21:少女の後悔
「人捜しもいいけどメリル、早くしないとお昼休み終わるわよ?」
「………え?」
ふと耳に飛び込んできたのは、聞き慣れた女の子の声。
「……あ、れ?」
向かいの席に視点を合わせる。
亜麻色の髪を一つにまとめ、大きめのメガネをかけた私の親友。
そうだ、モニカだ。“今日は”モニカだ。
「私……」
瞬間に周りが騒がしくなった。沢山の話し声と、食器の音と。
ああ、そうだ。今はお昼休みで、ここは学院の食堂で。
「だから、お昼終わるわよ?」
指摘されて顧みた時計は、間もなく休憩の終わる時間を示している。
にも関わらず、私の前の日替わりランチはほとんど手付かずのままだった。
* * *
(何やってるんだろうな、私)
教室に戻り、午後の授業が始まって早数十分。
結局お昼ご飯はほとんど食べられなかった。けど、お腹はちっとも減っていない。
教卓の先生の言葉も、右から左へ流れていくばかり。
………あの放課後から、今日で五日目。
先輩と一緒にお昼ご飯を食べられなくなって、五日経った。
多い少ないで言ったら、もちろん少ない。日数だから『短い』だろうか。
ここまでの学院生活の割合から見ても『たった五日』と言うのが正しい。
なのに、どうしてこんなにも乱されたままなんだろうか。
(あれから、一度も先輩に会ってない)
最初の日は教室で待ち続けて、次の日からは食堂で捜すようになった。
けれど、先輩の姿は結局一目たりとも見つけることが出来ていない。
私と一緒に居た時は、さんざん周囲の視線を集めていたと言うのに。
まるで『私たちの繋がりなんて、こんなものだ』と思い知らされているみたいだ。
彼が迎えに来てくれなければ会うことも出来ない、遠い立場。細い細い繋がり。
(……どうして、捜しているんだろう)
モニカにも何度も聞かれた言葉だ。
『これが正しい過ごし方』で『もう会わない方がいい』と、日を過ごすごとに親友は励ましてくれる。
彼女の言う通り、厄介ごとに巻き込まれなくなって喜びこそすれ、悲しむ必要なんてない。
私と先輩は何の関係もない貴族と平民。上位成績の高学年と劣等寄りの初等科生。接点はない。あるわけない。会わないのが当たり前。
なのに、捜してしまう。そう、五日目ともなれば自覚もしている。
先輩に、会いたい。
(……あ、授業終わっちゃった)
堂々巡りの思考に引っ張られていたら、いつの間にか終業の鐘の音が響いていた。
機械的に礼を済ませるものの、授業なんて何も聞いていなかった。こんなんじゃ、いよいよ落ちこぼれるかもしれないわね。
顔を上げればモニカと視線が合う。メガネの奥の心配の色は、日に日に濃くなるばかりだ。
……わかってるよ、モニカ。今の私は、とてもバカだ。大バカ女だ。
それでも、ごめん。先輩の優しい微笑みが、まだ頭から離れてくれそうにない。
* * *
「クラルヴァイン? 今日はもう帰ったけど」
「そうですか。有難う御座いました」
それから更に数時間後、階の離れた六年生の教室で、私は深く頭を下げる。
授業が終わってからまだそんなに経っていないのに、今日も先輩はいなかった。“今日も”、だ。
モニカに反対されつつ、それでも彼を捜して、放課後は今日で三日目になる。
教室まで押しかけてみても、やっぱり彼には会えていない。
(……これは、避けられてるのよね)
確かに彼は動きが速い人だった。脚の長さの分、歩幅も私とは全然違った。
だけど、ここまで会えないのは不自然だ。……そういうこと、なんだろう。
「何やってんだろ。やめてくれって言ったのは私なのに」
我ながらとんだ道化っぷりだ。
自分から頼んだくせに追いかけるなんて…これじゃ、イライザさんのことをとやかく言えないじゃないか。
「…………そっか。私、面倒な女だったのね」
金髪の女性の姿が思い出されると同時に、自己嫌悪がふつふつとわいてきた。
ああ、そうか。あんな目に遭わせてくれた彼女と、自分は同類だったのか。
人生17年目にして、全然嬉しくない新発見をしてしまったわ……
「………はあ」
深く、深く溜め息をつく。
本当に、昼も夕方も、私は何をやっているんだろう。
(バカだなあ)
学舎を染めていく赤い陽が、あの日の彼を思い出させる。
優しく細められた金眼、さらさらと滑り落ちる銀の髪、支えてくれた大きな手もその温かさも。
苦しくなるぐらいに鮮明に覚えてる。あの瞬間の、心臓の速ささえも。
(バカなこと、言うんじゃなかった)
そうしたら、もう少し一緒に居られたかもしれないのに。
こんな風になってしまうぐらいなら、『説得』でも何でも良かったじゃないか。
(…モニカは、正しい判断だったって言ってくれた)
これぐらい傷が浅い内でよかったって。
むしろ、ちゃんと避けてくれてる先輩に感謝する日が来るって。そう笑って励ましてくれる。
「だけど、やっぱり楽しくはないな…」
始まってすらいなかった『恋』が、終わってしまったのだから。
六年生の教室から、どれぐらい歩いただろうか。
つい帰り道を間違えて、まあいいかとフラフラして……無駄に広い学舎でたそがれていたら、いつの間にか裏庭の方に出て来てしまったようだ。ちなみに、寮への道筋とは全く逆方向だ。
もう一度息を吐いて、正しい方向…玄関に繋がる渡り廊下へ足を向ける。
あんまり遅くなったら、モニカを余計に心配させてしまうかもしれない。こんな私を気遣ってくれる親友に、これ以上迷惑はかけたくない。
うん、今日はもう帰ろう。
切なさを増長させる夕日に背を向けて、大股気味に駆け出す。まるで、物語の主人公のような高揚した気分を引きずったまま……
終わると思った一日は、突然視界に飛び込んだモノによって、固まってしまった。
「………………なに、あれ」
さっきまでの物憂げな自分が嘘のような、マヌケな声だった。
自分自身ちょっとびっくりしたぐらいだが……目の前に出てきたモノはもっとアレだったのだから仕方ない。
渡り廊下の低い壁に、もたれかかるように佇む人物。
私と同じ学院生の制服をまとった、おそらく男性と思しきシルエットの…
紙 袋 頭 がそこに立っていた。
頭に紙袋です。
不審者以外の何者でもありませんが……です(笑)




