43:謝ること?
どれぐらい経っただろう。
穏やかな空気に微睡んでいたら、ふいにギルベルト先輩が体を起こした。
姿勢を正し、転がる私にまっすぐ向き合うと、深々と頭を下げる。
「え? どうしたんですか?」
「メリルに謝らなければならないことが二つある」
声も表情もさっきまでとは別人のように真剣そのもの。
そう言われても、試験の時も今も、先輩には助けて貰った記憶しかないのだけど。
「謝られる心当たりがありませんが、私が寝ている間に何かあったんですか?」
「寝ている間と言うより、そうなった原因がまた俺にあった。イライザの件で迷惑をかけたばかりなのに」
そう言って目を伏せ、犯人たる彼女の話をしてくれた。
イライザさんの時とは違い、口調も心なしか辛そうに聞こえる。優しい人だからこそ、思うところもあるんだろう。
「前の件もそうですけど、貴方のせいじゃないです。勝手に動いた彼女たちが悪いのであって、先輩も被害者じゃないですか。貴方が謝る必要はないはずです」
「俺が関わらなければ、メリルがこんな目に遭うことはなかっただろう? 俺はメリルが好きだし、関わるなと言われても離れたくない。だから、俺も謝る立場だ」
「そ、そう言う理由は…ずるいです」
『好きだから謝る』なんて言われたら断れないじゃないか。
熱を集める頬を押さえつつ、先輩を睨む。反論しようにも、嬉しいから否定したくないし。
「俺の好意を許すなら、謝罪も受けて欲しい」
「わ、わかりました。それなら許しますから。この話はそれでおしまいです!」
了承すれば、申し訳なさを滲ませながらも笑って返してくれた。
先輩は何も悪くないのに、どこまで優しいのだか。
「それで、二つあると言ってましたけど、もう一つは何があったんですか? そっちも先輩は悪くないことですか?」
「いや、二つ目は俺に非がある。謝って許して貰えるとも思わないが…覚えていないか?」
「おぼえて…?」
先輩は今度こそ泣きそうな表情をしながら俯いた。
彼に非があって、私も身に覚えがあること?
「…いえ、やっぱり何も思い当たりません。感謝することはあっても、謝られる覚えはありませんよ」
最初のころはともかく、最近の先輩にはとても大切にして貰っていた記憶しかない。
『何か誤解してません?』となるべく優しく聞いてみれば、彼は無言のまま顔を近付けてきた。
「先輩?」
こつ、と額が触れる。
吐息が重なるような至近距離。優しく細められた金眼に、私の間抜けな顔が映って見える。
(もしかして、これはヒント?)
それなら、連想することは一つしかない。けど、それだと先輩の非と言う意味がわからない。
一体何を伝えたいのか。見つめ合ったまま、彼の答えを待ってみる。
触れた先から伝わる体温が心地良い。
「…メリル」
「はい?」
「……俺がキスしたこと、覚えてないか?」
ぞわっとした。
恐怖以外の感情で、全身に鳥肌がたつ。
触れ合った額から通じて、先輩の低い声が背中からつま先まで響いて落ちた。
体温がびっくりするような速度で上がっていくのがわかる。熱くて、とても恥かしい。
痺れるような感触に身をよじれば、離さないと言わんばかりに彼の手が腰に回された。
「覚えてない、か…」
「先輩!? 謝るって言ってませんでした!?」
頬を染めて、どこか拗ねたようにこちらを見つめる彼は、言葉に尽くしがたいぐらい色っぽい。そして可愛い。
けど、どう見ても謝る時の表情ではない気がします先輩!
「謝りたい。だけど、覚えていないとなると…正直、ちょっと残念だ」
もう片方の腕が、今度は背中に回される。両手で引き寄せられて、近すぎた距離がどんどんゼロになっていく。
破裂しそうな心臓の音が、二つ重なって聞こえるぐらいに。
「お、覚えてます…夢だと思ってたけど、知ってます。覚えてます」
目線を逸らして、なんとかそれだけ口にする。
彼のことは好きだけど、色気ダダ漏れの無駄美形に迫られるのはまだ恥かしい。恥かし過ぎて居たたまれない。
彼の胸元に触れた手は、意図せず震えてしまっていた。
「…………そうか、よかった」
私の顔と手に何度か視線を巡らせて、ゆっくりと目を閉じる。
次いで、腕と額が離れていく。
「先輩?」
急になくなってしまった温かさに寂しさを覚えれば、今度は深く頭を下げられた。
私が座っているベッドに、頭をこすりつけるように。
「すまなかった」
そしてハッキリと謝罪の言葉を口にした。
さっきまでの甘い雰囲気はない。張り詰めるようなピンとした空気をまとって、謝罪の姿勢を示している。
「え? え!? ちょっと待って、なんで恋人にキスして謝るんですか!?」




