【壱拾壱/亭午】
――言ったであろう。より強い者、聡い者が生き残ると。
そうして凝縮された魑魅魍魎は、御仁を依り代に、のちの鬼ヶ島にて安置されていた。
禁足地だと人を寄せ付けないようにしても、彼のことが風化されれば、そこには財宝があると。根も葉もない噂に、目が眩む。
御仁の朽ちた肉体から引き抜いてしまったばかりに、人は1度ならず2度までも、彼の献身を足蹴にした。
「……貴方はナガオ公として、越後が滅んだ責任を人柱になることで負おうとしていませんか」
「でもさ、ナギちゃんより手がかかると思っちゃったり。〝鬼〟に冒されない保障もありませんじゃん?」
ツツジが倒れて、1刻弱。
ようやく神社に到着するや、ユキトとセイジが駄々をこね出した。
「言いたいことはそれだけか」
なにを今更と、イヅナは取り合わない。
問答無用で2人の間を闊歩する。が、
「イヅナさまに任せられねえんだよ」
小生意気だった頃に戻ったユキトの拳が飛んでくる。
セイジも「ナギちゃんの、息の根ごと止めるんでしょ?」と、腰に下げているリボルバーをかまえて――――どうやら、本気で立ちはだかってくるらしい。
その闘争心に、イヅナはついつい反応してしまう。
悪あがきだとしても。
ナギを失いたくない。
青臭くたって、嫌なもんは嫌なのだと。
「アンタはどっちに着くの?」
そして、サノスケも。傍観していたアキの前に立った。ということは、ユキトとセイジと同意見であり、アキはそうでないのだと思われている。
――なぜ、あの刀に執着する。
――あれが本物なら、血の繋がりを断ち切れるものぞっ。
アシカ曰く、守り刀を用いて〝鬼〟を斬れば、斬った当人に必ず宿るのだと。それを人柱になる者に使わせていたのが初代の幕府であり、代替わりと共に紛失させてしまった二代目は子どもを人柱にすることで、親や親戚など上の世代に転移することを逃れてきた。
ムオンの知る事情とは少しばかり違うが、どちらが本当なのか、確かめる術はない。
それでも、アキは『自分で使う』つもりで、様子を窺っていた。のが、裏目に。
アシカに渡すのでは? と、サノスケの悪いところが出てしまい、こちらはこちらで臨戦状態になった瞬間、銃声が鳴り響いた。
セイジのではない。
アキめがけて撃たれた複数の銃弾は、とっさに身を呈したイヅナに命中する。
「ええい、止めよ止めよ!!」
包囲する鉄砲隊から、面白くなさそうにアシカが姿を現した。
「死んではないな」
左肩と腹部に1発ずつ。立っていられないイヅナを、アキは支えた。
「貴様に、今、人柱になられては困るのだ」
今、を強調する。
「幕府の権威を取り戻すまで、〝鬼〟には居てもらわねば」
「はっ……、ばち当たりが」
「貴様にもまだまだ協力してもらうぞ? 断ろうものなら、付き人の頭が吹き飛ぶことになる」
底意地の悪そうな笑みを浮かべて、アシカはアキに視線を移した。
「ムオン、長を拘束しろ」
「……俺っ?」と、サノスケが反応する。
「イヅナと共に行動したことは評価してやる。お前の大切な器、約束通り、解放してやろうではないか」
なあ、長よ。と、アキの思惑に、アシカは気づいていた。
「あの刀で斬れば、貴様が鬼だ。本望だろう? ようやくち――」
「解放って、死体渡されても嬉しくないんだけど」
サノスケはムオンに成りきって、口を挟んだ。
「なにも斬り捨てろとは言っておるまい。脚の1本や2本は無くなるが、生きているだけでましだろう?」
それは、幕府の人間しか知らない秘密だった。
〝鬼〟を閉じこめた部屋に、瀕死の人間を助けにいこうとする者が誰もいなかっただけのこと。
殺す必要はない。
それが本当なら、状況は変わってくる。
あとは、この包囲網から抜け出せれば――――、その役目はナギが買って出た。石段の下で待機するアシカの兵を強襲し、慌てふためく彼らの息の根を次々と止めていく。
聞こえてくる断末魔に、神社を囲む兵士たちの統率も崩れた。アシカは、我先にと一目散に逃走する。
「ここから離れろ!!」
イヅナは置いていかれた兵たちに撤退を促した。道なき道を転がり落ちようとも、ナギと対峙するよりはいくらか生存の可能性がある。
「イヅナさまのこと、よろしく頼む」
「イヅナさんwith御仁さんとか、マジ勘弁なんで」
皆が逃げまどう中、付き人たちは境内に仁王立った。
「要はアレだろ? 勝ーって嬉しい花一匁。貴女がほーしい」
歌い出すセイジに、「おまえにはやらねえ」とユキトは喧嘩腰。その隣に、サノスケも肩を並べる。
「殺さなくても、俺のほうがいいって思わせりゃいいんだよね」
「あ? おまえもやんのか?」
「ユキトとセイジが、あの子取り合ってるときが微笑ましいっていうか。よくあるじゃん、この身に代えてもって。それ」
「『わたしの代わりに……? あぁサノスケっ……!!』て、なんない?」
「なるだろ」
「ユキトまで惚れてくれるの? 俺、頑張っちゃおうかなー」
「言ってろ」
不思議と怖くなかった。
下手をすれば、死ぬ。
己の強さを誇示しても、〝鬼〟になる。
けれど、ナギが解放されるなら。
そのとき、隣に自分がいなくても、あとの2人になら任せられた。
「御仁さんも、そーだったらめっちゃ親近感」
「なにが」
「好きな人の子のためなら、我、物の怪滅す、とか」
「忘れ去られるんでしょ?」
「それでもさ、その子の子どもの子ども、もーっと子どもが笑ってるなら、頑張れたんじゃないかなーって。んで、話を聞いた、ずーっと子孫の子が逢いに行っちゃった、みたいな」
「紙芝居屋にでもなんのか?」
「そーだったらいいなーって話ー。桃太郎が、桃御前だったらなーって」
ふふ、と拝殿から笑い声が聞こえた。
「可愛い子たちだろう?」
アキに止血されながら、緊張感のない3人をイヅナは見守る。
『先見』を授かれず、一族としては喜ばしいことであっても、それを受け入れられないユキトと、見聞を広めるも活かしきれずに己ばかり責めるセイジ。その2人の兄貴分であるサノスケも、己の出生を卑下し、賊に身を置いていた時期があった。
そんな彼らと過ごす日々に、どれだけ救われたことか。静かであった日なんて数える程しかない。3人集まれば、ぴーちくぱーちく。見解の違いに感心させられてばかりだ。
だからこそナギを任せたいと、イヅナは自分が人柱になることを諦めていなかった。
「……刺し違えるつもりでいるなら、俺はこの手を離さない」
ナギがここに来たということは、ツツジはもういない。彼の意志を継げるのはイヅナしかいないのだ。
「引き留めるには惜しい殺し文句だ。戦う様は背で語ってきたが、誰に似たんだか」
「……」
「アキ」
自分よりも成長した、我が子に贈る。
季節はずれの桜の木の下で眠るナギを見つけた、あの時。
「あの子の寝顔は、おまえそっくりだ」
守りたくなるのは至極当然だと、イヅナは拝殿の奥へと刀を取りに行った。
世継ぎに恵まれなかった越後の豪族は、ナガオを当主としておくことで領地を守ってきた。
幼い頃よりナガオを父と思わなければならなかったアキは、よけいなことを言わぬよう寡黙に育っていく。
世間では養子。もうひとりの弟にも秘密にし、けれど元服の前夜に母としてかけてもらった言葉を聞かれてしまい、仲違い。
――アキの引き立て役として迎えられたのだと。
不満が爆発したのが越後の崩壊に繋がった。
鬼を深く知るまでは、アキもイヅナもそう思っていた。




