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29:理由説明

毎回毎回、どうして私はこう抜けているんだろうか。

魔術史の先生が言ってたじゃないか“三年生以上”の上級生で、かつ“私が知っている人”だって。

そんな片手にも満たない数の人間、ちょっと考えればわかりそうなものなのに。


「…ギルベルト先輩が、私のチームなんですか?」


「ああ。二人だけの組合わせをチームと呼べるか知らないけどな」


抱き締められたままの腕の中、見上げた私に極上の微笑みを落としながら先輩が頷いた。

嬉しい嬉しくないかで聞かれたら、そりゃ勿論嬉しいに決まってる。学年の違う私たちが共有できる時間は多くない。公式の行事で堂々と一緒に居られるなんて、願ったりだ。


(……だけど、こんな出来すぎた組合わせってあるのかしら)


付き合い始めたばかりとは言え、私たちは一応、その…恋人同士だ。そんな二人を、平等に厳しい学院が一緒にしてくれたりするだろうか。


(まさか先輩、クラルヴァイン家の力を使ったんじゃ)


考えたくはないけど、それが可能な権力。そんな推測に思わず口を閉ざせば……その答えは、また予想外のところから返ってきた。




「ご心配なさらず。この件に彼の家は関わっていませんよ。そもそも、名門とは言え一個人の介入を認めるほど、学院は甘くないですよ」


先輩とは違う男性の声。慌てて彼から体を離せば、部屋の奥から先生と思しき人が歩いて来ていた。気さくに軽く手を挙げた姿勢で。


「貴方は…」


左目を隠した青い髪に先輩よりも明るい…猫のような金色の目。年は二十代半ばぐらいだろうか。黒と薄い灰色のローブスタイルの彼には、確かに見覚えがあった。


「イライザさんの時に、実技室に居た…」


「ああ、そうか。貴女のクラスは受け持っていませんでしたネ。魔術技工学と実技・戦闘授業を担当していますバレットです」


にっこりと人好きのする笑顔で挨拶をされて、戸惑いつつも頭を下げる。

バレット…バレット先生? その名前も、どこかで聞いたような……


「あ、そうだ。モニカが言ってた学院最強の先生ですね!」


そうだ、最初の頃に『先輩のことを相談するなら』と教えて貰った先生だ。もっと年配の方だと思ってたのに、こんな若いお兄さんだったのか。


「ハハ、最強と言うのは褒め過ぎですヨ。まあ、それなりには使えると思いますので、困ったことがあったら遠慮せずに頼って下さいネ」


見えている片方だけの目が穏やかに細められる。一方で、“困ったこと”に心当たりがあったらしい先輩は両手を挙げて苦笑していた。


(…もう困らないんだけどね。私は先輩のことを好きになってしまったから)


口には出さずにそんなことを考えていたら、先輩の大きな手が腰に回って、そのまま引き寄せられた。

何を考えたかなんてお見通しってことか。普段は天然っぽいくせに、こう言うところは気が付くからズルイ。



「ハイハイ、明後日の件の話し合いをしますヨ。いちゃいちゃは後にして下さいネ」


そんな甘い空気を消すように、パンパンと手を叩く音が響く。大きな木製の机にはいつの間にか二人分の資料が並べられており、促されるままに私たちは席につく。…先輩があからさまに残念そうな顔をしたので、思わず笑ってしまった。





「まずは遠い部屋にわざわざ来て頂いてすみませんでした。貴方がたには先日の一件もありましたので、一応用心と言うことでここにお呼びした次第です」


念のため、彼女たちはまだ強制休学中だと言う情報も付け加えられて、ちょっとホッとする。

戦うことが前提の試験で、あんな人たちに目をつけられるのは絶対ごめんだものね。


「あの、私たちの組合わせのことは」


「はい、今回の総監督である私が決めたものです。クラルヴァイン君の家は勿論、貴女がたの関係を贔屓(ひいき)してのものではありませんのでご安心を」


はっきりと答えられた言葉に安堵する。よかった、劣等生の私の成績をちゃんと考慮しての組合わせらしい。先輩と一緒に居られるのは嬉しいけど、越権行為をしてまで私情を挟むつもりはないもの。


「それについてもご説明しましょう。資料を開いて下さい」


私の様子を確認してから、今度は手元の資料を促された。数枚の紙をまとめた、何かの記録のようだけど……


「って、これ先輩の…!」


右上の欄には『ギルベルト・クラルヴァイン』と記されている。細かな文字と数字がびっしり書き込まれたそれは、間違いない。先輩の実技授業の評価表だ。


「え、見ていいんですか、これ!?」


「俺は構わない。見られて困るものでもないし」


慌てる私とは逆に先輩は首をかしげている。そりゃ、先生が提示した資料なんだから、極秘ではないだろうけど…


(………いやでも、これなら見られて大丈夫かも)


改めて文字を追ってみると、大抵が高評価だった。中でも、攻撃魔術の成績は群を抜いている。並ぶ数字は私では絶対お目にかかれないようなものばかり。これなら見られても困らないだろう。



「……あれ?」


高い得点ばかりの中、ところどころに記された減点箇所。

回復系の魔術は適性がないから仕方ないとしても、補佐魔術や防衛魔術についても減点がされている。

と言うか、褒められているのはほぼ攻撃魔術だけっぽい…?



「気付きましたね?」


「あの、先輩の成績…ちょっと偏ってるような」


「その通り。彼は攻撃に関しては本当に素晴らしいのですが、それ以外が残念でしてね」


これだけの点がとれて残念と言うことはないとは思うけど。とは言え、先輩も自覚があるらしく、うんうんと頷いている。そう言えば、いつかの放課後に『壊す専門』だと言っていたっけ。



「で、次の資料です。フォースターさんは見覚えがありますね?」


「!!!!!」


言われるままに一枚めくったら、目に飛び込んだのは惨状だった。

同じような形式であるのに、書かれている内容はスカスカ。先ほどの三分の一の量もない。


…つまり、私の実技授業の評価表である。



「メリル、これはその…悪い、言葉が」


「何も言わないで下さい自覚はしてますしてるんです!」


「ハハハハハ」


そりゃー先輩のがあるなら私のもありますよね!!

彼のものと比べたら天と地ほど点数に差があるそれは、これぞまさに劣等生!!と言わんばかりの内容。中には『向いてない』とキッパリ一言のみのものさえある。死にたい。



「……ああ、そうか。なるほど」


「貴方も気付きましたね?」


思わず突っ伏してしまった私を慰めるように、先輩が評価表を指差す。

そこは唯一加点されている部分、回復魔術と…補佐魔術の評価だ。そこだけ見れば、そう悪くない。それ以外は大惨事だけど。



「真逆なんだな、俺たちは」


「………あ」


優しくかけられた言葉にハッとする。まるでパズルのピースのように。先輩の表で減点となっていた部分が、私の唯一の評価部分と重なっていた。


「この組合わせはそう言うことか。本当に俺たちは相性が良いんだな、メリル」


「先輩…」


確かに、二人で居てお互いの弱点を補いあえるのなら最高だ。先輩の負担の方が明らかに大きいけど、そこは最上学年と初等科の差だと思えば、この組合わせはなるべくしてなったものだろう。


机の下でこっそりと伸ばされた手に、自分のそれを重ねる。そうか、私は彼の足りないものを補えるかもしれないんだ。そう思ったら、繋いだ手がますます深くなった気がして、胸が温かい。

先輩も同じ気持ちなのか、柔らかく微笑んで返してくれる。



「ハイハーイ、ですから、いちゃつくのは私がいなくなってからにして下さいネ!」


「す、すみません!!」


…が、またもう一人の声によって甘い空気が壊された。

いかん。先輩と一緒にいると、つい幸せに酔いそうになってしまうわ。私は劣等生なんだから、自覚して反省しないと。



「…まあ、そう言う部分も踏まえて、フォースターさんを合わせたのですが」


「?」


呟やくような声で言われて、今度は揃って首をかしげる。聞き返せば、先生はにっこり笑ってから三枚目の資料を開くように指をさした。


(演習の記録?)


三枚目は再び先輩の評価表だ。

割と最近行われた『演習』についての評価が書き込まれているが、長い文章の最後は『要注意』と言う言葉でしめられていた。



「それは、先日行った『二人一組での演習試験』の記録です。内容は書いてある通りですが」


「………」


得点は決して悪くない。先のものと同様に高評価、中でも攻撃魔術についてはかなり良いことが書いてある。けれど


「最後のこれ、何でしょうか?」


「書かれている通りですよ。彼は単体で戦うにはとても優れた魔術師ですが、同伴者が居る場合は『要注意』と判断しました」


…先輩も思うところがあるみたいだ。繋いだ手がかすかに震えた気がした。


「その試験は、それぞれが気を配りあって戦えるかどうかを見る試験でもありました。補い合うことが出来れば、魔術師は一人の時よりもずっと有利に戦えます」


それはその通りだ。大きな魔術を使うためには、大抵の場合『詠唱』と言う手順が必要であり、その間はどうしても隙が出来てしまう。ゆえに、有事の際は最低でも二人以上いることが好ましい。

魔術師同士なら私たちのように互いを補いあえるだろうし、それ以外の人には時間を稼いで貰える。

自分の術は当然として、周囲への気配りが出来る者こそ、真に優れた魔術師と言えるだろう。


「彼もその日、それなりに親しいクラスメイトと組んでいました。ですが、彼は相方を全く気遣うことなく、一人で特攻を仕掛け続けた」


「…え?」


今度こそ、先輩の握る手に力がこもった。つまり、肯定と言うことか。


「元々ね、彼の戦い方は危ういところがあるんです。身の安全を無視した突撃がとても多い。いくら演習…『訓練』とは言え、当然危険はあります」


「先輩」


思わず責めるような声が出てしまった。見上げた彼は一瞬驚いた後、すぐにまた笑ってくれる。笑いごとじゃないだろうに。


「突撃した彼が囮になると言っても、周囲は全部敵です。引き付けられる数には限度がある。そして、彼と組んだ院生は一人にされてしまう。クラルヴァイン君と組むような『攻撃以外を得意とする院生』がね」


「あ」


そうか、今回はそれが私であったように、先輩と組むのは“こう言う人間”なのか。致命的じゃないか。


「なんてことするんですか、先輩」


「悪い、つい」


自分に置き換えれば攻め手(アタッカー)不在で放り出される事態がどれほど恐いかよくわかる。と言うか、無理だ。私だったらすぐに降参するわね。

怒っている目つきを作ったら、先輩は即『反省してます』と呟いて頭を下げた。…犬だったら耳も尻尾もぺったりしているような雰囲気だ。うん、多いに反省するといいわよ。



「まあそう言う訳で、彼は強いですが、少し周囲への気配りが足りません。ですが、組むのが恋人の貴女なら違うだろうと言うことになりまして」


こくこくっと先輩が高速で頷く。繋いでいた手にはもう片方も添えられて、しっかりと掴まれた。


「期待していますよ、クラルヴァイン君。フォースターさん、貴女も言うほど劣等生ではありません。初等科生には不安な事態でしょうが、どうか彼を支えてあげて下さい。きっと貴女にしか出来ない」


「は、はい!」


柔らかく細められた猫の目に私も頷いて返す。置いて行かれるのは嫌だけど、先輩の力になれるなら元より全力を尽くすつもりだ。

私たちの返答に満足したのか、先生はゆっくり立ち上がると、また片手を挙げて歩いて行く。

『院内での猥褻(わいせつ)行為は厳禁ですが、いちゃつくぐらいならドウゾ~♪』と笑いながら言い残して。


ぱたんと扉が閉まる音と同時に、私はまた先輩の腕の中に引き寄せられた。



「…私、頑張りますから。置いていかないで下さいよ?」


「当たり前だ。俺がメリルを離すか」



囁いて、すり寄ってくる私の恋人殿はやっぱり可愛い。自分がしてしまったことも気付いてくれたみたいだし、きっと心配ないだろう。

ちゃんと理由を見つけて組ませてくれたバレット先生には、心から感謝ね。



「メリルは必ず守る」


「はい、期待してます」


私も、戦うのは恐いけど、貴方のためになら頑張れるから。




波乱の演習試験まで、あと二日。





結局いちゃつく二人組でした。


余談ですが、バレットの台詞はわざとです。語尾などがカタカナの部分はキャラ作り、普通に喋ってるところが素です。

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