25:とある作戦
その夜、結局どうすることも出来ずに寮に帰った私を迎えてくれたのは、昼から変わらないモニカのニヤニヤ笑いだった。
ことを済ませてしまえばわかる。このニヤ笑いはつまり、クラスの彼は勿論、モニカも用件を知っていたと言うことだ。
「告白だって知ってたなら、先に言ってくれれば良かったのに」
「と言うか、放課後にあんな場所への呼び出しとか、それ以外に用件ないでしょフツー」
がっくりと肩を落とす私に、親友殿は当たり前だと言わんばかりだ。その放課後の呼び出しで、私は少し前に酷い目に遭ったばかりだと忘れてませんかね。
だいたい、今まで男女関係に全く縁のなかった人間に『見知らぬ先輩から告白される』なんてどうして想像出来るのよ。ないない有り得ない、私そこまで自意識過剰じゃないって。
「……まあ、実際告白だったんだから、今回は私の構え方が悪かったんだろうけど」
「“私なんて”って思ってるなら改めた方がいいわよ? 実はアンタ、それなりに男子に人気あるから」
「マジで!?」
思わず変な声が出てしまった。何だそれ初耳ですよ!?
齢17歳になるまで、色恋ごとなんざ完全無縁。今年のギルベルト先輩が何もかも初めてだと言うのに!
「自覚ないのね。メリルはもの凄い美人じゃないけど、普通に可愛いわよ? 『高嶺の花』よりも本命率の高い『身近な可愛いとこ』の一員ね」
「か、可愛い…」
同性の口からとは言え、自分の見慣れた容姿を褒めて貰えるのは嬉しい。
しかも、モニカの口調をみるにそれなりに周知のことみたいだ。今年は本当に初めての出来事が多いわ。
「けど、メリルってどう見ても初心っぽいじゃない? スレてないと言うか、良いことなんだろうけどね。だから、アンタに気のある男は急なことはしないみたいよ。まだあたしたちは初等科の二年生、時間はあり余ってるし」
どこかの誰かさん以外は、と付け加えられた『誰かさん』は、言わずもがな彼のことだろう。そっか、先輩は今年で卒業だからな……彼にはもう一年も残っていないなんて、不思議な感じだ。
「ってそうじゃなくて。モニカ、なんだか色々初耳なんだけど。どこまで本当の話?」
「全部ホントよ? むしろ、本人が全く気付いてないってのも意外だわ」
私が動揺することなど予想していたんだろう。またニヤリと笑ったモニカがベッドの脇から取り出したのは、学院から近い店の紙袋。中身は夜食にぴったりの軽食らしい。
「いい機会だからしっかり話しましょう。一晩でも付き合うから任せなさい!」
ぱしんと胸元を叩いて、ニヤ笑いが満面の笑みに変わる。あーつまり、知らなかったことを教える代わりに、根掘り葉掘り聞いてやる、と言うことのようだ。
……今日は早めに休んでしまいたかったんだけど、どうやらそれは叶いそうにない。
* * *
「……何と言うか、ノックス先輩って意外とヘタレだったのね」
「ヘタレは言い過ぎだと思うけど」
そうして、夕食とお風呂を済ませて再び私たちの部屋の中。モニカのベッドに二人で腰掛けて、今日の放課後のことを洗いざらい話してみた。
正直なところ、隠すほど特別なイベントでもなかったしね。『告白された』と言う事実そのもの以外は。
「彼もメリルを気遣う派だってのは聞いてたけど。焦って失敗したのかもね」
「気遣う派ってのがわからないけど、焦る必要があったの? あの人だって、まだ三年生じゃない」
「アンタって、たまに変なところ鈍いわね」
溜め息をつかれたと思ったら、人差し指でぐいぐい額を押し込められる。モニカ地味に痛い。
「ギルベルト・クラルヴァインがあれだけアンタに絡んでて、焦らないとでも思うの?」
「ああ」
そうか、先輩と私が絡んでたからか。けど、それで“焦る”と言うのは結びつかなかったわ。
「私だったら多分、好きな人が誰かと一緒にいたら、その時点で諦めちゃいそうだけど」
「勿論そう言う人もいるだろうけどね。相手があのクラルヴァイン先輩だから“焦る”なのよ。側に居る女はとっかえひっかえ、学院でも指折りのモテ男と初心で無防備なメリルが一緒に居るなんて。メリルを想っている側から見たら『騙されてるんじゃ!?』って思うのも無理ないわよ」
……つまり心配されてるのか。あれ、おかしいな。善意がちっとも嬉しくないわ。
「…私、子供じゃないのに」
「どうかしらね。あの男が“あの性格”じゃなかったら引っかかってたって聞いた気がするけど?」
「う」
た、確かにそんなことを言っていた気もする。容姿は本当に文句ないし。もし先輩の性格が噂通りだったなら、私は心配してくれた彼らに心から感謝していたかもしれない。
…まあ、あの性格だからこそ、私はギルベルト先輩が好きなんだけど。
「メリル、こっそり惚気るの禁止」
「な、何も言ってないじゃない」
微笑みを思い出してほっこりしたら、即怒られてしまった。許してくれたとは言え、相変わらずモニカは先輩に対して手厳しいわ。彼女も私の身を心配してのことだから、何も言えないけど。
「惚気は顔に出るのよ。とにかく、ノックス先輩のことはどうするの?」
「申し訳ないけど、お断りするよ。名前も知らなかった先輩と、いきなりお付き合いはちょっと怖いし」
「……クラルヴァイン先輩だって、名前も知らなかったところからじゃない」
あの人はその後が異常過ぎたんだって。
あんな忘れようにも忘れられない行動をする人と、普通の人を一緒にしたらいけないでしょう。…好きになっちゃったけど。
「それこそ、一年の時に言ってくれれば違ったのかもしれないけどね」
「いい線いってると思ったけど、相手がクラルヴァイン先輩じゃ仕方ないか…」
軽く溜め息をついて、夜食用の焼き菓子を一つ頬張る。とは言え、モニカも答えは予想してたんだろう。多少残念そうな様子はあれど、これ以上発展しない話を引っ張るつもりはないみたいだ。
彼女とは違う安堵の息を吐いて、私もお菓子を一つ口に運ぶ。何やかんやで今夜も結構いい時間まで話し込んでしまった。これを食べ終わったら歯を磨いてそろそろ寝ないと。
(……ん?)
時計と睡眠時間を相談していると、ふと、メガネの奥の彼女の目がゆっくりと細められるのが見えた。
「………な、何よ、モニカ」
「んーいやさ、今日のこと、クラルヴァイン先輩には話したの?」
明らかに声のトーンが高い。
放課後は約束をしていなかったし、私がそのまま寮に帰って来たことも知ってるくせに、何でわざわざそんなことを聞くのか。
「話す訳ないじゃない。お昼から会ってないんだから」
「そうよね。で、明日の昼も一緒に過ごすのよね?」
ニヤリと、確実に口角が上がった。
「………何が言いたいの?」
「別に? ただ、今日のことを彼に話したら、どう言う反応するのかと思って」
「断るって決めてるのに、なんでわざわざ話さなきゃいけないのよ。だいたい、彼は告白とか受けまくってる人よ? たった一人に言われたぐらい『それが?』って返されて終わるわよ」
私にとっては人生初のことでも、彼にとってはきっと日常茶飯事だろう。そう言うことを自慢するような人でもないし、彼に伝える利点はない。むしろ、気分を害してしまいそうだ。
「それで終わるならいいのよ。ただの報告として話題終了ー!
……でもね、メリル。アンタがその件について『断る』と言わなかったらどう言う反応をすると思う?」
「は? 断るって言ったじゃない」
「だから、それを『敢えて言わない』のよ。だってアンタたち、まだ付き合ってないんでしょう?」
モニカの言葉にまた少しだけ胸が痛む。確かに私たちは『お昼を一緒するだけの関係』だ。
「だったら、メリルが他の人とお付き合いをするって言う話も、おかしくはないと思うんだけど」
「………」
筋は通る。むしろ、よくある話だ。ずっと仲良く過ごしていた男女がいて、一方はもう付き合っているつもりでいる。けれどある日、もう一方から『別の人と結婚する』なんて告げられるパターン。
そこで初めて言われた方は気付くのだ。自分が行動しなかったばかりに、二人の関係は良い友達止まりで終わってしまったのだと。
「……先輩に、後悔させるとでも?」
「後悔までいかずとも、嫉妬させられたら大成功じゃない? 断ることは決めてるんだし、これをきっかけに彼が告白してくれたら最高なんだけど」
「……っ!」
嫉妬やら告白やらと言う言葉に、思わず心臓がはねた。それ自体をどうとは思わないけれど『ギルベルト先輩が』と言うなら話は別だ。何だか、とても甘い響きに聞こえる。
「お、怒らせちゃったらどうするのよ。先輩と喧嘩はしたくないんだけど」
「その時はその時よ。その程度の器なら、いっそ切り捨ててノックス先輩に本当に乗り換えたら?」
いつの間にか、モニカの目からはニヤニヤした軽い色が消えている。代わりに、とても真剣で真っ直ぐな。それこそ、怒っているような強い光が見える。
「あたしは知りたいのよ。彼が本当にメリルを想っているのか。どれぐらい本気なのかね」
「モニカ…」
言葉を探して宙を泳いだ手が、しっかりと彼女に掴まれた。
からかわれるのかと思いきや、やっぱり彼女は私のことを真剣に考えてくれているみたいだ。握った手は、とても温かい。
「聞いてくれるわよね?」
まるで自分のことのように力強く聞いてくる彼女に、私は頷いて返すしか出来なかった。
その夜は、人生初めての告白よりも『明日先輩がどんな反応をするか』の方が頭をぐるぐるとまわって、結局あんまり眠れなかった。
好きな人に関わること>超えられない壁>人生初めて告白されたこと
女の子のわかりやすい脳内図。久々の更新なのにギル出ませんでした。すみません。




