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SIDE:11

※ギル視点。卒業数年後のギルベルト側の話


初めてメリルに触れた夜、正直なところ嬉しさと同じぐらいに不安だった。

本人にも伝えたが、実は俺、処女の相手をするのは初めてだったのだ。


今までの相手のように、食後の運動程度の軽さで事に及ぶのとは訳が違う。

気持ちはどうあれ、俺はこれからメリルに傷を負わせる。ほぼ確実に。

そう考えたら酷く恐ろしい行為のように思えて、不安と罪悪感でうまく抱き締めることも出来なくなっていた。


とりあえず枕元に小ぶりの木槌を用意して、無理そうだったら殴って俺を止めるようにと頼んだのだが、何故か大笑いされた挙句に『ドキドキを返せ』と怒られてしまった。大真面目だったんだが、メリルには冗談のように聞こえたのだろうか。

とにかく、もう記憶の彼方の初体験の時より何倍も緊張して、小柄な彼女をベッドに迎え入れた。

細さも柔らかさも、俺を形作るものとは全然違う。何度も抱き締めて知っていたはずなのに、改めて怖くなる。女とは、こんな壊れ物のような生き物だったのか。

出来うる最大限の配慮をしつつ、触れる。彼女はずっと優しい微笑みを浮かべていた。



………まあ、結果を言ってしまうと、俺たちの体の相性はほぼ完璧だった。

これもメリルの『体質』の恩恵なのかもしれないが、事の最中に自分を見失いそうになったのは初めてだ。

理性を総動員してもギリギリと言う、快楽と幸福が織り交ざった不思議な感覚。今までの俺は、本物の情事を知らなかったんだろう。


不安も恐怖も勿論ある。けれど、それよりも強く愛しいと思う。

繋がった温かさが、絡めた細い指先が。頬を伝った涙の一滴も本当に宝石のように見える。


「……メリル」


きっと痛いはずなのに、微笑んで返してくれる。

ああ本当に、俺は世界で一番幸せな男だと、この瞬間心からそう思った。






幸せな夜だった………はずなのに。

目が覚めて気付いたのは、恩恵と言う名の『罰』

それはまさしく、彼女を傷つけた罰にふさわしかった。


キス一つで変化があったのだ。より深い繋がりとなれば、それがどんなものかは想像出来たはずなのに。

体を無理矢理引き伸ばされる感覚。ああ、どこかで見た気がするな、こう言う“拷問”を。


皮膚が千切れ、肉が裂け、骨が軋む。実際には“何も起こっていない”にも関らず、拡げられる激痛…幻痛が体じゅうを走る。

脳は思考を止めて、俺が俺である感覚すらも拡げられて希薄になっていく。ただただ痛い。痛い。痛い。痛い。その単語が世界を埋め尽くす。


生理的な涙と汗が容赦なく水分を放出し、体温もどんどん消えていく。

やがて身動き一つとれなくなった俺を、メリルはずっと支え抱き締めてくれた。初めての行為の後だ、彼女も辛いはずなのにずっと。

乾いた口からこぼれるのは謝罪の言葉だけ。本当はもっと気の利いた言葉も沢山考えていたのに。

初体験に相応しい、幸せな思い出をあげたかったのに。




……ようやく痛みが落ち着いた頃には、すっかり空が暗くなっていた。

何度か意識を失っていたらしく、ところどころ記憶が曖昧だが、メリルはずっと隣りに居てくれた。

サイドテーブルには飲む用の水差しの他に桶とタオルが置いてある。…そう言えば、今着ている服は彼女が着せてくれたのだろうか。


「………ギル?」


転寝をしていた彼女の目がうっすらと開く。思い出どころか丸一日台無しにしてしまった。


「…メリル、ほんとうに、すまない…なんて、詫びればいいのか…」


「もうしつこいぐらい聞きましたよ、それ」


かすれた声をなんとか絞り出せば、苦笑しつつもメリルの細い指が頭を撫でてくれる。

温かくて優しくて、また違う意味で涙が出そうなぐらい愛おしい。やはり俺は世界で一番幸せな男に違いない。


それから、メリルに支えて貰って湯を浴びた後、軽く食べてまた眠った。

ようやく体に馴染んだのか、『魔術師の力』はそれ以上痛むことはなかったが、自覚出来る範囲でも相当な進化をさせられたのは明らかだった。

それこそ、別人にでもなったかのような奇妙な感覚。メリルが触れてくれる部分だけが、俺がギルベルト・クラルヴァインである証のように温かい。


これから面倒なことになる。それは確信だったが、彼女が傍に居てくれる時は、せめて『ただ幸せな時間』であるように。

そう祈るように目を閉じた。



*  *  *



結果から言わせて貰えば、予想は勿論的中し、俺は数年に渡って魔術協会から監視されることになった。

本来魔術師は成長限界に達したら、それ以上進化することはない。

現在も様々な方法……大半が違法……が出回ってはいるものの、『何をしても進化しない』がほとんどの答えだ。


にも関らず、俺は子供が大人に成長するレベルの違いを出してしまったのだ。それもたった一晩で。

疑われるのも無理はないし、かなり精密な身体検査も受けさせられた。尋問も日課のように受けた。

何も出ないとわかっているからこそ、素直に従ったし嘘をつく必要もなかった。

まあ、メリルに害が及ぶのは絶対に嫌だったので、その辺りを探ろうとした不躾なヤツは所謂『物理的な説得』で黙らせたが。


幸い学院でもメリルの成績はそれほど著しくなかったので、彼女に害が及ぶことはなかった。

一部で俺がいかに彼女を溺愛しているか、手を出したらどうなるかと言う噂を“敢えて”流して貰ったのも功を奏したのかもしれない。


そうした対応の一環でしばらく彼女に触れられず、あわや破局の危機もあったのだが……一度目以降はあの痛みに襲われることもなく、愛の営みは順調に続いている。

(学院に在籍している間は、もちろん避妊はしている)



最近では魔術協会も監視から有効利用へ切り替えたのか、クラルヴァイン家ではなく俺個人への依頼も増え、順調に魔術師として名を上げている。

その分メリルとの時間が少し減ってしまったのは残念だが、ここで稼いだ分は全て彼女との次の生活のための資金として貯蓄している。

そう思えば睡眠時間の一日や二日、安いものだ。予定額を超えてきた分は、ドレス代にでも使おう。


メリルと出会ってから……もう四年。初等科生だった彼女も、あと数ヶ月もすれば卒業だ。

長かった気もするし、短かった気もする。想いだけは降り積もって、今はもうメリルなしの人生など考えられない。


懸念すべき点は“一つだけ”あるが……これは俺が解決しなければならないことだ。


「メリル」


最愛の人。メリルを恋人でなく『妻』と呼ぶためならば、魔術協会もクラルヴァイン家も、その他の障害も何とでもしてみせる。

寄り添う小さな体をしっかりと抱き締めて、目を閉じる。

最高に幸せな未来を夢に描いて。

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