23:ハニーシロップ
あの日から私たちはとても進展した…なんてこともなく、お昼を一緒に過ごすだけの仲に『たまに帰りも一緒する』が加わっただけで、実のところほとんど何も変わってはいない。
モニカは『仲直りをした』と言うこと自体に不満があるようだったけれど、最終的には「アンタが落ち込んでるよりはマシね」と苦笑しながら祝ってくれた。つくづく良い親友だ。
午前の授業が終わると、数分も待たないうちに先輩が迎えに来てくれる。
私からも行くべきだと提案してみたけど、『俺が行ったほうが早い』とアッサリ却下されてしまった。そりゃ、脚の長さ全然違いますけどね!
形だけは鋭い金眼を優しく細めて、今日も先輩は嬉しそうに手を差し出してくれる。
その手を取れば、ここからは二人の時間だ。
……ちなみに、あの日から少しだけ変わった点もある。
例えば食堂への移動。以前まではいつでも離せるようなささやかな繋がりだったけれど、今はしっかりと指を絡めて手を繋いでいる。決して離さないようにと、強く伝わるほどに。
時々、先輩が腕を組みたいなんて言うこともあり、その時は羞恥心と戦いながらくっついてその道のりを行く。…最近ちょっと慣れてきてしまった自分が嫌だ。
あと、三日に一度くらいの頻度で、食堂へ行く前に人気の少ない通路へ立ち寄ることがある。
その意味は曰く『メリルの補充』らしく、抵抗する間もなく思い切り抱きしめられる。
…別にやらしいことをされる訳でもないので、抵抗もしないんだけど。先輩に抱きしめて貰うのも、頭を撫でて貰うのも嫌いじゃないし。………嬉しい、とは思うけど。
このことをモニカに話したところ「バカじゃないの?」と真剣に呆れられた。
先輩の方はクラスの友人に「爆ぜろ!」と言われたそうだ。何で爆発なのか、六年生はよくわからない。
そうして、長いような短いような道のりを経て、見慣れた食堂で二人並んで注文をする。と言っても、先輩は毎回日替わりランチだけど。メインが変わるだけで。
それぞれの頼んだものが渡されれば、移動する先は日当たりの良い二人掛けの席。最近は指定席だとでも思われているのか『いつもの席』をきちんと皆空けておいてくれる。
最上学年且つ名門家と言う彼の影響力が見える部分だけど、当の本人は『運がいい』ぐらいにしか思っていないのだから困ったものだわ。
食事の間彼と話すことは、他愛無いことばかりだ。
授業のこと、クラスの友人のこと、今日のメニューについてのこと。
価値も意味もないただの雑談なのに、『二人で話している』と言うだけで、この時間はとても尊いものに感じる。
隙のないテーブルマナーを披露しつつも、返してくれる柔らかな微笑みにそれだけで幸せな気分になれる。
アレだ、恋する乙女ってのは、つくづく安上がりな存在みたいだ。
このひと時があるだけで、もっと頑張ろうなんて思えるのだから。
* * *
「メリル、ちょっと」
「はい、何ですか?」
食事を終えてそれぞれの教室へ帰る途中、繋いだ手ごと先輩に引っ張られた。
この先の廊下は特別棟へ繋がっているものだ。つまり、人気の少ない方向…
「わ…ぷ!」
『補充』とやらか、と理解する前にすっぽりと抱きしめられた。
こうなってしまったら、体格差で勝てる訳がない。頭上から降る熱っぽい吐息に、思わず鳥肌がたつ。
「せ、先輩…?」
「もうちょっと。次が面倒な授業だから、俺の活力を補充しないと」
「活力って…」
私から一体何を吸い取っているんだかこの人は。髪に頬をすり寄せ、まるで甘える子供みたいだ。
(全く…図体でかいくせに、いちいち可愛いなあもう)
以前の私なら『鬱陶しい』と一蹴しただろうに。好意を自覚してしまえば痘痕も笑窪、こんな小娘に甘える彼が可愛くて仕方ない。
名門家を背負う実力者の彼も知っているはずなのに、不思議なものだわ。
「メリル、名前呼んでくれ」
「ギルベルト先輩」
「……そうじゃなくて」
少しだけ腕をゆるめて、閉じ込めた中に視線を下ろす。
私の方は少し顔を上げて、視界いっぱいの甘えたがりの王子様に、できるだけ優しく笑った。
「 ギル 」
「…ん、これで午後も頑張れる」
たった一言、仲の良い人からしたら当たり前の愛称なのに。彼は私がそう呼ぶことをとても喜ぶ。
今日も蕩けそうな微笑みを浮かべて、またしっかりと抱きしめてくれた。
相変わらずあの微笑みに耐性のない私は、広い胸板に思い切り顔を埋める。
破裂しそうな心臓を押さえて、どうか気付かれませんようにと願いながら。
ゆったりと、のんびりと。事件もなければ急な進展もなく。
こうして刻んでいく彼との日々が、とても幸せで、愛おしい。
そんな、ごくありきたりな、ある日の午後のこと。
【デューク】
「ありきたらねえよ!!」
【エリオット】
「爆発しろ」




