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蝉羽月の山羊  作者: 次野/うずらの


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3/23

【壱/亭午】


 綺麗な酒が並ぶ。

 どれも透き通っていて、水と見間違う程。


 けれど、鼻腔に抜けるは酒。


 香りだけで美味いと分かる銘酒ばかりで、ちびちび飲むものなのだろうが、イヅナは遠慮なく、あおる。

 そして、塩を舐め、至極の時を満喫する。

 意識がふわふわし始めたところで、挙兵派のひとりがイヅナを訪ねてきた。


「ご隠居、先ほどは取り乱してしまって、大変申し訳ありませんでした」


「そんなこと、わざわざ言いに来たのか。律儀なやつめ」


 別に気にしていない、と退室するよう手払いをするが――――


「にごり酒やどぶろくなどは、お飲みになりませんか?」


 その一声に、イヅナは家臣の屋敷へ行くことになる。

 買い付けたものもあれば、作っているものも。見繕ってくると言うが、行ったほうが早かった。




 やかたが居城である甲斐の中心地は、城下までもが一体化した場所であり、家臣たちの屋敷もすぐ近くにあるのだ。


「あちらが酒蔵になります」


 邸宅に広い庭、そして大きな酒蔵まで。

 それなりに重鎮な男の収集品にイヅナの目が輝く。


「これは伊達いたちの酒か?」

「えぇ。東北からやってきた商人から買い付けたものです」

「出は酒屋か?」

「地酒が好きなだけですよ」

「良い趣味だ」

「滅相もない。茶を嗜めと、よく言われますよ」


「茶、ねぇ」と鼻で笑えば、イヅナの背後から気配が消える。が、酒に夢中で気づいていない。


「どうぞ、お好きなものを……心行くまで御堪能あれ」


 そう言われたときには、男は外に。酒蔵の扉を閉め、表から施錠した後だった。


「ツツジ公が挙兵されるまで、貴方にはここにいてもらいたい」


 イヅナは黙って、その理由を聞く。


「ご隠居、貴方が現れてから、ツツジ公は目に見えて領地拡大に消極的になられた。一時は上洛に最も相応しい方だと。それが今や、自領や周辺の防衛に甘んじて」


 ――いるわけではないのだが。


 イヅナに細かく説明してやる義理はない。

 ツツジの家臣であっても、いや、周辺が〝鬼〟に落ちたことを知る人間だからこそ、言わずもがな。


 扉の外の雑音ごとイヅナは酒で流し込む。

 四の五の考えたところで、この状況が変わることはないのだ。懐から取り出した塩を舐めながら、イヅナはひとときを楽しむことにした。 



「あっのー……イヅナ様ぁー?」



 イヅナの護衛兼付き人の忍が、出窓から顔を覗かせる。


「なんだ、サノスケ。いたのか」


 まだまだ青二才、に見せているだけの手練れが溜息をついた。


「いやいやいやいや。なに、まんまと軟禁されてるんですか」

「ツツジには知らせるなよ。面倒だからな」

「さすがにそれはー……」

「交渉の駒に私など使えないと、すぐ分かるだろう」

「そんなことないと思うんですけどー……」

「ここの酒を飲んでからでも遅くはあるまい」


 それが本懐ですか。と、サノスケは内心で納得する。


 自分の身<ツツジが用意した上品なもの<<<舌触りの荒い酒。


 こうなってしまえば、表の鍵を開けたところで出てはこない。かといって、なにもしない。は、護衛としての立場が廃る。


 ――ツツジ()()


 その言葉尻をとらえて、サノスケは別の人物をあてに酒蔵を離れていった。


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