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37:正しい応え方


唐突に告げられた彼の言葉に、私もギルベルト先輩も呆然と立ち尽くしてしまっていた。

『利用している』と確かに言った。けれど、私と先輩が出会った理由について、私はモニカ以外に話していない。

先輩の方も、食堂で話す時は防音用に結界を張っていたし、(おおやけ)にしてはいなかったはずだ。

だったらこの人は、どこまで知っているのか。


方や最高学年且つ色々と有名なギルベルト・クラルヴァイン。方や、三年生とは言え確実に容姿の整った分類になるであろうノックス先輩。

一見美形に挟まれた素敵な状況だ。場所は屋外のお手洗い前広場の上、挟まれているのが凡人代表のような私と言うのが少し勿体ないけれど。


もちろん、分が悪いのはどちらかハッキリしている。けれど空気は重苦しく、背中を伝う汗が冷たい。どう動くべきか、二人で目を見合わせてから、ギルベルト先輩の方が先に声をかけた。


「…利用しているとは、どう言うことだ?」


疑問そのままの問いかけに、ノックス先輩の表情が歪む。声は出していないけれど『わかっているくせに!』と青色の目が訴えかけてくるようだ。


「そのままの意味ですよ。貴方は彼女に好意があって傍に居るのではないでしょう?」


続けて返された声は、明らかに苛立った強いもの。顔立ちが優しいだけに、こういう反応をされるのは予想外だ。やっぱりちょっと怖い。

思わず先輩にしがみつくように避難すると、何故か今度は頭上からも強い怒気が降りてきた。それはもう、肌が痺れるような張り詰めた空気が。


「せ、先輩?」


そっと顔を伺えば、冷たく無機質な金眼がノックス先輩を射抜いている。無表情なのが余計に怖い。


「……誰が、何だと?」


落ちた声は先の質問とは別人だ。地を這うような低い声に、一瞬だけノックス先輩の方が驚くものの、すぐにまた睨み合いに戻ってしまう。

勿体無いとか思ってた私、美形に挟まれても甘さ皆無なこの状況は、全く嬉しくないし勿体無くもないわよ…


火花が飛び散りそうな強い視線のぶつかり合い。今のうちに止めるべきだろうけど、これはすでに私が止められる状態を超えている気がする。話題は明らかに私のことっぽいのだけど…


「最初からおかしいと思っていたんです。貴方がただの好意で彼女の元に来るはずがない」


「随分ハッキリ言い切るな。根拠はなんだ?」


……うん、無理だ。

静かに、それでいて強い口調で交わされる彼らの会話には、何かもう怒気と言うより殺気が含まれているように聞こえる。戦闘劣等生の私がどうして止められようか。


これはもう、耳だけをかたむけて大人しく待つのが賢明だろう。口調や雰囲気は怒っていても、先輩が私を抱く腕は変わらず温かくて優しいし。何故ここに好意がないと思うのか、彼の言い分が気になるけど…


「貴方には彼女と接点がなさ過ぎる。学年も得意教科も違うし、一緒に活動する授業も選択していない。

何より、今まで貴方の傍に居た女子と、彼女は全く真逆じゃないですか。女に不自由していない貴方が、いきなり彼女と付き合うなんて…疑うなと言う方が無理な話だ」


「なるほど、よく俺を見ているな」


やや早口で言い切ったノックス先輩に、彼の方は殺気を少しだけ緩め、感心したように頷いている。

確かにノックス先輩の言う通りだ。私たちには、あの件以外に全く接点はない。何しろ私は名前さえ知らなかった。


(…と言うことは、彼は『体質』の件は知らないってことですか?)


(そうらしいな。俺の付き合った女ぐらいは調べているようだが)


小声で話しかければ、先輩も前を向いたまま頷いて返してくれる。この人の場合は、調べるまでもなく目立っていたのかもしれないけど。

とにかく、ノックス先輩は好意の有無を疑っているらしい。そりゃ、元恋人さんたちに私は似ても似つかない。だけど、今この状態の彼を見て、これが嘘や演技だと思うのだろうか?


(もしかして、男同士だからこそわかることでもあるのかしら)


だとしたら、それは私もちょっと気になるかも。疑うつもりはないけど、期待と不安半々と言うところか。

姿勢を正して、二人の会話に改めて耳をかたむけてみる。



「着眼点は悪くないが、ハズレだ。俺はメリルこそが好みなんだよ。他の女なんて、クラルヴァインに釣られていただけだ。それだけか?」


「……今の状態の貴方に言われて、信じられる訳がないでしょう」


「………」


冷たく言い捨てたノックス先輩に、今度はギルベルト先輩の方が口をつぐむ。

けれど、黙ったのはほんの数秒で、すぐに柔らかい笑みを私に向けて、ぽんぽんと撫でてくれた。まるで、一瞬だけ不安を感じてしまった私を慰めるように。



「…お前が言っている『利用』とは、この補助魔術のことか」


「ええ、そうです。貴方はご存知だったのでしょう? 彼女がそう言う芸当の出来る人間だと!」


向けられる殺気が少なくなったせいか、ノックス先輩はさらに強気な声でまくしたてる。

やめてと言いたいけれど、根底にあるのが私を気遣う想いでは、反論もし辛い。


「補助魔術、ね…」


私にだけ聞こえるように、先輩が小さく溜め息をついた。


「残念だが、それもハズレだ。メリルにこんな特技があるなんて、今日まで全く知らなかった。そもそも俺は、攻撃魔術以外はほとんど専門外だ。何がどう凄いのかも詳しくない」


「だとしても、今の貴方の状態が異常だと言うことはおかわりでしょう?」


「まあ、そうだな」


少しだけ笑って、先輩が自分の手を握ったり開いたりしている。私が最初に補助魔術をかけた時と同じだ。

どこか痛いのかと小さく質問してみれば、眉を下げたまま『大丈夫だ』とまた笑いかけてくれる。

優しくて、温かい。こんなに私を気遣ってくれている人が、どうして糾弾されているんだろう。悲しいようなムカムカするような、胃が重くなってくる。


「メリル自身も自覚していなかったらしいけどな。これが不愉快だと言うのなら、今後一切メリルに補助魔術は使わせない」


「そんなことを…」


「信じろとは言わない。信じてなくて構わん。それに、お前の言う通り、俺がメリルに近付いた『理由』は最初は好意じゃなかった」


ノックス先輩の眉がますますひそめられて、眉間に深い皺が寄る。視線から伝わって来るのは激しい怒り。けれど、それを受けた先輩は、もう怒った表情はしていなかった。



「メリルにも最初から『理由』は伝えてある。その上で、俺はこの位置に立っているんだ」


「……ッ!?」



続いた言葉に対して、ノックス先輩の視線が私の方に向けられた。

強く、怒りと驚きに満ちた目。怖いけれど私も逸らさないように、踏ん張って睨み返す。

そんな私の顔に苦笑しながら、ギルベルト先輩の温かい腕が、そっと私の頬を撫でた。



「今の俺は、ただ一人の男として、メリルのことが好きだ。

家のことも能力のこともどうでもいい。ただメリルが死ぬほど好きなんだよ。

『利用』するなんて有り得ない。そんな輩は俺自身でも許さない」



きっぱりと、はっきりと。

よく通る先輩の声で伝えられた言葉は、いつの間にか静まっていた広場に響いていく。

金眼は曇りなく真っ直ぐに。


「まだ文句があるか?」


ニヤリと口角を釣り上げた先輩は、見慣れていたはずの私ですら、瞬きを忘れるぐらいに格好良かった。




「………オレの負けです。いや、元々負けていたんですけどね」


やがて、霧散させるように怒りを消したノックス先輩は、顔立ちによく合う苦笑顔で先輩に頭を下げた。

『ただ、彼女が心配だった』と呟いて。



「…あの、そんなに私って騙されそうに見えますか?」


「そんなことはないよ。でも、相手があのクラルヴァイン先輩じゃ、さすがにひっかかっちゃったのかと思って。杞憂どころかオレの余計なお世話だったけど」


“あの”と強調される辺りが何とも意味深だけど、当の先輩はきょとんとしたまま首をかしげている。

ノックス先輩も、この人が実はド天然だって知っていたなら、変な疑いは持たなかっただろうになあ。


「変な言いがかりをつけて、本当にすみませんでした、クラルヴァイン先輩」


「気にしてない。メリルを諦めるのは俺にも無理だからな」


「はは…勝者の余裕ですね。羨ましいですよ、本当に」


さっきまでの張り詰めた空気が嘘のように、二人の美形が穏やかに笑い合っている。傍から見たら、これだけである意味目の保養になりそうだ。…話題の中心が私って言うのが、やっぱり不思議なんだけど。


「フォースターさん」


「あ、はい」


言い合い戦闘が済んだので、ギルベルト先輩からはちゃんと離れて、ノックス先輩と向き合う。

先輩とは真逆の優しい顔立ちの三年生の男の人。彼も背が高くて、少しだけ上を向いて、目を合わせる。

穏やかに、どこか寂しげに笑って


「君のことはまだしばらく好きだと思う。本当にごめん。だけど、もう迷惑はかけないから」


「ノックス先輩……」



先ほどの激しさは夢だったのか。あるいは、無理に作っていたのかもしれない。一言一言、彼の言葉が優しく落ちる。

空回りだったとは言え、私を心配して、最上学年に喧嘩を売った彼。

決して悪い人じゃない。もし私がギルベルト先輩と出会っていなかったら、彼と付き合うことになった未来もあったのかもしれない。


だけど私はギルベルト先輩の手を取った。彼も私を好きだと、あんなにハッキリと伝えてくれた。

安い同情は、ノックス先輩のためにならない。それをやったら、さっきの言い合いの意味がなくなってしまう。

なら、私のすることは一つだろう。


苦笑を浮かべたまま、また深く頭を下げて、ノックス先輩が私たちに背を向けた。


その背に、力の限り、私の“全魔力”を込めて、伝える





心を込めた『子守唄(ねむりのまじゅつ)』を






「………なっ…ん!?」


振り返った濃い青の目は驚愕に見開かれている。


「駄目ですよ、ノックス先輩。戦闘不可なのはお手洗いの中だけです。ここはもう戦場なんですよ」


きっと見えていないだろうけど、私なりの精一杯の笑顔を作って、彼を見送る。

ほんの少しでも、良い夢を見られるように。


崩れ落ちる瞬間、ノックス先輩は少しだけ笑って、目を閉じた。





「……メリル、これ以上俺を惚れさせないでくれ」


「意味わかんないですよ、先輩」


彼の最後を見守っていた先輩は、脱落を確認すると同時に、思いっきり私を抱き締めてきた。

温かくて、先輩のいい匂いのする腕の中に、私も擦り寄って答える。


ノックス先輩、想ってくれて本当に有難う。応えられなくてごめんなさい。

片恋は、ここでおしまいです。


私は今、とても幸せだから。貴方も幸せを探しに行って下さい。


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