟の方に用があるんだよ」
俺達が下りてきた洞窟から離れた所に小さなくぼみがある。そこは精々2人しか入れないような狭いくぼみであり、その中心には小さな穴が開いており、水が溜まっている。
この水が秘密兵器。俺は空きビンを取り出し、瓶に紐を括りつけて穴に沈めて水を汲んだ。あとは持ち上げてコルクで栓をするだけ、これで秘密兵器の回収完了。
「これが秘密兵器ですか?」
「ああ。酒吞は酒を飲んだ後に必ずここの水を飲んでから寝るんだ。特に成分的に優れているとか酔い覚ましに良いとかそんな効果ないんだけど、何故かここの水が好きなんだよな~」
「それで酔いを消すためにここの水を汲みに来たんですね」
「そういう事。あいつが酔いから覚めれば少しはまともに話を聞いてくれるだろ。にしてもあいつが酔うってのは珍しいんだよな」
「そうなんですか?」
「ああ。あいつ酒にはかなり強くて、基本的には酒を造ってばっかりだからちゃんと飲むって事も少ないはずなんだよ。精々味見程度だな。こっちに来てから何かあったのかも知れないけど」
「ストレスで飲みすぎちゃったとかそんな感じですかね?」
秘密兵器をアイテムにしまって戻ろうとしているとシャチ状態のクレールが現れた。
『お父様、若葉さん。こちらにいらっしゃると聞いたので迎えに来ました』
「助かるよ。それじゃ若葉、今度はこっちから帰るか」
「え、でもそっちは海ですよね。どうやって帰るんですか?」
「実はこの海の奥の方は水中トンネルになってるんだよ。だからルートは2つ、さっきこっちに来る時に通ったトンネルとクレールが泳いできた海中トンネルのどっちかだな。海の方は泳げる魔物じゃないと通れないけど」
「それ私達が行っても大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。クレールが魔法で守ってくれるからな」
『はい。結界で水圧だけではなく水中で息も出来るようにしますので安全に送りますよ』
「それなら……お願いします」
こうして俺達はクレールの背中に乗って帰る事にした。
クレールの背に乗った俺達の周りに小規模の結界が張られ、海の中を進む。
「わぁ……!!」
結界のおかげで水中360度見渡せる潜水艦にでも乗った様な感じで俺達は海中トンネルに向かう。俺達の周りには小さな小魚が泳いでおり、水族館の水槽の中を泳げたらこんな感じなのかと思う。
若葉はそんな光景に目を輝かせているのを見るとやっぱり普通の女の子なんだと改めて感じる。
そのまま深く潜ったクレールは光の届かない深海を悠々と泳ぐ。深海にすむモンスターはまだ帰ってきていないので静かだが、本来であればこの辺りにもモンスターは存在する。
そして浮上して俺達が着いたのは家の近くの砂浜。ここで俺達は下りるとクレールも人型になって一緒に家に帰る。
「それで、酒吞童子の様子はどうでした?」
「まだ会ってない。これを汲みに洞窟に来たからな」
「それではすぐ向かうのですか?」
「いや、少し休んでからにする。昼飯とかまだだから、昼飯食った後にもう1度行くよ」
「はぁ。酒吞童子は朝からお酒ですか。もう少しご自重すればいいのに。それと茨木さんが近くにいなかったのですかね?」
「茨木が酒吞の近くにいないとは考え辛いけどな。多分なんか嫌な事あってやけ酒でもしたんじゃないか?」
「その予想が妥当かもしれませんね」
こうして家に飯を食ってから改めて酒呑の元に向かう話をするのだった。




