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SIDE:05

※時間軸は20後、メリルと別れてからです。

 寮の相方・エリオット視点


ああ、面倒くさそうなことになってるな、と。

自室の扉を開けて真っ先にそう思ってしまった僕は、意外と冷たい男なのかもしれない。


授業を終えて帰って来たのは見慣れた寮の部屋。二つ並んだベッドのうち、僕のものでない方が膨らんでいた。

『夕食もまだなのに疲れてるのかな?』なんて理由ならどれだけいいだろう。綺麗好きの彼は、風呂を済ませないと布団に入りたがらないのを知っているのに。


ベッドに近付いてみれば、やはり悪い予感は的中したようだ。

クラスでも一・二を争う長身のはずの相方が、枕を抱きしめて丸まっていた。身体の大きさからは想像出来ないぐらいに、まるで子犬か何かのようにこじんまりと。

おかしいな、ギルベルト・クラルヴァインは仰向けに寝る男だったはずだけれど。


溜め息を一つついて腹をくくる。色恋話は苦手なんだけど、ここで無視してしまったら本当に薄情者だろう。



「……メリルさんと、何があったの?」


なるべく普通に聞いたつもりだけど、いつもより低い声だったかもしれない。

枕から顔を上げたギルは、今にも泣き出しそうな弱々しい様子で『おかえり』とだけ呟いた。

……何と言うか、つくづくズレているけれど、憎めない男だ。






*  *  *



それから数十分後。

適当に見繕って来た夕食をとりつつ、今日とここまでの彼らの話をなるべく詳しく聞いてみた。

ぽつぽつと呟いていた彼も、話が進むにつれて饒舌に、時にこちらの意見を聞きながら話してくれた。

もしかしたら、ずっと相談したかったのかもしれない。


話の間も手離さない枕は、多分彼女の代わりなんだろう。

女性なんて両手両足で足りないぐらいに相手をしてきているだろうに、本命に対してはつくづく不器用なんだな。全くどこの子供だよ。



やがて一通り話しきったギルは、彼女の名前を呟きながら枕に顔を埋めた。

本人なのか疑いたくなるような行動ばかりだけれど、これも彼の一面だったってことだろう。

六年目にして知ってしまった新事実を、良かったと思うべきか面倒と思うべきか。まあ、僕は信頼はされていたみたいだ。




「………れたく、ないんだ」


「ん?」


どう返したものかと考えていたら、くぐもった呟きが落ちた。

聞き返したその言葉は……“はなれたくない”?




「…デュークに、言われていたんだ。二人で居て苦痛になるなら…すぐに、別れろって」


「それはまあ、普通だね。誰だって一緒に居て辛い人とは居たくないよ」


「わかってる。俺も、メリルに嫌な思いはさせたくない。……だけど」


ギリッと、布の軋む音が響く。

力いっぱい抱きしめるそれは、成人の束縛であり、子供の我が侭にも見える。


「俺は、メリルと離れたくない。まだ、傍に、居たいんだ」


一言一言、切実な言葉だ。埋めた顔は見えないけれど、もしかしたら泣いているかもしれない。

ああ本当に、重いと言うか面倒くさいと言うか


(……これは重症だなあ)


腹にためた息を全部吐き出して、枕と合体しそうな相方を見据える。

多少厳しくはなるけれど、やっぱりこう言うのが今の彼にとっては最善だろう。





「じゃあ聞くけどギル、君は彼女の何なの?」



彼女に問われた同じ言葉に、彼は面白いほど肩を震わせた。


「言い方変えようか。君は彼女の“何のつもり”だったの? 何になりたかったの?」


「何、に……?」


緩慢な動きで顔を上げる。

張り付いた前髪の色香や気だるげな仕草は大人そのものなのに、表情は親に叱られた子供みたいだ。

不安定で未発達。だからこそ、彼には今回の件で成長して欲しいと思う。



「第三者の僕から言わせて貰えば、彼女の言ったことはもっともだよ。ただ昼食を一緒にとるだけの関係なのに、変な人間に危ない目に遭わされるなんて…僕だって絶対にご免だね。君の顔も見たくないよ」


「そ、それは…ッ!」


「でも、君はそれでも彼女の傍に居たいと言う。居て欲しいと言って落ち込んでいる。何故かな?」


「………」


黙り込んだギルの金眼が、ゆっくりと下に向く。

答えは簡単だ。彼女に抱いているのが本当に好意だから。恋愛感情だから。

そんなの誰だってわかる。ギルはメリルさんと“本当に恋人”になりたいから、落ち込んでいる。


(だけど、普通に言っても信じて貰えない)


『理由』を先に提示してしまった以上、普通に言っても彼女には伝わらないだろう。

逆に上手く口説き過ぎてしまったら、説得の色を濃くとられて、また信じて貰えない。

彼女に信じて貰うには、言葉にちゃんと心を乗せないと伝わらない。


ましてや、この男のこと。

他人とはどこかズレているし、そもそも『恋人』と言う関係に良い思い出はないだろう。

それを心を込めた言葉で切り出すのは、きっと難しいことだ。


……いや、もしかしたら“自分が本当に恋をしている”と言うことに気付いていないのかもしれない。



「君は基本をすっ飛ばして、応用に慣れ過ぎてしまったんだね」


生まれや立場のせいとは言え、ちょっと気の毒にも思う。

軽く背中を叩いてやれば、頷くようにまた枕に顔を埋める。



「彼女にちゃんと答えが伝えられるようになるまで、会わない方がいいと思うよ。君には考える時間が必要だろうから」


「………………わかった」


長い間をおいて返ってきた了承は、今度こそ半分涙声だった。


ああ全く。色恋話は苦手だし、面倒なんだけど


(それでも、ギルの『初恋』ぐらいは手伝ってやるかな)


図体ばかり大きな()の背中を撫でてやりながら、薄情になりきれない自分に溜め息をつく。


大多数の人間にとっては何てことないはずの問題を抱えて、夜は静かに更けていった。




180cm以上ある男が枕抱えて丸まっていると言うシュール極まりない男子寮のひとコマでした。

誘いに来なくなったのはエリオットのアドバイスからですが、進めるかどうかは次回の彼次第です。

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