最悪の病気
見張りに見つかる前に牢屋に戻り、また手錠を付けて何事もなかったように横になる。
そこでスモックゴーストと交代する様にアルカディアと牢屋を入れ替わる。スモックゴースト達が手に入れた情報はノワールに伝わるだろう。そしてアーミービーとアサシンスパイダーが変わって昼間に情報を集める。
もう少しスモックゴーストを増やした方がいいかと思いながら横になっていると、見張りのホブゴブリンが現れて何も言わずにパンの入った皿を檻の中に滑り込ませた。
それだけで挨拶などは一切ない。
「あとでジェラルディン様が貴様に尋問を行う」
この後の予定だけを言ってまた見張りは黙る。
つまんないな~っと思いながらもパン1つをちびちび食べながらその時を待つ。
とにかく待っていると2体のゴブリンナイトが現れた。そして檻のカギを開けられて「来い」とだけ言われた。
大人しく連れていかれるとゴブリンジェネラルが居た。
何と言うか……昭和の刑事ドラマみたいな雰囲気あるな。とにかく威圧的な雰囲気を作って無理矢理情報を引き出そうとしているのが素人でも分かるぐらいだった。
「それでは聞こうか。貴様の尋問を始める」
そうゴブリンジェネラルが言った。
その後の事は……ほとんど怒鳴られている事ばかりだ。
まぁ俺が言ったゴブタとゴブ子の事を一切信じてもらえないのも仕方がないとは思う。でもただの会話ですらすべて怒鳴られると精神的に疲れる。
結局同じ事をお互いに言い合うだけで事実の証明などは一切ない子供同士の言い合いでしかなかった。
それでも夕方まで続けられた尋問は終わり、また明日となった。
檻に戻って息を吐きだしてぐた~っとしていると、またパン1つ渡されて見張りはいなくなる。
今日もアルカディアに帰って休める分まだマシなんだろうな~っと思っているとまた扉が開く音がした。
さっきの見張りの人が戻ってきたのかと思っていたら、現れたのはホブゴブリンの子供だった。
ホブゴブリンの子供を見るのは俺も初めてだ。何せ俺が育てていたのは全てホブゴブリンの大人ばかり、ゲームでは当然ではあるが普通〇〇の幼体と言うのはあまりいない。それはアルカディアでも同じだ。だからホブゴブリンの子供を見るのは初めてなのである。
肌は緑で人間よりも耳が長いが、普通の子供だ。
こそこそと俺ではなく恐らくここ出番をしていたホブゴブリンになどに対してだろう。
子供は檻から少し離れた位置で俺の事をじっと見て話しかけてきた。
「あなたが人間?」
「そういう君は?」
「私はね、この帝国のお姫様なの!いつかお母様の跡を継いでゴブリンクイーンになってこの国を支えるの!!」
お姫様を自称する子供は自信満々に言った。
確かゴブリンクイーンなる方法って雌のゴブリンであり、ゴブリンキングの番になる事でしか進化出来ないはずだけど、その辺分かってるのかな?
ぶっちゃけ自分の努力だけでは進化出来ないぞ。初めてゴブコが進化した時も急にゴブリンクイーンになって驚いたし、逆に狙って進化させようとする時に限ってうまくいかなかったり色々だからな。
「お姫様、すでに婚約者とかいらっしゃいますか?」
「いるわ。将軍の息子で身体は弱いけど頭が良くて優しい子が婚約者なの。だから大人になってちゃんとしたレディーになったらクイーンになれるってお婆様が言ってたもの」
「お婆様?」
「帝国の国母、ゴブコお婆様よ。……最近はご病気で一緒にお茶とかできないけど」
「ゴブコが病気?詳しく聞かせてくれ」
俺がそう聞くとお姫様は不思議そうに首を傾げたが俺の真剣な表情に動揺しながらも教えてくれる。
「えっとね、初代皇帝であるゴブタお爺様がご病気で倒れたの。今はお爺様のご病気を治そうとしているけど、年を取って体力がないからお爺様を治せるかどうか分からないって治癒師たちが言ってた」
「病気か……具体的にどんな病気だ」
「身体の中に悪性の腫瘍が出来てるって言ってた。それを取り除くための手術も体力が衰えているから物凄く難しいって」
もしかして癌か?
アルカディアにある病気は普通に現代社会にある病気ばかりだ。普通の風邪からインフルエンザ、傷口から化膿したり、虫歯にだってなる。それらを治す器具も存在するし、病気を治す薬も存在する。
そんな中で特に難易度が高いのが癌の摘出手術。
まぁゲーム内の超高難易度ミニゲーム的な感じなので、医療ドラマのようにすべて自分の手で癌を摘出するという物ではないがそれでも非常に難しい。
メスを入れるタイミングや治療の速度、進行状態によっては末期になっている事もある非常に厄介な病気だ。
正直薬系の制作に力を入れていたので実は手術なんて1回か2回しかした事がない。
それに全て癌のような高難易度の治療ではなかったし、癌を見付けたとしても投薬で治療可能な範囲内でどうにかしていたからぶっちゃけろくに経験がない。
このゴブリン帝国ではどれだけの医学が発達しているのか分からないが、彼らが治療できないとなると相当ひどい状態になっている可能性が高いだろう。
その辺りの詳しい診断はドクターやラファエルに診てもらうのが確実だ。ブランの癒しの力は病気にも効くがそれはあくまでも細菌やウイルスによる感染による物だけ、癌という細胞分裂の異常には効果を示さない。
そういった他の家族たちの力ではどうしようもない高難易度の病気が癌という位置付けだった。
初期段階なら薬などでどうにでもなるが、成長すると手術でしか治す事が出来ない。
「人間さんお爺様の病気に心当たりがあるの!?あるなら治し方を教えて!!」
「……流石に直接症状を見たり診察しないと分からない。でも恐らく助からない可能性の方が高いだろう。ゴブタ達の歳っていくつだ?」
「今年で1891歳」
「よくそこまで生き残ったもんだ。とりあえずお姫様、これを食べさせろ。これで症状を抑える事が出来る」
俺が取り出したアイテムは『万能薬』だ。
本来であればどんな病も治すというタレコミではあるが、癌だけには症状を抑えるだけで治す事は出来ない中途半端な代物。でもこれを使えば少しは耐えられるかも知れない。
俺は背を向けて掌の上にある小さな壺を檻の外に少しだけ出した。
お姫様が取った後に振り返るとお姫様は蓋を取って中身を確認する。
「これってハチミツ?」
「アーミービーの蜜、その最高級品質に様々な薬草や霊薬を混ぜる事で出来る万能薬だ。それを1日1回スプーン1杯分を食べさせるんだ」
「食べさせるって言ってもお爺様、食欲もなくて柔らかい物しか食べれてないよ」
「おかゆに混ぜるでも水と一緒に飲ませるでもいい。出来るだけスプーンから直接食べてもらった方がいいが、無理のない範囲で口に入れてくれればいい」
「分かった。でも万能薬なのにお爺様の病気には効かないんだね」
「それに関しては俺もそう思う。とりあえずゴブタにそれを食べさせろ。甘いハチミツがメインだからってつまみ食いするなよ」
「分かった。ところでこれどこから出したの?」
「企業秘密だ。それよりも早く行きな」
「うん!!」
そう言ってお姫様は多分ゴブタの所に走って行った。
その様子を見ていたのか、アサシンスパイダーたちが今の話本当かな?っと言う表情をする。
俺はアルカディアに通じる穴を広げながら言った。
「もし本当だったら助けてやらないとな。じゃないとゴブコも死ぬ」
あの子はゴブリンクイーンになると言っていたが、ゴブリンクイーンほどロマンチックで残酷な女王はいないと俺は思っている。




