表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/74

28:偉い人の考えはわからない


いつだってそうなんだけど。

運命を変えるような大きな出来事と言うのは、何故、どうして、何の準備も覚悟もできていない時に限って訪れるのだろうか。





いつものように良く晴れた日の午後のこと。

時間に厳しいことで有名な魔術史(歴史学科)教師が、始業から五分経っても現れず、教室内はざわつき始めていた。

他の人ならばともかく、四十をこえてなお独身で仕事一筋な彼女の授業では、どの学年も必ず二分前には着席するようにしている。それぐらい厳しいと言うか、まあ面倒くさい先生なのだ。


「何かあったのかな?」


「さあ? 長引くような会議の予定は聞いてないけど」


付近のクラスメイトに確認してみるも、皆首をかしげるばかり。

中には『自習にならないかなー』とすでに教材で遊び始めている子もいる。




それからさらに十分を待って、ようやく先生が現れた時には、半分以上のクラスメイトが雑談に没頭していた。

慌てて皆が席に戻って行っても、厳しいはずの先生は何も咎めない。それどころか、教室の様子など見てもいないように、ただ深く溜め息をついた。…顔色が青く見えるのは気のせいだろうか。


そのまま、彼女にしては遅い足取りで教卓に立つと、教材を片付けるように指示を出した。次いで黒板には何やら大きな紙面を張り出して行く。


(何だろ…分担表?)


十人前後の人数で区切られたそれには、班分けのように散り散りに名前が書かれている。他のクラスや他の学年の院生のものも混じって。

疑問符を浮かべて待つ私たちに、全ての紙を張り終えた先生がようやく振り返る。

いつも見せていた厳しい視線ではなく、戸惑うような弱弱しい表情だった。




「…急な話ですが、全院生で演習試験を行うことになりました」


「………はあ!?」



応えたのはほぼ全てのクラスメイトだ。もちろん私も声を上げてしまった。


「演習試験って、あの演習ですよね? 先輩たちがやってる」


「はい、それです」


恐る恐る質問した弱気な男子に、返されるのは肯定。どうやら、私たちが認識している『演習』で間違いないらしい。

つまり、『集団戦闘訓練』だ。


分類は実技授業だけど、一授業単位で評価・成績をつけられるので『試験』と言う方が正しい。

名前の通りにクラス全員、あるいは学年単位で行われるそれは、危険度が最も高い授業でもあり、監督教師の他にも必ず医療関係の魔術師が付き添うことになっているほどだ。


そもそも、演習が授業に組み込まれるのは四年生の後半からのはずなのに。




「皆さんが戸惑うのも無理はありません。私も反対しましたが…残念ながら、上層の決定は覆せませんでした」


先生が正した姿勢のままに深く頭を下げる。厳しいし面倒な人ではあるけれど、彼女は彼女でとても生徒を思ってくれている先生なんだろう。騒ぐのも悪く思えて、皆口を閉じていく。


「ですが、初等科の皆さんに危険が少ないように交渉はしてきました。細かな規定を今から説明していきますから、よく聞いて下さい」


顔を上げた先生は意思の強い目で、今度は分担表の横に丁寧な字を並べていく。

規定は結構な量があるようで、眺めていたクラスメイトたちも途中からメモを取り始めた。


簡単に上げると、主な規則はこのようだ。


・実施は明後日の始業時刻から終業同時刻まで。ただし、全院生が失格となった場合には、時間内に終了する場合もある。


・制限時間を最後まで勝ち抜いた院生を『勝者』とする。ただし、採点は『試験内での行動』にて評価するものとする。


・失格の条件は『完全な魔力切れ』か『意識を手放すこと』魔術による“気絶”“眠らされること”の他にも、時間内での“居眠り”などは怠慢行為と見なして強制的に失格とする。

※休憩時間中の休養・睡眠は除く


・一つも魔術を使わないで終業時刻を迎えた場合も失格とする。


・攻撃魔術は威嚇・牽制にとどめ、直接当てないように心がけること。意図的に相手を負傷させた場合は減点・懲罰対象とする。


さらに、ここに学年別の規定が加わって、


・一年~三年生までは十名前後の混合一チームとして『チーム内の誰か一人でも残っていたら、全員が勝者』と見なす。


・四年以上の院生も能力によっての混合チームになる場合がある。ただし、上級学年は『組んでいる下級生が失格』になると減点対象となる。


この他、細々(こまごま)とした規定が並んでいるが、ようするに私たち初等科生は良く言えば『守られる役』悪く言えば『お荷物』として参加しろと言うことのようだ。

もちろん、魔術は使わないといけないようだし、戦えるなら戦っても良いのだろうけど。


(戦闘が苦手な私みたいなのは、大人しく“守られ”に徹してた方が良さそうね)


一応回復魔術も使えるし、戦えない生徒は補佐としての能力強化や回復、あるいは隙をついて眠らせるか、ぐらいが妥当だろう。

良かった『とにかく戦え!』って言われたらどうしようかと思ったわ。


不安はあるとは言え、記載された内容に少しホッとしたのは私だけじゃなかったようだ。

皆思い思いに意見を交換しつつ、次いで黒板のチーム表で自分の名前を探し始める。どうやらちゃんと能力別に分けられているらしい。


「…ずいぶんアレな試験だけど、ある程度は考えられているみたいね」


「そうだね。個人的には、戦闘訓練ってだけで不安は尽きないけど」


私の席まで来てくれたモニカと揃って苦笑を浮かべる。私の場合はこの前のイライザさんの件もあるから、余計に『戦闘』に敏感になっているのだけど。


「あー残念、あたしとメリルは別のチームね。教室名も書いてあるけど、そこに行けってことかしらね?」


「そうみたいだね。もう移動してる子もいるし」


分担表にはそれぞれ名前の他に教室名が記載されている。同じような質問をしたであろう生徒が移動している所を見ると、チーム別に作戦会議でもしろってことなんだろうか。


「明後日って言ってたし、先生たちも大変ね。じゃあメリル、あたしも行くわね」


「うん、気をつけて」


いつも通りに微笑む相方を送りつつ、私も席を立って黒板の前まで行く。

さて、私みたいな“攻撃劣等生”と組まされる人は誰だろうか。他学年にはあまり知り合いいないし、優しい人だといいんだけど……


「………」




……あれ?



隅から隅まで表を眺めたはずなのに、首をかしげてしまった。

とりあえず、もう一度一番端っこのチームから探してみて……


・・・・・・・・・・・・。



「私の名前が、ない」


一人一人名前を読み上げていくも、やっぱり私の名前は見当たらない。

まさか、忘れられてるとか? いやいや、いくら急な試験とは言え、能力で振り分けるなんて面倒なことをしてくれた先生が、見落としなんて些細なミスを……



「貴女は、フォースターさんですね?」


「あ、はい。そうです」


呆然としている私に声をかけてきたのは、他でもない魔術史の先生だ。

彼女は最初と同じぐらいよろしくない顔色で、まるで気の毒なものを見るような目で私を手招く。




「……こう言うことは言いにくいのですが。実は、貴女の攻撃系魔術の成績が、三年生では補いきれなくて……」


「うわあ……」



そして、明らかに気遣う声色で告げられたのは衝撃の回答だった。

どうやら私は、自分の想像以上に成績が酷かったらしい。


『他はそんなに悪くない』とか『回復適性もあるし、そっちの道ならきっと成功する』とか何となく慰めの言葉も続けてくれるけれど、残念ながらフォローになっていない。

『補いきれない』と言う言葉が、岩のようにずっしりと頭の上に乗っている。



「えっと、すみません。じゃあ私は不参加で失格扱いなんでしょうか」


むしろ、上級生が補いきれないようなヤツはそれが最善だろう。私的にも周囲的にも。

思わず低くなってしまった声に、先生は苦笑を浮かべながら一枚のメモを差し出した。


「今回の監督責任者の先生が、貴女と組む院生を指定してくれました。三年生よりも上の学年になってしまいましたが、貴女が知っている子だとおっしゃっていたから。あの…そう落ち込まないで、ね?」


「はあ…」


メモには達筆な字で『技工科準備室』と書かれている。

何ともやりきれない私の頭を、先生は優しく撫でて『頑張って!』と背中を押してくれた。

…いわゆる『苦手な先生』だったのだけど、結構優しくていい人なのかもしれない。それがわかっただけでも、今日は大きな進歩だわ、うん。



とりあえず、教室に居残っても仕方ないので、大人しく指定された場所へ足を向ける。

『魔術技工学』の準備室なんて、全く縁もないし行ったこともない。私が知っている上級生なんてそんなにいない筈だけど、一体誰と組まされるのだろうか。


(劣等生なんてそのまま失格にしてくれればいいのに。先生たちも真面目よね…)


窓の外は今日もよく晴れた美しい青空が広がっているのに。

胸の内に広がる情けない気持ちを撫でて、深く溜め息をついた。



*  *  *



歩くこと数分、無駄に広い学舎に少し迷いつつも、ようやく辿りついた『技工科準備室』はやっぱり全く見覚えのない教室だった。

準備室と言うことは、その学科の先生の詰め所のはずだ。技工科の先生…どんな人だったっけ?


「すみません、試験の件で来ました、二年のフォースターです」


とにかく先生に話を聞かなければ始まらない。ノックをして、なるべく丁寧に声をかければ……




「メリル」


「は!?」



開いた扉からいきなり腕が伸びてきて、強引に中へ引き込まれた。

つんのめった体制のまま、次にくる衝撃に身構えるも…ぽすんと何かに抱きとめられる。

…私のよく知った、広い胸板の感触に。



「……先輩!?」


「昼ぶりだな、メリル」


顔を上げて確認するまでもない。

恋人になったばかりのギルベルト先輩が、悪戯が成功した子供のように笑っていた。




全校演習試験イベント始まります。

補佐専門のメリルは攻撃特化の突撃型ギルがチームでした。


本編では『特別撃破対象』と言うボーナス生徒がいるのですが、初等科生ではとても太刀打ちできる相手ではないので先生が説明を省略してます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ