表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/74

26:他の誰かでなく


そんなこんなで、寝不足の少し重い頭を抱えた翌日。

こういう時に限って授業が苦手教科ばかりで、モニカやクラスメイトたちに何とか支えて貰いながら……ようやくお昼休憩を迎えた。




「メリル、どうかしたのか?」


私の顔を見た途端、ギルベルト先輩の優しい微笑みが(かげ)る。

しまった、そんなにわかりやすく顔に出ていたのだろうか。今朝見た限りでは、顔のクマもそんなに目立たなかったはずだけど。


「何でもないですよ。ちょっと寝不足で」


「悩みでもあるのか? 俺が力になれるのなら、いくらでも協力するが」


そう言って、先輩の大きな手が私の頬に触れる。

男の人らしい固い輪郭なのに、とても優しいそれは今日も温かい。


「……有難う、御座います」


「ああ」


そっと頬をすり寄せれば、疲れや鈍痛がその部分から消えていくみたいだ。心地よくて、落ち着く温もり。


ほんの数秒ですっかり元気を取り戻した私に、先輩はまた顔を微笑みに戻して、今度は繋ぐために手を差し出してくれる。何気ない動作のひとつひとつが嬉しくて、幸せだ。

……だからこそ、これから試さなければいけない内容が少し怖くもある。


(………モニカ)


ちらと視線を後ろに向ければ、今日はモニカが私たちとつかず離れずの距離でついて来ている。

先輩の反応を自分の目で確かめると言っていたし、話をするのは確定だろう。


(…悪いことに、なりませんように)


そう祈るように、繋いだ手を少しだけきつく握り締めた。




*  *  *



今日も今日とて院生で混み合う食堂の中、相変わらず皆の厚意で空けられたいつもの席に二人分のお盆が運ばれる。今日はまたも意図せずして同じメニューを選んだみたいだ。量だけ違う内容を見て、先輩が柔らかく目を細める。


「それで足りるのか?」


「私に大盛りは多過ぎますよ。先輩こそ、今日はよく食べるんですね」


「午前中に実技があったからな。今日は腹が減っているんだ」


席につくと、先輩のご飯はあっと言う間に消えていった。相変わらず食べ方はとてもきれいなのに、本当にお腹が空いていたみたいだ

思わずぼーっと眺めていたら、恥ずかしそうに「あんまり見ないでくれ」と目をそらされた。何ですかその可愛い反応。ときめくので止めて下さい。




やがて先輩の食事が粗方片付いた頃、背後から視線が刺さっていることに気がついた。

振り返るまでもなく、これは私の親友の視線だ。うっかり先輩に見惚れて肝心な話を忘れてしまうところだったわ。

彼もお腹が膨れて落ち着いているだろうし、話すなら今が好機かもしれない。



「……メリル?」


また空気の固くなった私を心配するように、先輩が首をかしげる。

本当はこの幸せな一時を壊したくないけど、親友との約束も大事だ。……なにより、どんな反応をされるのか、私自身も気になる。


ゆっくり息を吸って、吐く。大丈夫だ、と自分に言い聞かせて。






「先輩、実は私…昨日告白されたんです」



なるべく平気に見えるように、ゆっくりと声に出す。

瞬間、ピシッと聞き慣れない音が聞こえた気がした。






「………告白?」


「はい」



十数秒間をおいて、先輩が反芻した言葉に頷いて返す。

笑っていた綺麗な顔は、感情の見えない無表情になってしまっている。




「………それは、男から、と言うことだな? 誰に?」


「三年生の先輩です。付き合ってくれ、と言われました」



キシキシと何かが軋む音が聞こえる。

けれど、私の心臓の音もうるさくて、その音の出所を捜している余裕がない。




「…………それで?」


「それだけです」


「付き合うのか? その男と」


「さあ、どうしたらいいと思いますか?」



少しだけ低くなった声に、思わず息が詰まりそうになる。

けれどまだ、なんとか平静を装って、尋ねる。断ると言ってしまいたい心を押さえ込んで。




次の瞬間、ガシャンと何かが割れる音が響いた。


聞き慣れない音に周囲の院生たちの視線が集まる。私たちのテーブルだ。



(……まさか、さっきの音の出所は)


恐る恐る、視線を下に向けてみる。何の音なのかわからなかったが、今のは確実に壊れる音だった。

視線の先にあるのは先輩のお昼のお皿。



「………」



きれいに、割れていた。


先輩が握ったナイフの軌跡のままに。




(皿ごと切りおったあああああああああッッ!?)




そんな周囲の心の叫びが聞こえてくるようだ。むしろ私が叫びたい!

学院で出される陶器はそれなりに質も良いものだ。そして先輩は、お肉を切る形そのままにカトラリーを構えている。

付き立てたならまだしも、その形で皿って切れるのか!? しかも、先輩の視線は前の私に向いたままだ。手元のソレが真っ二つに転がっていることも、全然気にしていらっしゃらない。


(モニカ、ちょっとどうするのよこれ!?)


側にいるであろう彼女を伺えば、真剣な表情のままちょっと顔色が青くなっていた。青ざめたいのは私の方よ!?




「……メリルは」


「は、はいッ!?」


「メリルは、その男が好きなのか?」



思わず裏返った声で反応してみれば……続いたのは予想外の質問だった。

視線をちゃんと戻せば、視界いっぱいに先輩の姿。


(……あ、れ?)


怒っているのだと思ったのに。

眉を下げて、唇を噛み締めて。形だけは鋭い金眼は、今にも泣きそうに震えている。

悪いことをしてしまった子供のような。あるいは、捨てられた子犬のような。




「……名前も知らなかった人です。好きかどうかはわかりません」


「なのに、付き合うのか?」



付き合わないと言ってしまいたい。断ってくると、私が好きなのは貴方だと言ってしまいたい。



「どうしたらいいと思いますか?」



喉から出かかった言葉を無理やり飲み込んで、モニカが助言してくれた言葉を搾り出した。






「 嫌だ 」




ぽすん、と。

次の瞬間には、私の視界が真っ暗になった。

最近聞き慣れてきた衣擦れの音と、呼吸を埋め尽くすいい匂い。


「絶対に、嫌だ」


抱き締められていると気付いたのは、胸に顔を埋めてから三秒後。

響いて聞こえてくる心臓の音は、どちらのものも破裂しそうなほどに速い。


この人、わざわざ立ち上がって抱き締めに来たのか、とか。人の多いところではしなかったのに、とか。色々と頭をよぎったけれど




「好きでもない男と付き合えるのなら、俺でもいいじゃないかッ!」



そう聞こえた頭上からの声が、拗ねた子供のソレにしか聞こえなかったものだから




「……はい、彼とは付き合いません」



そう言って、広い背中を力いっぱい抱き締め返した。

『貴方がいいんです』と、伝わってくれることを願って。







*  *  *



「お前ら…イチャつくのは結構だが、時と場所を考えろ!!」


そう怒鳴るのは、一つに縛った赤茶の髪に私に似た緑色の目をした男の人。私は初見になる、学院第二位ことデューク・キンバリー先輩だった。


ところ変わって、ここは空き教室の一つだ。キンバリー先輩に引っ張られて来てしまったのでよく覚えていないけれど、食堂からそう離れてはいないだろう。

見下ろされる形で座席につく私たちは、正にお説教体勢である。される方の。


「おいギル、俺はちゃんと言ったよな? 話聞いてたか?」


「聞いてるし覚えてる。だけど、メリルが他の男と付き合うなんて嫌だ」


ちなみにギルベルト先輩は、こちらに移動してきてなおも私から離れようとしなかった。

くっついた体はいつもより体温が高い。これじゃあ本当に図体だけ大きい子供だわ。


「先輩、私は彼とは付き合いませんから。元々断るつもりでしたし」


「……じゃあ、どうして?」


「それはその……先輩の反応を確かめたかったと言いますか…」


さすがに罪悪感が溢れてきている。冷められるのも怒られるのも構えていたけれど、逆にここまで過敏になるのは予想外だ。


ゆっくりと上げた顔は、やっぱり拗ねた子供の表情そのものだった。頬を染めてちょっとむくれたようなへの字口で私を睨んでいる。…何故か全く怖くない睨みだけど。



「お前、その図体でそれやるな。鬱陶しい」


「メリルが苛めるから悪い」


「苛められるようなキャラかよ。エリオットが困ってた訳だぜ、全く」


深い深い溜め息をつくキンバリー先輩とは逆に、安堵の息をつくギルベルト先輩は今度は猫のように擦り寄ってくる。鬱陶しいと言う表現こそが的確なのだろうけど、ごめんなさい。私には可愛く見えてしまっております。




「……で、どうする気だよ。あんな人目の多いところでやらかしやがって。責任取れるのか?」


「大丈夫だ。言わなきゃいけないとは、ずっと思っていたし」


ふいに真面目な口調になったキンバリー先輩の問いかけに、ひっつき虫になっていた彼も落ち着いた声で答えた。


私に向き直った顔は、もう子供じゃなかった。年相応の、真剣さを帯びた綺麗な目が、真っ直ぐに見つめてくる。



「先輩……」


顔が熱い。落ち着き始めていた心臓が、またどくどくと速度を上げていく。

壊れ物に触れるような優しい手つきで、肩を掴まれた。







「メリル、結婚しよう」







「…………て、展開早くありませんか?」


「あ、間違えた。ただの本音だ」



本音なのかよ!と言うツッコミが後ろで聞こえたが、とりあえず今は流しておこう。







「俺と恋人になって欲しい。どこかの知らない男じゃなく、俺と」








真剣な声色で紡がれた『恋人』と言う言葉が、ストンと胸に染みていく。

今度こそ、私の好きな人が言ってくれた言葉。『お昼を一緒する』だけじゃない、互いが互いを求めている関係。



「……はい、喜んで」



意図せずして頬を伝った一筋を、先輩の優しい手がぬぐってくれた。

それから、蕩けるような極上の笑顔を浮かべて、『良かった』と触れてくれる。




呆れて笑う有名人を気遣う余裕もないままに、幸せに浮かれた私は、彼の広い胸の中でしばらくの間泣き続けていた。


切りが悪かったので連続更新です。祝・前進しました!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ