おまけの僕の話
「ねえ父様、父様には愛人さんはいますか?」
「…………は?」
それはある日の午後のこと。
僕がふと思い出した質問を投げかけたら、父様はきょとんと驚いた顔をして、後ろにいた執事は持っていた書類をバサバサと落としてしまった。
うーん? もしかして、今聞いたらいけないことだったかな。
今日は珍しく、父様の『魔術師』の仕事がお休みらしい。
せっかくだから家族みんなで遊ぼうと約束していたのだけど、残念ながら朝から雨が降ってしまった。
仕方なく一階の居間に皆で集まって、父様はお仕事をしつつ、母様と弟は少し離れた長椅子でのんびりとお茶を飲んでいる。
僕の好きなお菓子も沢山用意してくれてあった。外には出かけられなかったけど、久しぶりに家族みんなで一緒に過ごせる時間はとても楽しかった。
そうやって色々お話ししていたら、ちょうどさっきのことを思い出したのだ。
最近父様は忙しくてあんまりお話できなかったし、忘れちゃう前に聞いておきたかったのだけど。
じいやの顔が変な色をしているので、やっぱり聞いちゃいけないことだったのかもしれない。
どうしようかなと思っていたら、父様が僕を膝の上に乗せてくれた。
「愛人なんて難しい言葉を知っているんだな。どこで教わったんだ?」
「この前のお茶会です。貴族はみんな、愛人さんを持ってるって聞きました」
大きな手がゆっくり頭を撫でてくれる。母様の優しい手も父様のあったかい手も、どっちも大好きだ。僕はお兄ちゃんだからいつも我慢してるけど、やっぱり撫でて貰えると嬉しい。
「そうか、あのお茶会の時か……『愛人さん』がどう言うものなのかも聞いたのか?」
「えっと、母様じゃない女の人で、父様とトクベツに仲がいい女の人、ですよね?」
「ああ、父様だとそうなるな。よく勉強している。偉いぞ」
大きな手がまたゆっくりと僕の頭を撫でてくれる。
……けど、一瞬だけちらっと見えた父様の金色の目は、ちょっと怖い感じがした。見間違いかな?
いつの間にか、じいやはどこかへ行ってしまっているし。
「それで、お前は父様に『愛人さん』がいると思うか?」
「え? みんな持っているものじゃないんですか?」
「さあ? どうだろうな?」
質問を質問で返されてムッと見上げると、父様はにこにこと笑っている。いつも通りの父様だ。
(お茶会にいたお姉さんは、みんな持ってるものって言ってたのに……)
父様をじっと見ても、どうやら答えてはくれないみたいだ。
……ああ、そうだ。愛人さんは確か、『こっそり会うもの』だ。だから、父様とこっそり会いたいのだと、お姉さんは言っていた。内緒のものなら仕方ないか。
(でも、父様がこっそり会うなんて、いつ会っているんだろう)
僕の父様は、お仕事がとても忙しい。今日みたいに家にいる時もお仕事をしているし、遠くへ出かけて何日も帰って来ないこともよくある。
けど、父様はいつだって僕らに『いってきます』の挨拶と、おでこにキスをしてから出かけている。朝でも昼でも、僕たちが寝ている真夜中でも、それは絶対だ。
帰ってきた時も同じことを必ずする。お出かけしていた日が長いほど、僕らをぎゅうぎゅう抱き締めてくれる。……時々母様に怒られているぐらいだ。
だから僕らも母様も、父様がいつどこへ出かけたか、聞かなくても知っている。
僕らが知らないところでこっそりなんて、一体いつだろう?
(それに、母様じゃない女の人……?)
僕らが寝た後、父様と母様はたまに二人でお酒を飲んでいる。
いつも向かいあって座るのに、二人の時は隣りに座るのだ。ぴったりくっついて、にこにこ笑っていて。二人が仲良しだと、僕もとても嬉しい。
……だから、母様じゃない別の女の人を思い浮かべると、なんだか胸の辺りがムカムカしてしまう。
「母様じゃない女の人なんて、変です」
「ああ、俺もそう思う」
ついそう言ってしまったら、父様は笑って頷いた。さっきよりも顔が優しい。
父様は『きれい』で『モテる』とよく聞く。母様は『トクベツ美人じゃない』って言う人もいる(その人きらい)
僕は母様が世界で一番大好きだ。
小さい時は母様とケッコンしたかったけど、母様には父様が一番『おにあい』だから、やめた。父様と母様は、あの二人だから一番いい。だから――
「僕は父様の愛人さん、いらないです。母様じゃない人と、仲良くしないでください」
「父様も、愛人さんなんていらないし作らないよ」
素直にお願いしたら、父様はとっても優しい顔で笑って、僕をぎゅっと抱き締めてくれた。
みんな持ってるって言ったのに、父様は愛人さんを持っていなかった。変なことなのかもしれないけど、僕はそれがとても嬉しかった。
その後で、父様が教えてくれた。
『愛人さん』はみんなが持っているものじゃなかった。お茶会のお姉さんは、僕をからかったのだ。つい変な顔になってしまった。
「愛人さんは寂しい人が持つものだ。父様には大切な家族がいるから、愛人さんはいらないんだ」
「そっか」
じゃあお姉さんは寂しい人だったのかなって聞いたら、今度は父様が変な顔をして笑った。嘘つきのことは心配しなくていいんだよって。
あのお姉さんにも、いつか父様みたいな男の人ができればいいのにな。そうしたらきっと、嘘をつかなくてもよくなるのに。
二人で笑っていたら、母様と弟もこっちに来た。
『愛人さん』の話をしてたって言ったら、母様がちょっと意地悪な顔をして言った。
「私は大丈夫よ。可愛い子供たちがいるもの。愛人さんが要るなら、遠慮しないでね」
それから二時間ぐらい、母様にしがみついた父様は、お仕事もしないでずーっと離れなかった。僕や弟がどんなにつついても叩いても、絶対に離れなかった。
居間に戻ってきたじいやが、疲れて泣きそうな顔をしていてかわいそうだった。
しばらくして、僕に妹ができた。初めての女の子に家族みんなで大喜びをした。
愛人作るぐらいなら、家族を増やしちゃう人に心配なんて無用だったと――と言うか、両親の仲の良さにいい加減僕が呆れるのは、もう少しだけ先の話。
我がクラルヴァイン家の辞書に、『浮気』だの『愛人』だのと言う単語が刻まれることは、きっと二人が墓に入ってもないだろう。
そんな二人が、僕らはやっぱり大好きだ。
長男「でも時と場所は考えような。いい年なんだから」
父親「最近長男が冷たい(´・ω・`)」
次男「いいぞ兄上もっと言え。その分、俺が母上と仲良くするから」
長女「じゃあ私が父様を慰めましょうか!」
母親「どうしてこうなった」
クラルヴァイン家長男の視点でした。
両親が万年新婚夫婦のため、長男は以降常識人に。次男はマザコン長女はファザコン。
クラルヴァインは魔術の名門として今後も名を残していきますが、この代は特に色濃く記録に残ります。色んな意味で。




