33:不敵に笑う
“強い所から潰していく”と言うのが、演習における共通認識らしい。
個別評価の授業なので『信じるものは己のみ』と言うのが正解なのだけど、とは言え、1対1では到底勝てないような生徒がいるのも事実で。
「まずは強敵を倒すために結束して、それが終わったら別れると。まあ、演習じゃなくても、戦いにおける常套手段だな」
ごうごうと吹きつける風の音をかき分けながら、ギルベルト先輩が笑う。
言われてみれば確かにその通りだ。『強大な敵を相手にした時、一時休戦して手を組む』って言うのは、物語でもよく見る展開だ。
それが現実に適応される様はあんまり見ないけど。戦闘なんて危ない状態ならなおさらね。
現在地は屋外にある第五実技場(と言う名前らしい)の右の端っこの辺り。
離れて見ていた時は完全に煙に包まれていたけれど、いざ中に入ってしまえばそれほど視界は悪くなく、隣りを走る先輩のご尊顔もよく見える。
……地面がボッコボコだったり、空気が砂まみれなことには変わらないけどね!
ついでに、相変わらずあちこちで何かが爆ぜる音も響いているけど、聞こえないことにしている。私は関係ない悪くない皆助けられなくてごめんね!!
「メリル、疲れたか?」
「あ、いえ。まだ大丈夫ですよ」
いけないいけない。現実逃避をしていたら、先輩に心配されてしまった。
走りっぱなしなので多少辛くはあるけれど、止まってよその魔術の巻き添えを食らうのはごめんだ。弱者は弱者らしく足でどうにかなるなら頑張らないとね。
(……と言いたいところだけど)
正直なところ、そろそろ逃げるのも限界が見えてきている。
私は私なりにやっているけれど、足が速い訳じゃない。並走してくれている先輩も速度は同様。追い駆けて来る上級生たちの足音は着々と近付いて来ているのだ。
ただでさえ周囲のアレな様に泣きたいのに、追い打ちかけないで欲しい。現実逃避もしたくなるわよ。
(それにしても)
一方で先輩はと言えば、実技場に戻ってからと言うものずっと笑っている。
口角を上げて、時折白い歯を覗かせて。微笑みではなく、眉を吊り上げた好戦的な笑い顔だ。当然ながら、疲労している様子など微塵もない。
もしかして、彼はこの慌しい試験が好きなのかなと思っていたんだけど……
(……ああ、そうか)
さっきの話を聞いて、ようやくこの笑みの理由がわかった。
「先輩は、嬉しいんですね」
そうだ、こうして上級生たちが追い駆けて来ると言うことは、先輩が『結束して立ち向かうべき強者』と認められていると言うことなんだ。
先輩が強いとか凄いって聞いてはいたけれど、こうして目の当たりにすると全然印象が違う。
答えを伝えれば、先輩は少しだけ驚いてから…私の方へ顔をちゃんと向けて、苦笑した。
「第二位に勝てなくなって久しいし、飛び級が来てからは俺もずっと挑戦者だったからな」
次に浮かぶのは、背景に似つかわしくない柔らかい微笑。騒音の中でも、ふわりと落ちる優しい声。
「ああ、嬉しい。メリルの前で格好付けられて、嬉しい」
大人びた容姿の中に子供の…まるで、『褒めて』とせがむ少年ような一面を覗かせて、先輩が見つめてくる。
周囲は戦闘真っ只中。危ないし怖いし逃げたくてたまらないけど
(そんなこと言われたら、逃げたいなんて言えないわよ)
繋いだ手が強く握り返される。ギルベルト君が見せたがっている。自分の実力を。強さを。私を守れるのだと魅せたがっている。
だったら、応えてあげるのが恋人の務めだろう。きっと彼なら大丈夫だ。怖いけど、私も信じたい。
「先輩、止まって下さい」
「辛いか? なんなら、抱いて行くが」
「いいえ。そろそろ向かえ撃ちましょう」
ありったけの気合を集めて、先輩の顔を仰ぐ。頭一つ上のきれいな人は、ほんの一瞬ためらった後、不敵に笑った。
「任せろ」
* * *
立ち止まって数秒も経たずに、私たちは上級生たちに追いつかれた。
いわく、クラスメイトが五人。残りが五年生らしい。いつの間にか増えたのか、ざっと見ただけでも二十人近く、どの生徒もニヤニヤと笑っている。人数的にも勝ちを確信しているのだろう。
その布陣を前にしても、隣りの彼の口も弧を描いたままだ。
(……さて、私もやることやらないと)
当然ながら、攻撃魔術が使えない私は戦力外だ。
だからと言って、何もしないのならここに居る必要もないし、守られる価値もない。
対峙した面々に気付かれないように、こっそりと先輩の後ろに回り、そのまま私の『杖』を呼び出す。続けて、囁きの声量で呪文を詠唱。何の魔術か読まれないように、こっそりこっそりとだ。えーと、戦闘で良さそうな魔術はと……
「…メリル?」
くっついた先輩も何を言っているのかわからないのだろう。こちらへ向いた視線は、不思議そうな色を浮かべている。変なことはしてませんよ、と手で合図をして、同時に魔術を発動させた。
「っ!?」
ほんの一瞬だけ、手のひらほどの小さな魔術陣が浮かび、すぐに先輩の体の中へ溶けていく。痛くも熱くもないはずだ。
初級も初級のお手軽魔術だけど、ないよりはマシ! 気休めでもあるだけマシ! と信じたい。じゃないと、私が居る意味が本当にないもの。
「………何をしたんだ?」
が、先輩は怪訝そうに手を握ったり閉じたりしている。向かい合う彼らも様子を伺っているのか、まだ動こうとしない。
魔術はちゃんと成功したんだけど、あんまりにも弱すぎて気付かないのだろうか。
「魔力の使用軽減と、身体防御の強化です。あと、手足を動かしやすいようにちょっとした補助を……やっぱり気休めにもなってませんか?」
「………三つ…いや、四つ使ったか?」
「あ、はい。わかりますか?」
良かった。ちゃんと“魔術がかかっている”と言う感覚はわかって貰えたみたいだ。
ホッとしたものの、やっぱり先輩はぐーぱーしながらもの言いたげに眉をひそめている。相手に害はないはずなんだけど、なんでだろう。
「おーいクラルヴァインー。そろそろ俺ら仕掛けていいか?」
やがて、痺れをきらしたらしい生徒…おそらく六年生が声をかけて来て、ようやく先輩は相手の方へ視線を戻した。
「気を遣わせたな。どこからでも来い」
「おうよ。悪いが、危険人物はちゃちゃっと片付けさせて貰うぜ!」
答えに続いて、それぞれの手に『杖』が現れる。恐らく準備していたのだろう。声に合わせて、魔術陣もいくつか浮かび上がって来ている。
…詳しくはないけど、多分どれも攻撃魔術だ。
「せ、先輩……」
あっと言う間に張り詰めていく空気に、思わず先輩の制服を掴む。
彼もまた、黒柄の槍のような杖を構えて、私の肩を抱き寄せてくれる。その口元は、また笑みの形を作って。
「大丈夫だ、メリル。俺が必ず守る」
先ほどまでの怪訝な様子は嘘のように、頭上から落ちる声は優しく、自信に溢れている。
見上げた先は、いつも通りの落ち着いた先輩の綺麗な顔だ。
「体が軽くて、びっくりしていた」
「……え?」
ほんの一瞬額に触れたものを確かめる間もなく、降り注いだのは攻撃の嵐。
なのに、抱かれた肩は温かく、感じたのは勝てると言う確信。
ギルベルト・クラルヴァインは、私が思っていたよりもずっと、もっと格好良い男の人だった。
感謝のキスは後でもう一度ゆっくりと。
対峙している皆さんは『爆発しろ!』で一致団結しました。




