【弐/誰そ彼前】
「イヅナさんじゃないんだから、もっとがっつりな方が良くない?」
「身体がびっくりしてしまいます」
柔らかく煮た米に溶き卵を落として、ユキトは粥をこしらえた。
土鍋にふつふつ。冷めないうちに食べてもらおうと、ふーふーして、ナギの口に運ぶ。が、さすがにむずむずするものがあったようだ。
「……た、べる。自分、で」
「では、よく噛んでくださいね」
「あと、いただきます、だな。んで、食べ終わったらごちそうさま。ありがとうまで言えたら、万々歳」
「あ、りがと?」
「あぁ。どーいたしまして、だ」
そのやりとりすら、ナギにとっては新鮮なものだった。
「ふー……」と、唇が触れても大丈夫なぐらいにして、口に含む。
もぐもぐ、咀嚼。
ごくんと飲み込んで、また次のひとくち。
でも、飽きない。
噛むとおいしくて、たまごの多いところも良くて。米だけでも、そのものの甘みを感じられる。
「お口には合ってるようだけど、表情かったいねぇ。せっかくカワイイ顔してんのにー」
「んん?」
「んーん、こっちの話。ゆっくり食べな。取らないって」
時折さじの握り方を矯正されながら、ナギは時間をかけて、ぺろりと平らげた。
「たっだいまぁー!!」
ごちそうさまを言い掛けたところで、誰かが帰ってくる。
障子、縁側を挟んで、中庭に現れたのはサノスケだった。初めましてのナギだが、サノスケのほうは知っているので、これといった反応はなく。
「イヅナさまは?」
「イヅナさんは?」
1人で帰ってきたサノスケに、ユキトとセイジが声を揃えて問うた。
「軟禁、されちゃったりしてたりしてー……」
「ご冗談を」
「形ばかりの返上チャンスじゃね?」
「だよねー」
と、おちゃらけるが、続く言葉は真剣で。
「イヅナ様に口止めされちゃってさ。ツツジ公には知らせるなって」
「……ってことは」
「私たちが助けに?」
「事を荒立てたくないみたいでさ。3日前の戦で挙兵しようって動きが顕著になって、その交渉に使われようとしてんの」
「なーんでイヅナさん大人しくしてんの。そーいうの興味ない人じゃん」
「軟禁された蔵に、大量の酒があったりして」
「……あー、なるほどねー」
3人の話を静かに聞いていたナギが首を傾げた。
「イヅナさんは、この屋敷の主でナギちゃん拾ってきた人だよ」
セイジはナギに、イヅナについて語る。
「常に酔っぱらってて細っこい人なんだけど、どこにそんな力があるのかってぐらい強くてさー。俺もユキトも、サノスケも勝てたことないんじゃない?」
まぁ。と、ユキトとサノスケは言葉を濁しつつ、
「……ナギチャンって言うの?」
「なにも覚えていないので、とりあえず仮の名で呼ぶことにしました」
声を潜めて、ユキトに問えば、
「それって大丈夫なの? いろいろまずくない?」
「イヅナさまが拾ってきたのだから問題ないでしょう」
「それで納得する俺も俺だわ」で、完結する。
越後にほど近く、そこの領地で祀られていた刀の管理代行がイヅナの御役目で、その帰路のこと。鉄臭い川とそれに沿うように点在する桜の木の下に、かろうじて息のある子を見つけた。手負いな上に血まみれで、けれどイヅナは着衣が汚れるのも省みずに拾ってきたのだ。
「しかし、どうします。私たちが城下に行けば、目立ちますよ」
「そこは、ツツジさんのくノ一助けましたー、でなんとかならない?」
「この子も連れていくの?」
サノスケの疑念がなくなろうが、手負いは手負い。右肩と腕の付け根あたりの損傷が激しく、焼けただれた傷口はまだまだ熱を持っている。
「俺と留守番ってのは?」と、それとなく連れ回さないほうがいいことを伝えるが、ユキトとセイジだって百も承知だ。
「ついさっき、俺に化けた忍に殺されかけてるんだよね」
「セイジに? どんだけ阿呆なの、正気?」
「姿は瓜二つ。口調はまぁまぁ、といったところです。正直なところ、サノスケに化けられていたら見破れなかったと思います」
「……結構な手練れ?」
「おそらく」
「あいるびーばっく、してきそうだから、隠れるなら森じゃん? 人がたくさんいる武田ヶ崎なら、そう簡単に手出しできないっしょ☆」
疑心暗鬼の中、いつ帰ってくるか分からない主を待つよりも、甲斐のお膝元で悪目立ちするほうが、まだ安全だった。
*
そうと決まれば、いざ甲斐の中心地・武田ヶ崎へ。
ユキトとセイジは着流しから袴に着替えて、馬に乗る。
小柄なナギはなにを着せてもだぼだぼで、着流しのまま。馬に跨がれないので横乗りに。
ナギを支えるユキトに、「腰、引けてる」と馬を引くサノスケが指摘した。
「ユキトー、しっかり支えてやらないと落ちるし、傷ひらくでしょー」
「……あぁ」
「キミも。ユキトのことは鞍だと思って」
「う、ん」
お互い、ぎこちない。
「ユキトはしっかり腕まわして。この子、力入んないんでしょ」
「心得てんだろっ」
「アンタが力んでどーすんの」
道中、ユキトが落ち着くことはなかった。
終始うるさい鼓動はナギを伝い、ナギはできるだけ自力で馬に乗ろうと、身を粉にする。
「な、ナギっ……もっと、寄りかかってもらって……かまいませんからっ……」
「つらく、ない?」
「心配にはおよびませんっ……」
「ユキト、顔、あかい」
「慣れて、いないだけっ……なのでっ……」
かといって、それを言い訳に負担を強いるわけにはいかず。ユキトはぐっと、ナギを抱き込んだ。
ナギもまた、ユキトに言われたとおりにもっと体重をあずける。
布団とも、粥ともまた違う温かさに、自然と言葉が溢れてきて。「ありがと」と、彼の懐にすっぽりとおさまれば、その心地よさにナギは再び眠りについてしまった。




