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蝉羽月の山羊  作者: 次野/うずらの


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5/23

【弐/誰そ彼前】



「イヅナさんじゃないんだから、もっとがっつりな方が良くない?」

「身体がびっくりしてしまいます」



 柔らかく煮た米に溶き卵を落として、ユキトは粥をこしらえた。

 土鍋にふつふつ。冷めないうちに食べてもらおうと、ふーふーして、ナギの口に運ぶ。が、さすがにむずむずするものがあったようだ。


「……た、べる。自分、で」

「では、よく噛んでくださいね」

「あと、いただきます、だな。んで、食べ終わったらごちそうさま。ありがとうまで言えたら、万々歳」

「あ、りがと?」

「あぁ。どーいたしまして、だ」


 そのやりとりすら、ナギにとっては新鮮なものだった。


「ふー……」と、唇が触れても大丈夫なぐらいにして、口に含む。

 もぐもぐ、咀嚼。

 ごくんと飲み込んで、また次のひとくち。

 でも、飽きない。

 噛むとおいしくて、たまごの多いところも良くて。米だけでも、そのものの甘みを感じられる。


「お口には合ってるようだけど、表情かったいねぇ。せっかくカワイイ顔してんのにー」

「んん?」

「んーん、こっちの話。ゆっくり食べな。取らないって」


 時折さじの握り方を矯正されながら、ナギは時間をかけて、ぺろりと平らげた。



「たっだいまぁー!!」



 ごちそうさまを言い掛けたところで、誰かが帰ってくる。

 障子、縁側を挟んで、中庭に現れたのはサノスケだった。初めましてのナギだが、サノスケのほうは知っているので、これといった反応はなく。


「イヅナさまは?」

「イヅナさんは?」


 1人で帰ってきたサノスケに、ユキトとセイジが声を揃えて問うた。


「軟禁、されちゃったりしてたりしてー……」

「ご冗談を」

「形ばかりの返上チャンスじゃね?」

「だよねー」


 と、おちゃらけるが、続く言葉は真剣で。


「イヅナ様に口止めされちゃってさ。ツツジ公には知らせるなって」

「……ってことは」

「私たちが助けに?」

「事を荒立てたくないみたいでさ。3日前の戦で挙兵しようって動きが顕著になって、その交渉に使われようとしてんの」

「なーんでイヅナさん大人しくしてんの。そーいうの興味ない人じゃん」

「軟禁された蔵に、大量の酒があったりして」

「……あー、なるほどねー」


 3人の話を静かに聞いていたナギが首を傾げた。


「イヅナさんは、この屋敷のボスでナギちゃん拾ってきた人だよ」


 セイジはナギに、イヅナについて語る。


「常に酔っぱらってて細っこい人なんだけど、どこにそんな力があるのかってぐらい強くてさー。俺もユキトも、サノスケも勝てたことないんじゃない?」


 まぁ。と、ユキトとサノスケは言葉を濁しつつ、


「……ナギチャンって言うの?」

「なにも覚えていないので、とりあえず仮の名で呼ぶことにしました」


 声を潜めて、ユキトに問えば、


「それって大丈夫なの? いろいろまずくない?」

「イヅナさまが拾ってきたのだから問題ないでしょう」

「それで納得する俺も俺だわ」で、完結する。


 越後にほど近く、そこの領地で祀られていた刀の管理代行がイヅナの御役目で、その帰路のこと。鉄臭い川とそれに沿うように点在する桜の木の下に、かろうじて息のある子を見つけた。手負いな上に血まみれで、けれどイヅナは着衣が汚れるのも省みずに拾ってきたのだ。


「しかし、どうします。私たちが城下に行けば、目立ちますよ」

「そこは、ツツジさんのくノ一助けましたー、でなんとかならない?」

「この子も連れていくの?」


 サノスケの疑念がなくなろうが、手負いは手負い。右肩と腕の付け根あたりの損傷が激しく、焼けただれた傷口はまだまだ熱を持っている。

「俺と留守番ってのは?」と、それとなく連れ回さないほうがいいことを伝えるが、ユキトとセイジだって百も承知だ。


「ついさっき、俺に化けた忍に殺されかけてるんだよね」

「セイジに? どんだけ阿呆なの、正気?」

「姿は瓜二つ。口調はまぁまぁ、といったところです。正直なところ、サノスケに化けられていたら見破れなかったと思います」

「……結構な手練れ?」

「おそらく」

「あいるびーばっく、してきそうだから、隠れるなら森じゃん? 人がたくさんいる武田ヶ崎(たけだがさき)なら、そう簡単に手出しできないっしょ☆」


 疑心暗鬼の中、いつ帰ってくるか分からない主を待つよりも、甲斐のお膝元で悪目立ちするほうが、まだ安全だった。



   *



 そうと決まれば、いざ甲斐の中心地・武田ヶ崎へ。

 ユキトとセイジは着流しから袴に着替えて、馬に乗る。

 小柄なナギはなにを着せてもだぼだぼで、着流しのまま。馬に跨がれないので横乗りに。


 ナギを支えるユキトに、「腰、引けてる」と馬を引くサノスケが指摘した。


「ユキトー、しっかり支えてやらないと落ちるし、傷ひらくでしょー」

「……あぁ」

「キミも。ユキトのことはくらだと思って」

「う、ん」


 お互い、ぎこちない。


「ユキトはしっかり腕まわして。この子、力入んないんでしょ」

「心得てんだろっ」

「アンタが力んでどーすんの」


 道中、ユキトが落ち着くことはなかった。

 終始うるさい鼓動はナギを伝い、ナギはできるだけ自力で馬に乗ろうと、身を粉にする。 


「な、ナギっ……もっと、寄りかかってもらって……かまいませんからっ……」

「つらく、ない?」

「心配にはおよびませんっ……」

「ユキト、顔、あかい」

「慣れて、いないだけっ……なのでっ……」


 かといって、それを言い訳に負担を強いるわけにはいかず。ユキトはぐっと、ナギを抱き込んだ。

 ナギもまた、ユキトに言われたとおりにもっと体重をあずける。

 布団とも、粥ともまた違う温かさに、自然と言葉が溢れてきて。「ありがと」と、彼の懐にすっぽりとおさまれば、その心地よさにナギは再び眠りについてしまった。


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