命
俺はお姫様達3人と一緒にゴブタの寝室に向かう。
もちろんお姫様の護衛である2人は俺の事を警戒しているが、こっそり付いて来ているアサシンスパイダー達も一緒だ。
長い廊下を右に曲がったり左に曲がったりを何度か繰り返しながら上を目指す。
そして最後に長い廊下を歩くと、門番が待ち構えている部屋を見付けた。
もちろん門番たちはお姫様達の事に気が付いていたが、俺がいる事にも当然気が付いているので手にしている武器を俺に向ける。
「姫様、この者は地下牢に繋がれていた人間ではありませんか。どうしてここに」
「お爺様とお婆様を救うためです。武器を下ろしなさい」
「は!!」
門番たちは直ぐに武器を下ろしたがそれでも疑問は尽きない様で、姿勢を正しているが視線を送り合っている。
「こっちだよ。お爺様とお婆様はここに居るの」
「久々の再会だな」
護衛の2人が扉を開けると、そこは皇帝の寝室と呼ぶにふさわしい豪華絢爛な部屋だったが、緊迫した状況と多くの医者と治療系の魔法使い達が居る事で他の装飾などに目を向ける余裕がない。
5、6人は一緒に眠れるほど巨大なベッドの上には2人の老人が目を閉じて医師たちの治療を受けている。いや、彼らに意識があるとは思えないので受けさせられていると言う感じだ。
周りにいる医師や魔法使い達が必死に生かそうと努力しているのが、さらにそう感じさせるのかも知れない。
そして当然突然現れた俺達に医師たちは驚く。
「姫様!騎士団長に魔法師団長まで、その人間を連れてどうしたのですか?」
「この者がお爺様達を診察してくる方です。彼の意見も聞きたいので少しどいていただきます」
その言葉に怒りを感じているのはこちらに気付きながらも2人の診察を続けていたホブゴブリンの医者だ。おそらくゴブタ達の主治医なんだろう。
お姫様の言葉を聞いて、俺を少し見た後に鼻を鳴らした。
「姫様、お言葉ですがその人間に陛下をおまかせすると?我々は信用できないと」
「そんな事はないよ。お爺様達が今日まで生きてこられたのはみんなのおかげ、でもこの人は少し違うの。この間2人に飲ませた薬はこの人からもらった物なの」
「……」
「だから1回だけでいい。少しだけお爺様とお婆様の事を診せてあげて」
「………………分かりました。あまり時間を取られないのであれば。おい人間、手短に終わらせろ」
主治医は俺に向かってそういった。
許可が下りたので俺は早速ゴブタの状態を確認する。
俺のゲーム能力をフルで発揮させる。メニュー画面からこの場に居るモンスターを選択、モンスターの状態を確認するを選択した。
このスキルはゲーム内でプレイヤー自身が様々なスキルを手に入れる事で発展した健康状態を調べるための操作だ。
元々は名前と種族ぐらいしか出ないぐらいの何のためにあるのか分からない操作だったが、子供達を育てている合間にプレイヤーのスキルを増やしている時に真っ先に手に入れたスキルだ。
スキルの習得方法は作物の種類を増やしたり、一定以上の作物収穫量に達成する事でスキルポイントを習得する事が出来る。細かく手に入れる事が出来るので最初こそ順調に手に入るが、後半になればなるほど手に入り辛くなるので計画的に使わないといけない。
その光景に他の医師や魔法使い達は見た事のない光景に驚いている様だが、俺が驚いたのはゴブタの状態についてだ。
ハッキリ言ってゴブタは生きているのが不思議なぐらいの状態だった。
予想した通り状態は病気で癌、しかもフェーズ6でいつ死んでもおかしくない状態だ。フェーズ6は既に転移している状態であり、助けるのは、不可能だ。
寿命と表示されている所は残り72時間を切っている。
それ以前に体力のパラメーターが限界ギリギリになっており、手術に耐えきれるとは思えない。全身に転移した癌を取り除く手術をすれば先に体力がなくなって死んでしまう。
俺は強く拳を握り締め、噛み締めているとお姫様が俺に聞く。
「どう……でしたか?」
「悪いな。これはもう誰の手にも負えない。本当に死ぬのを待つだけだ」
「そんな……」
お姫様はショックを受けてよろけてしまった所を魔術師団長と言われたホブゴブリンが支える。
その言葉を聞いた主治医は鼻を鳴らす。
「そうやって諦めている時点で貴様はこの場にいる資格はない。我々は陛下を生かすために努力しているのだ、邪魔だから消えろ」
「お前がどれだけ優秀な医者だか知らないが、お前でも無理だ。余命は既に3日を過ぎてるし、下手をすればいつ死ぬか分からない状況だ。俺達に出来る事と言えば、痛みを失くすことで安らかに逝ける様にする事ぐらいだ」
「貴様の様などこの誰とも分からない人間の言葉など――」
「それじゃ私の言葉はどうかな」
突然後ろから黒尽くめの男が現れた。
黒いコートに黒いスーツ、黒い帽子を被っている。スーツの下のワイシャツまで真っ黒で、黒くないのはワイシャツに付けている赤いリボンだけ。持っている手持ちカバンですら真っ黒だ。
そして人間ではない証拠の様にその眼は真っ赤に光っている。
初めて見るが初めて会う感じのしない男にホブゴブリン達は即座に反応したが、先に潜んでいたアビススパイダー達が糸を噴出して動きを止めてしまった。
「く!人間!!貴様の仕業か!!」
ジェネラルがそう叫ぶが俺は無視して男に聞く。
「お前……もしかしてドクターか?」
「この姿でも分かるんだ。流石父さんだ」
「いつもの一人称はどうした?私なんて普段聞かないぞ」
「患者の前とかでは私を使ってるだけだよ。それで、ゴブタの状態は」
「最悪。寿命尽きるまであと3日」
「……確かに、手遅れかもね」
カバンを持ったままドクターはゴブタに近付いていく。
その歩みを止めたのがゴブタの主治医、両手を広げてドクターの邪魔をする。
「どこの誰だか分からないが、陛下を勝手に診てもらうのは困る。君は何者だ」
「申し遅れてしまってすまない。私はパープルスモックのドクター。医学を共にする者なら名前ぐらいは聞いた事があると嬉しいのだけどね」
「あなたが、パープルスモックのドクター!?」
主治医が何やら驚いているが、ドクターは医学界では有名人なのか?
そう疑問に思っていると主治医はドクターの事を隅々まで観察した後に、どいた。
ドクターは「失礼」とだけ言ってゴブタの診察を始める。カバンの中には聴診器から注射にメスなど様々な道具が入っている事がちらっと見えた。
それらの道具を手際よく使いながらゴブタの事を診察していく。
護衛であるホブゴブリン達はみんな蜘蛛の糸によって拘束されて、しかも喋れないように口も糸で開けないようになっているからナースっぽいホブゴブリンに聞いてみる。
「ドクターって有名なんですか?」
「知らないんですか?あの方は世界に名をとどろかせる名医です。その代わり誰の治療でも受けるという事ではなく、本当に難病の方にのみ姿を現せると言われている幻の名医です。知らなかったのですか?」
「あいつが名医である事は認めるが、そこまで有名人だとは知らなかった」
なんて話をしている間にドクターは診察を終えて俺に向かって言う。
「父さんの言う通り余命はわずかだね。鎮痛剤で痛みを感じない様にするぐらいしか本当にできる事がない」
「し、しかしドクター様なら陛下のお命を救えるのでは?」
「私にもこればかりは出来ない。もっと早く、症状が軽い時に来る事が出来ていれば変わっていたんだろうけど。私は万能ではないからね」
「そ、そんな……」
俺の言葉は信じなかったのに、ドクターの言葉はあっさり信じるんだな。これが信頼の差という奴なのかね。
ドクターの名がここまで売れている事も知らなかったし、子供達が立派になり過ぎて誇らしいが俺自身は情けない様にも感じる。
「父さん。ゴブタはどうする」
「まずは鎮痛剤を使って痛みを和らげて、ゴブタが目を覚ませる状況を作りたい。出来るか?」
「それぐらいなら私の薬で出来る」
ドクターはいくつかの薬をゴブタに打った後、点滴で体力が回復する様に促すのだった。




