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SIDE:06

※ギルベルト視点です。糖度過多注意!!


容易(たやす)く手に入らないものだからこそ燃える』なんてことを言っている輩は、大抵恵まれた立場の人間だと思う。

要するに『だいたいのモノは苦労せずに手に入れられてしまう』と言っているのだから。

その自分が手に入れられないモノを見つけると、嬉々としてそれを追いかける。


……どうせいざ手に入ったら、見向きもしなくなるくせに。

そう言う人間は手に入れるまでの過程を楽しんでいるのであって、『モノそのもの』には大して関心がないのが常なのだから。


何が言いたいのかと言えば、俺もそういう人間の一人だと、ついこの間まで思っていたのだ。

本当に、つい先日までは。


ある程度のモノは簡単に手に入ったし、そうでないモノも多少頑張れば手に入った。

もしかしたらそれは、普通の人間が一生をかけても手に入らないものだったのかもしれない。けれど、俺は“多少の苦労”で入手出来る。

自分で言うのもなんだが、恵まれている人間の(がわ)だと言うことだろう。


来るものは拒まず、去るものを追おうともしない。

物も者も、大切だと本気で思うものを持っていなかった。


けれどつい先日、考えを改めることになった。

否、現在進行形で浅はかな考えを改め続けているところだ。





*  *  *


「……あの、ギルベルト先輩」


「ん?」


「ちょっと、くすぐったいです」


そう今にも消え入りそうな小声で呟いたのは、俺の腕の中にすっぽりと納まっている少女だ。

彼女の柔らかい髪が気持ち良くて、思わず口付けたら逃げられてしまった。と言ってもちょっと身じろぐぐらいで、本当に逃げたりはしないのだが。


メリル・フォースター。我がクラルヴァイン家の事情で知り合うことになった、四つ年下の少女。

やや小柄で華奢で、体型もいささか発展途上な、決して美女とは呼べない容姿の少女。

けれど、俺にとってはとても大切で、可愛くてたまらない女。


きっかけは勝手としか言えない事情で、俺の対応も最悪で、彼女には多分心から嫌われていた。

だからこそ、今ここに、俺に身を預けてくれる彼女が、本当に嬉しいし愛しい。

ただこうして傍に居て触れ合うだけの行為が、こんなに幸せだなんて知らなかった。


(……まあ、今までの女もおかしかったのだろうけど)


メリルと出会うまで、同年代と比べても少なくはない数の女と付き合ってきた。

けれど、その女達とはこんなことが出来なかった。

抱きしめようものなら『溜まってるの?』なんて言われて即ベッド行きだったのだ。


今考えれば、つくづくおかしい話だ。

何故ヤツらは男と性行為を直結させたんだろう。そりゃ、そう言う欲求が女より強いのは確かだが。

もしかして、俺を絶倫だとでも思っていたんだろうか。一回でも寝れば、むしろその行為を面倒くさがる男だとわかっただろうに。


そんな経験ばかりだったおかげで、メリルにも嫌な思いをさせてしまった。叶うなら、初めの夕方をやり直したい。




「……先輩?」


黙った俺を気にしたのか、メリルの緑色の瞳が心配そうにこちらを見つめる。

身長差のせいでいつも上目遣いになるそれを、本人はきっと知らないだろう。このままどこかへ攫って行きたいぐらいに可愛いのだが。


「何でもない。気持ちいいなと思っただけだ」


「そ、そうですか」


率直に伝えれば、耳まで赤く染めて、また俺の胸元に小さな顔を埋める。

伝わってくる速い鼓動も、清潔感ある髪の香りも、何もかもが可愛くて愛しい。本当に、このまま連れ去ってしまえたら、どんなに……





「あ、予鈴鳴ってますね」


「………」


しかし、幸せな時間はいつも短い。いっそサボってしまおうと言いたいところだが、もう卒業するだけの俺はともかく、まだ初等科のメリルに迷惑をかける訳にはいかない。


無常に鳴り響く鐘を恨めしく思いつつ、ゆっくり体を離す。

メリルも、少しぐらいは名残惜しく思ってくれているだろうか。繋いだ細い指先の温度が、慰めに感じるのは俺だけだろうか。


気を抜いたら溜め息でも出て来そうな口をしっかりと閉じて、二年生の教室へと歩き出す。

このだだっ広いはずの学院の廊下は、こんな時ばかり妙に短い。もっと長くていいのに、廊下。




「ギルベルト先輩」


そうして、あっさりたどり着いてしまった扉の前で、可愛い彼女が振り返る。


「今日、一緒に帰りますか? ご用事がなければ、ですけど」


「用事などない。あったとしても、全部断ってくる」


思わぬ誘いに脊髄反射で返せば、彼女は少しだけ驚いて、それから花が開いたような、それはそれはきれいな笑顔を浮かべてくれた。


「あの…じゃあ、また放課後に」


頬を染めたまま教室へと消えた彼女を、俺は始業ギリギリまで見つめていた。断言していい。多分、それはもう締まりのないニヤケ顔をして、だ。




先日までの俺は、本当にバカだった。『手に入ったらいらなくなる』なんて絶対嘘だ。

手に残る温もりも、彼女の少し照れた微笑も、何もかも色鮮やかで、愛しくてたまらない。

手放すなんて有り得ない。離れるなんて、考えただけで泣きそうだ。


傍に居たい。彼女に優しくしたい。大切にしたい。

何故とかどうしてとか、そんなものはどうでも良くて、これこそが俺が欠いていた心なんだろう。


上手くいかなかったのも、幸せになれなかったのも、家柄や容姿だけが悪いんじゃなかった。

俺が欠けていたから、何も手に残らなかった。


「……メリルには、間違いたくない」


名前を口にするだけで、胸が温かくなる。そんな彼女に、今度こそ絶対失敗はしたくない。

やるべきこと、やらなきゃいけないことは山積みだ。けれど、それすらも心地よく感じるのだから、俺は多分、とても幸せ者だ。


「メリル」


彼女の隣りに相応(ふさわ)しくあるように。

さあ、まずは放課後に向けて、残りの授業を頑張るとしよう。




天然ズレまくり男ですが、恋愛に関してはかなりドライでした。

初期のプレイボーイぶってる彼はほとんど説得のための演技です。


ただ甘えたいだけなのに、それを許さない周囲(の自分に対する偏見)のせいで、もうどーにでもなあれ☆状態に。


初心っ子と相性が良かったなんて、本人も想定外の大誤算。だけど今は幸せ。そして無事ヘタレになりました。

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